第101話
その日はそれで一度解散となった。
聞かされたことを整理するための時間が欲しかったから、こちらから提案した。
4人は案内された宿のそれぞれの部屋に荷物を置くと、ルーカスの部屋に集まった。
集まったというより、ルーカスがベッドの上で仰向けで顔の上に腕を置いたまま動かなかったので、仕方なくそこに集まったという感じだ。
「まさかこんなに事が大きいとは想定外です。兄になんて報告をすればよいか……」
「お前の兄貴にはそのまま報告すればいいじゃん。それよりなんでアイツらこんなに大変な事をルーカスに全部隠してたんだよ」
「その辺りは明日でしょうねぇ」
「ついでに一発殴りたいよな」
「一応殴っていいか聞いてからにしてくださいね。……それはさておき、魔族の目的がわたしたちと一致しているのは幸いでした」
彼らも共神との接触を目指しているのであれば、こちらとも手を組める可能性はある。
コルネウスの目的はまだ判明していないが、魔族の事情を知った上で協力しているのであれば、こちらも問題はないだろう。
だがそれに懸念を示したのは、魔族であり何も知らされていなかったルーカスだった。
何故そう思うのか問うと、ゆっくりとベッドから上体を起こした。
だが、顔は下を向いている。
「共神はあくまで中間目標だろ。魔族の根本的な神に消されるって問題は解決してねぇ」
「だからそれを共神になんとかしてもらおうって話じゃないの?」
「甘ぇよ」
アンリの言葉をバッサリと切り捨てた。
「仮に共神の力で魔神が理性を取り戻したとして、俺達魔族が神の都合で消される問題は解決してねぇ。理性を持って不要と判断されたら、それこそ今みたいな時間稼ぎなんて通じねぇだろう。ならどうする?」
それを聞いた瞬間、ハウリルが何かを察したようだ。
深くため息を吐いて、わたしの一存では決められない、それどころか決める事が出来るのか?と頭を抱えている。
「気付いたな。そうだ、俺らが確実に生き残るためには」
”神を消すしか無い”
瞬間、コルトは全身から汗が吹き出した。
全ての音が遠くなる。
全てのモノが見えなくなる。
まるで世界が閉ざされたようだった。
そんなコルトに気付かず、ハウリルが続いた。
「そして、それは魔神だけでは終わらない。ということですね」
ルーカスが無言で頷く。
それに反論するようにアンリは叫んだ。
「なんでだよ!別にこっちの神は何もしてないっていうか、ずっと前からもうこっちの事はどうでもいい感じなんだろ!?ならこっちの神まで消す必要なんてないじゃないか!」
困惑した叫びにコルトはどうしようもなく縋って泣き出したくなった。
胸の内にあるのは、”見捨てないで欲しい”という悲痛な思いだけ。
だがその思いなど無いかのようにさらに踏みにじられる。
「魔神を消しておいて共神は残すなんてできるわけがありません。それではバランスが崩れます。共族には神という強大な守りがあるのに、魔族にはそれがない。これで魔族側が納得するとは思えません」
「お前は絶対に倒せない何考えてるか分からない強大な存在が隣にいて安心できるか?俺には無理だ。そんで今までの魔族の所業を考えたら、逆にお前ら共族が神と共にこっちに攻めてくるって思うだろ。しかも下層の奴らは攻め込まれる理由が分かんねぇ、理由を説明したって納得するはずがねぇ。議会の奴らも別の神に大人しく殺される道を選ぶとは思えねぇ。戦うしかねぇんだ」
「だって……そんな。お前も、ここの奴らだって私達と一緒に暮らせてるのに、なんで…」
「魔族に攻め込むのは可能性の話ですが、神が何を考えているのか分からない以上可能性は考慮すべきです。神の命令に共族が逆らえるとは思えません。そして共神が今後狂わないとも限らない。神と言えど狂ってしまうことはすでに実証されているようですからね」
”共族も神の気分で消されるかもしれませんよ。”
ハウリルはそれを口にはしなかったが、目がはっきりと語っている。
そしてアンリもそれを理解した。
それが分からない愚か者ならどんなに良かったか。
「…くっ……」
神を消す。
そんな重大なことを個人の一存で決めていいのか。
少なくともコルネウス、いやっ、この街ヘンリンはそれをすると決めたのだろう。
そしてそれが他の共族から賛同を得られるとは思えない、だから教会から独立した。
そう考えれば色々と辻褄は合う。
──神はもう不要なのかな…。むしろ人にとっては邪魔な存在なのかな…。そうしたら、僕は…。
自分はこれから何をすべきなのか。
共族の未来のために、何が出来るのか。
己の役割が何なのか分からないが、少なくとも神と人を繋ぐ存在ではあるはずだ。
──なら、僕は……。みんなを何としてでも神に会わせなきゃ。どうしたらいいか分からないけど、でもきっと何かあるはず。もっと、もっと色んな事を思い出さないと。
そのためにはもっと神に繋がる強い刺激が必要だ。
こちら側にはもうそれというものは無いだろう。
魔族の影響が強すぎて、共族本来のものが少なすぎる。
「これはさすがに一度兄も交えて相談をしたいです」
「ラグゼルの奴らも入れなきゃダメだろ、アイツら根に持つぞ」
「それも分かっています。……はぁ、神探しもしなくてはいけないのに、また東に戻るとなったら追加で1年はかかりますよ」
そこから神をどうするかで一体何年掛かるのか。
こうしている間にも教会のほうは地下道を掘り返してもいるのだ。
万が一彼らが先に神と接触なんて事になったらどうなるのか。
問題が山積みだった。
「とりあえず、今日はこれで解散しましょう。正直もう何も考えたくないです」
「同感」
「なら、とっとと出て行け」
「そうさせてもらいます」
そういうとハウリルはさっさと部屋から出ていった。
それを見送って振り向くと、膝に肘をついてこちらを睨んでいるルーカスと目が合う。
お前らもさっさと出て行けと言いたいらしい。
特に反論する気持ちもないので素直にコルトは立ち上がると扉に向かって歩きだし扉に手をついた。
「アンリ?」
それでもまだ立ち上がらないアンリを疑問に思い声をかけると、じっとルーカスを見つめ、そして口を開いた。
「ルーカス。お前は私達の仲間だからな、勝手に1人で行動するなよ」
それに目を見開いて驚いたのはルーカスだ。
アンリはそれを見て踵を返すと、コルトの背中を押した。
「ガキが余計な心配すんな」
部屋から出ていく背中に掛けられたのは幾分優しい声の憎まれ口。
そして、その後につづいた”ありがとう”は同時に閉められた扉に吸い込まれていった。
翌日、再度4人は応接間に集まっていた。
魔族の2人とコルネウスも当然いる。
そして各々席につくと、早速バスカロンが話を始めた。
「さぁて、昨日は俺ら魔族側の事情まで話したんだったかな」
「はい、ですが話を進める前に確認があるのですが」
「なんだ、言ってみろ」
「あなたたち、このヘンリンという街も含みますが、最終目的は”神殺し”ですか?」
ハウリルが直球で聞くと、壁際で不機嫌そうにしていたネフィリスが突然大笑いし始めた。
大きく口を開けて上体を揺らし、腹を抱えて笑っている。
何が可笑しいのかは分からないが、人目を憚らずに笑うような人物とは思わず、困惑してしまう。
そして一頻り笑うと目尻に溜まった涙を拭きつつこちらに顔を向けた。
「あぁ可笑しい。馬鹿正直にそれを口をする戯けがいるか」
「では正解ですか?」
「我は口に出来ぬ。だが、共族の貴様は平気なようだ。コルネウス、代わりに答えるが良い」
話を振られたコルネウスは一瞬戸惑ったものの諦めたのか、ため息をついた。
「先ずは昨日の話の時点でその辺りまで察したことは褒めてやる、理由も分かっているな」
おおよそは、とハウリルが頷く。
──外れていて欲しかった……。
正直外れて欲しいと思っていた。
人のために何が出来るかと考えてはいても、やっぱり外れていて欲しかった。
「どうやって成し遂げるつもりです。殺すと言っても簡単に達成できるものではないでしょう」
「分かっている。だから先ず神と接触するために、我らの故郷である北の地に行かねばならない」
「そのあとはどうするんです」
「なんとかしてこちらの神も受肉させる」
「まさかその受肉した状態を殺せばいいとかおっしゃるつもりですか?」
「そのまさかだ」
あまりに稚拙で呆れてしまう。
「それで殺せるわけがないでしょう」
「いいや、少なくとも精神があることはわかっている。ならその精神を殺し、自立行動出来ない状態にすれば少なくとも存在の機構自体は殺せる。現にこっちのは機能しなくなってきてるからな」
「その後に心を壊し動かなくなったところを幽閉でもすれば良い。それで少なくとも世界に干渉することはなくなるだろうよ」
だが、提示された方法はなんともおぞましいやり方だった。




