56.洞窟の部屋から脱出…報酬と面倒ごと
ヘビのおもちゃの奇襲を受けた俺は、警戒しつつ金庫の中を再度確認する。
「ん、大きなカギ……宝箱のカギかな?」
(じゃあ、宝箱の中に扉のカギが入っているんですね)
(…この流れは…さっきもあったよな……?)
(……そうですね……。気をつけていきましょう)
金庫には大きなカギが1つ入っているだけだった。
一応警戒しながら、大きなカギに触れる。
…何もなさそう…かな……?
大丈夫そうなので大きなカギをガシッとゲッチュ。
恐る恐る取り出す。
…問題無し。
「ふぅ…とりあえずはOKっと……」
(あとは宝箱に何があるか…ですね……)
(あぁ、気を引き締めて行こう)
と、その前に…
(…この絵画はもうお仕事終了なんだろうか……?)
(…なんだか怖くなってきました……)
(俺も……)
カギを持った状態で宝箱を調べたら襲ってくる、とかじゃないよな……?
…まぁ、なるようになれだ。
どうせ襲われたら逃げられないしな。
ともかく、宝箱の前まで来た俺。
カギを挿す前に最終確認だ。
んー…んー……んー…?
(特に問題なさそうですね……)
(一回開けようとしてるしなぁ…あとはカギを挿してどうなるかだ)
見える範囲に問題が無さそうなことを確認した俺は、意を決してカギを挿す。
…実はこのカギじゃありませんでした〜、とかじゃ無さそうだ。
よしよし。
そしてカギを回す!
…………。
…電気とかもないな……。
となると開けるときか……。
とりあえず正面に立たないようにずれておいてっと……。
いざ、オープン!
「…………」
(…何も起きませんね……)
(起きないねぇ……)
…まぁ起きないならそれでいいんだけどさ。
それじゃあ中身を確認っと。
「ん…コレは……?」
中には、恐らく扉のものであろうカギの他に、小さな腰袋と書き置きが入っていた。
この袋は…前にメイカさんに見せてもらった「マジックバック」と似ているような……。
(コウスケさん、紙にはなんて書いてあるんですか?)
(ん?えっとねぇ…
お嬢へ
最初に、この文章は声に出して読まないでくれ。
色々と書いてあるからな)
俺のことやその他面倒ごとが書いてあるんかな?
(隠密ギルドのマスターだというのに事前調査を満足に遂行できず、結果としてお嬢に無用な恐怖を与えてしまって本当にすまない。お嬢は「貸し1つ」で許してくれたが、それでは俺の気が済まないので、お嬢がまだ持っていない「Cランクのマジックバック」を用意した。本当はもう少し上の物を用意したかったが、そこまでやるとお嬢にまた気を使わせると思ってCランクにさせてもらった。そのかわり収納数はCランク最高クラスの50個だ。それと、中に今回の手伝いによる小遣いと、不始末についての謝礼を合わせて金がいくらかと、お嬢の適性らしい「雷の魔導書」の入門編が入っている。それももらってくれ)
…ダニエルさん、やっぱり律儀な人だ。
そしてこっちが遠慮しないように手を回しているのもさすがだ。
…それでももらい過ぎな気はするけど。
ダニエルさんからの手紙はまだ続いている。
(もうひとつ、こっちはギルドの連中からだ。「救壁の護符」、こいつに魔力を込めると、目の前に透明な魔力障壁を展開して身を守ることができる、魔力の込められた装備、「魔装」の一種だ。この街じゃ割と手に入れやすいが、お嬢は何かと面倒ごとに巻き込まれるタイプっぽいからと10個ぐらい余分に入れたらしい)
ありがたいけど、多いよ。
どんだけ俺は面倒ごとに巻き込まれる予定なんだよ。
(ただし、こいつには結構癖がある。まず、注ぐ魔力の量に関係なく同じ防御力の障壁が出ること。次に、どこに身につけていても、必ず使用者の目の前に障壁が展開されること。障壁の展開範囲は、そこの扉と同じようなものだということ。受け止められるダメージ量は、Dランクの魔物、「リッチ」の中級魔法一撃までだ。そしてそれは使い捨てだ。1回使ったら砕け散って使えなくなる。気をつけてくれ)
分からん。
いや、使い捨てなのは分かったけど、ダメージ量がどれくらいなのか見たわけじゃないから分からんのよ。
まずリッチがDランクでどのくらいの強さなんだよ。
(それと、ギルドの連中がお嬢に「よければまた来てほしい」と言っていた。お嬢がよければまた好きな時に顔を出してくれ)
まぁ…悪い人たちではないしな。
それぐらいお安い御用だ。
…忙しくなかったら……。
(最後に、悪いがこれは面倒ごとだ。あのキツネっ娘にご熱心なあの冒険者、最終試験をせずとも落とすつもりだが、場合によっちゃ荒ごとになる可能性がある。お嬢はキツネっ娘と仲が良いことがバレちまってるから狙われるかもしれん。だから、できればキツネっ娘と一緒にいてくれ。気を悪くするかもしれないが、2人には囮になってもらう)
(囮……)
おいおい…穏やかじゃないな……。
マグがちょっと不安になっちゃってるじゃないか。
(あの冒険者が大人しく諦めればいいが、恐らくそうはならん。不安の種は早めに摘むに限る。影にココを潜ませておく。お嬢も、すまないがさっきあげた「救壁の護符」をさっそく1つ、バレないように身につけておいてくれ。今日の件で念には念を入れる必要性を改めて思い知ったからな。成功率を上げるために協力してほしい。
巻き込んでしまって申し訳ない。
ダニエル)
…ひどい話だねぇ……。
まったく、どんだけ迷惑をかければ気が済むのか。
あの冒険者。
ダニエルさんたちが本気を出してくれるらしいから安心ではあるけどさ。
俺は読み終わった紙をさっそくマジックバックに入れ、それを腰につける。
(まったく…罠ではなかったけど、これじゃあどっちが良かったかわかんないな……)
(ユーリさん…最終試験であの人に変な事されてなければいいんですが……)
(あの粘着男のことだから、絶対なんかしらのアクションは起こしてるだろうな……。一応、審査官たちが見張ってはいるけど、こればっかりはユーリさんを信じるしかない)
(そうですね。それじゃあ私たちも行きましょう)
(あぁ。…あ、その前に……)
アイツに挨拶しておこう。
俺はあの絵画の前まで行き、目の前でしゃがみ込み…
「…お仕事お疲れ様です」
それだけ言って扉に向かう。
カギを開け、扉を開けようとしたタイミングで、後ろで物音が聞こえたので振り返ると、絵画から6本の黒い手が伸びていた。
絵画はその内の1本を俺に差し出してくる。
…なるほど。
俺が差し出された手を握り、握手をすると絵画に描かれた女性が満足そうに微笑んだ。
その後、部屋から出るとき、絵画はその体を支えている下2本の手以外を振って見送ってくれた。
「じゃあね、縁があったらまた会おう」
俺は手を振り返し、そう言って部屋を後にした。
(ああして見ると、なかなかかわいいやつだったね)
(はい、私も仲良くなって一緒に遊んだりしてみたいです)
隠密ギルドに来る理由が、また1つ増えたな。
結局あの絵画が何者なのかは分からんかったが。
さて、いつまでも感傷に浸っていたいが、そうはいかない。
俺はマジックバックから「救壁の護符」を1つ取り出し首からかけ、服の中にしまって隠した。
マジックバックはいわゆる「収納袋」、異世界のお約束のひとつ、「収納魔法」がかけられた魔道具だ。
この世界ではポピュラーな物で、子供でも頑張ってお小遣いを貯めれば、低ランクのものが買えるほどだ。
マジックバックには、「ランク」と「収納数」がそれぞれ決められている。
「ランク」は入れられる物に関係するもので、この世界の物はそれぞれランクが付いているらしく、マジックバックに入れられるのは、マジックバックのランク以下の物だけなのだ。
ランクは、冒険者ランクやステータスと同じ、S〜Gランクまであって、Sが上、Gが下なのも同じ。
ポーションや訓練用の剣など、いわゆる初心者装備は大体Gランク。
お金も、鉄貨、銅貨、銀貨まではGランクに入れられる。
金貨はEランクだそうだ。
Sランクになれば持ち帰れない物は無い、と言われているが、さすがに家や人は入れられない。
そもそも生物は入れられないので、魔物を捕獲する場合は別の手段が必要になる。
次に収納数。
これは2つある。
この世界のマジックバックは「何キロまで入る」といった計量式では無く、決められた数までなら入れられるといった、枠式タイプ。
某人気ゲームのアイテムポーチといえば分かりやすいだろう。
つまり、同じアイテムなら1枠の中に規定数まで突っ込めるのだ。
そしてその枠数は、マジックバックのランクによって振り幅が決まっている。
G、5〜12 F、9〜21
E、15〜30 D、24〜43
C、35〜50 B、45〜65
A、60〜80 S、150
といった感じらしい。
ララさんに聞いたとき、教えてもらった。
俺がもらった物は50種類まで入れられる、かなり上等なものということだ。
では規定数はどうなのか。
これもランク毎に決まっており、こっちは振り幅は無く、必ずその数まで入れられるらしい。
G、15 F、25
E、45 D、60
C、80 B、100
A、200 S、999
明らかにSランクがインフレを起こしているが、Sランクのマジックバック自体が滅多にないし、Aランクのマジックバックも国宝級と言われているらしいので、そこまで大きな問題にはなってないらしい。
それでもこのぐらいの数が入れられるなら、買占めなどがどこかで起きそうなものだが、そのように不当に物の値段を吊り上げないように目を光らせているのが「商業ギルド」なのだそうだ。
何でララさんがそんな細々としたことまで知っているのかというと、ハルキが全部作ってみて、確かめたからだと教えてくれた。
つまりハルキはSランクのマジックバックを持っている。
そりゃあ、ポンっと150万近くを出せるわけだ。
そしてマジックバックから物を取り出す方法だが…これは単純に念じる。
「あれがほしい」と念じて手を突っ込めば、それが手元に引き寄せられるのだ。
が、バックの中に何が入っているか忘れた場合、目当てのものを取り出すことは出来なくなる。
一応「全部出ろ」と念じて袋を逆さまにすれば、中身を全部ぶちまけることが出来るが、もちろん大変なことになる。
そうならないために、この前のメイカさんのように定期的に中身を整理する事が大事なのだ。
まぁそれはともかく、準備の出来た俺は恐らく近くにいるだろう彼女を呼ぶ。
「ココさん」
「こっち」
「おおぅ!?びっくりした……何でダニエルさんといい、必ず私の後ろに現れるんですか?」
「職業病」
「そうなんだ……」
人の後ろに急に現れる職業病ってなんだろう……?
まぁいいや。
「こほん…。それじゃあココさん。お願いしていいですか?」
「分かった。目隠しはいる?」
…ここに来た時もココさんに運んでもらったが、ものすごいGを感じたんだよなぁ……。
てことはそれ相応の速度が出ているわけで、人に抱えられた状態でそんな速度で走るところを見るのは……。
「目隠し、もらいます」
「分かった。じゃあちょっとごめんね」
うん、怖い。
目隠しは必要だよ。
「それじゃあ行くよ?」
「お願いします」
目隠しをしてもらい、来た時と同じように抱えてもらった俺がそう伝えると、ココさんは相変わらずGを感じる速度でダニエルさんたちのもとへ向かったのだった。
…なんか、ジェットコースターに乗ってる気分だ。
ココさん凄いな……。




