第一章 ~ バカみたい ~ (2)
押し潰されそうな苦しい感覚。
なんで、こんな気持ちになってしまうのか……。
2
またである。
また帰りに足が急に止まってしまった。
またどこかからか、体が白い空間に誘われ、自由を奪われそうになってしまう。
冷たい風が音もなく耳のそばを走った。
真っ白な空間を切り裂くみたいに落ちていき、裂かれた先に現実が広がっていく。
昨日にも見たことのある光景。胸が締めつけられていると、
「……またか?」
視線を落とした先にある紙飛行機を見つけて。
「今度はルーズリーフ?」
拾い上げる紙飛行機は昨日と違い、ルーズリーフを折られたもので、羽の部分に丸い穴が並んでいた。
辺りを見渡してみても、誰もいない。誰かが遊んで投げたものではなさそうである。
ふと振り返って上を見上げる。
一気に息が詰まってしまう。大きくそびえる校舎がどこか息苦しくうずくまっているみたいで。
助けを求められていそうであった。陽を浴びて干からびそうで、「水をくれ」と叫んでいるみたいに。
このまま見上げていると、足元の砂が崩れて倒れてしまいそうだ。膝が温もりを求めて震えそうである。
息を切らしているのはどこだろうと、変な感触に体を覆われながら、校舎を眺めてしまう。
紙飛行機を握る手に力がこもると、奥歯を噛んでしまう。
灰色に落ちていく校舎から、深い海の青がまた見えてしまう。
黒に近い青。
その奥から紙飛行機が投げられたんだろうか、と不思議と胸騒ぎがしてしまう。
二年一組の教室。
三十分ほど前には、あれだけ暖かく赤い色で溺れそうだった教室。自分のクラスから。
胸を締めつけた痛みと同時に、足が地面を蹴っていた。
重い青に押し潰されてしまうんじゃないかと、扉を開こうとする手が躊躇してしまう。
恐怖に握られた右手を横に動かした。
溺れるかと息を止めた頬に触れたのは、意に反して穏やかな風であった。
吐息をこぼした先に広がっていたのは、見慣れたいつもの教室であった。
ただ、みんながいるときの穏やかさはなく、張りつめた空気が喉を突き刺していた。
「……石原くん?」
腕を強く握られているみたいな痛みに耐えていると、誰かが呼び止めた。
全身に這おうとしていた棘がこぼれた。
「ーー長澤?」
殺風景な教室に響いたのは長澤芽衣の声。視線を動かすと、窓際の自身の席に座っていた芽衣と目が合った。
勢いよく扉を開いてしまったのか、目を見開いている芽衣にキョトンとしてしまう。
「石原くん、どうしたの。急に?」
「あ、いや、まぁ…… ってか長澤は? まだ帰ってないのか?」
「うん。今日日直だったから」
日誌を見せて笑う芽衣。頷いていると、「それは?」と指先を指した。
手にしていた紙飛行機を。
あぁ、これ。と顔の辺りに上げ、頷いてみせた。
「昨日もだけど、外で拾ったんだ。それで見上げたらここの窓が開いていてーー」
昨日と今日の出来事を説明している最中、息が詰まってしまう。
一瞬、視界に霧が急激に襲い、光を探して視線を暴れさせていると、一点で止まって目を見開いた。
急に晴れていく霧先で捉えたのは、芽衣の顔。無邪気に目をより細くしていた笑顔。
「まさか、これお前が?」
どうして、そんなに楽しそうに笑っているんだ?
楽しそうに……。




