第一章 ~ バカみたい ~ (5)
周りは気にせず、つい聞いてしまう。
5
「昨日のあれ、お前?」
どうもあの冷たい眼差しと笑みが頭から離れてくれなかった。何か、試しているような冷たさを。
もちろん、彼女の仕業である証拠はない。
それでも声をかけずにはいられなかった。
朝のHR前の休み時間。芽衣が教室に現れて席に着いたところですぐに駆け寄り、聞いてみたのである。
昨日に見つけた紙飛行機のことを聞くために。
そばにいた岡田美波は途方に暮れていたけど、気にはしなかった。
すると、芽衣は屈託なく笑い、放課後まで待ってくれ待ってくれ、と言われた。
放課後。
言われたとおり、屋上で待っていた。
陽はまだ高く、淵に座り込んで太陽を見上げ、眩しさに手を掲げて遮り、隙間からの光に目を細めていた。
「……やっぱり気づいたんだね」
眩しさが憎らしくなり、息を強く吐き捨てていたとき、校舎の扉が開かれ、明るい口調が耳に届いた。
視線と手を下ろすと、こちらにゆっくりと芽衣が近寄っていた。
普段は大人しく、アーモンドみたいな吊り目で近寄り難かった雰囲気が強まっている。
今はどこか心を見透かされているみたいに、自信に溢れた表情をしていた。
風になびいた黒髪を撫で、耳元で髪を押さえていた。
いつもは幼げに見えたのに、今は大人びて見えた。
「あれ、なんだったんだ?」
気持ちが乱れないうちに口を動かした。
「昨日帰るときにね、屋上から見えたんだ。紙飛行機が飛んでくるのが。誰が飛ばしたのかはわからなかったんだけど、ちょうど私の足元に落ちたの。それを拾ったのよ」
「じゃぁ、それがなんで僕のだってわかったんだ?」
「もしかしたらって思ったの」
座っていた前に立つと、芽衣は嬉しそうに話し、グランドのある方向を眺めた。
つられて振り向き、遠くを眺めてしまう。遠くの車道からのクラクションが木霊として聞こえた。
「あれ、なんだよ。嫌味かよ「楽しい?」って」
「どうだろ。まぁ、半分は自分に言ったのかな、もしかしたら」
「なんだよ、それ。意味わかんないよ」
「なんかさ、紙飛行機を遠くまで飛ばせば、ちょっと楽しくなるのかなっておもっちゃったんだ。まぁ、ダメだったんだけどね」
遠くを眺める芽衣を眺めていると、わからなくなってしまう。どんな考えをしているのかを。
「でもさ、なんか紙飛行機が落ちていくのを見ているとさ、寂しくなって。それで書いちゃったんだと思う」
寂しくなるのはわかる気がした。
昨日、紙飛行機が急降下したときに感じた空虚感は今も覚えている。
「……なんか、人が落ちていくみたいな、ね」
何気なく芽衣の呟きに顎が上がり、咄嗟に芽衣の顔を見上げてしまう。
驚きで面喰らいながら。
視線に気づいたのか、芽衣が寂しそうに頬を緩めた。
「……僕も同じイメージがあった」
口が自然と動いて声が出てしまっていた。でも、それ以上息が続かなくなって固まってしまう。
「ふ~ん、そっか」
どこか納得した様子で芽衣は頷き、一度瞬きをした。
目を開いた芽衣は神妙な面持ちになっていた。悪い気配が背中から迫っているみたいに。
口元が微かに動こうとしているのは感じた。どこか躊躇しているみたいに。
「じゃぁさ、今ここから飛び降りるって言ったら、どうする?」
何かを試されているのか?
それならなんでそんなことを?