96.ウサ天使…の説得
私が犠牲になるわ!
みたいなことを泣きそうな顔で言ったモニカちゃん。
(そんなの見過ごすわけにゃいかんよな~?)
(えぇ、モニカちゃんがそんな辛い思いをするのはおかしいですよねぇ?)
(げにげに)
(げに?)
(げにげにげ~に~)
(げにぃ?)
(げにっ!)
(…あの…何語ですか?)
(ウチの世界の昔の言葉。意味は「本当に」って感じ)
(へぇ~)
(ではそろそろ)
(はい、お願いします)
(任された)
「マ、マーガレットちゃん……?」
俺がマグとの会話を終わらせたタイミングで、俺の隣に立っているモニカちゃんが話しかけてきた。
俺が呼んどいて、マグとの会話を始めたのでちょっと待たせてしまったようだ。
うっかりうっかり。
「さてさてモニカちゃん?」
「う、うん……なぁに?」
「モニカちゃんは私が勝つか負けるかよりも、怪我をしないか心配なんだよね?」
「う、うん……」
優しい子やで……。
「じゃあ…そもそも私が勝つかどうかは、どう思う?」
「そ、それは……マーガレットちゃんには勝ってほしい…けど……」
「相手の方が強い?」
「……(こくり)」
正直だねぇ。
「まぁ確かに。相手の方が力も速さも上だろうし、冒険者としての経験もある。普通ならまぁ勝てないわな」
「!……」
「ちょっ!?マーガレットっ!?」
「ただし」
俺の言葉にモニカちゃんは体を強張らせてから俯き、リオが慌てた様子で俺を呼ぶ。
が、俺の話はまだ終わっていないので、かまわず続ける。
「それは正攻法で戦えばの話。前衛に後衛が無策で挑むわけないでしょ?」
「えっ?」
「いや「えっ?」て……私がそんな脳筋に見える?」
「ち、違うよ……!そうじゃなくて……勝つ作戦があるの……?」
「当然」
無いよ。
まだ武器決めただけだし。
もちろんそんなことは言わないけどね。
「でもやっぱり戦いだからね。怪我とかは避けられないかなぁ」
「!……そう…だよね……」
「相手が」
「えっ?あ、相手が?」
「相手が」
俺がマグの体に傷つけさせるわけないんだよなぁ。
「ね、モニカちゃん」
「な、なに…?」
「モニカちゃんはどうして私が傷つくのが嫌なの?」
「へっ?…それは…だって……マーガレットちゃんは私とチェルシーちゃんのために戦ってくれるから……それで怪我しちゃったら、私……」
「…申し訳ない?」
「……(こくり)」
まぁその辺りだよなぁ……。
モニカちゃんは優しいからなぁ……。
「私が痛い思いをしたら、モニカちゃんも痛いわけだ?」
「うん……だから…」
「でも…それは私も同じだよ」
「えっ……?」
俺は、なおも自分を犠牲にしようとするモニカちゃんの言葉を遮るように言う。
「だってそうでしょう?モニカちゃんがあいつらに謝って、私たちの身代わりになってよ?そのとき私たちが「助かったひゃっほーい!」って喜ぶと思う?」
「……ううん……」
ふるふると首を左右に振るモニカちゃん。
良かった。
悩まれたらかなり傷つくところだった……。
「だから一緒。私もチェルシーも、モニカちゃんが悲しい思いをしたら悲しいし、辛い思いをするなら助けたいの」
「……」
「だからモニカちゃんは私を信じて、勝利のお祝いにクッキーを用意してくれればいいの」
「……えっ……?ク、クッキー……?」
「純粋においしかったのでまた食べたいです」
俺がモニカちゃんに向かってグッと親指を立てクッキーを催促すると、モニカちゃんは困惑し、他のみんなはずっこけた。
「どうしました?皆さん」
「どうしましたって……」
「途中まで凄く良いこと言ってたのに……」
「それじゃあクッキーのために頑張ってるみたいじゃねぇかよ……」
「あっ!しまった!その解釈も出来るのか!」
(も~!なにやってんですか!?)
やばいやばい!
小ボケのつもりが大炎上やで!
助けてレスキューーー!!
「ふ…ふふふ……」
「モ、モニカちゃん……?」
俺がどうにか誤解を解けねぇかと慌てていると、モニカちゃんがふいに笑いだした。
ど、どうしたんだ……?
まさか怒りで思わず笑ってしまったとか……?
「ふふふふ…あはは!はは…ふふふ……!もう…マーガレットちゃん、すごくかっこよかったのに……ふふふ……」
「えっ?あっえーっと…ごめんなさい……?」
「ふふふ…いいよ。クッキーを持って見に行くね?だから…勝ってね?」
「!…もちろん」
「約束だよ…?」
「うん、約束。私はあのジャガイモ小僧に無傷で勝利します」
「ジャ、ジャガイモ小僧って……!ふふふふ……!」
ルークをジャガイモ小僧呼ばわりする俺の言葉に声を抑えておかしそうに笑うモニカちゃん。
よかったぁ……。
怒ったわけじゃなかったんだ……。
「ふふふふ……そうだ!ねぇ、マーガレットちゃん、指切り、しよ?」
「ゆ、指切り……!?……あぁ…指切り、指切りね?はいはいはいはい分かった。しようか」
「?」
「今絶対わかってなかったよな……?」
「物理的に指切るのかと思いましたよね……?」
はい、外野は黙ってくださ~い。
「それじゃあ…はい」
「うん。……ゆ~びき~りげ~んまん♪うっそつ~いたら……どうしよう…?」
あらららら……。
「考えてないのね……」
「だって…マーガレットちゃんが勝つんでしょ?」
「えぇそれはもうべらぼうに大勝ちしますとも」
「じゃあ…負けたらクッキーお預けとか…?」
「そんなぁ!?」
殺生なっ!?
「んふふふふ…!じゃあがんばらないとね…?」
「くっ……意地でも怪我しないようにしないと……!」
あの凄く美味しくて、マグと交替交替で食べて、最後の一枚で(じゃんけんで)激闘を繰り広げ、マグがじゃんけんつえぇということを知った、あのモニカちゃんのクッキーが食べられない……!
…回避力を磨かなければ……!!
「…もういっそ毒でも盛るか……?」
「マーガレット…手段はちゃんと選んでね……?」
「ユーリさん…私がそんな愚を犯すとでも……?」
「少なくとも今犯しそうだったよ……?」
「やだなぁ、冗談ですよぉ」
「そ、それならいいけど……」
んも〜、ちょっとしたジョークだというのに……。
さすがの俺も毒はやらんよ。
食べ物を粗末にしちゃあ駄目なんだよ?
「マーガレットちゃん、毒はメッ!だよ?」
「いやだから冗談ですってメイカさん……」
「めっ…!」
「ごめんなさいモニカちゃん」
「マーガレットちゃん、モニカちゃんに弱すぎない?」
しょうがないんや……このウサウサ天使にゃ敵わねぇんや……。
メイカさんだって似たようなもんじゃん……。
「あははは…!ふふ…マーガレットちゃんって不思議だね」
「え?そうかなぁ?」
「うん…!だってかっこいいのに、かわいいところがいっぱいあるし、それにとっても優しくて、なんだか安心する匂いがするし……」
「匂い?」
「あっ…!」
俺が聞き返すと、モニカちゃんは「しまった!」という顔をした。
もしかしたら匂いを嗅ぐのは失礼なこと、と思ってるのかもしれない。
匂い…マグの匂いかぁ……。
確かに昨日とか抱き合った時、いい香りがしたような……。
夢の中…心の中で匂いとかなんで分かるんだ?と思ったけど、今さらだし別に困ってるわけでも無いからいいや。
「分かるなぁ…マーガレットって、こう…なんていうか…ふんわりしてるというか……甘えたくなるような匂いなんだよねぇ……」
「えっ」
ユーリさんがモニカちゃんの言葉に乗ってきた。
…甘えたくなる匂い……?
「!は、はい…!そうです…!マーガレットちゃんの近くにいると落ち着くというか……」
「えっ」
そうなの……?
それは…良いことだけど……。
おかしいなぁ…昨日のお風呂は分からないけど、大体同じ石鹸を使ってるはずだから、メイカさんも似たような匂いのはずなんだけど……。
(分かります…すごく分かります!)
(マグまで!?)
じゃあ石鹸の匂いじゃないな!?
「そうそう!私もマーガレットに抱きついてると、嫌なこととか忘れられるんだよねぇ……」
「えっ」
あれ嫌なこと忘れるためにやってたの?
じゃあ毎回飛びつくのはストレスの表れかな?
確かにユーリさん、いろんなストレス抱えてそうだけども……。
「だ、抱きつく…!?」
「うん、抱きつくの!モニカちゃんもギュッてしてみなよ!マーガレットも喜ぶよ!」
「それあらぬ誤解が生じるんですけど」
確かに喜ぶけどさ……。
もうちょっと言い方ってもんが……
「マ、マーガレットちゃん…!」
「あい」
「い、いいかな…!?」
「……」
モニカちゃんが期待のこもった眼差しでじっと見つめてくる。
…そんなん断るわけないんだよなぁ……。
「…おいで」
「!」
俺が手を広げてそう呼びかけると、モニカちゃんは満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと抱きついてきた。
う〜ん…やっぱりちんまいのぅ……。
ちんまいっつっても、マグと同じぐらいの身長なんだけどさ。
なんていうか…それでもやっぱりちんまいって感じる。
…この体で俺たちの身代わりになろうとしたのか……。
そう考えるたら、自然に俺の手がモニカちゃんの頭を撫でた。
「!……マーガレットちゃん…」
モニカちゃんは少し驚いたが、すぐに力を抜いて身を任せてくれる。
「…マーガレットちゃんって…なんだかお父さんみたい……」
「お父さん?」
お母さんじゃなく?
「うん、お父さん……」
「へぇ、モニカちゃんのお父さんってどんな人なの?」
なんとはなしに聞いたことだったのだが、モニカちゃんからは予想外の返事が返ってきた。
「…分からない……」
「分からない?」
「うん……お兄ちゃんがね…?お父さんは、私がもっと小さいときに、共和国に働きに行ったんだって言っててね…?だから分からないの……」
共和国……この街がある王国じゃなくて共和国なのか……。
もしかして、モニカちゃんたちってそっちから来たのかな……?
「そっか…でもお父さんみたいなんだ?」
「うん…1回ね…?お父さんに抱っこしてもらったことがあるんだってお姉ちゃんが教えてくれてね…?私も、なんでだかそれだけは覚えてるの……」
「へぇ…そのときと似てるんだ?」
なんだか嬉しいな。
俺にそんな父性があったとは。
「うん……あったかくて…大きくて…安心する匂いで……」
「うん」
「それだけしか覚えてないんだけど……すごく……大好きなの………」
「うん」
モニカちゃんの声が小さくなっていくと同時に、俺にかかる体重が少しずつ強くなっていく。
「マーガレットちゃん………」
「なぁに?」
「…もうちょっと………もうちょっとだけ………こうしてて…いい………?」
「お好きなように」
「…ありがとう………マーガレット…ちゃん…………」
モニカちゃんはそう言うと、俺に完全に体を預けてしまった。
それを確認したあと、隣にいるメイカさんが小声で話しかけてきた。
「……寝ちゃったの……?」
「そのようですね。ごめんなさい皆さん。モニカちゃんが起きるまで一緒にいてあげても良いですか?」
「う〜ん…俺たちは良いんだけど……お店の方が……」
あぁ…まぁそうよな。
モニカちゃん仕事中だし、あんまり長いこと席を占領してるわけにはいかない。
とりあえずアリシアさんに報告かな。
そういえば、周りが静かになってるような気が……。
俺がそう思って周りを見ると、皆一様にこちらをほっこりした顔で見ていた。
えっ怖っ。
そこにアリシアさん…とアリシアさんとモニカちゃんと同じ耳がある男の人が近づいてきた。
「…あっ、アリシアさん。ごめんなさい…モニカちゃん寝かしちゃいました……」
「うん、途中から全部見てたよ。デザートの確認からなかなか帰ってこないモニカの様子を見てみたら、なんか真面目な話をしてる雰囲気で、モニカが泣きそうな顔してたのを、マーガレットちゃんと少し話したら大笑いしてたね」
「がっつり見てらっしゃる……」
それほぼ最初からじゃん……。
というかそのぉ…
「…あの…お隣の方が……」
アリシアさんの隣にいる、エプロン着けたウサミミ男性が今にも泣きそうなんですが……?
「あぁ…こっちはあたしとモニカの兄さん」
「えっ…あっそうでしたか……初めまして……」
「…あぁ…初めまして……ここの厨房を担当しているリンクスだ……」
「あの…大丈夫ですか……?」
「大丈夫……大丈夫だ……」
駄目そう。
「ね、マーガレットちゃん。もしよかったら、そのまま寝かせてあげてくれるかな?」
「えっ?私は良いですけど…お店は大丈夫なんですか……?」
「うん、しばらくあたしたちで回すからさ。だからお願い」
「えっと…はい、分かりました……」
いいのか……。
そういうことならこちらとしても願ったり叶ったりだけど……。
「あっ…席占領しちゃってますけど……」
「大丈夫。あたしの方から説明するから」
「えぇ……」
というわけでゴリ押されてしまった……。
アリシアさんたちは仕事に戻り、メイカさんたちはデザートを食べながら待つと言って、メニューを見始めた。
周りのお客さんたちも、ちらほらと入れ替わり始めている。
(コウスケさん、お疲れさまです)
(うん、ありがとう、マグ)
俺もデザート頼もっかなぁ…と、ぼーっとモニカちゃんの頭を撫でながら背中をポンポンしていると、マグが話しかけてきた。
(モニカちゃん…すごく穏やかに寝てますね)
(うん、よっぽど気にしてたのかねぇ?)
(それもあると思いますけど、コウスケさんにギュッてしてるからだと思いますよ?)
(うん?なんで?)
(コウスケさん、自分じゃ分からないと思いますが、一緒にいるとすごく落ち着くんです)
(それモニカちゃんとユーリさんも言ってたけど、どういうこと?)
甘えたくなる匂いとか言ってたけど……。
(そのままですよ。全てを包み込んでくれるような……人をダメにするような感じです)
(それヤバいやつじゃない?)
俺はそのあと結局デザートを頼み、モニカちゃんが正面から抱きついてるから食べ難いということに気づき、左右にいるメイカさんとユーリさんに交互に食べさせてもらうことになった。
すっごく恥ずかしかった。
その間もモニカちゃんはすやすやと穏やかな寝息を立てていた。




