60.マーガレットの気持ち…コウスケの気持ち
「ただいま〜!」
「ただいま戻りました」
「ただいまぁ」
「ただいまぁ!」
「……おかえり」
「おかえり、みんな。お風呂沸いてるから入ってきてちょうだい」
「「「「は〜い!」」」」
寮に戻り、フルールさんとメリーちゃんに出迎えられる。
あぁ…いいねぇこういうの。
なんだかあったかいわぁ……。
「…………」
「ん?どうしたの?メリーちゃん」
「……(ギュッ)」
「!?」
どうしたのメリーちゃん!?
急にギュッと抱きついて!
「あらら…メリーったらみんながいなくて寂しかったみたいで…少し甘えさせてあげて」
「あぁ、な〜る…メリーちゃん、お風呂まで一緒に遊ぼっか?」
「……うん(コクリ)」
かわい…おっと、自重しようって決めたばかりだろう俺。
いくらメリーちゃんがかわいいからって、こう何度も「かわいい」って思っていたらそのうち顔見ただけで「かわいい」とか言い出すぞ、かわいい。
うんかわいいから問題無いかもしれない。
いや、もうちょっと頑張れ俺。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メリーちゃんと遊んで、お風呂入って、フルールさんの作ったご飯を食べて、あっという間寝る時間。
今日も色々あったなぁ……。
…だが、今日1大事な出来事がまだ残っている。
気まずいマグとの関係を修復することだ。
(マグ…?)
…………。
今日の件から、マグからの返事が返ってこない。
…やっぱり俺の考えが伝わってしまったのか……?
もしそうなら謝るしかない。
許されることじゃないけど、とにかく謝るしかない。
「すぅ〜…はぁ〜……マグと話せますように…」
俺はそう願うと、布団にくるまった。
今日は何度か死にかけたり、試験の手伝いをしたり、魔法を使ったりして疲れていたからすぐに意識が遠のいていった。
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〔マーガレット(本人)視点〕
自分に嫌気が差した。
きっかけは今日の一件。
冒険者の男たちを、コウスケさんが魔法で全員気絶させた後のこと。
ユーリさんに、急に魔法を使った理由を話した時。
話していたコウスケさんが涙を流した時、私はコウスケさんの気持ちを理解できていなかったことを知った。
そして私は気付いてしまった。
コウスケさんと支え合って生きていこうと約束したのに、私はコウスケさんから貰うばかりで何も返せていないことを。
彼の知らないこちらの世界のことを教えたりはした。
彼の考え事のサポートもすることができたと思う。
でも…それじゃあ足りない。
それだけじゃあ…彼に貰ったものを返すことができない。
恐らくコウスケさんは、体を借りているのだからそのぐらい問題無い、と言ってくれるだろう。
でも、手助けぐらいしか出来ない自分を、誰よりも私自身が許せない。
私のために友達をつくってくれた。
生活に困らないように、そして翡翠龍を落とすための職場を考えてくれた。
私の知らないいろんなことを教えてくれた。
そんな彼に甘えてしまっている気がして、支え合おうと言ってくれた彼に頼り切ってしまっている気がして、私はとても惨めな気持ちになった。
そんな時、ユーリさんとのやり取りが耳に入った。
「マーガレットはやっぱり優しい子なんだって、安心した」
「……優しくないです…私は…自分でやりたかっただけです……」
そんなことないっ!
そう言いたかった。
でもこの時の私には言えなかった。
自分がその優しさにつけ込んでいる気がして、怖かった。
「でもそれは、あなたの家族のためでしょ?」
「……家族……?」
ユーリさんの言葉が刺さった。
家族…一緒に住んで…ご飯を食べて…お話をして…「おはよう」と「おやすみ」を言い合って…一緒にいて楽しくて、安心できる関係……。
「(家族…か……)」
私もコウスケさんもこの世界では家族がいない。
コウスケさんはそもそも住んでいる世界が違うから。私は目の前で殺されたから。
いつもあっていた。いるのが当たり前だった。
そんな人がある日突然、会えなくなった。
それは…とても辛かった。
心にポッカリと穴が開いてしまった。
大切だと思ってはいたが、心の奥底ではそれ以上に大切に思っていたのだろう。
あぁ…もしかしたら私は…その辛さを埋めたかっただけなのかもしれない。
「婚約者」という仮初の家族が欲しかったから、近くにいた彼に想いを寄せたのかもしれない。
彼を…利用したのかもしれない……。
「(うぁぁ……!)」
そう考えたら涙が溢れてきた。
違う…私はコウスケさんが好き……!
彼の笑顔が好き…!
あの優しい心に惹かれたんだ……!
(違うんです……私は……)
私は…本当にコウスケさんのことが好きなの……!
そのはずなのに…どうしてもそんな考えが頭から離れてくれなかった。
そのあとも私はその事ばかりを考えていた。
コウスケさんが何回か話しかけてくれたのに、私は答えようとしなかった。
ごめんなさい…ごめんなさい……!
私は何度も謝罪の言葉を口にした。
でも、それを彼に伝える勇気は無かった。
私はズルイ子だ……。
時間が経って、いよいよ寝る時間になった。
…コウスケさんが、私に会いにきてくれる時間になった。
寝る前に私の名前を呼んでくれた。
私と話せるようにと願っていた。
でも…私は今は会いたくなかった。
彼にこんなズルイ姿を見られたくなかった。
だから私は逃げた。
かつて翡翠龍に村を焼け出された時と同じように。
心の奥底に自分で沈んでいった。
コウスケさんと話したくないのに…どうしても彼のことを考えてしまう。
本当は話したい。
彼の助けになりたい。
ちゃんと支えることが出来るんだと証明したい。
なのに私はそこから動こうとしなかった。
動けなかった。
「ぐすっ…コウスケさん……」
自分から逃げておいて、私は彼に会いたくてしょうがなくなった。
さっきは会いたくないと思っていたのに、ほんの数秒で想いがひっくり返ってしまった。
こんなズルイ私を肯定してくれるかもしれないと…私はまた彼の優しさを利用しようとしている。
私は、そんな浅ましい自分に嫌気が差した。
「ぐすっ…うぅ…会いたいよぉ……」
それでも想いが抑えられない。
私はどうしても、彼に会いたい。
私を助けようとしてくれたあの人を、私を支えてくれると言ってくれたあの人を、私をいつも笑顔にしてくれるあの人が…
「大好きなのぉ…コウスケさぁん……!」
「……いきなり言われると流石に照れるんだけど……」
「!?」
心の奥底に沈んで、1人しかいないはずの場所なのに、そこには私の愛する人がすごく恥ずかしそうな顔で立っていた。
「えっ!?コ、コウスケさんっ!?」
「こほん……おーっす、あなたの愛するコウスケ君ですよぉいっと」
ほ、本物だ!
他で聞いたことのない言葉使い……!
幻とかじゃない、本物のコウスケさんだ!!
「えっな、なんでっ!?なんでここにコウスケさんっ!?」
「んー…確かになんとなく深い場所だなとは思ったけど……」
「けど……?」
「マグが頑張って表に来れたんだから、俺も頑張ればそっちに行けるんじゃないかなって頑張ってみたら、割とすんなり行けた」
「す、すんなり……?」
「あい、すんなり」
そ、そんな……前に閉じこもっていたところぐらいまで下がったと思ってたのに……。
「さてマグさんや」
「…なんですか……?」
「何でこんなところにいるのかはさっきの熱烈なラブコールに免じて聞かないであげます」
ら、ラブコール……!
あぅぅ…わ、私…そういえば…だ、だだ、だ、大好き…って……!!
「…………(ぷしゅ〜)」
「そのかわり何で俺の問いかけに答えてくれなかったのかを……マグ?」
「ふぁっ!?ふぁいっ!!」
「…そんな顔真っ赤にされると俺まで熱くなってくるんだけど……」
お互いに顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
ど、どうしよう…すごく恥ずかしいよぅ……!
すると、コウスケさんが場の空気を変えようと咳払いをして話し始める。
「ん、ごほんっごほん!あー…あれだ。マグはなんで話しかけたのに答えてくれなかったの?」
「そ、それは……私はズルイ子だから……」
「ズルイ?」
コウスケさんは心底分からない、といった様子で首を傾げる。
「私は…コウスケさんからいろんなものを貰いました……。でも、私からは何も返せてないんです……だから……」
「それは違う。マグにはいろんなことを教えてもらってるし、本当は体を借りているだけでも十分ありがたいんだ」
やっぱり言った。
「でもそれじゃあダメなんです!それだけじゃあ…私はコウスケさんに甘えっぱなしのダメ人間になっちゃうんです!」
「ダメ人間て……」
「だから…もうこれ以上コウスケさんの優しさにつけ込むような状態は嫌なんですっ!私は…ちゃんと…コウスケさんのことを…支えたいんです……!」
「!〜〜っ!マグッ!」
「きゃあっ!?」
こんな情けないことを言ってる自分が嫌で、思わず泣き出してしまった私をコウスケさんは抱きしめてくれた。
でも、駄目……!
「やぁ…!コウスケさん…!優しくしないでください…!もうこれ以上コウスケさんから貰うのは嫌なんですぅ!」
「駄目、離さない。絶対離さない」
「うぅぅ〜!!なんでですかぁ!!?」
「いいか?よく聞いてマグ、俺だって同じようなもんだ」
「ぐすっ……え……?」
おな…じ……?
コウスケさんが……?
「俺も悩んでた。もしかしたら俺は仮初でも家族が欲しかったから、マグの想いに答えたんじゃないかって。マグの想いを利用したんじゃないかって」
「えっ……?コウスケさんも……?」
コウスケさんも…私と同じように…相手を利用してるかもって考えてたの……?
「そんなことないって思ってるのに…心のどこかでそうかもしれないって……!どうしても…頭から離れなかった……!」
同じだ…。
私と同じだったんだ……!
「でも、安心した。マグも同じことを考えてたんだね」
「はい…コウスケさんもだったんですね……」
「マグ、君は何も返せてないって言うけど、俺は十分貰ってるんだ」
「え…?ど、どういうことですか……?」
十分貰ってる……?
でも…私は何も……
「俺は…本当は人と話すのが怖いんだ……」
「え……?」
怖い……?
そんなの……いや…。
ギルドで初めて働いた時、クエストボードの前で冒険者さんたちに囲まれて質問責めにされていた時、確かにいつものコウスケさんらしからぬ動揺を見せていた。
「でも…それが……?」
それが、私から貰っていることと何か関係が?
コウスケさんは私を抱きしめるのをやめて、私の肩に手を置いて離れてしまう。
「俺は1人が怖い。誰かに頼りにされたくて、誰かに煙たがられるのが恐ろしいんだ。でも俺は人と話すのが怖いんだ。下手なことを言って嫌われたらどうしようって、そんな事ばかり考えて、誰かと話すのがすごく緊張して、怖くなったんだ……」
「…コウスケさん……」
前の世界でのことが関係してるのかな……。
こんなに苦しそうに話すなんて……。
「でも…俺はゲームや本が好きだった。そこに出てくるキャラクターに憧れて、真似をしていたこともあった。その名残で、誰かを演じてるときは、演じることに集中するから人前でも緊張しないで話せたんだ」
「……」
そっか…そういうことなんだ……。
コウスケさんは、私という人物像を演じることによって、今まで普通に話せていたんだ……。
「だから…ズルイのは俺の方だ……。マグに支え合おうなんて言っておいて、俺はマグのことを利用しまくって、しかも俺はマグに与えたことなんて無い!全部自分がやりたいからやった、そうした方がいいからやった、ただの我が儘なんだよ……。だから…マグは悪くないんだよ……」
「…………」
コウスケさんの言葉に私は言葉を失ってしまった。
だって…だって……!
そんなの当たり前じゃないですかっ!!




