66.モーリッツの骨董店…店主在中
「うぅぅ……ごめんねマーガレットォ……」
「もう大丈夫ですから、後ろを歩いてないで隣に来てくださいよ。ほら、また手を繋ぎましょう?」
「うぅ…マーガレットォ……」
「はいはい、よしよし」
「スカートずり下がりマグ悲鳴事件」の後、落ち着いたマグと交代し、苦笑いのダニエルさんと軽く話した後、そそくさと隠密ギルドを後にした。
結局マジックバッグは、新しいものを用意するのも時間がかかるとのことで、あまり口外しないように気をつける方向で落ち着いた。
そして現在、まださっきのことを引きずってるユーリさんを宥めつつ、俺はモーリッツさんの店を目指している。
自然にユーリさんも着いてきてるが、今そういう話をすると「やっぱり怒ってる!」と言われかねないので言わない。
でも今のこの「美少女が爆乳美少女を宥めている」という状況も目立つので早めに切り上げたい。
そうじゃなくても美少女2人が並んで歩いているだけでも目立つのだ。
与える情報は少ない方がいい。
変な誤解が生まれるから。
「ほらほら、別にわざとじゃないんですし、ね?そんな気に病まないでください」
「うぅ…でもぉ…」
「私は気にしてませんから」
「あんなに大きな声出してたのに…?」
「あれは…まぁ…条件反射みたいな?」
俺じゃなくてマグが叫んだんだけどね。
俺はなんかめっちゃ落ち着いてたよ。
あれだね、他の人がめちゃくちゃ慌ててると逆に落ち着いちゃうやーつだね。
「誰だって驚くってだけですよ。ユーリさんだってそうでしょう?」
「うぅぅ…ごめんねぇ…」
「あぁもう、ほら、怒ってるわけじゃないんですから……」
もー…気にしぃだなぁ、ユーリさんは。
……んで、こっちは……。
(うぅぅ……ごめんなさいぃ……)
(マグ…あれは誰だって驚くことなんだから、そんなに気にしないでって…)
(だ、だってぇ…)
マグもマグで、みんなに見られたのと、あんなに取り乱したのが恥ずかしくて、ユーリさんと同じように自己嫌悪タイムに入ってしまっている。
…さすがに2人同時は難しいって……。
その後、俺はやり遂げた。
無事に2人のメンタルの回復に成功した。
…すごく疲れた……。心が……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どうにか宥め続け、モーリッツさんの店に着くころにはいつもの調子に戻ってくれた。
やっぱりメソメソしてる人やイライラしてる人の相手は気を使うぜ。
かと言って、放置するわけにはいかないからなぁ。
そもそも人付き合い苦手だ言うとるに。
兎にも角にも無事店に着いたので、さっそく中に入る。
「ごめんくださぁ~い」
「はーい、ただいまぁ!」
ん、この声は……。
「はい、いらっしゃい~っておぉ!マーガレット嬢じゃないですか!!」
あっ!この前来た時ハルキと口論になった人!
うん、いい笑顔だ!
「おはようございます。先日はお騒がせして申し訳ございませんでした」
「いやいやいやいや!マーガレット嬢が取りなしてくれたおかげで今こうして俺は働けているんですから!」
「?どういうことですか?」
なんでケンカの仲裁がこの人のクビに直結?
「まさかあの人が迷宮都市創設からダンジョンマスターと交流のある商人だとは気づかなくて……危うく開店前にこの店の信用を無くすところでした……」
「そ、そんな大ごとに……?」
ハルキ……そういう立ち位置だったのか……商人としか聞いてないし深くも聞かなかったから知らんかった……。
なるほど…ダンジョンマスターと懇意にしている商人を門前払いした、なんて噂が広まれば、商人としての腕やらなにやらに疑問を抱かれて、商売に響くだろうな。
…いやぁでもあれはハルキも悪いと思うが……なんか知ってて当たり前、みたいな話し方だったもんな。
商会名を名乗んないで話し進めたらそりゃ怪しまれるわ。
…まぁそれ聞かずに門前払いしようとしたこの人も確かに悪いけどさ。
「ま、まぁ無事で何よりです。それでそのぅ…」
「ん、あぁ!店長ですね!今奥にいるので呼んできましょうか?」
「あぁいや、お忙しいようでしたらまた日を改めて…」
「大丈夫です!マーガレット嬢が来たら必ず伝えろと言われてますので、少々お待ちを!店長!マーガレット嬢がお見えになってます~……!!」
そう叫びながら奥に引っ込んで行く店員さん。
…俺に聞く意味あった?
「…マーガレット…いったい何をやったらあんなに感謝されるの……?」
「ケンカの仲裁しただけなんですけどねぇ……」
おかしいね~。
「…あっ…しまったな……菓子折りの一つでも持ってくればよかった……」
「そんな大人の気遣いもできるんだね……」
いやぁ、お世話になった相手だし、手ぶらで尋ねるのはなんか落ち着かないんだよね。
財布だけ持って外に行くのが落ち着かない系人類だし。
俺がそんなことを考えていると店の奥から足音がこちらに向かってきた。
「おぉ、お嬢ちゃん!久しぶりだね!」
「モーリッツさん、お久しぶりです」
店の奥からはさっきの店員さんと、この街に来るときお世話になったモーリッツさんが現れた。
「いやぁこの前はお嬢ちゃんに助けられたみたいで、私からもお礼を言わせてくれ、ありがとう」
「いえそんな…モーリッツさんはハルキさんと顔見知りなんですし、私が口を出さなくてもそう大ごとにはならなかったと思いますよ?」
「いやいや、そういう誤解は早い内に解くに限る。だからその場で収めてくれて助かったよ」
「あー…それは確かに。分かりました、そういうことなら慎んでお受け取りします」
誤解はこじれる前にさっさと解くのがいい…うん、よく分かる。
「ひゃあ~……大人の対応だぁ~……」
「ユーリさんも成人してるでしょ?」
「私あんな丁寧に対応できないよ……」
「ちゃんと敬語も使ってますし、問題ないと思いますよ?」
「う~ん……」
「なぁお嬢ちゃん。こちらのお嬢さんは?」
「こちらはユーリさん。昨日知り合った私の友達です」
「へぇ~!初めまして、この骨董店の店主をやっとります、モーリッツです」
「は、初めまして、ユーリです…よろしくお願いします…」
あらら…ユーリさん、昨日から思ってたけど、もしかして人見知りかな?
いや、男性が苦手なのかな?
ユーリさん可愛いから、そういう目でよく見られたんだろうなぁ……。
…俺も気を付けよう。
「そうだ、せっかくだから品物を見ていくか?お嬢ちゃん魔道具に興味津々だっただろ?」
「え?いいんですか?」
「あぁ、まだ店を開いたわけじゃないしゆっくり見てってくれよ。気になったものがあったら遠慮なく聞いてくれていいから」
「ありがとうございます!」
(やった!公認で魔道具を見て回れるぞ!)
(わぁい!まっどうっぐ♪まっどうっぐ♫)
モーリッツさんに見学を進められ、心の中で小躍りする俺たち。
(とはいえ骨董品つったら、ウン百万ウン千万もありえる代物……極力触れないようにしよう……)
(そ、そうですね……浮かれて何か壊したら……)
(……気を付けよう)
(そうしましょう……)
一気に落ち着きを取り戻した俺たちは、おっかなびっくり店内を見て回ることにした。
ふふ~ん♪
んー。
んー?
う〜ん…?
(…なんだか骨董店というよりは……)
(中古ショップ…みたいな……?)
なんかこう…もっと絵画とか…ツボとか…そういうっぽいものがない。
気になってた魔道具の一角も、なんというか……コレジャナイって感じ。
「…店長…マーガレット嬢も難色を示してますよ……」
「やっぱりかぁ…やっぱり分かっちゃうかぁ……!」
「えっと…どうゆうことでしょうか…?」
未だ店を見て回る俺の代わりに、モーリッツさんたちに質問するユーリさん。
そや、どういうことなんや。
「うーん…実はなぁ、この街に来る前は王都にいてな。そっちでも骨董品を扱ってたんだが……ちと貴族様とトラブルになってなぁ……」
「えぇっ!?」
貴族とトラブル…しかもろくな噂の無い王都でか……。
もう嫌な予感しかしないなぁ……。
ほら、この鉄なんだか銀なんだか分からん微妙な色合いのナイフとフォークもそう言ってるよ。
多分。
「それで向こうのゴタゴタの解決に使っちゃって、ここに持ってこれたのはただの中古品だけなんだよ……」
「えぇ……」
「さすがにそれじゃあ骨董店なんて名乗れないし、仕入れるのにもお金と時間がかかりすぎるから、いっそのこと新しい商売を始めようかと思ってね」
「へぇ、なにを始めようとか決まってるんですか?」
王都の闇にドン引いてるユーリさんの代わりに俺が聞く。
「あぁ、昨日ハルキ殿があいさつに来た折、謝罪と一緒に話したんだ。そしたら「そういうことなら、頼みたいことがある」って……」
「頼みたいこと……?」
「そう、私の人脈を頼りに、王国の東にある《ヤマト》の国から持ってきて欲しい物があると…」
「ヤッ……!?」
「え?ヤマトからっ!?」
俺が思わず叫びそうになったのと同タイミングでユーリさんが驚いた声を上げる。
あ、危ねぇ……。
「こほん…ユーリさん、知ってるんですか?」
「う、うん。知ってるも何も、私の故郷がある国だよ…!」
「へぇ〜!」
世界は狭いな!
というかユーリさん、そこからこの街までわざわざ来たのか……。
なんで……いや、それはいいか。
隠密ギルドに入った理由もはぐらかされたし、野暮な事は聞くまいよ。
「モーリッツさん、何を持ってきて欲しいと言われたんですか?お宝とか?」
「いや、そんな高価なものじゃないよ。ハルキ殿の話じゃ食糧品らしい」
「食糧品?」
迷宮都市は貧しいわけじゃない。
むしろ常に賑わっているので、とても裕福な街だ。
だのに食糧品が欲しいだなんて……。
(う〜ん…わざわざハルキさんがヤマトから持ってきてって言うことは、ヤマト国の特産品ってことですよね?)
(ふ〜む……ヤマトでハルキが欲しがる食べ物…か…)
もしかして……
「…お米?」
「おぉ!?その通りだよ!」
「凄ーい、マーガレット!お米まで知ってるんだ!」
当たっちゃったぜ。
うんまぁ…だろうねとも思ったけどさ。