97.イシオン…甘やか師のマーガレット
結局、モニカちゃんが起きたのは、寝始めてから1時間ほど経ったあとだった。
目覚めたモニカちゃんは、最初ぼーっと俺に顔をぐりぐりと擦り付けていたが、いつもと感触が違うことに気づいたのか、まず人の体であると理解し、次に俺の顔を見上げ、最後に俺に抱きついて寝てしまったことに気づいた。
結果、モニカちゃんは顔を真っ赤にして俺から離れると、慌てて俺に謝ってきた。
「ご、ごめんねマーガレットちゃん…!」
「いいよ、むしろごめんね?変な体制で寝かせたまんまにしちゃって」
「だ、大丈夫…!」
「そう?痛いところとか無い?」
「う、うん…!」
「それならよかった」
椅子に座ってる俺にしな垂れ掛かるように抱きついたまんま寝たから、腰とか痛めてないか心配だったんだよね。
「マ、マーガレットちゃん……私変なこととか言ってなかった…?」
「うん?いや、特に何も言ってなかったよ?」
「そ、そう…?よかった……」
ずっとすよすよ可愛らしい寝息を立ててただけだよ。
役得だったよ。
「ね、モニカちゃん」
「な、なぁに…?」
「またいつでも甘やかしてあげるからね♪」
「!」
うふふ…照れてるねぇ…もじもじしててかわいいねぇ……♪
するとモニカちゃんが、俯きながらもこちらを見て、上目遣いでこう言った。
「…ほんとにいいの…?」
((かわいいっ!!))
「かわいいっ!!」
心の中に留めた俺とマグ、口に出たメイカさんの感想が見事にシンクロしていた。
そしてメイカさんはふらっと後ろに倒れていった。
「ふあっ!?メ、メイカさんが…!?」
「あぁほら危ねぇぞメイカ」
「て、手慣れてる……!」
「ユーリさん、メイカさんはこういう人なので、慣れていただけると助かります」
「わ、分かりましたケランさん……」
ユーリさんが驚いた声をあげたのと同じタイミングで、メイカさんの隣に座っていたディッグさんがすかさずメイカさんの体を支える。
そんなことは気にせず、俺はモニカちゃんに返事を返す。
「うん、あっでも飛びつくのはやめてね?」
「うっ!?」
「?うん、分かった…!」
俺の言葉にドキッとしたユーリさんを不思議に思いながら、モニカちゃんは嬉しそうに頷いた。
あれ地味に痛いんだよね……。
ぶつかった方じゃなくて、反動で倒れ込んだときの痛みがね……。
ぶつかるのは大体エアバックだから良いんだけどさ……。
まぁそれでも首やりそうなときとかあるけど……。
「あはは!ユーリちゃん凄い勢いで飛びついてたもんねぇ!」
「あぅ…ご、ごめんねマーガレットぉ……」
「もう…次からは気をつけてくださいね?」
「!…う、うん!」
?
なんでそんな嬉しそうな顔をするの?
「いいなぁ…マーガレットちゃん…私も抱きついてい〜い?」
「そろそろ出るんじゃ……あぁもう、そんな悲しそうな顔しないでくださいよ……。はい、どうぞ」
「やった〜!マーガレットちゃん大好き!」
「はいはい」
俺が断ろうとすると悲しそうな顔で見つめてきたので、諦めて両手を広げて呼ぶと、メイカさんはすぐに抱きついてきた。
というかメイカさんも抱きつくのが強めな人だからね?
ユーリさんのこと言えないからね?
気をつけなよ?
「んじゃあそろそろ行くか。俺が払ってくるから、他のやつは待っててくれ」
「ちょっと待った。俺が誘ったんだし、俺に払わせてもらえませんか?」
「いやいや、あんたには嬢ちゃんの武器を見繕ってもらうからな。ここは俺が…」
「いや、あの《イシオン》のメンツと顔合わせが出来ただけでも十分なんだ。だから俺が…」
「いや俺が…」
「いやいや…」
ディッグさんとグラズさんがどっちが払うかで揉め始めた。
んー…というかもしかして……ディッグさんたちって有名人?
「ねぇリオ、ディッグさんたちってそんなに有名なの?」
「おっまえ…それも知らなかったのか……!?」
「そんなに……?」
首だけ向けてただ普通に聞いただけなのに、リオが「マジかよ……!」って顔で見てくる。
こっちがマジかよなんだけど。
「いいか?《イシオン》は王都ですげぇ有名なパーティでな?その実力はSランクに慣れるほどだと言われているんだぞ?一緒にいるんだからそれぐらい知っとけ……」
「(Sランク……!)」
俺はそう呟くと首を戻し、今俺に抱きついているメイカさんを見る。
「そうねぇ…確かにSランクにならないかって言われたことはあるわねぇ」
「…マァジかよぉ…まったくの予想外だ……」
「えっ…そんなに……?」
俺が若干ボケつつも素直な感想を述べると、メイカさんはちょっと戸惑った声でそう言った。
だってねぇ……?
いつも抱きついてくる可愛いもの好きな魔女魔女お姉さんって認識だったから……。
それに…
「Aランクだってこともこの前知ったばかりですし……」
「えっ!?言ってなかったっけ!?」
(聞いてないんだよね?)
(はい)
「言ってないですね」
「あれ〜!?」
こっちの世界の人であるマグも知らないことを、異世界人たる俺が知るわけないんだよなぁ。
「でもなんでSランクにならなかったんです?」
「う〜ん…あんまり良い話じゃないし、出来れば言いたくないんだけど……」
へぇ…じゃあ何かトラブルとか面倒事かな?
それか単に凡ミスかましたか。
いや、それならもうちょい照れ臭そうに話すか。となると面倒事だな。
Aランクに慣れるほどの実力者がSランクに上がれないような面倒事で真っ先に思いつくのは……
「政治ですか?」
「…ほんっとそういうの鋭いよねぇ……」
ビンゴ。
んで、多分…
「貴族になれ〜とか言われました?」
「……なんでそこまで分かるの……?」
「勘です」
「凄いね……」
またビンゴっと。
と、そこで隣で聞いていたユーリさんがメイカさんに聞く。
「えっ…それじゃあメイカさんたち、貴族のお誘いを断ったって事ですか!?」
「そうよぉ……」
「な、なんで……?」
「だってぇ…あいつら横暴なんだも〜ん……」
「あいつら……?」
「王国の馬鹿貴族共だよ」
ユーリさんの疑問にケランさんが答える。
てかケランさんには珍しい、キツい口調だな。
「あいつら、僕らに「Sランクにして領地もやるからウチで働け!」って言ったんだよ?僕らもSランクになれるのは嬉しいけど、そのためにあんな奴らの下に就くのは嫌だから断ったのさ」
「そしたらあいつら…ギルドに手を回したみたいで、私たちに依頼が回ってこないようにするわ、買い取りを拒否するようにするはで、全然活動できなくなっちゃって……」
「(「「「うわぁ……」」」)」
話を聞いていた俺とマグ、ユーリさんとリオにモニカちゃんの声が重なる。
自分のものにならないからって、そんなちゃっちぃことするんか……。
バカだねぇ……。
「そこに、ちょうど同じように王都でやっていけなくなったモーリッツさんから直接依頼が来てね。それでこの迷宮都市に来たってわけさ」
「そりゃあそうなりますよ……。手元に置いておきたいなら、相手の意思を尊重して、お互いに得になるように交渉してしっかりとした関係性を持たないとなのに……」
「なんでそういうことには詳しいんだよお前……」
前世はそういうのいっぱいあるから。
仮想にも現実にも。
そんなことをリオに返すわけないので、適当に苦笑いで誤魔化す。
「私たちもそれ以来Sランクに無理にならなくても良いかぁ…ってなっちゃって、今を楽しもう!って冒険者をやってるだけなのよ。だからマーガレットちゃんがいて本当に良かったわぁ!」
「えっ?なんでそこで私が出るんです?」
「だってマーガレットちゃんといると飽きないんだもん〜!」
「そんな人をトラブルメーカーみたいに……」
「そうだよ?」
「えっ」
「マーガレットちゃんはトラブルを作りはしないけど、巻き込まれやすい体質だよ?」
「やめてくださいよ、頑張って現実から目を逸らしてたのに」
自分で考えても、イベント多すぎない?って思ってたのに、人に言われたらもう逃げ場がないじゃない。
「自覚はしてるんだ……」
「はははは……」
ユーリさん……そんな気遣った目で見ないでくれ……。
大丈夫大丈夫……この街に来たばかりだからいろいろあるだけだから。
そのうち落ち着くから。
「ほ、ほら!そんなことよりも、ディッグさんとグラズさんの言い合いもそろそろ…」
「まだ終わってないよ?」
「えっ?」
「ほら」
ケランさんに言われるまま、ディッグさんたちを見れば…
「いやいやいやいやいやいやいやいや…」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや…」
…まだやってんの……?
そろそろどっちか折れなよ……。
若干呆れてる俺に、リオがひっそりと話しかけてくる。
「グラズさん、王都にいたことがあるらしくて、《イシオン》のファンなんだよ……」
「へぇ…全然そんな素振りは無かったけどなぁ……だから払わせたくないのか」
「そういうこと」
「なるほどねぇ……」
ファンかぁ…ファンならしゃあないなぁ……。
んー…でもこのままだと終わんないぞ……?
どうすっか……。
「んー……ディッグさん、グラズさん。それなら半分ずつ払うとかはどうですか?」
「いやぁ…半分だけってのも申し訳ないし……」
「そうそう。だからここは俺が…」
「いやいや、やっぱり…」
…めんどくせぇ……。
おっと…奢ってもらう立場の人間の思考じゃないな……。
…でもやっぱりそろそろ決めてくれないかなぁ……?
「あー…モニカちゃん」
「うん、なぁに…?」
「今回のお会計って分かる?」
「うん、この紙に注文とか全部書いてあるよ…」
「見せてもらって良い?」
「うん、いいよ…。はい…」
「ありがと」
ふむふむ……なるほどねぇ……ん、分かった。
「ありがと、モニカちゃん」
「うん…。…どうするの…?」
「んー……とりあえずアリシアさんたちにご挨拶かな?モニカちゃん起きましたよ〜って」
「えっ…あっそっか…!」
「そのあとまだやってたらまた何か考えるよ。行こ?」
「うん…!」
「というわけでメイカさん、ちょっと行ってきます」
俺は確認したかったことを確認すると、モニカちゃんを連れてそそくさと離れようとした。
「うん分かった。じゃあ…はいこれ」
「?…!」
そんな俺にメイカさんが手渡したのは銀貨20枚だった。
そして小声で…
「お代。お釣りはあげるから♡」
と言った。
完全にやろうとしたことがバレてる……。
「……ありがとうございます」
「ん♡」
俺はメイカさんにお礼を言うと、さっさとその場から離れ、アリシアさんのもとに向かった。
(コウスケさん…もしかして全部自分で払うつもりでしたか?)
(だって終わんないんだもん……)
(まぁ確かに終わる気配は無かったですね……)
「お、モニカ起きたんだね。ありがとうマーガレットちゃん」
マグとちょこっと話してる間にアリシアさんのところに辿り着いた。
まぁ店内だしね。そりゃすぐ着くよね。
「いえ、私も好きでやったところがありますから」
「うぅ…お姉ちゃん……知ってたなら起こしてよぉ……」
「ごめんごめん!だってすごく幸せそうな寝顔だったんだもん…起こせないよ」
「うぅぅ……」
あはは…モニカちゃんは恥ずかしそうだけど、あの寝顔を見たら誰だって無理だろうよ。
アリシアさんの言葉に心の中で頷いていると、アリシアさんはいつものにっこり笑顔ではなく、ふわっと優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、話を続けた。
「…それに、モニカがあんなに笑ってるところ、久しぶりに見たんだもの……そしたらさ、好きにさせてあげようって思っちゃってさ……」
「そ、そんなに笑ってた……?」
「うん、すごく楽しそうだったよ。…ありがとうね、マーガレットちゃん」
「私はやりたいようにやっただけですよ。一歩間違えば逆に悲しませるところでしたから、今後は気をつけようと思ってます」
「ふふふ…何その報告?」
いやぁ…これが割とガチですぞ?
危うくいらん誤解を与えてしまうところだったからな……。
言葉って難しいね。
「それで?どうしたの?」
「はい、お会計をお願いします」
「えっ?マーガレットちゃんが払うの?」
「お金を預かったのでそれで払います」
「あ、なるほどねぇ」
その後恙無く支払いを済ませ、みんなのところに戻る。
「俺が」
「俺が」
まぁだやってらぁ……。
「おかえり2人とも」
「まだやってるんですね……はいお釣りです」
「あげるって言ったのに……律儀なんだから……。まぁそういうところも良いんだけどね。それじゃ、そろそろ行きましょ?ほら、ディッグ!終わったから行くわよ!」
「何!?払っちまったのか!?」
「あなたたちどれだけ続けてたと思ってるの?ほらほら、あなたも!」
「うっ…イシオンの方々に払ってもらうとは……」
メイカさんが2人を止めてる間に、俺たちは支度を整える。
「それじゃあモニカちゃん、またね!」
「うん…!えっと…お仕事と練習、頑張ってね…!」
「ありがと!」
「えっと…それでね……?」
「?」
モニカちゃんがもじもじと何かを言い淀んでる。
どうしたんだろう……?
(あっ…もしかして……)
(うん?)
(また抱きしめて欲しいんじゃないですか?)
(ん…そうなの?)
(きっとそうですよ!だってすごい甘えたいオーラが出てますもん!)
(甘えたいオーラ……?)
マグもオーラ見えるの……?
んー…そうなんかなぁ……?
「あー…モニカちゃん?」
「う、うん……」
「えっと……ん……」
「!」
俺は両手を小さく広げてモニカちゃんを呼んでみる。
あ〜…これ違ったら恥ずかしいぞ〜……。
だがそんな俺の心配は杞憂に終わった。
モニカちゃんは嬉しそうな顔を浮かべ、耳をピコピコ動かしながら俺に抱きついてきた。
「♫」
…嬉しそうに抱きついちゃってまぁ……。
それなら良いんだけどさ……。
…女の子の交友ってこんな感じなんかねぇ……。
他のみんなが支度を整える僅かな時間、俺はモニカちゃんをギュッてして、なでなでしていた。
ウサミミぴょこぴょこ可愛んじゃあ……




