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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第5章
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第109話

「こんなところで何してんだ、坊」

「うげっ!?」


突然現れたバスカロンは呆れた目でルーカスを見下ろし、それから男のほうを見てようっと軽く手を上げた。

すると男はルーカスを押しのけてこの状況をバスカロンに説明し始める。

子供のような応酬を止める間もなく事細かに説明され、いたずらがバレた子供のようにルーカスの顔が歪み始めるのに対し、お気に入りの玩具をもらった子供のようにバスカロンの口角が上がっていった。

それを慰めるようにアンリが背中を優しく叩いているが、その顔はどうみても笑いが堪えきれずニヤニヤしている。


「なんでお前らこの奥が見てぇんだ。倉庫しかねぇぞ」

「嘘言ってんじゃねぇ、本当に倉庫しかねぇなら見張りなんてつけねぇだろうが」

「アホか、倉庫と見張りはセットだろ」

「見張り置くほどここの奴らは信用ならないってか?」

「酒飲んでフラフラする奴はいるだろ。それとな、不慮の事故ってのはどんなに気を付けても起きる時は起きるんだよ。それにこっちが出来ることなんてのは、早期の発見だけだ。そのための見張りだ、分かったか?」

「ならお前ぇら同伴で俺らが倉庫見たって問題ねぇだろ」

「だからなんで倉庫が見たいんだよ、珍しいもんなんて何もないぞ」

「魔族の食べ物は十分珍しいだろ。こっちでも問題なく育って食べられるなら、ちょっとみてみたいじゃん」


アンリのその言葉に、バスカロンはあーという顔をした。

コルトも追撃で食料が不足するかもしれないという事を言うと、ルーカスがさらに畳み掛けた。

北の牧場を燃やしたのはお前らかと、直球で聞いたのだ。

するとそれを言った瞬間に男が怯えを顔に浮かべ硬直したのが視界の隅に写った。

バスカロンのほうはさすがの年季というべきか、動揺も焦りも一切見せず、何のことか分からないとでも言いたげな態度だ。

だが一人その態度が取れたからと言って、すでに別の人間が態度に表してしまっている。

ルーカスは男の襟首を掴むと、証拠を突きつけるかのようにバスカロンに突き出した。

突き出された男はヒッと短く悲鳴をあげると、すみませんすみません、と何度も謝り始めている。

それでバスカロンも諦めたらしい。

ルーカスの腕を掴んで男を開放すると、どこまで知ってると逆に聞いてきた。


「無魔の人たちの牧場だって聞いてる」


怒りを声に滲ませて答えると、バスカロンは参ったなと頭を掻いた。


「それを知ってんなら隠すほうが不味そうだな」

「ならお前達が牧場を燃やしたのは本当なのか!?無抵抗の無魔の彼らを殺したのか!?」

「待て待て待て!怒るのは分かる、分かるが……まずは話を聞いてくれ。そうだなちょっとあの緑の兄ちゃんも呼んでくるから待ってろ」


犬の耳をピンとさせて焦り始めたバスカロンは、ルーカスにコルトを抑えておけと言うと、文字通り飛んで城のほうに戻っていった。

残されたコルト達はそれを見送るとどうするかお互いに顔を見合わせる。

コルトもあっという間にバスカロンがその場からいなくなってしまったので、瞬間的な怒りが一気に冷めた。

なので所在無げに立っている男に先に奥に案内してくれないかと頼むと、一回は拒否されてしまったが、結果は変わらないという事を言うと諦めたように先導し始めた。

男はしばらくトボトボと歩いていたが、しばらくするとおもむろに口を開いた。


「あの牧場に”人”はいなかった」

「えっ?」


何を言っているのか分からなかった。

あそこで作られたものは無魔の子供でも食べられるものだ。

それを生きて呼吸をするだけで体内に収めきれない余剰分の魔力が漏れ出てしまう魔力持ちの共族が作れるわけがない。

ラグゼルでもどんなに研究を重ねても、周りの植物や土が吸収してしまうことをどうやっても避けられなかった。

やるとしたら完全に機械に任せたオートメーションにするしかない。

だが現状の電力エネルギーの供給量では、無魔地区を作ってそこで無魔の人達に専属で任せたほうが資材的にも効率がいい。

そのくらいには魔力持ちの共族が無魔の野菜を作る事は難しかった。

だから人がいないなんてあり得ない。

だから何を言っているのか分からない。


「……人の定義の話だ。俺は人ってのは自分で考えて行動するやつの事を人って言うんだと思ってる。人に言われるがまま、ものの良し悪しを考えない、考えられない奴は家畜と同じだ」

「そこにいたのは人じゃなくて、家畜だって言いてぇのか?」

「……そうだ。あそこにいたのは家畜だ、人の形をした家畜だった」

「だから殺したんですか?」

「………そうするしか無かったんだよ!あれをそれでも生きてるからって生かしておくのが正解だとは思えなかった!」

「それを決める権利が貴方達にあるって言うんですか!?自分たちが見たくないからって勝手な理由で殺しても良いって言うんですか!?」

「お前のような子供に何が分かる!あれを見てないからそういう事がっ」

「こんなところで言い争うなよ!」


男がコルトに掴みかかろうとした瞬間、アンリが割って入ってコルトと男を引き離した。

無理やり引き離された男は突然の乱入に拳を振り上げるが、振り上げた腕をそのままルーカスに掴まれ動けなくなっている。

コルトのほうもそのままアンリに押されて距離を取らされると、怒るのは全部見てからでもいいだろと諭された。

アンリもこの理不尽に怒らないのかとさらに怒りが湧き上がってきたが、アンリ自身も止めるのが正しいのか分かっていない当惑した顔をし、さらにコルトと目が合った時にその目に一瞬怯えが見えて、それで少し頭が冷えた。


「…その……結構感情的に怒るコルトって怖いんだよ」

「……ごめん」


そのままアンリに手を引かれて気まずそうな顔をした男の近くまで連れられると、4人は無言で遠くに見える大きな倉庫に向けて歩き出した。

倉庫には数分で到着した。

遠くからでも大きい事が分かったが、近くで見てもそこそこ大きい。

石造りの建物は、それだけで威圧感があった。

中身は本当にただの倉庫で、収穫された作物が種類毎に分けられており、中では数人が数を数えながら配分をどうするか話し合っていた。

アンリはそれを興味深そうにみており、話しかけては色々と質問攻めにしていた。

職員も最初は困惑していたが、最後のほうには調子良さげに自ら色々と説明し始めている。

その至って普通の様子に拍子抜けしかけたが、倉庫はその1つだけではない。

早くもっと奥に行きたいという気持ちを抑えていると、遠くからハウリル達が走ってくるのが視界に写った。

それに気付いたアンリが話を切り上げると、大きく手を振り出迎えている。

ついて早々にネフィリスはルーカスを思いっきりぶん殴り、端の方に連れて行くと怒鳴り始めたようだ。

聞こえないのはおそらく魔法で声を遮断しているのだろう。

ハウリルはそれを見て苦笑しつつ近寄ってきた。


「わたしだけ仲間外れとは、酷いではないですか」

「私とコルトの2人で行こうとしてたら、ルーカスが混ざって来たんだよ」

「ならその時点で呼んでくれてもいいではないですか」

「なんかこう…あの状態で戻るのもなんか気まずいじゃん?」

「それもそうですね。とりあえず、ここから先の案内は…」

「俺が引き受けた」


その声に振り返ると、ファルゴが立っていた。

さっき会った時に呼ばれていたが、もう大丈夫なのだろうか。


「俺は牧場の調査も、その後の破壊も最初から最後まで関わってるからな」

「………」

「そんな怖い顔するなよ。俺らも楽しくてやったわけじゃない、あぁするしかなかった……」


声で後悔しているのは分かるが、言い訳にしか聞こえない。

そのままこっちだというファルゴに促されて歩きだすと、何故か魔族3人が動かずにこちらの様子を伺っている事に気が付いた。

振り返って睨みつけると、ネフィリスが肩を竦め、少し離れて後ろからついてくる。

それが非常に不愉快だった。

ファルゴについていくつかの倉庫を通り過ぎると、少し開けた場所に出た。

そこも畑にしているらしく、”見慣れた作物”が育てられ、数人の子供が無言で手を動かして働いている。

コルトは最初、その子供達の違和感に気が付かなかった。

それはあまりにも見慣れた色だったからだ。

コルトにとってそれが身近にいるのは当たり前で、寧ろそれが普通だったから、その普通がここでは異常である事に最初気が付かなかった。

気が付いたのはアンリとハウリルが驚きの声を上げたからだ。


「無魔の子供、連れてきたのですか?」


ハウリルのその言葉にやっとコルトもその異常に気が付いた。

子供の髪色は茶や黒といった魔力が無い色をしている。

殺人のみならず子供の誘拐までしたのかと思っていると、話しかけてみろとファルゴが言う。

コルトは遠慮なく歩を進めると、一番近くにいた子供に話しかけた。


「君はここにいつからいるの?」


返答は無かった。

それどころか完全に無反応で無言で黙々と手を動かしている。


──耳が聴こえないのかな?


そう思って今度は手を子供の目の前に差し出してみた。

すると子供は動きを止め、1呼吸の間に直立すると真っ直ぐ前を見たまま動かなくなってしまった。

なにか気に触ったかと思い謝るが子供は無反応で動かない。

どう見ても異常だった。

コルトは訳が分からなかった。

どうして子供がこのような反応をするのか分からなかった。

理由があるとすれば、何かショックな事があって心が壊れてしまった以外に考えられない。


──誰が、誰がそんな事を……。


考えられるとすれば牧場を襲った、彼ら、いやっ魔族。

コルトはゆっくりと振り返った。


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