77.辛い過去…明るい現在
〔マグ〕
私の話を聞いて黙り込んでしまったコウスケさん。
彼はただ私を抱きしめる力を強くするだけで、何も言おうとしない。
私は…なんとなくコウスケさんの考えてることが分かる気がする。
彼は多分、私の話を聞いてもしものことを考えてるのかもしれない。
…私もたまに考える……。
もしも龍が私の住んでいた村…ロッサ村を焼き滅ぼさなければどういう未来があったのか……。
コウスケさんは、私が悲しみで心の奥底に気持ちが沈み込んでいたから魂が入ってしまったのではないかと考えている。
もしそうなら、龍が来なければ私とコウスケさんは出会わなかった。
私はその後もお花畑で1人で遊んで、そのまま村のみんなと別れていたかもしれない。
そして、顔も知らない、嫌な噂が多い王国の、私の家よりも格が上の中級貴族に嫁いでいたのだろう。
そう思うと寒気がした。
コウスケさんが抱きしめてくれていなければ、私は頭を抱えて「イヤだ」と言っていたかもしれない。
でも…龍が来なければ……お父さんとお母さんは生きていた。
2人だけじゃない。
今日、教会で見た人の中に、私が知ってる顔の人が何人かいなかった。
そもそも、村の人はもっといたはずだ。
なのに、あそこにいたのは村の3分の1程度だ。
他の人は別に場所に逃げたか、あるいは……。
とにかく、龍が来なければその人たちも助かった。
そっちの方が良いに決まっている。
大好きな村のみんなが生きていた方が嬉しいに決まっている。
なのに…今日私は…無責任な慰めをかけてきた彼らにイラっとした。
知らないくせに私にお説教をするあの人たちにムカついた。
だから叫んでしまった。
親はもういないのだと。
コウスケさんが声をかけてくれるまで、私の心の中は両親を失ったことを思い出した悲しみと…無責任な彼らに対する怒りが混ざっていた。
それに気がついた私は引っ込んだ。
何も言わずに代わってくれて、私のために場を抜け出してくれて、ショコラとも仲直りしてくれたコウスケさんには、本当に感謝してもしきれない。
昨日話し合って、お互いにもっと甘える、そう決めたからまだ心はそこまで重くない。
それでも…やっぱり私は、肝心なところでコウスケさんに甘えてしまうのが申し訳なかった。
そして、コウスケさんが抱きとめたショコラが言ったことに私はまた怒りを覚えた。
…そんなことを言っといて、私にあんな顔してたんだ……と、冷たい感情が流れ出してしまった。
それにコウスケさんも怒ってくれていたのが分かって私は少し落ち着いたが、それでもやっぱり、村のみんなのことが少し嫌いになってしまった。
そして、嫌いになった自分のことが私は許せなかった。
あんなに村のみんながって言っていたのに、いざ出会ったら嫌いになっただなんて、自分勝手が過ぎる。
それで私はずっと悩んでいた。
どうしたらいいか、コウスケさんに聞くかどうかも悩んだ。
だって…本当に私の一人試合なんだもの。
でも、メリーちゃんの言葉に私は勇気付けられた。
それでコウスケさんにお話ししようと思った。
私はコウスケさんの手をギュッと引き寄せ、彼に体重を預けた。
そして、彼に語りかけた。
「コウスケさん」
「ん……」
「私は、コウスケさんと出会えて幸せですよ?」
「!」
私を抱きしめる体がビクッと震えた。
…やっぱりそのことを考えてたのかな……。
「確かに両親が死んでしまったのは悲しいです。村が焼かれたのも辛かった。でも…」
私は彼の方を振り向いて言う。
コウスケさんは悲しそうな顔をしていた。
「だからって、コウスケさんに出会わない方がよかっただなんて1度も考えたことはありません」
「……マグ」
「…コウスケさんはどうですか?私と出会ったことを、後悔してますか?」
「…そんなことするわけ無い」
コウスケさんの顔が少し明るくなった。
彼はこう続けた。
「もしも出会わなかったら、龍が来なかったら…そう考えたことはあるし、今だって考えてた。でも、マグと出会わなければ良かったなんて考えたことは無い。少なくともそれは断言する」
彼も私と同じ考えだったことがとても嬉しい。
私と会って、幸せだって言ってくれたことが、何よりも嬉しい!
「コウスケさん、私も…私も考えたことがあります。もしも龍が来なかったらって……でも…お父さんとお母さんにも…村のみんなにも申し訳ないと思いますけど……」
本当は言っちゃいけないんだ。
本当はそんなことを思っちゃ駄目なんだ。
でも…それでも……!
「私は…!コウスケさんと出会えた今の方が好き……!あなたと…メイカさんやディッグさん、ケランさんにフルールさんとメリーちゃんと一緒に過ごしてる今が好き!この街のギルドやお店のみんなが大好きっ!!私は…私は……!」
「マグ」
コウスケさんは私の名前を呼ぶと、正面から私を抱きしめてくれた。
そして、こう言ってくれた。
「俺は…忘れてたことがある」
「……忘れてたこと……?」
「過去は変えられないってこと」
「それは……」
当たり前のこと…だろう……。
でも、もしかしたらってさっきまで考えていた私たちからは、そんな当たり前が抜け落ちていた。
彼は続ける。
「マグ…俺は過去に辛いことは…まぁあるにはあったけど、別に今さら変えようとは思わない。マグもそうだろう?」
「はい…前の私なら…コウスケさんと会う前の私なら…変えられたらいいのにと思ったかもしれませんが、今はそうは思いません。この街で出会ったみんなとの時間を失ってまで、過去を変えようとは思いません」
そうだ、彼だけじゃない。
ハルキさんやチェルシー、ユーリさんやダニエルさん、ココさんやローズさん、他にもいっぱいいる。
そんな人たちとの時間を失くしてまで、村に戻ろうとは思わない。
村は好き、みんなも…まぁ、好き。
でも、それと同じくらい…いや、それ以上にこの街が好きだから。
「でも辛い事を忘れることはできない。だから、俺はこう考えることにしてたんだ」
彼は私の目を見据え、一呼吸置いてからこう言った。
「過去の自分に、過去自分を苦しめたそいつらに…俺は今こんなにも楽しんでるぞと見せつけてやろう、てね」
「………ふふふ…コウスケさんらしいですね」
そっか…そうだ……。
お父さんたちを悪く言った人たちに、お父さんたちはこんなにも立派だったんだぞって自慢して、龍にあの時私を逃したことを後悔させて、それで…お父さんたちに、私はこんなにも立派になったんだって…伝えよう。
「コウスケさん、私も…頑張ります。改めて、頑張ろうと思います。お父さんたちに、自慢できるぐらい立派な人になれるように」
「ふふふ…もう十分立派だよ、マグは。俺のあの話でその結論に行けるんだから」
「コウスケさんだってそうじゃないんですか?」
「俺はどちらかというと煽り目的の方が多い気がする……」
「ふふふふ、コウスケさんったら…」
もう、あなただって本当はご両親に誇れるようになりたいくせに。
…やっぱりあなたと話すのは楽しいなぁ。
うん、やっぱり好きだなぁ……そうだ!
「コウスケさん」
「ん?」
「龍を倒したら私とロッサ村に行きましょう?」
「うん?あぁ、村は見たかったし、いろいろやることもあるから行こうとは思ってたけど…何か思いついたの?」
「はい!私、お父さんとお母さんのお墓を作ります。それで、私は立派に育ったよって言いたいんです」
「あぁ、それは良いね」
「それで…ですね……」
「?」
うぅ…やっぱり恥ずかしい…けど…
「お父さんたちにコウスケさんのことを紹介したいんです。その…私を助けてくれた人だって…」
「うん、良いよ。俺もいつもお世話になってますって言いたかったし」
「そ、それとですね…?」
「うん?」
「……私の大好きな人だって……」
「っ!!?」
「…………」
「…………」
私たちはお互いに顔を真っ赤にして俯く。
つ、伝えられたけど……やっぱり恥ずかしいよぉ……!
私が悶絶していると、コウスケさんがポツリと喋り出した。
「お、俺も……」
「……?」
「俺も…娘さんを幸せにしますって言う……こ、婚約者として……」
「っ!!」
「…………」
「…………」
また黙り込んでしまう私たち。
婚約者として…幸せにする…それって……!
そこまで考えた私はもう冷静な判断が出来なくなっていた。
だから彼に、思ったことを全部喋ってしまった。
「あの…コウスケさん……それって…私と……」
「……うん……」
「じゃあ…えっと…私を…お嫁さんにしてくれるってことで…良いんですよね……?」
「…………ぅん…………」
コウスケさんの声がか細くなっていく。
それが恥ずかしさから来るものだと分かっている私は、真っ赤な顔の彼が愛おしくて…彼に甘えたくて、お願いしたくて…
「えと…お、お嫁さん…だったら…その……えっと……あの……」
でも、言葉が出ない……。
してほしいことが伝えられない……。
頭が沸騰しすぎて気絶しちゃいそう……!
「マグ……」
するとコウスケさんが私を優しく抱きしめて、
「……キス、しよっか……」
「!!!……はい……!」
耳元で私のしたいことを囁いてくれた。
そうして、顔を向かい合わせて…
「目…つむって…」
「…はい……」
私は彼の言葉に従ってゆっくりと目を閉じる……。
彼の吐息がすぐ近くで感じる。
彼が…近づいてきてる感覚がして…私の唇と……
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〔コウスケ〕
チュンチュン……
小鳥のさえずりが聞こえる。
俺はゆっくりと体を起こして、窓を見る。
カーテンで閉じられた窓からは太陽の光が僅かに差し込んでいる。
(……マグ……)
(……コウスケさん……)
俺がさっきまで抱き合ってた愛しい婚約者に話しかけると、どうやら同じ感想を持っているような声音で返事が返ってきた。
俺は一応聞いてみる。
(……出来た……?)
(……いいえ……)
(……そっか……)
((…………))
俺とマグはお互いに黙り込んだ。
そして見えてはいないが、お互いに小さく頷いて…
「(このタイミングで起きるなんて無いよっ!!???)」
そう、叫んだのだった……。
これで第1章は終わり…の予定です。
…うん、まぁ…まだ出てない施設とかあるけど……。
まぁ…おいおいね……?




