第127話
あれからさらに数日が経った。
鬱蒼とした森の中を進み、いくつか小規模な集落の廃墟を抜け、今は巨大な川を中心に栄えていたと思われる廃墟街にいる。
教会研究所のあった街とは違い、ある程度の建物の原型が残っているし、規模もマケず劣らずだ。
これなら何かしら痕跡があるだろうと嬉々として数日探索して回ったのだが、結果は散々だった。
見つかるのは人が住んでいた形跡と、風化した白骨遺体だけだ。
集団で亡くなったと思われる山があったこともあり、この頃になるとコルトも大分心が麻痺し始めていた。
──やるせないけど、やっぱりしょうがないんだろうな……。
今は昼休憩ついでの食料確保にコルト、アンリ、ルーカスの3人で元はきっちり護岸工事がしてあっただろう川岸に並んで魚釣りをしているところである。
と言っても、木の枝に糸をつけただけでとても釣れるようなものではないし、そもそもアンリとルーカスがその気になれば素手で捕まえられるので、焚き火用の枝を探しに行ったハウリルが帰ってくるのを待っている時間を潰すための釣りだ。
「こんだけ広くて色々あるのに空振りってどうなってんだよ」
「クソみてぇに頑丈な扉が無かっただけマシだろ」
「それはそうだけど、ハウリルがここは政治の場では?とか言うから絶対何かある!って気合入れたのに何にも無かったとか余計に疲れるだろ」
「一応僕もここまで見つからないのは、ちょっとおかしいって思ってるんだよ」
記憶が確かなら装置はそこそこの数が作られ運用されていたはずだ。
地域も大きな都市を中心に満遍なく置いたはずなのに、これまでいくつも回ってそれっぽいものが1つも無いというのが少々気にかかっている。
何か見落としているような気がして考えてみるが、さっぱり思い浮かばず、結局3人で無為に釣り糸を垂らすだけの時間を過ごしていると、そのうち大量に枝を抱えたハウリルが戻ってきた。
3人の腑抜けた様子にクスクス笑いつつ事情を聞いてきたので、そんな事を言うと。
「確か共神が共族に応えなくなったのが6000年程前でしたか?」
「違う。魔神が受肉したのが6000年前、共神が共族に応えなくなったのが4000年前、魔神が共神に接触しようとしたのが3000年前だ」
「失礼、それはとんだ記憶違いを。4000年という事ですが、もしやコルトさん。あなたの記憶、記録や知識というのは4000年前のものではないでしょうか?」
「どういう事です?」
「共族どころか魔神にも応えないなら、そもそも共神はその4000年前から不在だったのではないかと思いまして。それがなんらかの理由で本当につい最近戻ってきてあなたを遣わした、ただ4000年不在だった間の情報は持っていないので、当然コルトさんにもその情報が与えられなかった。そう考えるとあなたの認識と装置の数や場所が合わない事も納得が行くかと。4000年も管理者不在となれば好き勝手する輩が絶対出ると思いますよ」
「さすがに魔人でも4000年ありゃ色々変わるだろうからなぁ、寿命の短いお前らなら尚更だろ」
「……そんな…なら僕は何も役に立たないじゃないか」
「そこは気にしたところでしょうがないでしょう、情報が間違っていたなんてよくある話です。それよりもあなたの共族に対する態度で、共神もわたしたちに害意があって不在にしていたわけではないと思えたことのほうが重要です」
「そうそうあんま細かい事気にすんなって、お前がお人好しなのは分かってるからさ。それより飯にしようぜ!」
そういってアンリが得意気に掲げた両手には、いつの間に採っていたのか川魚が大量に握られている。
ハウリルが戻ってきたので会話に混ざらず、暇つぶしから食料調達に切り替えていたようだ。
早速ルーカスが焚き木に火をつけている。
ここで自分がまたウジウジしていてもしょうがない。
そう気持ちを切り替えると、コルトも手伝うためにアンリから川魚を受け取った。
「なんか向こうで食べてたのより肉厚で味も濃くて旨いな」
「……良い物を食べてるんだろうね、やっぱり魔力の有無の影響かなぁ」
「たしかに美味しい気がしますね」
「コルトはともかく、お前ら2人は一応味は感じるんだな」
「当然ではないですか失礼ですね、そのくらい分かりますよ」
「店で売ってるようなのはクソみてぇな味のもんしかねぇじゃねぇか、味覚殺さねぇと食えたもんじゃねぇぞ。それをお前ら2人は平気な顔でバクバク食いやがって」
「慣れですよ」
「慣れだな」
「嫌な慣れだな」
「あっ…ははは……は……」
乾いた笑いしか出ない。
コルトも結局最後まで食べ物の味には慣れず、肉か野生の植物しか食べられなかった。
どうしてもあの見た目と味がめちゃくちゃな上に、味のバリエーションが苦い、辛い、酸っぱい、無いという酷い4択状態なことも最悪だった。
原因は分かっているし、現状では対処のしようが無いことも理解している。
食べ物を粗末にするのも良くない事も頭では分かっているが、どうしても口が受け付けなかった。
アンリが魔族領の野菜を見たいと思うのもしょうがないだろう。
ルーカスの味覚が正常なことが、魔族の野菜の味が普通であることの証左だからだ。
──なんとか出来ないかなぁ。食べ物って一番争いごとに発展しやすいからなぁ。
とそんな事を考えながらぼーっと川を眺めている時だった。
上流から何かが流れてくるのが見えた。
もっと良くみようと少し身を乗り出すと、それに気が付いた3人もコルトの視線の先に顔を向けた。
「なんだ、何か流れてるな」
「行ってみよう」
ゆっくりと上流から流れてくる何か。
食べる事も忘れて川岸に近づいてみると。
「ねぇあれ人じゃないか?」
「わたしにもそう見えますね」
「たっ、大変だ!助けないと!」
「アンリ、コルト押さえてろ。俺が行く」
慌てて駆け出そうとするとほぼ反射でルーカスがコルトの首根っこを掴みアンリのほうに投げた。
投げたほうはそのまま水面の上を浮遊して流されてくる人に近づいている。
そして水面からその体を引き上げた。
ルーカスの体格がかなりいい事を勘案しても、引き上げられたその体はかなり小さい。
どう見ても子供だ、10にも満たないだろう。
ルーカスはその子供を焚き木の側で寝かせると、ハウリルが診断を始めた。
「息はありますが体がかなり冷えています、ですが水はあまり飲んでいないようです」
「板の上に半分乗っかって流されてたからな」
そういうルーカスの手には、謎の材質の板が握られていた。
「大丈夫かな」
「分かりませんが、とりあえず体を温めてあげましょう。貴重な情報源です」
「お前らしい意見だな」
それからコルトとアンリはその子に食べさせるための食料探し、ハウリルとルーカスは屋根のある場所の確保と子供の見張りに分かれる。
子供はどう見ても無魔なので自分たちと同じものは食べられないし、どういう子供か分からない以上、目覚めて暴れても確実に無傷で無力化できるという条件でそういう人選になった。
「これと、そっちも大丈夫」
ラグゼルから持ってきた植物図鑑を片手にコルトとアンリは森の中を探索する。
魚というタンパク質と川の水があるので、あとは手頃な植物があれば最低限の栄養は確保できるだろう。
「食い物違うってめんどくさいな」
「仕方ないよ。そうだ、もらった魔物の肉もダメだからね」
「分かった」
ある程度食べられるものを集め終わって再度街に戻り、2人がどこに行ったのか大声で呼びかけようとすると、突然耳を劈くような悲鳴が上がった。
どう考えても異常があったとしか思えないその声に、2人は同時に声の聞こえた方へと走り出す。
すると入り口のところに分かりやすく新規で刻まれた印がある建物が現れた。
「おいっ、大丈夫か!?」
「何があったの!?」
駆け込む勢いのままそう言って中に入ると、浮かぶ火球にほんのりと照らされたロビーホールで腹を抱えて笑うハウリルと、気を失っている子供を片腕に抱えて頭を押さえて座るルーカスの姿があった。
コルトは慌てて子供に駆け寄ると、子供は本当にただ気を失っているだけで呼吸は安定している。
「何したんだよ!」
「何もやってねぇよ!」
「何もやってないのにあんな悲鳴が上がるわけないだろ!」
未だに肩を震わせて笑いを堪えているハウリルが、本当に何もやっていないとフォローを入れてきた。
その様子がいかにも面白いものを見た様子なので、コルトもとりあえず怒りを引っ込める。
「ここ、暗いし体も温めなくてはいけないじゃないですか。なのでこうして火球を浮かべてもらっていたのですが、ちょっと光量が足りなかったのですよ。それでその子が起きたことに先に気付いたルーカスが覗き込んだら」
寝起きで薄暗い明かりの中浮かび上がる顔に驚いて悲鳴を上げて再度気絶してしまったらしい。
それを聞いたコルトとアンリは2人であーっと納得してルーカスを見る。
割りと彫りの深い強面なので、さぞや怖かっただろう。
目覚めた時に最初に見るものについては全く考えになかった、かなり可愛そうな事をしてしまった。
「お前ぇはいつまで笑ってんだよ、ガキに顔見られて気絶された俺の気持ちを考えろ!」
「すっ、すいません」
一応謝罪の言葉を述べているが、どうせハウリルの事なので平謝りだ。
「クソが。おい、とりあえずアンリかコルトのどっちかこのチビ引き取れ」
「収まり良さそうだけどな」
「また俺の顔見て気絶されんのはごめんだぞ」
さすがに2度も怖い思いをするのは可愛そうだとアンリが引き取った。
「俺そんなに顔怖ぇかよ」
「あなたの場合、さらにガタイも良いではないですか。何も知らない幼子には威圧感があって怖いと思いますよ」
「あぁクソッ、分かった、ならしばらく女になってりゃまだマシだろ」
「えっ?」「はっ?」「何言ってんの?」
そう言うやいなや、思考がついていかない3人をよそに、ルーカスはめきめきと骨格を変えて女体化した。




