58.殺意…後悔
「昨日のチビはあの母親のせいでヤれなかったからな!ったく、あのメリーってガキ、良い声で啼くと思ってたのによぉ!」
(……あ?)
(なっ!?)
…………今…なんつった……?
(…コウスケさん…この人たち……)
(……あぁ…昨日の腐れ奴隷商の護衛かなんかだったんだろうな……)
そして、こいつらの口ぶりと性格からして、メリーちゃんは無事だったんだろう。
だが、メリーちゃんを守った母親…フルールさんは……
(……許せない……)
(…………あぁ…そうだな……)
さっきまであんなに色々と考えを巡らせていた思考が、1つの色に染め上げられていく。
…怒り……。
アイツらを殴りたい、アイツらを潰したい、アイツらを苦しめたい。
フルールさんたちをを苦しめたアイツらを…殺してしまいたい……!
「ひっ!?」
「なっ、なんだよあのガキっ!?」
「テ、テメェ!その目をやめろっ!!」
「…何を騒いでるんだ、アイツらは?」
「さぁ…?そのガキがどうたら言ってるが……」
「……マーガレット…?」
なんか知らんが、俺が見ている方向…隠密ギルド側の道から出てきたペド野郎とその仲間たちが、怯え始めた。
背中合わせの状態のユーリさんと、ユーリさん側のチャラ男集団は何が起きているか分かっていないようだ。
…ダニエルさんは巻き込んでしまってすまないと言っていた。
ユーリさんも俺を巻き込んだことを、後々気にしてしまうだろう。
…だが、そういうことなら話は別だ。
ダニエルさんもユーリさんも気にするこたぁない。
(フルールさんを傷つけた……メリーちゃんを怖がらせた……)
(許さない……頑張って生きている人を売り物にするなんて……!)
(その上今度はユーリさんに手を出そうとしている……)
(弱いものいじめしか出来ない、ダメ大人のくせに……!)
俺もマグも、だんだんと思考がエスカレートしていく。
マグと会話が成立していない。
だがお互いに気にしない。
もとより独り言だ。
何より…
(友達を…家族を傷つけるお前らに容赦などしない……)
(人の幸せを踏みにじるあなたたちに情けなんていらない……!)
(お前らは……)
(あなたたちは……)
((必ず…叩き潰すっ!!))
気持ちは一緒なのだ。
会話が成立しないぐらいで気にはしない。
大切な友人を…俺信じて言い辛い事を打ち明けてくれたあの人たちを!
やらせるものか。
必ず守る。
俺はあの時とは違うっ!
「《【大地を跳ねる青白き雷】よ…[我が宝を傷つけんとする不届き者]に【裁きを与えよっ!】》」
「チッ!魔法か!」
「全員防御姿勢!たかがガキ1人の魔法だ。適当に防いで囲んじまえ!」
俺は唱え、想像する。
敵を倒すための力を。
地獄の番犬を。
冥界の神の雷を!
「《敵を貫け…バウンディングボルトッ!!》」
俺の合わせた両手から青白い雷が走る。
雷は壁や地面に当たると跳ね、そして……
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
「あがぁぁぁぁぁ!!」
「あばばばばばばばっ!!」
ペド野郎ご一行を穿った。
「なっ!?」
「嘘だろっ!?」
「ガキのくせに、あんな威力の魔法を使えるのかっ!?」
「……すごい……!」
さて、これで包囲網は崩壊した。
ならば次は……
「チッ!怯むなっ!あんな威力の魔法、ガキの魔力じゃせいぜい1回が限度だ!数なら上だ!畳んじまえっ!!」
余裕の無くなったチャラ男…あぁ、もうチャラ男ですら無いのか。
言葉使いにチャラさが無いもの。
だがなめんなよ。
お前らを潰すのは俺だ。
それに……。
1度誰かに当たった魔法はそれで終わりだなんて、誰が言った?
俺が先ほど放った魔法、《バウンディングボルト》は俺が好きだったゲームの中に登場するものを参考にしたものだ。
さすがに名前は少し弄らせてもらったが。
ファインモーション楽しいけど強すぎ。
とにかく、そんなものを魔法として実現させた。
そしてこの魔法には3つほど特徴がある。
1つ目、物に当たった時跳ねる。
これは先ほど、壁や地面に当たって実際跳ねたので分かるだろう。
次に2つ目、追尾する。
こいつもそのまんま。
近くの相手を勝手に狙う…というよりは引き寄せられる、と言った方が正しいか。
さすがに追尾なんてもんを付けようもんなら、MPの消費が馬鹿にならなくなる。
なので、この魔法は近くにいる条件を満たした相手に引き寄せられるようになっている。
この世界の魔法はややこしい。
俺は全属性の魔法が使えるわけだが、使いこなせるかと言われれば、それは無理だと答えるしか無い。
ここ数日の研究で分かった事だが、適性はかなり大事だ。
俺は当初、全属性使えるならあんな技やこんな技を使いたい!という少年心を叶えるためあれこれ頑張った。
だが駄目だった。
雷と無属性以外の魔法は、どれもすんなりといかなかった。
一応、頑張れば出来なくはなかった。
だが、雷で同じような魔法を唱えるときと、明らかに消費MPが違う気がするのだ。
実際にMP残量を見たわけでは無いので分からなかったが、実験をしてみて気づいた。
全属性のピンポン球サイズの魔力球を一斉に動かしてみるという実験で、雷属性の魔力球だけが、エリートクルーでも入ってんのかと思うほど、スムーズに動いたのだ。
次に無属性が、そして他の属性たちがほんの少しのばらつきを見せながら停止地点に到着した。
このことから、俺は雷属性をメインに、無属性をサブに、他の属性はあったら便利ぐらいに考えることにした。
そして、この世界の魔法は詠唱をある程度自分でいじれる。
基本的に、《対象》《威力・範囲》《使う魔法》を指定すれば、言葉はなんでも良いのだ。
だが、詠唱は長ければ長いほど魔力が込められ質が上がる。
逆に短ければ粗悪な魔法が出来やすい。
無詠唱魔法は、頭の中で作った詠唱文を唱えつつ、使いたい魔法をイメージしなければならないので難易度が高いと言われている。
言葉に出せば、頭はイメージに集中出来るのだが、無詠唱だと言葉を想像しながら魔法のイメージをしなければならなくなり、頭がパンクする人がほとんどなのだ。
しかも、冒険者となると他にも色々やることが多いのでもっと大変だ。
しかも成功したとしても、威力が十分じゃなければ、ただ相手にこちらの手札を見せるだけになってしまう。
俺も、無詠唱が使えると言っても、他に何も考え事や用事が無い時しか成功しない。
無詠唱は、難しいし大変なのだ……。
まぁとにかく、そんなわけで俺は基本的に雷と無属性しか使わない。使えない。
実戦で使えそうなのはそれしか無い。
その数少ない手札を潤わせるために、俺は日頃いろんな方法を考えている。
その成果の1つが制約…いわゆる縛りだ。
今回の追尾条件は男性であること。
そして追尾限界は3人までという縛りを付けることでMP消費を抑えた。
魔術は等価交換だ。
そんな言葉を知っている。
攻撃の代わりに防御を、防御の代わりに素早さを、素早さの代わりに攻撃を上げる、そんな感じだ。
なので俺は、追尾限界を設定する代わりに、威力を上げたり、MP消費を抑えたりしたのだ。
長くなったが、最後に3つ目。
これは本当に単純。
当たった雷が、消えずに次の獲物を探すだけだ。
いわば、貫通攻撃というやつだ。
というわけで……
「ぐあぁぁぁぁ!!?」
「があぁぁぁ!!」
「うぼあぁぁぁ!!」
壁を跳ねまわり、死角からチャラ男ご一行にも当たった雷は、これ以上標的がいないことを確認するかのように辺りをバチバチと何回か跳ね回った後に消えていった。
…今更だけど、魂が男な俺に飛んでこなくて良かった……。
辺りには若干の焦げ臭さと、呆然と俺を見るユーリさん、そして倒れ伏せる男達が残った。
「マ、マーガレット……?」
「……さっきあの男が言ったメリーって子…私知ってるんです」
「えっ?」
「その子は今、母親と一緒に私が住んでいる寮で一緒に暮らしてます」
「…………」
「…その母親…フルールさんは…震えてました…メリーちゃんを守るために…自分を犠牲にしたんだって、口には出さなかったけど……でも……」
「……そっか…マーガレットの……」
ユーリさんに俺が怒った理由を伝えようとした。それだけだった。
なのに…
「それにアイツら…ユーリさんにまで……そんなの許せない…だから……」
「もういいよ、マーガレット」
ユーリさんが後ろから抱きしめてくれた。
前のように突撃することなく、ふんわりと優しく包み込んでくれた。
「大丈夫…もう大丈夫だから……。その人たちも、私も、大丈夫だから…泣くのはやめて…?」
俺の目からは涙が流れていた。
マグが…いや、違う。
これは……俺……?
「私も驚いたけど、安心した」
「…………安心……?」
「マーガレットはやっぱり優しい子なんだって、安心した」
「……優しくないです…私は…自分でやりたかっただけです……」
「でもそれは、あなたの家族のためでしょ?」
「……家族……?」
確かにフルールさんやメリーちゃん、メイカさんたちとも一緒に住んではいるが……。
あぁ…でも…そうかも……。
家族…一緒に住んで…ご飯を食べて…お話をして…「おはよう」と「おやすみ」を言い合って…一緒にいて楽しくて、安心できる関係……。
「(家族…か……)」
俺もマグもこの世界では家族がいない。
マグは目の前で殺されたから、俺はそもそも住んでいる世界が違うから。
いつもあっていた。いるのが当たり前だった。
そんな人がある日突然、会えなくなった。
それは…とても寂しいものだった。
心にポッカリと穴が開いてしまった。
自分で気づかなかっただけで、家族のみんなは自分の心を支える大事な柱だったのだ。
あぁ…もしかしたら俺は…その寂しさを無意識のうちに埋めようとしていたのかもしれない。
だから知って欲しかったんだ。
俺のことを。
別に教えなくてもよかった、黙っていてもバレなかっただろうに…誰にも知られないのが嫌だから…信頼できる人が欲しかったから、俺のことを話したのかもしれない。
マグとだって…「婚約者」という仮初の家族になりたかったから、彼女の想いに答えたのかもしれない。
彼女の想いを…利用したのかもしれない……。
「(うぁぁ……!)」
そう考えたらまた涙が溢れてきた。
違う…俺はマグが好きなんだ……!
彼女の笑顔が好きなんだ…!
あの優しい心に惹かれたんだ……!
(違うんです……私は……)
マグも何かを言っている。
彼女も何かと戦っている。
「大丈夫…大丈夫…よしよし…頑張ったね……」
「(あああぁぁぁぁ…!!)」
ユーリさんの優しさが今は苦しい。
違うんだ…俺は……そんなんじゃないんだ……!
俺は……!
「(うああぁぁぁ!)」
言葉に出来ずに泣き続ける俺を、ユーリさんはずっと慰めてくれた。




