第116話
「いってぇええええええ!!!」
竜人特有の甲殻鱗を腕から引っ剥がすと、持ち主が目に涙を浮かべながら絶叫した。
すでにこれで5枚目なので慣れてこないかと言ったら、慣れるわけねぇとキレられる。
アンリも反対側の腕の鱗を剥がしているので、ルーカスの両腕は血塗れだった。
だがさすがの魔族の修復力、剥がしたそばから修復されていくので、血濡れと言ってもその下はほぼ治っている。
「そんな馬鹿みたいな再生力を持っていても、痛いものは痛いんですね」
そう言って術式を刻む用だという小型のナイフで鱗に文字を刻み終えたハウリルが、両腕を生乾きの血で赤黒く変色させたルーカスに鱗を手渡した。
「当たり前だろ!治るからって積極的に怪我して痛みに慣れようなんて考えるアホがいるかよ。あぁくそ、だから嫌だったんだ」
ハウリルが提案してきた内容は、ルーカスの肉体自体に魔術を刻むという方法だった。
魔石という小さな石にも魔術を刻めるなら、魔力の塊とも言える魔族の肉体にも効果があるのではないかと言い出したのだ。
ルーカスは当然嫌がった。
自分の体を意図的に傷つける事が嫌な他に、己の体の中を流れる魔力に直接何かを書き込まれるのを嫌がった。
分からなくもない。
魔力は魔族の肉体と魂を繋ぎ止めるための力だ。
その魔力に直接何かを書き込むという事は、魂自体にも何らかの影響が出る可能性がある。
そしてそれは現状では不可逆だ。
どんな影響が出るか分からない以上、拒否反応が出るのは当然だった。
なのでまずは魔力の溜まった甲殻鱗を剥がして魔石代わりになるのか試すところを妥協点にしてみたのだが、やはり体についているものを剥がすのは痛いらしく、先程から街中にルーカスの悲鳴がこだましていた。
あまりの悲鳴に見物客が集まる始末で、その中にはステップを踏みながら馬のくせに楽しそうな雰囲気のシロまで混ざる始末で、さすがにキレたルーカスが吠えて追い払っていた。
「それでどんな魔術刻んだんだよ」
「書いてある通りですよ、目線の先5メートルで突風が渦巻く魔術です」
それを聞いて舌打ちすると、ルーカスは鱗を握り込んだ。
すると魔術式の通り、目線の先大体5メートルほどのところで風が渦を巻いて落ち葉を巻き上げた。
「おっ、なんだあっさり出来ていい感じじゃん!」
「これなら魔石の代わりになりそうですね、本人の痛みと引き換えになりますが……おやっ?やはり嫌ですか?」
浮かない顔で鱗を見つめるルーカスにどうしたのかと聞くと、あろうことか鱗を口に放り込んで噛み砕き、そのまま飲み込んでしまった。
「何やってんの!?」
「捨てる場所がねぇだろ」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「鱗になにか問題でもありましたか?」
突然の奇行にコルトとアンリがドン引きしている中、冷静に原因を聞くハウリル。
ルーカスはもう一枚ハウリルから魔術を刻んだ鱗を要求すると、もう一度発動させた。
発動自体はどうみても上手くいっているように見えるが、何かが気に食わないらしく、眉間に皺を寄せて鱗をみている。
「思ったより全然使えねぇな」
「ちゃんと発動してるじゃん、何がダメなんだよ」
「魔力通した瞬間、鱗に溜まってた魔力が大量に外に逃げやがった。これじゃ使い捨てにしかならねぇよ」
「おやっ、そんなにダメですか?刻んでいるときは魔力が逃げるような感覚は無かったのですが」
「あぁ、受け取った時も魔力が極端に減ってるような感じはねぇよ。だが、発動のために魔力を通した瞬間ほとんど流れやがった」
「うーん、なんでだ?魔石と違ってちっちゃくなったりもしないのに」
うーんと頭をひねる3人をよそにコルトはある程度の理由に予想がついていた。
おそらく魔石は石として結合し実体化するようにプログラムが刻まれているのに対して、鱗に込めた魔力にはそれが無い。
さらに肉体から分離して完全にただの物体となってしまったため、必要な分だけを取り出してコントロールする司令塔がなく全部流れてしまうのだろう。
元が魔族の肉体というだけあって、分離したり魔術を刻んだくらいでは簡単には霧散しないが、さすがに使用するとなると難しいらしい。
「あぁクソッ、こんなに剥がす必要無かったじゃねぇか。痛いだけで損だ。残った鱗返せ」
「もったいない、一回使えるならいいではないですか」
「お前なぁ、知り合いでも体の一部をずっと持ち歩かれんのは気持ち悪いだろうが、役に立たねぇなら尚更だ。俺がお前の爪でも毛でも持ち歩いてたらキモいだろ」
「そういう風俗が無いことは無いですが、迷信の類ですしね」
そういって素直に返却された鱗をやっぱり噛み砕いて飲み込んで処理していく。
自分の一部を食べるのもそれはそれで気持ち悪いと思うのだが、その辺の感覚が違うのだろうか。
「ですが、これもダメとなると、やっぱり体に直接魔術を刻むしかないんじゃないですか?」
「……やりたくねぇ」
「ですよね。どうなるか分からない以上気持ちは分からなくはないんですよ」
「別にもういいじゃん。私達もなるべく開けたところに出ないようにって気をつけるし、体弄るなんて怖いこと、無理強いしたくもない」
アンリも反対に回ったのでハウリルもこれ以上粘る気は無いらしい。
諦める方向で話しがつきそうだった。
だが、コルトはまだ諦めたく無かった。
本人の言い分も理解は出来るが、これが出来るか出来ないかで道中の安全性が格段に変わる。
なんとしてでもどうにかしたかった。
──そもそも魔石の性質についてまだ全部分かってるわけじゃない。魔族が使うとどうなるのかなんて、まだほとんど分かってないんだ。まずはそこを潰す。
「ハウリルさん、魔石まだありますか?」
「ありますよ。どうするんです?」
魔石の入った袋を手渡され、中に手を突っ込んで適当に取り出すと、4属性各1個を残して、あとはまた袋に戻した。
「僕たち共族じゃ魔力の絶対量が少ないし、上手く扱えるわけじゃないから魔石を作るのに専用の道具がいるし再供給もできないけど、魔族なら魔石に魔力供給が出来るんじゃないかって思うんです。さらに言うなら、属性変換した魔力も再度通常の魔力、えぇと無属性の魔力に戻せるじゃないですか。なら属性毎に分かれた魔石も、無理やり1つに出来るんじゃないかって」
まずは火の魔石をルーカスに渡し、火の魔力を流し込むように指示を出す。
鱗を剥がされるよりはと大人しく受け取ったルーカスは、早速握り込んで魔石に魔力を注入し始める。
しばらくして魔石を見てみると、
「うーん、なんかちょっと発光感が出た?」
「大きさはの変化は分かりませんが、確かにちょっと色が変わりましたね」
「無理やり押し込んだ感じだが、入らねぇ事はねぇな」
「なら次は属性変換してない魔力を入れてみてよ」
「しょうがねぇなぁ」
再度握り込んで魔力を注入し始めるが、何かおかしいのか直ぐに手を開いた。
「さっきより弾かれるな、全く入らねぇって事はねぇけど」
「なら今度は4属性一気に」
4属性の魔石を握らせ、再度無属性の魔力を注入させる。
すると片眉だけ上げて面白そうに口角を上げた。
そしてさらに強く握り込んでいる。
「なるほど。確かに無理やり1つに出来るな」
そう言って開かれた手のひらには、歪な形ながらも1つの塊になった魔石が乗っていた。
少しだけ青みがかった光が中で乱反射し、キラキラと輝きながら中で少し対流しているようだ。
それを見てアンリが顔を輝かせた。
「うわぁ、めちゃくちゃ綺麗じゃん!触ってもいいか?」
「これは素晴らしい。間違いなく中央の成金がこぞって大金を積み上げますよ」
「石を愛でる趣味はねぇが、確かにこれなら眺めてて楽しいな」
触りたいというアンリの手に魔石が乗せられると、それを掲げて日の光に当てた。
日の光が合わさり、表面がさらに虹色に輝き始める。
これで貴人を飾り立てれば間違いなく衆目の目を集め、権威立てとしては最上級のものになるのではないかと思われた。
「でも不思議ですね、あなたはラグゼルで魔石作りの経験があるはずですよね?その割には初見のようですが」
「そんな事言った覚えは…、あいつらが試さねぇって思わねぇほうがおかしいか。俺が作った時は属性毎に装置が別れてたから、それじゃねぇの。その辺りはコルトのほうが詳しいだろ」
「うーん、推測だけど、多分先入観じゃないかな?」
「先入観?」
一応各属性を1つにまとめる研究はしていた。
だが、1つにまとめられるだけの4属性の魔力量が確保できず、さらにすでに入っている属性に他の1属性を入れようとすると後から入れるほうが全部弾かれてしまう。
無駄となってしまうのだ。
だから混ざらないように装置をわざわざ各属性でわけで、間違えないようにしたのが、そもそも装置が別れている理由でもある。
それが長年続いた結果、この装置は指定された属性でしか使えないという先入観が生まれた可能性がある。
「あとは装置が壊れる可能性も考慮したんじゃないかな、魔族の魔力なんてそれまで触れたことがなかったんだし。僕としては1つくらい壊れても、それも研究過程の成果の1つとして別にいいんじゃないかと思うけど、装置を作る余裕を考えたら今はちょっとってなったのかもね」
平時なら1つくらい潰したところでどうという事も無かっただろうが、残念ながら今はまだ非常時だ。
大分余裕が出てきたとはいえ、今はまだ平常時にはほど遠い。
「なるほど。それはともかくとして、これで解決でしょうか?」
「はい!術式刻んで、あとは魔力供給を忘れなければ大丈夫だと思いま…す……」
話の途中だが魔石に目をやってコルトは気付いてしまった。
改めて出来上がった魔石は無理やり合体させたせいか大分歪な形をしており、魔石4つ分の大きさとはいえ、平な部分がほとんどない。
そんなところに文字を刻むのか?と考えてしまった。
だがコルトの表情を見てハウリルが察してくれたらしく、苦笑しながら代わりに刻みますよと申し出てくれた。
とてもありがたかった。




