第104話
「あなたたちは、魔族以外から侵略されることを想定していますでしょうか?」
コルトは全身が震えた。
神は”それ”を想定していない。
それを直感で感じた。
そしてコルネウスのほうはそれを聞いた瞬間に不機嫌な顔から一瞬で上機嫌に変わり、周囲のほとんどもハウリルの言いたい事を理解した顔になる。
「ほぉ、ほぉ!良い、大変良い!貴様はアレに比べて平々凡々と聞いていたが、中央のその辺の凡人よりは余っ程物を考えられるではないか。そうだ、その通りだ。我々が魔族と組むのも、神殺しを決めたのも、全てはそれが理由だ!」
「……そうですか」
「んん?なんだ、どういう事だ?私にも分かるように説明して欲しいんだけど」
その場で唯一話についていけないアンリが首を傾げている。
するとハウリルは1つずつ確認するようにアンリに問い始めた。
「まずわたしたちが模倣種族というのは理解していますか?」
「えぇっと、モホウは分かんないけど、話聞いてる感じだとなんか真似て作られたってことだろ?」
「その通りです。それはつまりわたしたちとは別に人と呼ばれる存在がいるということ。そして今わたしたちが神から与えられたものは、恐らくその元の種族が大本、オリジナルであると考えられます。これがどういう事が分かりますか?」
「……元がそいつらのなら、そいつらのほうがもっと上手く使いこなせる」
「そうです。そして、少なくとも神はその世界を見る事が出来る。なら、彼らの神を通じてこちらに来ることも出来るのでは無いでしょうか?」
「それって、私達よりも凄い奴らがこっちに攻めてくるかもって事か!」
ハウリルが正解と笑顔で頷いた。
コルネウスも難しい顔をしながらも頷いている。
「本当にそれが出来るのかは分かりませんし、侵略が目的とも断定はできません。…ですが」
「だが楽観視は出来ん、万が一は考えねばならない。我らよりも遥かに優れた奴らが攻めてきた時、我らが対抗するにはどうすればいいか。それを考えた時に魔族と手を組むしか無いと考えた」
それを聞いてコルトはすかさず口を挟んだ。
「どうしてですか?共族には模倣元が持ってない共鳴力があります。それがあれば魔族の手を借りなくたって」
「エルデの残党はこんなアホを遣わして何がしたい。それとも本当に悪魔に成り果てたか?」
「っ!!」
コルトの言葉を遮ってコルネウスは馬鹿にするようにそういうと、鼻を鳴らした。
「我らが元の人に近いなら、元の奴らも生身なら魔族には勝てんだろ。何も分からん状況で、唯一確実に言えるのはこれだけだ。その絶対的優位を感情で捨てるなど出来ん!そもそも共族の技術を魔族が使えば強い事は、既に貴様らが証明しているではないか!」
先程ルーカスが刀身の落下で開けた床の穴を指差しながら、コルネウスは怒鳴った。
穴の空き方から恐らくルーカスの剣は人が片手で振り回せる重さではない。
だがその剣に使われている技術どころか、素材そのものは共族にしか生み出せないものだ。
どんなにコルトが魔族との共闘を認めなかったとしても、ラグゼルとルーカスがすでに手を組む有用性を証明してしまっていた。
──理屈じゃ分かってるんだ。でも……。
どうしても、魔族に共族を委ねる事が怖かった。
「小僧」
すると低く深い声が、コルトの耳朶を打った。
その声に向けて顔を上げると、三角の犬耳をまっすぐこちらに向けて膝に肘をつき、組んだ手に顎を乗せる大柄な魔族が目に入る。
「オメェはなんで思考から俺らを除外する」
「はっ?」
「オメェらの武器を持って俺らが戦うって事はだな、前線に俺らが立つって事だ。いざってなったら真っ先に死ぬのは俺らなんだよ。俺らがそんな事も分からなねぇでこの話を進めてるとでも思ったか?」
「………」
それがなんだと言うのか。
不死に近い魔族が前線で戦ったところで、損害消耗などほとんど出ないだろう。
何が言いたいのか分からなかった。
「俺らもこの世界を守りてぇから戦うんだよ。神の都合で作られようとな、俺らはここで生まれて育って死んできた!それを他所からきたよく分からねぇ奴らに見す見すくれてやるつもりはねぇ。俺らはハナからずっと、守りてぇもんがあるからテメェの命賭けてんだよ!」
「我らのこの歴史が、神からすればほんの瞬きの間かは知らぬ。だが我らが何代にも渡って生きてきたこの時は、いくら言の葉を積み重ねても足りぬかけがえのないものよ」
「っ!!」
何も言葉を返せなかった。
どんなに理性で彼らを否定しても、彼らもこの世界に根付いて続けている者達だと、心が彼らを肯定していた。
「……ごめんなさい」
自然と謝罪の言葉が出てきた。
でも何に対して謝っているのか分からなかった。
ただここで謝らないとバラバラになりそうだと思って、気付いたら口から出ていた。
そんなコルトの心の内など読めない彼らは、しおらしい態度で謝るコルトを見てそれ以上追及する事はなかった。
それから先の事はよく覚えていない。
気が付いたらその場の会話が終わっていて、アンリに肩を激しく揺さぶられて我に返った。
「大丈夫か?途中からなんかぼぉっとしてたけど」
「えっ、あぁうん。大丈夫…だよ……」
「ふーん。じゃあ何が決まったか言ってみろよ」
「えっ!?えぇっと……」
さっぱり聞いていなかったので言い淀んでいると、アンリが盛大なため息をついた。
「とりあえず神探しはこのまま私達が担当して、ここの奴らはその間に壁の奴らと接触してみるってよ。そんで、竜はルーカスじゃなくてあの鳥っぽい奴が一度帰ってこっちに連れてくるってさ」
「あっ、あぁうん…そうだね……」
「ったく、大丈夫かよ。私じゃ話の内容分かんないこと結構あるんだから、お前自身が聞いといてくれないと困るぞ」
「そんな事言わないでよ、アンリは聞けばちゃんと理解できるじゃないか」
「バッカ!説明されなくても分かる奴ばっかだから、ホイホイ話が進んで置いていかれるんだってば!」
それで1人分からない自分のために話を途中で止めてしまうのが申し訳ないらしい。
そんな事は気にせず聞けばいいのにと思うが、アンリ的には足を引っ張ってしまっているみたいで嫌なようだ。
何も知らないままよりは良いとも言ったが、何をやるのかだけ分かってればいいだろ?と返されてしまった。
何となくそれも違うような気がしたが、上手く言語化できなかったためアンリにそのまま押し通された。
「ハウリル、ルーカス、私はコルト連れて先に外出てるわ。なんかこいつ調子悪そうだし、気分転換でもしてくる」
「分かりました。竜が来るまでは動けませんし、しばらく自由行動でいいですよ」
「おっ、じゃあシロともしばらく会えなくなるからちょっと散策でもしてこようかな。いこうぜ」
そう言ってアンリに手を掴まれ、コルトは半ば引きずられるようにして応接間から退出した。
コルトとアンリが出ていくと、コルネウスも我らも別室で話合うかとハウリルと他数名を連れて出ていった。
部屋に残ったのは魔族3人。
ルーカスは同族とは言え面倒くさい面子の中に残されたと思い、自分もさっさと部屋を出ていくかと足を踏み出した時だった。
部屋の扉が魔法で閉められ、ついでに防音のために空気の障壁が部屋の壁に張り巡らされるのを感じる。
「坊。お前さんに少し聞きたい事がある」
「まだ老人の話に付き合えってか?」
「その老人の経験則での話だ」
「こんなに厳重に防壁張ってまでする内容か?」
呆れを口調に滲ませて振り返ると、思ったより真剣な、だが幼い頃からよく知る表情のバスカロンとネフィリスの顔が並んでいた。
魔王城で議会が開かれるときの、重々しい表情だ。
どうやら真面目で至って真剣な話のようだ。
ルーカスは手近なイスに座ると、聞く態勢に入った。
「……あの小僧。どういう出自だ?」
どうやらコルトの事を聞きたいらしい。
まぁあれだけ露骨に魔族嫌いを出してくれば気にもなるだろう。
自分は大分慣れたが、この2人にとっては初対面だ。
「壁の中の平均的な家庭だって聞いてる。性格は温厚で同年代からの評判も悪くねぇって聞いてる」
「温厚ねぇ、笑わせよる」
ネフィリスが目を細めて薄く笑った。
「……一応聞くが、男女から生まれた子供って認識で良いよな?」
「そりゃそうだろ。木の洞から人間のガキが生まれるかよ」
王家はコルトの出生記録もその両親の記録などもきっちり調べていた。
最初に会わされる前にどんな人物なのかルーカスも少しだけ教えられていたのだ。
まぁ実際に会ってみたら、聞いていた人物像とは打って変わって露骨にこちらに敵意に近い感情を向けてきた時は王家に嘘をつかれたと思っていたのも、今では少し懐かしい気分だ。
それがどうしたのかと思っていると、バスカロンがとんでもない事を口にした。
「俺らのとこの神は受肉用の肉体をそれ用に無から作った。まぁ俺らの一番最初のご先祖さんと同じ発生の仕方だな」
「テメェ……何が言いてぇんだ」
「分かっておるのに聞き返すとは、頭が暇なのかえ?」
ネフィリスの煽りには睨みを返すと、そのままの視線をバスカロンにも向けた。
「先に答えろ。お前ぇらはなんで”そう”思った?」
コルトが神の受肉体ではないか?
ルーカスにとってはバカバカしいとは思う。
だが、同時にそれを完全否定することもできないでいた。
あの無条件の魔族への嫌悪の出どころが分からないからだ。
でも本当に神なら、あの嫌悪を持って自分はとっくに消されているのではないかとも思う。
「あの小僧の俺らへの敵意。あれは他の共族が俺らに向けていたものとは全く異なる、別の方向性のもんだ。実際に受肉した魔神と見て、長年共族社会を見てきた俺の勘がそう言ってる」
「神というのはとにかく視点が大きい。魔神も我らと接するときは、全て等しく”子”という括りで我らを見よる。あの小僧も我ら魔族を”魔族”って括りで見ておる。そこそこ行動を共にしたお主の事も、会ったばかりの我らの事もあの小僧は”魔族”という括りでしか見ておらぬ。でなければお主に我らに向けた敵意の目を、そのまま向けるなんて事はせぬであろうよ」
ネフィリスがいつの事を言っているのかすぐに頭に浮かんだ。
アンリを助けるためにバスカロンの首を飛ばすときの事を言っているのだろう。
あの時自分を見るコルトの目は仲間を見る目ではなく、完全に憎い敵を見る目だった。
ネフィリスの位置からだとコルトの顔がよく見えたはずだ。
バスカロンに向けた目も、それからそのまま自分に向けた目も。
「俺にアイツを殺せってか?」
「そこまでしろとは言わねぇよ。確証もねぇのにそんな事をしても、メリットなんて1つもない。ただ、お前はまだしばらく行動を共にするからな、心構えはあったほうがいいだろ」
「ただあの小僧の態度見る限り、仮に神だとしても自覚が無さそうに見えるのよな」
まだ生きているルーカスをまじまじと見ながら、ネフィリスが首を傾げている。
「………」
「1人で抱えきれなんだら、あの緑の共族には喋っても良いぞ。青いガキはダメだ、あれはまだ未熟よ。恐らく態度に出る」
「……アイツはそこまで……いやっ、いい。ハウリルだけにしておく。それで話はこれだけか?」
「これだけよ。では、留守は任せたからの。我らのおらぬ間にここを陥落させたら、一枚ずつ全身の鱗を尻から剥いでやるからの」
「ならねぇよクソ鳥。竜の餌にするぞ」
「その威勢がずっと続くと良いのぉ」
それにルーカスは鼻を鳴らして返すと、未だ張られている防壁を己の魔力で無理やり突破して部屋を出た。




