第100話
「前提として先ずこの世界には二柱の神がいることは知っているか?教会が崇めてるアレじゃねぇぞ」
「知ってますよ。今までの話からも大体察していましたが、二柱いるということは、やはり共族と魔族でそれぞれ創造神が別という事でしょうか?まさか共同作業ではないですよね?」
「半々だな。魔族と共族で創造神が違うのは正しい、だが共同作業か否かについては、この1つの星を作るって点で言えば共同作業よ」
「ホシ…ですか?」
「そうだ、この大地全てだ。神共はどうやらこの星を作ったあとは、それぞれ北と南で分割統治する約束をしたらしい」
「北側を共族の神が、南側を魔族の神がって事ですね」
「良い理解だ。それで俺ら側の神、あー、魔神がな、大分前から壊れ始めてる」
「えっ?」
──壊れてる…?
純粋に意味が分からなかった。
壊れるなんてことが起こる存在とは到底思えないからだ。
「壊れているとは、具体的にはどういう状態ですか?」
「俺らで例えるなら精神がおかしくなってるって感じだな。泰然とした状態かと思ったら、急にヒステリーを起こす。そのヒステリーがヤバくてな、なんせこの世界を作った神だ。魔王が消し飛ばされるくらいなら可愛いもんよ」
「俺は知らねぇぞ!」
イスを蹴倒してルーカスが立ち上がった。
そして呼吸も荒く怒りに満ちた表情でバスカロンに詰め寄り、胸倉を掴み上げた。
「魔神?魔王が消し飛ばされる?俺は知らねぇぞ!それは親父もか?いやっ、でも直前まで…、何事も……今までも………」
途中から動揺でルーカスは目をウロウロとさせ、力が抜けたのかバスカロンを掴んでいた手を話すとフラフラと後ろに倒れる。
だが直前でアンリがイスを起こしたためなんとかそこに収まった。
そしてそのまま頭を抱えている。
それを壁際のネフィリスがクスクスと面白そうに見ていた。
バスカロンは胸元を直しながらそれを嗜めるように視線を投げると、続きを口にした。
「話は逸れるがこの際だ、坊に議会に入る方法と魔王の選出方法を教えてやる」
ルーカスが視線だけ向ける。
「議会に入れる奴には2つ条件がある。1つは抜きん出た戦闘力、もう1つは自爆して完全に肉体を失った状態からの完全再生だ」
──狂ってるのか?
それが正直なコルトの感想だった。
肉体を失った状態からの完全再生など生物として完全に狂っている。
そんな状態が正しいとはとても思えない。
「高い戦闘力というのはまだ理解できます。ですが、肉体の完全再生とは一体どういう……」
「文字通りだ、肉体を失った状態からの再生だ」
「……では何故、そのような」
「簡単な話だ。神のヒステリーで肉体を失っても復活できる奴じゃねぇと務まらねぇからだよ。魔王はその中でも最高の再生力を持った奴が選ばれる神の世話係よ。要は生贄だ」
ルーカスがゆっくりと顔を上げた。
「親父が…生贄だと……」
「そうだ。そしてお前のお袋はその予備だ」
ルーカスは顔面蒼白になると、そのままフラフラと部屋を出ていこうとする。
「あっ、おい、どこ行くんだよ!」
それを心配してアンリも慌てて立ち上がりかける。
だがルーカスのほうは扉を開けようと手をついた瞬間、稲妻が走り弾き飛ばされ床に叩きつけられた。
出どころを探るとネフィリスだ。
優雅に足を組んで肘を付き、なんでもないかのように座っている。
「逃げることは許さぬぞ、小童。貴様にその権利は無い」
苦虫を噛み潰したような顔で立ち上がったルーカスは、ネフィリスを睨みつける。
「お主は最後まで聞かねばならぬ。それが強者として生まれたお主の責務よ」
「何も…何も知らされないままで責務だぁ?俺は両親の事を今まで何も知らないままだったんだぞ、それで納得するとでも思ってんのか!?」
「お主の事情など関係ない、納得せねばならぬ、そうでないならここで死ね。役に立たぬ者を生かしておくほど我は寛容ではないぞ」
そんなネフィリスの勝手な言い分に怒ったのはハウリルだった。
こちらも怒気を滲ませている。
「随分と無責任ではないですか。事情を知らぬルーカス、いえ、ルイカルドの心に寄り添うくらいの事はしてみたらいかがですか?1人だけ何も知らぬまま裏で事を進めていたのなら、多少の配慮はして当然でしょう」
「ならぬ、そんな者は弱者の理論よ。そやつは圧倒的強者として生まれ落ち、それを今まで何も考えず当たり前として享受してきたのだ、ならば滅私で立ち続けなければならぬ。そして前に進むのだ、強者が進まねば、弱者もまた進めぬ。それが強者として生まれたそやつの責務よ」
「望んで持って生まれたわけでもない能力で生を縛られるなど、愚かしいにもほどがあります」
「人は不平等に生まれるのだ。ならば生で均すのは当然であろう」
「それこそ弱者の理論です。強いからと強者を貪っていいはずがない!」
両者一歩も引かない。
「そこまでにしてくれ。この話はどこまで行っても平行線だ。議論するだけ時間の無駄だぞ」
「ならばバスカロン。お前はこの愚か者が責務から逃げる事を良しとするのか?」
「そういう風に育てたのも俺らな事を忘れるなよネフィリス。坊をそう育てると決めたのは俺ら全員の総意だ」
「ふん、まさかこんな腑抜けになるとは思わんかったわ。もういい、続けよ」
顔を背けたネフィリスは羽根を整え始めた。
嫌なら去ればいいのにと思ったが、さすがにそれを口にする事はしなかった。
これ以上、時間を無駄にしたくなかった。
「あなたたちは彼に何をさせるつもりです」
「それはまた後にしてくれ。話を進めたい」
話す事が多いので順番に消化したいようだ。
ハウリルはルーカスを見た。
ルーカスもそれに答えて、続けろと言い放つ。
「じゃあ続けるぞ、魔神がなんで壊れてるって話だったか。俺らも本当のところは分からねぇが、人の身体で受肉したのが悪いんじゃないかと思ってる」
「受肉!?生身でこっちに干渉してるってこと!?」
──それはいくらなんでも過干渉だ。
考えてもいなかったことを言われ、素っ頓狂な声を上げて立ち上がってしまった。
バスカロンはそれに片眉を上げただけで、特に反応はしない。
「なんで受肉が悪いのかと言えば、どうやら神は機構のようなものらしい。それが受肉したことで感情を得て心を理解した。その結果壊れたというわけだ」
「分かりませんね。それだけで神という存在が壊れるものなのですか?」
「それには俺ら魔族の成り立ちを話さなきゃならねぇ」
「成り立ちですか?」
「そうだ。それには先ず俺ら魔族が”最強の生物を作る”って目標の元作られてるって前提がある」
最強の生物。
うっすらとコルトの脳裏に”彼”がそんな事を言っていたような記憶が蘇った。
遠い遠い記憶だ。
だが、これが自分の記憶なのか、神の記憶なのか判断がつかない。
自己境界が曖昧だった。
「魔神はな、俺らの前にもいくつかそれを目指して”人”を作ったらしい。だが全部失敗した、とても”人”を担えるものにはならなかった。それまでは毎回消去して一からやり直してたらしいが、俺らの代でもっと身近で人を管理観察すれば失敗する理由が分かるんじゃないかって考えて受肉したらしい。まさかそれで本人も自分が壊れるとは思わなかったんだろうな……」
一呼吸入れたバスカロンの次の言葉を、みな静かに待った。
「親子の情ってのを理解しちまったんだよ。それでそれまでに綺麗に消してきた”自らの子”に、自分が何をしたのかを考えちまった。その結果、神の癖に罪悪感を覚えて耐えきれなくなった結果、壊れていった」
神でありながら人の立場でモノを考えてしまった。
人の立場に堕ちてしまった。
その結果、自らの所業に耐えきれず壊れていった。
神なのだ。
いつどこで何をしようと全てが許される。
でも人の身体を得て、人の心を理解してしまったとき、それが出来なかった。
「最悪なのは魔族もそれに気付いたのが3000年くらい前だ、受肉してから6000年は経ってる。もうどうにもならねぇ後の祭り。それでも何とかしようと当然思うわけよ。思って出てきた案が、神には神だ」
「わたしたち側の創造神ですね」
「そうだ。お前らの神、共神なら魔神を何とかできるんじゃないかと考えた」
「ですが…、確かこちらの神は……」
4000年前から共族の呼びかけに答えないと、先程コルネウスが言っていた。
「神同士の呼びかけにも答えなかったらしい。消えてる訳では無いらしいが、呼びかけには答えない。それが魔神の精神の破壊を加速させた」
それまでの6000年とは比べ物にならないほどのスピードでおかしくなっていったらしい。
魔族は当然焦った。
しかも悪いことに、その頃からそれまでは一切喋らなかった世界の仕組みについても、何かに語りかけるように喋りだす事が急激に増えていった。
そして知ってしまったのだ、自分たちの前にも消された人類がいたことに。
同時に魔王の役割も情報の聞き役から世話係をへて、生贄に変わっていった。
「当然俺らも魔神に消されるんじゃないかって思った。俺らは”人”として申し分ないと思ってるが、今のまともに判断できない魔神がどう思うかは分かったもんじゃねぇ。それで俺らは何とかして共神に答えさせるための計画を立てた」
それが2000年前の共族襲撃。
今この状況を作るきっかけ。
「これが俺らの事情だ」
誰も何も言わなかった。
事の大きさがデカすぎて、聞かされた事を理解、消化するのにはあまりにも時間が短すぎた。




