72.思い出…転写終了
〔マグ〕
私は自分の村が大好きだった。
その大好きな村を治めているのが自分の両親だというのが誇りだった。
私は自分の名前も好きだった。
お母さんが、「この花のように綺麗な女性になりますように」と名付けてくれたのだと、お父さんに聞いた時から、自分の名前と、同じ名前のこの花が好きになった。
村から少し外れたところにある小さなお花畑が私のお気に入りだった。
よくそこに行っては1人で日が暮れるまで遊んでいた。
友達がいなかったわけじゃない。
でも、なにぶん小さな村だったから、みんな自分の家の手伝いがあって、なかなか一緒に遊ぶ機会はなかった。
ただ、村で1番仲が良かった犬の獣人の女の子、《ショコラ》とは良く遊んだ。
本を読んだり、花遊びをしたりと体をあまり動かさない私と違って、ショコラは家が農家だというのもあってすごく体力があった。
彼女はとても人懐っこい性格で、同じ歳ということもあり、すぐに仲良くなって一緒に遊んだ。
だが、私の縁談の話が決まり、習い事が多くなると、私とショコラは…いや、ショコラだけじゃない。
私は村のみんなと、大好きな両親とすら、話す機会が少なくなってしまった。
そんな彼らにたまに会うと、決まって何故遊べなくなったのか、どうしたのかと理由を聞かれたり心配された。
私は、婚約者が出来た、この村から出て行くかもしれない、そう伝えることを躊躇ってしまい、何でもないとずっとはぐらかしていた。
そうやって誤魔化し続けるのが辛くて、口を開けば政治の話ばかりの両親といるのが苦しくて、少しでも時間があればお気に入りの花畑に足を運び、門限が来るまで1人でずーっといた。
…あの日もそうだった。
龍に村を焼かれたあの日も……。
「マーガレットちゃん?」
「(!?)」
ローズさんに呼ばれて、私は思考を戻した。
どうやらコウスケさんもボーッとしていたみたいだ。
…コウスケさんも思い出してたんだろうな……。
「大丈夫?疲れちゃったかしら?」
「あぁいえ…んー…少し?」
苦笑いで誤魔化すコウスケさん。
同じ誤魔化しでも、私と彼とではレベルが違う。
私だったら「なんでもない」と言うところを、彼は相手の話に乗り、話を進め、追求が来るのを避けている。
…私も頑張ろう。
「うふふ、これで最後だから、もうちょっとだけ頑張ってね?ちゃんとお礼もするから♡」
「はーい」
ローズさんはそう言って元の場所に戻っていく。
今度は、まだ近くにいたユーリさんが聞いてきた。
「…本当に大丈夫?私には、疲れてるって言うよりは……」
「…まぁ…ちょっと…昔を思い出しまして……思い出にふけってました」
「……そっか、うん。それなら…良いんだけどね……」
ユーリさんの鋭い指摘にも、ボカして答えるコウスケさん。
でもユーリさんはまだ納得してないみたいです。
…さすが、ユーリさんはやっぱり鋭いです……。
「それじゃあ良いっスか?座ったまんまでその花束を顔に近づけて、ニッコリと微笑んでほしいっス!」
(ホホエミーノかぁ……正直、そんな気分じゃないなぁ……)
ホホエミーノ……?
言ってる意味は分からないけど、やっぱりコウスケさんもあのことを思い出していたのか、あんまり乗り気じゃないようだ。
(…でも…お仕事ですし……)
(…まぁねぇ……)
う〜ん…無理かな……。
やっぱり気持ちが乗らないよ。
…それだけ私のことを気遣ってくれてるんだと思うとちょっと照れるけど……。
でもコウスケさんはどうにも乗れないようで、ニッコリと笑うことが出来ず、少し影のある笑みになってしまった。
「!……これはこれで……花をアンニュイな表情で見つめる美少女……うん、絵になる。マーガレットちゃん!そのまま!そのままで!」
(あ、いいんだ)
だがそれがピコットさん的には良い絵だったらしく、転写の作業に移っていった。
コウスケさんも予想外だったようだけど、あんまり驚いてはいない。
(…もしかして少し狙いました?)
(…物憂げな表情で花を見つめ座り込む美少女……ピコットさん好きそうだなって思って…)
…やっぱりコウスケさんはすごいです……。
しばらくして、転写が終わり見せてもらった絵は相変わらず綺麗だった。
自分の姿を褒めるのはあんまり気が進まなかったのだが、今はほとんどコウスケさんが動かしているので、私はどこか自分の体という感覚が薄れているらしい。
…まぁ困ることじゃないからいっか。
他の人の絵も見せてもらった。
お店の従業員さんたちも綺麗だったが、ユーリさんの姿がとても衝撃的だった。
少しオシャレなシャツに短いズボン…ホットパンツと言うらしい、それに動きやすそうな靴といったカジュアルな出で立ちなのだが、目が離せない美しさがあった。
あのふかふかのおっ…こほん……迫力のある体つきに、あの服装はとても似合っていた。
コウスケさん曰く、
(露出はありつつも健康的なスポーツルック…!鍛えられていて細身ながらも強烈なインパクトのあるボディと褐色肌を持つユーリさんが着ることで破壊力が何倍にも増している……!体と服装でなかなかのエッチさを誇っているはずなのに、どちらかといえば健康的な印象を先に与えるローズさんの手腕……!恐ろしい……!!)
らしい。
……むぅ。
確かにユーリさん、綺麗だし、言いたいことも分かるけど……。
私の時よりもおしゃべりなのがモヤモヤする……。
…私のことももっと褒めてくれないのかなぁ……?
綺麗だって言ってくれたけど…その一言しか聞いてない。
…それでも十分嬉しかったけど……。
心の声が漏れたような一言だったからすごく嬉しかったけど……。
コウスケさんも、自分の体として動かしていたからあんまり言いたくないのかなぁ……?
…ぷくぅ〜……。
(可愛さの波動を検知した)
(ひゃあっ!)
私がむくれているとコウスケさんが急に話しかけてきた。
か、可愛さの波動って何……?
(マグ、何か考えてた?)
(す、鋭い……あっいや、えっと……コウスケさんは私の姿をもっと褒めてくれないのかなぁって………あ)
動揺して思わず認めてしまった……。
可愛さの波動って何?
波動を検知できるの……?
そう聞けば良かったものを、私はうっかりさっきのことをコウスケさんに話してしまった。
や、やばい……!
恥ずかしいっ!!
(ん"ん"っ!オーバーキルものだった!!くっ…そんな可愛いこと考えてたのか……それはすまんかった)
ひゃああぁぁ!!?
ま、またそうやって大げさにぃ!
(うっうん…!あれだ…うん…あの〜……)
コウスケさんが少し言いづらそうに話し始める。
…私には分かる。
コウスケさん、すごく照れてる……!
冒険者ギルドで愛想笑いしてる時とは違う、ソワソワして必死に考えをまとめて、頑張って口に出そうとしてるこの感じ!
間違いないっ!!
(コウスケさん…どうなんですか……?)
私は少し甘えた声で彼を急かす。
彼はこういうのに弱いのを知ってるからだ。
そして期待して彼の言葉を待つ。
(えっと……ーーー!!!あぁ、もう!正直見惚れてて頭の中真っ白だったから褒めれませんでしたっ!!)
(ふぇっ!?)
少しヤケな感じで言った彼の答えが、私の予想よりも上だったもんだから素っ頓狂な声をあげてしまった。
み、見惚れてて頭真っ白っ!!?
そ、そそ、そそれって、それだけ私の姿に、むむむ夢中だったってことっ!!?
えっとえっとどうしようどうしようっ!!?
嬉しいやら恥ずかしいやらでななななんで言えば良いのやらぁ……!!
「マーガレット?どうしたの、顔赤いよ?」
「(へぁっ!?)」
ユーリさんに見られたぁぁぁ!!?
(な、なんとかしてくださいコウスケさんっ!!)
(あっ!せこいっ!マグが言い出したことなのにっ!!)
(表のことはコウスケさんに任せてるんですから、なんとかしてください!!)
(でぇぇぇい!しゃあねぇ!俺の誤魔化し力を見せてやるっ!!)
この会話を高速で済ませ、コウスケさんはユーリさんにグッと親指を立て言い放った。
「ユーリさんえっちぃな!って思ってましたっ!」
「えっ!?」
(バカぁぁぁ!!)
(あははははやらかした!笑うしかねぇやハハハハハ!!)
さっきまでの冷静さはどこにやったんですかぁ!!?
あっ私のせいだっけ!?
にしても今のはひどいですよっ!?
「え、えっちぃって…あぅぅ…確かにちょっと恥ずかしかったけどぉ……」
恥ずかしかったんだ……。
でも…
「(…いつもの踊り子の服の方が露出多いですよ……?)」
そう言わざるを得なかった。
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「あ、あの…本当にこの服貰っちゃって良いんですか……?」
「だって、それはマーガレットちゃんに似合うように作った服なんだから、マーガレットちゃんが持ってないと意味ないでしょ?」
「でも…ユーリさんの服をタダでくれたばかりか、お金まで貰っちゃったし……」
「ふふふ、良いのよ。だってそれ以上のものを見せてもらったんだから、それは正当な報酬よ♡」
転写が終わり、製本作業に移るためにピコットさんが帰った後、私たちは本来の目的であるユーリさんの洋服購入をしようとローズさんに話しかけた。
しかしローズさんはコウスケさんとユーリさんのモデル代として、ユーリさんの服をタダで譲ってくれたばかりか、バイト代だと言って1万ゴルを私たちにくれた。
しかもローズさんは私たちに、転写作業で着たあのドレスもくれた。
さすがにもらいすぎだと私も思う。
「い、良いのかなぁ……?」
「う〜ん……」
「んもぅ!ワタシが良いって言ってるんだから、貴女たちが気にすることはないのっ!ほら、持ってって!本当はもっとあげても良いのよ!?」
「「えっ!?こ、これだけで十分ですっ!」」
まだくれるのっ!?
さすがにそれは申し訳なさすぎるよぉ……!
「じゃあ良いじゃないの。うふふ、また来てね♡」
「はい、ありがとうございました!」
「今度は自分のお金で来ます!」
「だからそういうこと大声で言わないでくださいって……」
「あっ……!」
「ふふふふふ…えぇ、待ってるわよん♡」
結局押し切られたけど、これ以上もらうわけにはいかないから引き下がり、そのままローズさんと別れる。
そうしてローズさんのお店を出た私たちはこれからどうするか話し合う。
ちなみにユーリさんは今、肩出しのゆったりした服にハーフパンツ、その下にいつもの踊り子の服を着ている。
…露出は減ったのにまだ危ないような…むしろもっと襲われそうな気がするような……。
なんで……?
「ユーリさんはどうされるんですか?」
「そうだなぁ……お洋服まで貰っちゃったし、宿に戻ろっかな?マーガレットは?」
「私も用事は済みましたし、寮に戻ろうかと」
「そっか、それじゃあ…」
「見つけた」
「(「ふやあぁ!?」)」
急に後ろから声をかけられ、大声をあげてしまう私たち。
というかこの声とこの感じ、もしかして…
「コ、ココさんっ!?」
「ま、また気づけなかった……」
やっぱり、ココさんだ。
感覚の鋭いユーリさんにも分からないほどの完璧な身のこなし……。
さすがです……。
でもどうしたんだろう?
見つけたって言ってたけど……。
「えっと…見つけたって、何かご用事ですか?」
「そう、マーガレットに大至急伝えてほしいってハルキから連絡が来た」
「(ハルキさんから?)」
なんだろう?
大至急って……もしかして何か悪い事とか起きちゃったの……?
ココさんは自分のマジックバッグから紙を取り出し、広げて見せた。
これは…この街の地図?
「この地図は迷宮都市の南側の地図。それで、ここを見てほしい」
「これは…教会って書いてますね……」
教会?
私たちは教会に関わったことは無いよ?
「ここでハルキが待ってる」
「え、待ってるって…いったいどうして……」
コウスケさんが聞くと、ココさんはユーリさんの方をチラリと見る。
「…ユーリさんなら大丈夫です。信頼してますから」
「そう…分かった」
それで何かを悟ったコウスケさんはココさんにそう告げる。
それを聞いたココさんは返事をした後、こう続けた。
「君の村の生き残りが今日、ここに来た」
「(!?)」
村の…生き残り……!?
今さらですが、「転写」は写真の要領で写した風景を、紙に描く能力です。
分かりづらいですね。




