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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第6章
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第129話

「違う…」


か細い声が耳朶を打った。


「違うの。わは、わは逃げてきたの!みんなから逃げてきたの!」


逃げてきたとその子は言った。

それでも大人2人は手を止めない。


「もう見たくない、見たくない!みんなが人を殺して喜ぶ顔を見たくない!だから、だからわは、わは、神使が見えたってみんなが言うから、先に会ってお願いを聞いて欲しくて、みんなを止めて欲しくて、1人で…。お願いします、助けてください、みんなを止めてください」


地面に頭を擦りつけて、嗚咽を漏らしながら助けてくれと懇願する子供。

この子が嘘をついているとは思えなかった。

気付いた時にはコルトも隣に並んで地面に額をつけていた。


「僕からもお願いします。この子の話をもう少しだけ聞いてあげて下さい!」

「ちょっと、コルトお前何やってんだよ」


いきなり子供の隣で一緒に土下座をして懇願するコルトにアンリが戸惑いの声を上げる。

落ち着けだの止めろだの言っているが、これでこの子が助かるかもしれないなら何時間でも続ける。

そもそも自分にはこの子を助ける手段が無い。

だからそれができる相手に精一杯頼み込むことしか自分にはできない。

みっともないだとかそんなモノ、この子が助からないなら何の価値もない。

こんな事しかできない自分が情けない事も分かっている、でもそれすらしないのはもっと嫌だった。


「こんな小さな子を見捨てただなんて、僕は神に言えない」


少なくとも4000年前までは神はきっちりと人の社会を管理していたのだ。

その後がどうなろうと、その前までの記録しかない自分が神に沿うなら、恐らく人を見捨てないのが正しいはず。


──いやっ、ごちゃごちゃ考えても結局僕は人を見捨てられないだけだ。


大人ならまだギリギリ我慢できたかもしれない。

でも子供はダメだ。

本来なら親の庇護下にいるはずのこんな小さな子供が、そこから逃げ出して全くの赤の他人に頼る。

尋常ではない事態だ。

耐えられない。


「ハウリル、お前が折れろ、こいつは諦めねぇぞ」

「ですが、子供だからと舐めると痛い目にあいますよ。いいですか、子供は大人が考えるよりもずっと物事を考えて狡猾なんです。こうして泣き落としをしていないなんて保証がどこにあるんです」

「ならこうしよう。コルト、その子供の話を聞く代わりに襲われたら、襲ってきた奴は俺が皆殺しにする、確実に皆殺すために一面地形ごと消し飛ばす。そのガキ1人が死ぬのと、お前ら3人が死んだ場合の影響を考えろ」

「………!」


迷った。

迷ってしまった。

言っている事は分かる。

だからこそ即答できなかった。

呆れたようなため息が聞こえたような気がした。

全身から汗が吹き出し、体温がどんどん下がっていく。

早く決断しなければ。

そう思っていると横から先に返答があった。


「それでいいです!それでお願いします!もし神使さま達が襲われたら、そのときはわも一緒に殺して下さい!」


グズグズと泣きながら叫ぶように振り絞る声。

戸惑うこと無く自分の命を掛ける子供に、コルトは拳を握りしめた。


「いいでしょう、それならわたしが折れます。ですがここではダメです、長居し過ぎました。場所を変えましょう」

「なら地下だ、そこなら上を遠慮なく吹っ飛ばせる。アンリ、殿やれ」

「分かった」


それから4人と1人は別の大きな建物の地下に移動する。

何に使われていたのかも窺い知ることすら出来ないその建物の中を、懐中電灯と火球の薄明かりだけを頼りに、コルトは子供の手を引いて崩れた階段をどんどん下に降りていく。

そして最下層の一番奥、崩れて歪んな簡素な扉をルーカスが蹴り開けると、元は倉庫なのか崩れた棚と荷物が散乱した狭い部屋だった。

アンリとルーカスが棚をこれまた乱暴に端に寄せ光源の火球をいくつか浮かべると、壁際にコルトと子供は連れて行かれる。

その周りをハウリルとルーカスが取り囲んだ。

アンリは扉の前に移動して外を見ているが、その表情は不安そうだった。


「まず第一に、あなたは何故1人で川に流されていたのですか?本当に1人ですか?」


コルトは繋いだ子供の手をそっと握った。

するとギュッと握り返され、子供が口を開いた。


「ちょっと前に南のお山から黒い神使さまがあらわれたってかかさまたちが言ってるのを聞いてしまって」


ハウリルのこめかみが微妙に動いたのをコルトは見逃さなかった。


「それで、みんなよりも先に神使さまに会ってみんなを止めてもらおうって思って、ダメって言われてたけど1人でお里を出たの。その…、ととさまもみんなも戦うためにいなかったから……」


母親もその周りも黒竜の出現に興奮して子供など目に入っていなかったらしい。

それ以外の人間も出払っていたため、単純に監視の目がなかった。

だから子供1人でも抜け出せた。

川に流されていたのは、簡単に言えば無知ゆえに川を舐めきっていたこと。

ただ真っ直ぐ進めばいいと思って入ったところ、思ったよりも深く流れも急だったため、まともに立つこともできずにそのまま流されてしまったようだ。

共鳴力で咄嗟に自分が乗るための板を作る事ができたのが生死を分けた。


「何故わたしたちを神使と勘違いしたのですか?」

「ととさまが、大昔にきた神使さまは大きな生き物に乗って自在に火や水や風を操っていたと言っていたんです!あと口でしか会話してくれないって。おねえさんも何も無いところから火を出したり、声も聞いてくれないから神使さまだと思ったんです。本当に神使さまではないのですか?」

「おねっ……失礼。えぇ、まぁそうですね」


子供の言っている事を微妙に否定しづらく、ハウリルが口籠っている。

確かに大きな黒竜に乗って南の山脈を越えてきたし、ルーカスは魔族なので火や水をまぁまぁ自在に扱えるし、4人共共鳴力の受信はできないしコルトにいたっては実際に神の関係者だし、と言い逃れできないことが。

コルトがそれらになんて答えたらいいのか考えていたところ、2人も同じようで視線で会話をしている。

が、そんなもので結論が出るわけではない。

ハウリルは別のことを聞くことにしたようだ。


「止めて欲しいと言いましたが、何を止めて欲しいのですか?」

「人を殺すのを止めて欲しいんです。怖いんです、ととさまもみんなも戦で相手を殺している姿がとても怖い。人が死んでるのも見たくないんです」


怖い見たくないとその子は繰り返した。


「あなたも戦場に出ているのですか?」

「いえっ、お屋敷でいつも待ってます。でもみんなが見せてくるんです、こんなにたくさん殺したって嬉しそうに見せてくるんです。その時の顔が怖い、わには優しいのにそのときのととさまの顔がとても怖いんです」

「待て待て、わざわざガキに死体みせに持って帰ってくんのか?」

「?フジョーだから死体はそのままです」

「でもお前死体見たんだろ?」

「はい」

「ん?」


ハウリルとルーカスが混乱しているが、コルトには分かった。

ラグゼルでも度々問題になる共鳴力で強制的に相手に望まないものを見せる行為だろう。

恐らく戦場にいる誰かの五感情報をそのままこの子に受信させている。

幼い子どもに戦場をそのまま体感させているのと全く同じ度し難い行為だ。

大人になればある程度強制的な受信をしないようにコントロールできるようになるらしいが、この子にはまだ無理だろう。

この子は第3者の目で自分の父親が嬉々として誰かを殺す瞬間をずっと見せられ続けている。

そんな事をするような人間にこの子が嫌だと言ったとしても受け入れるとは到底考えられない。

それに耐え続けここまで来たこの子の心は察してあまりあるものがある。


「君は頑張ったよ。ずっと嫌だっただろうに、強制的に嫌なものを見せられ続けていたんだよね。もう大丈夫だよ、僕たちは神使じゃないけど君に嫌なものを見せる力は持ってないから」


そういうとその子はびっくりしたように顔をあげてコルトを見ると、本当に?と小さく呟いた。

それに肯定を返すと、その子は声を上げて泣き出した。

そっと優しく抱き寄せて頭を撫でると、その子はコルトの胸に顔を埋めてすすり泣いている。


「力……共鳴力ですね、なるほど失念していました。そういえばそういった能力がありましたね」

「やたら情報伝達が早いあれな、それって詳細が分かるくらいの精度あんのか?」

「僕は聞いてただけだけど、送信者が体感したこととほぼ同じ事を遠方でも同時に体感できるって言ってたよ。それを使ってテストのカンニングとか出来ちゃうから対策が大変だったんだよね。他にも生まれつき全盲の人とか、外部から見たものを送ってもらうことで視神経や脳が刺激される事を利用した治療法の研究が」

「あぁ待て待て、途中からわけ分からんからいい。とにかく、こいつは知ってる誰かが人を殺す瞬間を同時に体験させられてるって事だな?」

「そうだと思う」

「そんなもんコイツに人殺しを体験させてるようなもんじゃねぇか、ガキ相手に何考えてんだ」

「……それにしてはまともな精神状態に見えますが。一周回って正常に見えているだけですかね?」

「それに耐えきれねぇならここにはいねぇだろ」

「……そうですね」


さすがに子供の話の内容が内容だったので、2人とも少し態度が軟化している。

特にルーカスは今まで以上に眉間の皺を深くして子供に同情をしているようで、それが少し意外だった。

子供に暴力的なものを見せる事を肯定ないしは、何も感じないかと思っていた。

ハウリルのほうがまだ感情を抜いて思考しているくらいだ。

コルトはそんな2人の様子を注意深く観察しながら、できればこのままこの子を保護するほうに考えを寄せてもらえないかと祈る。


「勘だけどさ、嘘は言ってないって私も思う」


その声に振り向くと、アンリが武器を腰に戻しながら近づいてきた。


「幼い奴も嘘つくけど、そこはやっぱりまだ小さいからさ、結構動きとかで分かるんだよ。そいつはそれがない、だから嘘ついてないと思う。それに私らもちょっと悪いだろ」


この子がここにいる理由の半分は自分たちにも責任があると暗に言われ、そんな事は分かっていると2人は返した。

だから今は信じてみようというアンリに、ハウリルは大きく息を吸うと、ゆっくりと深く吐き出した。


「…分かりました、いいでしょう。こちらの情報が欲しいのも確かです」


その言葉にほっとして全身の力が抜けると、腕の中の子供もぐじゅぐじゅになった顔を半分だけ出した。


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