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きみのそばに  作者: ひろゆき


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 第一章  ~  バカみたい  ~  (9)

 はぁ?

   なんで?

      はぁ?

 芽衣の体調はしばらく回復しなかったらしく、学校を二日間休んでいた。こちらからも結局は連絡を入れていない。

 勇気はなかった。

 明日、もし休んだのなら連絡を入れようと考え、帰りの電車に乗り込んだ。

 だからこそ、

「……お前、なんで乗ってるんだよっ」

 芽衣がいた。

 いつもの車両に乗り込むと、芽衣の姿を見つけてしまい、驚きから声が上擦ってしまった。

 座席に座っていた芽衣は無邪気に笑顔を振る舞い、小さく手を振っていた。学校は休んでいたのに制服姿で。

「お前、何やってんだよっ」

 隣に座ると、芽衣は照れ臭そうに頬を掻いている。

 しかし、

「バイト。体もかなりよくなってきたかーー」

 瞬間、声を遮るように芽衣の頬にそっと両手を添えた。

 突然の行動に芽衣は驚愕して体を強張らせると、目を剥いてこちらをじっと眺めてきた。

「……熱い」

 以前から背が小さいのはわかっていたけれど、ここまで小顔とは思えなかった。極端な話、リンゴを抱えているようで柔らかい。

 それ以上に、熱い。

「熱いじゃないか。まだ熱があるんじゃないか」

 戸惑いからなのか、芽衣の瞳孔が開いて泳いでいる。けれど、手を放せなかった。

「お前、こんな状態でバイトもないだろ。帰れよ」

 完全に熱が残っている。無理をすれば倒れそうだと、口調を強くすると、芽衣の手が重なる。

 小さな手はやはり熱っぽい。それに顔色もどこか悪いじゃないか。

 芽衣はゆっくりと手を握ったまま下げた。納得できずに膨れているのか、頬が赤く火照っている。

「でも、ほら、シフトに入っているし。急に休みにしてってのも言い難いからさ」

 困り顔で小さくかぶりを振る。

「そんな体で無理してどうするんだよ。バイトで体壊してたら笑えないだろ」

「でも、バイトは休みたくなーー」

「休めって」

 周りに数人の乗客はいたけれど、気にせずに大声を張り上げた。

 さすがに芽衣は首をすくめる。

「お前、前に紙飛行機作ってただろ。あれだって元の紙がグチャグチャだったらちゃんとしたの作れないし、よく飛ばないだろ。それと一緒。今のお前だったら倒れるぞ。止めとけっ。それにーー」

 そのときである。電車が駅に到着したらしく、ホームに車両が入っていく。数人の乗客が席を立ち、扉に向かっていた。

「それに、何?」

 扉が開いた瞬間、芽衣の細い腕を掴み、席を立った。「ーーえっ?」と戸惑う芽衣を無視して引き連れ、ホームへと飛び出た。

「ちょっ、なんなのよっ」

 扉が閉まる音と芽衣の声が重なり、鋭い眼光を向けてきたけど、怯まずに睨み返した。

 振り払うように手を放し、芽衣は手首を擦りながらも、まだ憎しみをぶつけるように睨んでくる。

 それでも芽衣の荷物を奪い、またしても細い腕を掴んだ。気のせいか、芽衣の体はふらついている。

「前に言っていただろ。何かあったら助けろって。僕は今がそうだと思った。だからだよ。帰れって。倒れる前に」

 普段降りる駅じゃなかったので、思いのほか出口が離れていたけど、無理にでも引き連れるつもりでいた。

「……わかったわよ」

 強く地面を蹴ろうとしていると、崩れそうな声に我に返った。どこか必死になっていたらしく、頬に触れた風にハッとする。

 恐る恐る振り返る。また槍でも突き刺しそうな鋭さで睨まれると身構えてしまう。

 しかし、壊れそうな笑顔が出迎えてくれた。

 それでもどこか痛々しく、また体が薄れていきそうで辛かった。

「それ、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」

 困り果てて訴える芽衣に、息が詰まる。

「……わかったよ。今日はもう帰る。大丈夫、嘘じゃないよ」

 掴んだ細い腕がスルリと抜ける。

「途中まで送っていくよ」

「心配しないで。本当に帰るからさ」

「別に疑ってるんじゃないけど」

「わかってる。心配してくれてるんでしょ。でもほんと。そこまで甘えられないよ」

 心配するのをよそに、自身のカバンを受け取る。渡すのを拒み、無理にでもついて行くべきであったけど、芽衣の強い眼差しに圧倒されてしまい、逡巡してしまった。

「無理するなよ」

 それが最低限の気遣いにしかならなかった。

 悔しいけれど。

 無理にでも連れ出す。

  今のままでは、無理なのは一目瞭然だから。

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