後編
「すごい・・・」
末裔は彼らの業を見て、そうこぼしました。
「彼らが人間たちの悪夢を食い、そして新たな夢を与えてくれるのだよ」
長が静かにそう言いました。実際に、あちこちで同じことが行われておりました。バクもペンギンもゾウと同じように、たくさんおりました。バクが悪夢を食らい、ペンギンが新たな夢を与えているのです。長は少し向こうでペンギンがまた水を湧き出すようにしているのを見ながら続けました。ペンギンが夢を与えているのは、子どもでした。
「子どもはよく、悪夢にうなされる」
そう言うと同時に、長は耳をぱたりと動かしました。そして、森の遥か向こうの一点をじっと見つめました。末裔には父が何を見ているのかわかりませんでした。ただ美しく輝く森と硝子の人とを通り過ぎたその先には、暗闇しかなかったからです。けれどもふと、その暗闇の中から何か嫌なものを感じ取りました。末裔は母のそばに駈け寄りました。他のゾウ達も長と同じ一点を見つめています。
やがて、その暗闇の中から黒い靄が現れました。それはだんだんとこちらへ近づいてきます。真っ黒な人間の形をしていました。顔のない、帽子を被ったがっしりとした人間です。それも一人や二人ではありません。闇の中からぞろぞろと黒い人間たちがやって来ました。そして先頭の男が虚ろな手を挙げるや否や、彼らは散り散りになりました。次の瞬間にはバクやペンギンがあちこちで捕まえられておりました。そして彼らは硝子の人間たちの胸元に手を突っ込み、そのどす黒い靄で満たしていきました。末裔は怖くて震えました。その隣で、父が言います。
「あれは絶望だ。彼らは夢を奪い、悪夢から絶望を生ませる」
末裔は怖くて目を覆いたくなりましたが、心のどこかでそれはだめだと思い、何とか我慢しました。父はそんな我が子を優しく撫でると、微笑みました。
「いいかい。人には夢と希望が必要だ。特に、子どもにはね。どんな悪夢と絶望の中にも、夢と希望が無ければいけない。私達は、それを守るのだ」
その言葉の向こうで、何頭ものゾウ達が黒い靄の人間に立ち向かっておりました。耳で靄をかき消す者、踏みつける者、鼻で薙ぎ払う者。中には靄の人間の放つ絶望にひざをつく者もおりましたが、それでも何頭もの、何羽ものバクやペンギンたちが解放されていきました。末裔が引っ付いていた母も今しがた、三人の靄を鼻で薙ぎ払いました。靄はかき消されて紺色の世界の暗闇へと消え去っていきました。
長は数歩前に出ると、ひとつ大きく息を吸いました。
世界が震えるような鳴き声が、容赦なく響き渡りました。その音で空気は震え、黒い靄の人間たちはなすすべもなくかき消されていきました。末裔が再び辺りを見渡すと、そこにはもう黒い靄はありませんでした。代わりにバクやペンギンたちがまた、夢を食らい、夢を活けておりました。長は再びくるりとこちらを向くと、我が子の方へとやって来て言いました。
「さあ、これでもう大丈夫だろう。そろそろ時間だ。朝日が差し込む。うちに帰ろう」
そして再び群れの先頭に立って歩き出したのです。帰り際、末裔は父から、やがてはお前も夢を守るのだよ、と伝えられたのでした。
そして暗く静かな夢の世界に差し込んだ朝日の中へと、彼らは帰って行きました。
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