中編
彼らは木漏れ日の世界から私たちの世界へとやって来たのです。けれども、彼らの見る世界は、私達の見る世界とはまるで違います。彼らの進む私たちの世界には、建物がありませんでした。どこまでもどこまでも紺色の空間が広がり、いたるところに色とりどりに輝く植物が生えておりました。まるで宇宙の中の森のようでした。そのもりのあちこちに、私たち人間が眠りについているのです。
ゾウ達には私たちが透き通って見えました。普段私たちが見ている体ではなく、硝子のように透き通った中で、私達が見ている夢が映しだされているように見えるのです。
末裔はこの世界に来るのが初めてでした。ですから、ただ金色のぬくもり溢れた世界とは違う、この場所が、何とも不思議でありました。末裔は父と母のすぐ後ろを歩きながら、辺りをきょろきょろと見渡しました。
一歩進むたびに、波紋のような青白い光が広がります。金や銀に光る小さな虫はまるで星のようでした。緑に光る草や苔、赤茶色に輝く木、それに何色にも定まらずに静かに輝く岩もありました。そのどれもが新鮮で、美しくて、末裔は一つも見逃したくないと思いました。
けれどもそれと同じくらい、人間たちの見ている夢にも魅入られました。硝子でできた人間が地面に横になり、静かに寝息を立てています。その中には彼らの見ている夢が見て取れました。大海原を船で進む夢、混沌とした街中を駆け巡る夢、崖から落ちる夢、空を飛ぶ夢。ひとりひとりが違う夢を見ています。末裔がそんな夢に見とれていると、少し先を歩く父と母が立ち止まりました。
「見てごらん」
長が振り向いて我が子にそう言いました。末裔は不思議そうに父の影から向こうを覗きました。すると、そこには一匹のバクと一羽のペンギンが何やら話しながら歩いておりました。バクとペンギンはゾウに気がつくと話を止め、深々とお辞儀をしました。父も母も、他のゾウ達もそれに応えて頭を下げたので、末裔も慌ててそれに習いました。彼らが去っていくと、長は言いました。
「彼らは悪夢を食らう者と、夢を活ける者だよ」
白みがかった緑色の光を放つ草の向こうへと消えていくバクとペンギンを目で追いながら、末裔は首を傾げました。
「あくむをくらうもの、と、ゆめをいけるもの・・・?」
我が子の質問に、母が優しく答えました。
「そうよ。ほら、もう少しこちらに来て、見てごらんなさい」
母が鼻でこちらに来るよう招いたので、末裔は足元の波紋の光を何個も生み出しながらそちらへ行きました。
「ほうら、あの影よ」
母はそう言いながら長い鼻で先程の草の奥を指しました。そこには一人の人間が他の人間と同じように眠っておりました。けれども彼は今、何とも恐ろしい夢を見ておりました。ごうごうと燃え盛る炎に四方を囲まれ、黒くねとねとした得体のしれない化け物と対峙しておりました。その化け物の後ろに誰かが倒れております。末裔にはどうしてか、それがこの夢の主にとって、とても大事な人であるという事がひしひしと伝わってきました。その夢を見ている硝子の人間は苦しそうに息をしておりました。その前に先程のバクがおりました。
バクは一通りその夢を見ると、口先を透き通ったその体に付けました。途端に炎が啜られ、化け物も食われてしまいました。バクが、夢を食ったのです。バクはもぐもぐと口を動かしながら、何度か頷きました。それから最後に首をかしげて、こう言いました。
「塩を持ってくればよかった」
その言葉を傍で聞いていたペンギンは、やれやれというように頭を振り、今まさに夢を食われた者の方へとぺちぺち近づきました。今や彼の体は空っぽで、向こうで輝くルビーのような木が透けて見えました。ペンギンは羽をパタパタさせながら、その体を見て、それからそのかわいらしい羽をその中へと突っ込みました。すると体の中が、水が湧き出るように潤い始めました。それからその水が跳ねる形、流れる形が次第に様々なものへと形を変え、しまいには真っ白な砂漠で満天の星空の下、先程の大事な人と果物をもいでいる夢になっておりました。もはやその人の寝息も穏やかになっておりました。