表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみのそばに  作者: ひろゆき
6/55

 第一章  ~  バカみたい  ~  (4)

 風に身を任せそうになる。

   風が体を包んでいく……。

           4



 目を閉じ、静かに風を吸い込む。

 両手を広げて息を吐けば、風にそのまま溶けていきそうな浮遊感が体を覆っていた。

 目蓋を開くと、黄色い光が体を包んでいく。

 遠く見える景色が現実なんだと肩を叩く。

 放課後の屋上に立っていた。

 風がざわめきを運んでくる。今日は部活の声は届かず、車のエンジン音や、下校する生徒の小さな声が屋上まで届いていた。

 屋上の淵まで進んで見下ろすと、数人の生徒が帰っていく姿が遠くに見える。

 誰も屋上に目を向けていないだろう。

 視線を動かすと、遠くの街並みが見えた。マンションや青い屋根の家が立ち並び、異様なモザイク画に見えてしまう。

 そんなモザイクに針を刺したくなり、右手を上げて指先を街並みに向けた。

 手にはルーズリーフで作った紙飛行機を握っている。

 芽衣から話を聞いたのは昨日のこと。一晩経ってはいるけど、結局真意を聞くことは適わなかった。

 意識をしていないわけではない。しかし、磁石のSとNみたいに噛み合うタイミングがなかった。

 胸を締めつける痛みはずっと残っており、気持ち悪さに酔ってしまいそうである。

 結局、昨日の紙飛行機は芽衣の机の上に置いて帰った。

 ふと、手が動いたのはついさっきのことである。

 最後のHRが終わり、浩介から「帰ろう」と誘われたのを、用事があるからと断って教室に残り、教室に誰もいなくなってから、思い立ったようにルーズリーフを一枚取り出し、紙飛行機を折ったのである。

 久しぶりだった。

 紙飛行機を折るなんて、小学校低学年ぐらい振りではないだろうか。

 不意に折りたくなったのにどこか懐かしくもあった。

 街に向けて紙飛行機の先端を向ける。肘を何度も曲げてタイミングを取ると、スッと飛ばした。

 ふわり、ふわり。

 そのまま風に乗り、遠くへ、遠くへと飛んでほしかった。風を裂いてくれれば胸に竦むしこりも消えてくれるだろう、と願いを込めて。

 しばらく風に乗って空を遊ぶ紙飛行機に頬を緩ませていると、急に紙飛行機は先端を空に向けると、急降下して落ちてしまった。

 考えたくはなかった。

 けれど、それは人が屋上から身を投げるように感じ、背筋が凍ってしまう。

 後を追えなかった。地面に落ちていく紙飛行機を見下ろせば、体が吸い込まれそうな恐怖が足元に這っていた。

 何もできないまま立ち竦み、重い息を吐き捨てると、崩れるようにしてその場に寝そべった。

 太陽が見下ろしている。

 あの太陽を浴びていれば、気持ちは晴れてくれるだろうか。

 きっと紙飛行機を飛ばせば気持ちも楽になってくれるんだと、どこかで信じていた。嫌な気持ちも遠くへ運んでくれると考えていたのかもしれない。

「長澤もそうだったのか?」

 目を閉じると、芽衣のまっすぐな眼差しが甦り、声がこぼれた。

 すぐさま口角を上げて嘲笑し、額を腕で隠した。

 そんなことはない。気持ちは全然晴れてくれない。

 眩しかった。沈みゆく気持ちを引き上げようとしてくれる日射しが眩しくて、辛くて目を覆った。

 背中から伝わるコンクリートの冷たさの方が気持ちを表しているみたいで、どこか落ち着いてしまう。

 だからこそ、眩しくて辛かった。



 ずっと寝ていたわけではない。きっと五分も満たない間、ちょっとウトウトとしていた。

 日射しに頬を撫でられているみたいな、心地よさに目が覚め、おもむろに立ち上がった。

 大きく背伸びをしたあと、踵を返して校舎に戻った。

 校舎内は所々生徒が残っていた。数人が教室に残っていたり、廊下で喋っていたり、と。

 自分の教室の前を通ると、ここには誰もいなかった。

 カバンもすでに持って屋上に行っていたので、素通りするつもりでいたけど、足が止まってしまう。

 紙飛行機が置いてあった。

 さっき教室を出ようとしていたときは何もなかったのに、自分の席に紙飛行機が置かれていた。

 ちょっと気になり教室に入ると、席に小走りに向かってしまう。

 拾い上げた紙飛行機に見覚えがあった。

 それはつい数分前、屋上から飛ばしたのと同様に、ルーズリーフで作られていた。

 さっきの物とは断言できないけれど、同じルーズリーフらしく、やはり飛ばした紙飛行機らしい。

 思わず辺りを見渡してしまった。誰かが拾ったのだろうか、と。

 だが教室に誰もいない。

 誰かが屋上でその姿を見かけたのか、と奇妙な感覚に首を傾げてしまう。

 見えない青に監視されているみたいな怖さに、ゴミ箱に捨てようとしていると、羽の部分の汚れに気がついた。

 新しい状態で折っていたので、汚れなんてなかった。地面に落ちたことでの汚れともまた違う。

 何か鉛筆やシャーペンで書かれているみたいな汚れ……。

 気になってしまい、紙を広げた。

 乱暴に心臓を強く握られた痛みが走る。スマホの画像を勝手に覗かれたような恥ずかしさに。

 ーー 楽しい? ーー

 辛辣な文字がルーズリーフの中心に書かれていた。

 もちろん、こんなことを書いて飛ばした覚えはない。でも、屋上での行動を揶揄しているみたいで、息が詰まってしまう。

 どこか乱暴な文字に手に力が入ってしまう。

「……長澤なのか?」

 どうして、そこにあるのか?   

   誰が?

  ふと、考えてしまう……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ