第一章 ~ バカみたい ~ (7)
まったく納得はしていない。
でも、気にはなってしまう。
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完全に納得したわけではない。まだ少し、冗談だと疑っているのも事実である。
しかし、長澤芽衣に対しての見方が少し変わってしまった。
触れれば、雪みたいに溶けてしまいそうな危うさは残っているから。それでも、真っ白ななかにも、ローソクみたいに弱々しくも、決して消えない強い灯火があり、彼女を包んでいるんだと。
ふとした瞬間、訪れるのは好奇心だと区別するのが妥当だったのだろう。視線が芽衣を追っていることがあった。
退屈な授業に睡魔が襲いそうになったとき、浩介とたわいのない話をしていたとき、ふと視線が探していた。
でも、それは時間を確認するのに時計を眺めるのと同じ感覚でしかなかった。
自分の行動範囲に入ってくることはないんだ、と。
「今、帰るところ?」
だからこそ、あり得ない場所で芽衣から声をかけられて驚いてしまった。
それは下校途中のこと。
浩介とは学校の最寄りの駅で別れ、いつものように電車に乗り込んでいた。
通学に使っている環状線に。
まだラッシュ時間に重なっていなかったので乗客は少なく、余裕で座れていた。
電車が走り出してすぐ、誰かが前に立ち、声をかけられたのである。
顔を上げると、不敵に頬を緩めている芽衣がいた。
戸惑いから辺りを見渡してみても、誰もこちらに注意を注ぐ者はいない。
「長澤? なんで? お前こっちだっけ?」
「うん。今日から新しいバイトでね。それで」
あぁ、と頷いてしまった。それまで同じ電車に乗り合わせた覚えがなかったので驚いてしまう。
それ以上に、気さくに話しかけてきた芽衣に対しても。
芽衣は迷わず隣に腰を下ろした。
「バイトって、なんのバイト?」
「ーー駅の前のスーパー。石原くんは何かバイトしてるの?」
「今はしていない。でもちょっと欲しいスニーカーがあるから、やってもいかなとは思ってるけど」
微かに揺れている手すりを眺めながら、以前雑誌で紹介されていたスニーカーを浮かべた。
「長澤は? 何か欲しい物でもあるの?」
「ううん。そんなんじゃないよ。ま、いろいろあってね」
照れくさそうに頬を掻く芽衣。気のせいか頬が強張っていて、また色が抜けていきそうな錯覚に襲われた。
「ま、高校生だと時給が少ないんだけどね」
「それは仕方がないだろうな。それに一日入ろうと思えば、土日ぐらいしかないんだし」
「まぁね。だから、できるだけシフトに入るようにはしてるんだ」
学校に通っていれば、避けられない定めである。芽衣もそれは承知であるらしく、渋い顔をして頷いた。
ふと考えてしまった。芽衣の趣味はなんなのだろう、と。そこまでバイトをするのならば、何か目的があるのかな、と。
「まぁ、バイトをしているのは将来のためかな。偉そうなこと言えないけどさ」
「将来って、やっぱお前しっかりしてるな」
「何それ? 石原くんって、私にどんなイメージ持ってたの?」
近寄り難さはあったけど、真面目なんだろうと思っていた。口数は少なくても、芯はしっかりしていると。
だからイメージ通りの反応に納得できるけど、照れ臭くて言えず、顎を擦ってごまかしておいた。
その日からである。
時折、帰りの電車で芽衣と遭遇することが重なることが増えたのは。
「お前、どれだけシフトに入ってるんだよ」
何度か重ねて会話も弾むようになり、三日ほど続けて一緒になったときにふと聞いてみた。
「う~ん。そうだな、月、火以外はできるだけ入ってるかな」
「それって、土日も? ちょっと入れすぎだろ。疲れるし、遊びにも行けなくなるじゃん、それじゃ」
驚愕でしかなかった。思わず仰け反りそうになる。
「無理すんなよ、あんまり」
「うん。ありがと」
なんで、そこまでバイトにこだわるんだ?