第112話
「あー、えっと……お前、何言ってんの?大丈夫か?混乱して正気失ってないか?」
いきなりの宣言に困惑したような、アホをみるような顔をしたアンリは、まずコルトの正気を疑っている。
それも無理からぬ事だ。
「大丈夫、正気だよ。凄く真面目に、僕は神に連なるモノだ」
「だからそんな事突然言われても、何言ってんのとしか思わないんだけど」
アンリはコルトの顔を両手で挟むと、グリグリと回してじっくり観察しながら本当に正気か?と疑っている。
コルトはそのアンリの両手を己の両手で掴んで動きを止めると、声を振り絞るようにして叫んだ。
「僕は魔族が言ってた力の事を全部知ってた、思い出したんだ!それだけじゃない、人がなんの為に作られたのかも知ってる!だから、だから…人が…人があんな状態になってるのがつらいんだ。そんな事のために作ったんじゃない」
「…コルッ」
「でも……、それは神の視点で、あの子達を見てもそんな事を思ってるから、…本当は僕は、…人の事なんかどうでもいいんじゃないかって思って。でも、でも……それなら僕はやっぱり必要の無い存在で…、でも嫌われるのも嫌で…でも、こんな事になってるのはやっぱり僕のせいじゃないかって思えてきて……でも、嫌われたく…ないん…だ」
叫びながら涙が溢れ、嗚咽を漏らしながら懇願した。
どこまでも利己的な願いを口にした。
嫌われたくない。
それこそ人が抱く感情であることに気付かずに、ただひたすら泣きながら嫌わないで欲しいと懇願した。
アンリは途中からそれを黙って聞いていた。
困惑しどうしようかと空を仰ぎ見る。
それから腕を掴むコルトの腕を外すと、嫌ったりはしないと静かに言った。
「お前の言ってることよく分かんないけど、別に嫌ったりはしないよ。お前に嫌な事された事ないし」
「でも、僕は共族を見捨てた神に遣わされたんだよ!?」
「それがよく分かんないんだってば。なんだよ神につかわされたって、お前共族の人間だろ?」
「それはそうなんだけど、本来共族が持ってるはずがない知識を持ってるんだよ!」
「でもそれって、ラグゼルで知ったのをどこで知ったのか忘れてただけかもしれないじゃん」
「それはあり得ない。アウレポトラで地震があった時、誰も地震の事を知らなかったのに、僕は知ってたじゃないか。みんな知らなくて当然なんだよ、地震も噴火も豪雪も洪水その他自然災害全部、人の居住環境としては適さないから、それらが起きないように全部神が環境を管理してる。だから普通なら共族が知るはずがないんだ。それに…僕はずっと思考が神に近かった」
今思えば、共族を無条件に好いていたのも、魔族を無条件に嫌っていたのも、全て思考の視点が神よりだったからだ。
人ではなく、もっと上の視点から俯瞰して考えていた。
共族という全体を守るために、魔族という全体を害するものとして嫌っていた。
個人なんてみていない。
アンリに自分が神側だと宣言したからか、今までの自分の行動に納得がいって、どんどん思考がクリアになっていく。
立場が明確になったからか、それとも誰かに吐き出して肩の荷が降りたからか。
今だから確信した。
「あの時あの場で地震が起きたのは、僕が原因だ。僕が起こした」
目の前で共族同士が殺し合いを始めそうになった。
それがあまりにもバカバカしくて、見ていられなかった。
おそらくそれが起動の原因になって地震が引き起こされた。
それを言うと、アンリから思わぬ一言が出た。
「じゃあとりあえず聞くけど、お前はあそこにいた奴らを殺したっかったのか?」
「えっ?それは無いよ、絶対に無い!」
「そっか、ちょっと安心した」
そういうとアンリはコルトの隣に腰掛けた。
「とりあえずはっきりさせておきたいんだけど、お前は誰かを消したいとか、殺したいとは思ってないんだよな」
「そんな事思ってないよ、なんで僕がそんな事しなくちゃいけないんだよ」
「だってさぁ、これまでの話聞いたら、共神がわたしたち共族を消したいのかな?ってちょっと思うじゃん?まぁお前が本当に神ならの話だけど」
「消したいなんて思わないよ、それと僕は神に連なるモノで神ではないよ」
「違いが分かんないんだけど、同じじゃないの?」
「全然違うよ。僕は多分地上の観測用に降ろされたんじゃないかな?」
「なんで疑問形なんだよ。お前がはっきりしないから、私も信じられないんだけど」
「だって僕自身全部知ってるわけじゃないし、でも自覚としてはあるんだよ。証拠を出せって言われたら難しいけど…、なんかないかな?アンリは何か知りたい事ない?」
「突然言われてもなぁ、というか私が知ってもいいのか?」
「もういいよ……、あの魔族が色々喋っちゃったし」
「うーん、そうか?そうだなぁ、じゃあなんで共神は私達を見捨てたんだ?」
「うっ、それは……」
いきなりそれから来るのかと少々面食らってしまった。
だが聞いたのは自分だ。
だから把握している範囲内でなるべく応えられるように、頭の中で回答を整理した。
「見捨てた訳じゃないんだ。自立して欲しかったんだよ」
「自立?」
「うん。そもそも神は人を世界を観測するための存在として作ったんだよ、少なくとも共族はね」
「世界を観測?」
「神はね、役割があるんだ。世界を作るっていう役割が。それでその世界を完成させるためには、その世界を観測する存在が必要なんだ。その観測する役割を持った知的生命体として、別の世界ですでに繁栄していた人っていう種族を、こっちの世界でも作ったんだ」
アンリは早速首をかしげている。
「アンリはどうして自分がここにいるのか分かる?」
「そんなの母さんが産んでくれたからじゃん」
「そういう物理的な話じゃないよ、もっと概念的な話なんだ。あのね、この世界にアンリしかいなかったら、アンリは自分っていう存在を自覚できないんだよ。自覚っていうのはね、他の存在がいて初めて成り立つんだ。それが観測されて初めて世界が出来るんだ。ただそこに土と海があるだけじゃ世界は成り立たないんだよ」
「うーん、よくわからん」
「アンリがいて、僕がいて、僕たちがいるこの世界がある」
「…なるほど?……分かんないから先に進めて」
「あははは、とにかく世界を観測して完成させるためには人が必要だった。でも、人が自然に生まれるのを待つには時間が掛かりすぎる。だから僕は時間を圧縮するために、知識をある程度有効に使える程度まで進化が進んだ状態で人を作り出したんだ」
「……ふーん?」
相変わらずアンリはよく分かってないようだが、雰囲気がさっさと結論に話を進めろと言っている。
だからコルトも敢えて細かい説明を入れずに進める。
「そして僕の思った通り、人は元の種族が持っていた知識を吸収してどんどん社会を発展させていった。世界を続けていく者としても、観測する者としても十分だった」
「良かったじゃん」
「うん、最初はね。でもある程度まで進んだときに気が付いたんだ。このまま知識だけを与えても、彼らはそれを当てにするだけで自分たちでは何も生み出さない。何も考えないって。だから彼らに答える事をやめた」
「……極端過ぎね?」
「あはははは、だから神との交信装置が作られたんだよ」
当時は共族の全員が神の声を聞くことが出来た、神の知識に触れる事が出来た。
だが突然それは打ち切られた。
以前ラグゼルでも言われていた通りだ。
「それで、段階的に装置を使っても知識が得られないようにしていって、最終的には完全に遮断したんだ」
「なるほど。でもなんで魔神にも答えなかったんだ?別に魔神は関係ないだろ」
「そっ、それは……分からない」
その辺りについては思い出せない。
徐々に装置を使えないようにしていったところまでは思い出せた。
それで最終的には使えないようにしたというのは想像できても、その辺りの記憶が思い出せないのだ。
肝心なところが分からないせいで、アンリの表情が一気に胡散臭いものを見る顔になった。
「お前ぇ、答えが目の前にあると思ったらお預けか!?やっぱり妄想なんじゃないの!?」
「酷いよ!一応嘘は言ってないはずだよ!騙す気だってないし、普通に考えたらこんな事言い出すなんてどう考えても頭がおかしい自覚くらいはあるよ!?それにそれだってもう数千年前、少なくとも6000年くらい前の話なんだから、僕が知らなくたってしょうがないじゃないか!」
「えっ!?そんな前!?」
「そうだよ、それに言ったでしょ。僕はあくまで神に連なるモノで神自身じゃないし、体も共族そのもので魔力も扱うような体だし、共神自体じゃないんだよ。そもそもその当時の時点で魔神とはもう何万年も話なんてしてなかったんだよ、お互いに種族が成熟するまでは不干渉の予定だったし。また上手くいってないからいい加減諦めたらいいのにって思ってたくらいだし」
「…むぅ……」
どうしてその6000年の記憶だけ思い出せないのか分からないが、分からないものはとりあえずどうしようもなかった。
アンリがふくれっ面をしているが、仕方がない。
「じゃあさ、これは分かるか?」
「何?」
「共神が戦いを禁じた理由」
「あぁそれは簡単だよ。どう頑張ってもいくつかグループが出来るのは仕方がなかったし、そっちのほうが効率がいいからそうしたんだけど、模倣した種族がそうだったけど、それだとどうしても合わないとか、もっと欲しいってなって大きな戦争が起きちゃうんだよね。そうするとせっかく作った色々なものが、最悪跡形もなくなくなっちゃうから、なら最初から戦い自体を禁止するのがいいかなって」
でもその結果が今の共族の状況だというのなら、それは失敗だったのではないかと思っている。
当時ならまさか魔族が約束を破って攻めてくるとは思わなかったし、コルネウスが言うように元になった種族や、他の参考にしなかった種族がこちらに攻めてこないとも限らない。
ある程度の割り切りは必要だったかもしれない。
それを聞いたアンリはそうか、と呟いた。
その様子が少し不安そうで、だから言葉を続けた。
「今のこの共族の状況は色々と失敗したなって思ってるけど、僕自身は失敗だったから消そうとは思ってないよ」
「本当か?」
「うん。父さんや母さん、学校の友達も大事だし、アンリとも出会えた。共族を消すって事は、それを全部否定するって事だ。そんな事出来ないよ。全体をみたら酷い事だってあるけど、楽しい事もいっぱいあったから…」
自立して欲しいと願った。
それならラグゼルの共鳴力と魔力を融合させた技術は、確実に彼ら独自の技術で、少しずれてしまったが欲しかったものだ。
そして神を否定された事は悲しいけれど、それでも神に頼らずに生きていこうって決めてくれた事はなにより嬉しい。
必ずしも良い状況とは全く言えないが、それでも全く悪い状況でもないと思う。
あとはこの状況を神自身がどう思うかだ。
「それなんだけど、コルトは本当に神じゃないんだよな?」
「そうだよ。僕は神自身じゃないよ」
「……でもお前、まるで自分の事みたいに語ってたじゃないか」
「…そう…だったかな?」
それは完全に無自覚だった。
だがアンリは完全に主語がコルト自身だったと言っている。
「多分、僕も知識とか記憶とか一部持ってるからそう言っちゃったんだよ」
「うーん、まっ、そういう事にしておくか」
「うん」
──…でも……。
無意識にそういう受け答えをしていた、という事がシンプルに引っ掛かった。
言葉では否定しても、もし本当に自分自身が神だった場合。
どう考えても肉体に収まるものではないのであり得ないとは思うが、力は全て置いて意識だけを体に宿らせた場合はどうなるか。
記憶の面も、共族の肉体で何十万年分の記憶を保存できるわけがないので、持ち出せなかったと考えればどうだろうか。
そもそも、そんな記憶も自覚もないような存在をわざわざ共族の素の肉体に宿らせた理由はなんなのか。
いつの間にか涙は止まり、心も少しスッキリとはしていたが、それでも確定できない事にコルトは不安が残っていた。




