第102話
悲しいと思った。
寂しいと思った。
でも、心のどこかに歓喜もあった。
必要としないで欲しい。
望まないで欲しい。
一抹の寂しさと共に望んだそれを。
手にしたい。
「すでにそこまで考えていたとは……。一体いつからヘンリンは魔族と組んでいたんです?」
「80年ほど前の爺さまの代からだ」
「そんなに長いことよくここまで計画がよそに漏れずに遂行できましたね」
「魔族側はずっと変わっていないからな。変わらぬ指針があれば我々にとっては長い時でも以外と続けられる」
「それをずっとまとめてたこっちの身にもなれってんだ。共族はあっという間に代替わりしやがるから、その度に引き継ぎやらで面倒くせぇのなんの」
「その文句は神々に言ってもらおう。不要に長くしたのも、何も弄らなかったのも神の判断だ」
言えるなら言ってるってのとブツブツと文句を言うバスカロン。
「……まだ何かありそうですね」
「種族の違いについてはまた今度だ。それより、こっちの目的は明かした。そろそろそっちの目的を言え」
「こちらとしてもその話は是非にもしたいのですが、その前に……」
「お前らなんでルーカスに黙ってたんだよ!」
アンリが怒気を滲ませながら低く唸った。
唸られたほうは全く変わらず、ルーカス?と疑問を浮かべ、ついですぐにあぁ坊かと納得している。
「そんなに重要な事をなんで黙ってたんだよ!」
「それをなんで嬢ちゃんが聞くんだ?ガキに代弁させないと喋れねぇような奴に答えるほど甘くねぇよ」
「違う!私が知りたいから聞いてんだよ!」
「嬢ちゃんになんの関係がある、知ってどうする」
「仲間だからに決まってんだろ!」
「……ぶっはっはっはっは!!」
アンリの発言にバスカロンが大声で笑い出した。
壁際のネフィリスも肩を震わせている。
アンリを見るとこちらも下を向いて震えているが、2人とはどう考えても違う理由だ。
「アッ、アンリ」
恐る恐る声を掛けると、アンリがバッと真っ赤にした顔を上げた。
そしてこちらが止めるまもなく斧に棒を連結させると、バスカロンに力任せに振り下ろしていた。
辺りに土煙が立ち込める。
「アンリ!」
「アンリさん!!」
咳き込みながら声を掛ける。
「いい振り下ろしだが喧嘩っぱやい嬢ちゃんだな」
「ぐぅっ」
その声と共に風が内から吹き荒れ煙が晴れる。
現れたのは前腕に不自然にきれいな血の輪がついた左手で頬杖をつくバスカロンと、そのバスカロンの左足で地面にめり込んだハルバードを押さえつけられ、右足を背中に置かれて地面に伏したアンリだ。
そのすぐ隣にはバスカロンの切断された左腕が落ちている。
「アンリ!」
それを見た瞬間、コルトも沸点を超えた。
アンリを助けるべく右手周辺に雷球をいくつも発生させる。
隣でハウリルが何かを言っているが関係無い。
目の前の魔族を殺さなくてはいけない、それが全てだ。
口の端を吊り上げるバスカロンを真っ直ぐに見据える。
そして、発射体勢に入った時だった。
目の前に大きな背中が一瞬現れると、気が付いた時には雷球が散らされ、バスカロンの首がなくなっていた。
代わりに立っているのはルーカスだ。
魔族に邪魔をされた。
さらに怒りが湧いてくる。
どうしてイツモイツモイツモ魔族ハ邪魔バカリスルノカ。
そんなコルトを抜き身の剣を片手に持ったルーカスは一瞥すると、バスカロンの足を蹴り飛ばしてアンリの体からどけると、アンリがうめき声を上げながら上体を起こした。
それを見てコルトは慌てて駆け寄る。
「責める相手が違うだろ、おっさん」
その声と共にゴトッと音がして、思わずそちらをみるとニヤッと笑っているバスカロンの首が落ちている。
そしてその首がくっくっくっと笑い出した。
首だけで笑っているのである。
血液も流れ出さず標本に使えそうなきれいな断面を晒し、笑うのに合わせて必要な首の筋肉が動いている。
ドン引きだ。
魔族は頑丈とかそんな範疇の話ではない。
生物として歪だった。
その場の共族はみな顔を引き攣らせてそれを見ていた。
「怒ったか?」
「あぁ、怒ってる。戯れでくだらねぇ事をするお前らにも、そんな状況を作ってる俺自身にもな」
目の色が変わった。
再度白目が黒くなり、角膜が金に変わっている。
そして徐々に肌の色が青黒くなり鱗が生えると、頭部から角が生えだした。
「責めんなら甘えてた俺だけでいいだろうが。こいつらに手ぇ出すんじゃねぇ」
全身から湯気が立ち、一歩踏み出すと石造りの床に亀裂が走った。
部屋中に魔力が満ちていく。
それにあてられたのか、ネフィリスまでもが喜色に満ちた凶悪は笑みを浮かべだした。
「やめろ!こんなところで魔族が暴れるな!街ごと消し飛ぶぞ!」
全身を震わせ、振り絞った声を上げるのはコルネウスだ。
同時に応接間のドアが叩かれ、武装した男たちが入ってきた。
男たちは部屋の中央で殺気立つルーカスを見ると、怯えながらも武器を抜く。
「なっ、何が起きている、どういう状況だ!?コルネウス様はご無事か!?」
「我は無事だ!それより聞いているのか魔族共。ここで暴れるな、全てが無に帰るぞ!」
「ルーカス、もういい。私も短慮だった!」
アンリが立ち上がると、ルーカスの背中を引っ張った。
それを肩越しに振り返り、怒りを収めたらしい。
急速に部屋に満ちていた重圧が霧散していった。
同時にコルネウスが壁にもたれズルズルと座り込む。
「いやぁ、割りと真面目に焦ったわ。やっぱ竜人怒らせるもんじゃねぇな」
全く反省していなさそうな様子のバスカロンに、怒りが再燃したのかアンリのこめかみに筋が浮かんでいる。
「殴っていいぞ」
無表情のルーカスが一言告げた。
その瞬間。
アンリは素晴らしい反応速度で足を振り上げると、思いっきりバスカロンの股間にかかとを落とした。
周囲の共族の同情しか誘わない断末魔に近しい悲鳴がヘンリンの街に響くのだった。
「そのままで良いではないか。小僧を怒らせた反省として、しばらく無様を晒すがよい」
「オメェも笑ってただろうが」
現在、バスカロンの首は切断された腕と共にテーブルの上に乗せられ、体のほうは部屋の隅に転がっている。
アンリの一撃で悶絶し地に伏した後、そのままルーカスが蹴り飛ばして部屋の隅に追いやられたのだ。
そして自力で動けない涙目の首のほうは、隠すこともできず衆目に晒されていた。
そこへさらにネフィリスが己の抜けた飾り羽根を髪の毛にぶっ刺して飾り始めている。
「それにしても良い武器を持っておる。普通なら小娘程度の腕力でこやつの骨は断てまいよ」
ほれみよっ、とネフィリスは腕を持ち上げると、コルネウスや騒ぎで集まった男たちに腕の断面を見せた。
見せられたほうは何人か微妙な顔をしている。
「小僧の剣も握力で潰れぬとは、東の者は良い武器を作る。これがもっとあれば戦力の飛躍的向上に繋がろう」
流し目で見られた男達は動揺しつつ、さらにコルネウスのほうを見た。
そして見られたコルネウスはさらに視線をハウリルに向ける。
「はぁ、こちらに振られたんだ、こちらの話を進めるぞ。まったく貴様らはまともに話を進められないのか。昨日から中断ばかりではないか!」
「こちらの質問にはまだお答えを頂いていませんが?」
「まだ言うか!」
「それはもういい、大体予想はついてる。どうせラグゼルの奴らと接触させんのに、余計な情報が無いほうが警戒心を抱かせないとかそんなとこだろ」
それにネフィリスは理由の1つとしては当たっていると答えた。
残りは睨めつけられたので今は諦めた。
「それで貴様らの目的はなんだ。武器が壁の連中製ならお前らはエルデの残党の思惑で動いているのか?」
残党という言い方は無いだろう。
少しムッとする。
そして何故かネフィリスもこれを作れる奴らが残党とはちとスケールが小さいと漏らした。
「みなそれぞれですよ、100%かれらの思惑で動いているわけではありません。ですが、北の地に渡り、神と接触するというのは共通の目的としています」
「ほぉ、奇しくも我らと目的を同じとするか」
「”奇しくも”はねぇだろ。魔族側がそうなるように俺を誘導したんだから、お前も知ってるはずだろ」
「まぁそうだな」
「という事は、共神との接触計画は2つあるという事でしょうか?」
「そらそうよ。目標達成のために保険として複数ライン走らせるのは当然であろう。この西のヘンリンと東のエルデ、両方進むのが望ましかったが現実はそう甘くはなかろうよ」
「ですが2つともうまくいったようですね」
「あぁ僥倖だ。東をロストしたと当初聞いたときは、やはり我々だけで計画を進めなくてはならないのかと思っていたが、ルンデンダックから出る際に、それっぽい存在の話を聞いたと手の者が話していてな、まさかと思っていたが……。そんなことは今となっては些末な事だ、それでそちらはどういう方法を取るつもりだった」
「まず北の地へは色々ルートを策定した結果、ルーカスが竜に乗って山を超えるという案をだしました。その後は神との交信装置があるらしいとの事でそれの捜索ですね」
「使えるのか?」
「使えます。使えるようにします」
今までほとんど喋らず、アンリのピンチに激高した少年が突如自分から口を開いたので、周囲の注目が集まった。
それに臆さずコルトは続ける。
「僕達ラグゼルは科学技術を新しい地で再び起こし、発展させています。過去に栄華を極めたものも、人の未来のために必ず修復してみせます」
「ほぉ、面白い。技術力は確かにあるようだしの」
「だが電子機器は扱えるのか?あれは共鳴力の積み重ねによる技術で作られた発電施設の莫大な電力を前提にしていたはずだ。みたところお前は魔力が少ない。魔力で代替はできないだろう」
「使えます。それなりの発電設備があるので、国全体に行き渡らせる事は出来ないですが、研究機関では普通に使ってますし、僕も将来はそっちに進もうと思っていたので多少の心得はあります」
──将来、あるかな……。
ふとそんな事を思った。
けどそれを頭から無理やり消す。
「彼らは共鳴力と魔力を融合させ、こちら全てを合わせても太刀打ちできないくらい発展しています。短期間の滞在でしたが、考えられないような技術力を持っていました。彼らでどうにもできないのであれば、こちらには打つ手がないかと」
「まぁ、言われただけじゃ分かんねぇだろ。つっても、アイツらの技術で出来たもんなんて俺の剣とこいつの武器しか今はねぇんだが……」
そう言ってルーカスは再度腰から剣を抜き、刃先が床に向くように前に掲げるとすると、親指で柄の根元をイジった。
するとガチンと何かが外れる金属音がして、同時に剣身が床に垂直落下し石材の床を砕きながら刃こぼれなど一切なく突き刺さった。
落下した刀身の代わりに現れたのは、例によってミスリル製の青白く発光する刀身だ。
「二重構造で面白いだろ。落ちたほうも、光ってるほうも自然界に存在しない金属らしい。こっちの光ってるほうは魔力をかなり溜め込む性質があるってのは聞いてるんだが、俺的にはこっちのやたら頑丈なほうが面白い。なんせコイツは植物亜人の溶解液に溶かされなかったからな」
「なんだと!?いてっ」
首だけのバスカロンが瞠目し、ネフィリスも驚いたのか飾り羽根が勢いあまってバスカロンの犬耳の中にぶっ刺した。
「待て。亜人が出たのか!?エルデは、エルデはそれに関わったのか!?」
「一応今彼らはラグゼルと名乗っているとお伝えしましょう。あのソルシエが合流して今も貴族として残っているので改めたようです。亜人については……たまたまラグゼルの戦闘員が集団で外に出ていまして、彼らと共にアウレポトラを犠牲にして討伐が行われました」
「アウレポトラが消えたのか!?」
「あの状況ではそう言って差し支えないでしょう。北側など巨大なクレーターを残して何も残っていませんよ。生き残りはいるようですが、教会関係者がどのくらい残っているかはわたしは把握しておりません。ガラド教区長は生き残ったようですが、東はかなり荒れた状態です。ついでにラグゼルに降伏したらしいので、今は彼らの支配下にあるのではないでしょうか」
それを聞いてコルネウスはフラフラとイスの上に倒れた。
さすがに東の最大都市の消滅は堪えたらしい。
ついでに話しを聞く事になってしまった男たちもざわついている。
「その討伐に俺も関わったんだが、そのとき頭から溶解液被ってな、全部溶けた中でこいつだけはそのまんま残ってたんだよ。そんでコルト、これと同じ金属をアイツらが着てる鎧にも使ってるんだよな?」
「そのまんまじゃ重すぎるから表面1ミリだけだけどね。それでも十分な強度はあるよ」
「だそうだ」
ルーカスは刀身を再びもとに戻しながらニヤニヤと魔人2人を見る。
魔人2人はお互いに顔を見合わせ、そして再度ルーカスを見た。




