52.キツネっ娘とワイワイ…最終試験のお話もある
「マーガレットっ!」
「あっ、ユーリさん」
吹き抜けの空洞でダニエルさんとココさんと共に冒険者たちを待っていると、上から知ってる声が響いてきた。
上を見ると、やはりそこにはユーリさんの姿があった。
ユーリさんは俺の姿を確認すると、螺旋状に伸びる道を使わずに飛び降りた。
「……ユーリさんって飛べるんですね」
「お嬢、よく考えろ。キツネは飛べねぇ」
そうだねぇ…飛べないねぇ……。
でも跳んできたねぇ……。
そんなことしたらスカートの中見えちゃうよって思ったけど、スカート無かったねそういえば……。
じゃいっか。
思考が追いつかない俺をよそに、ユーリさんは何か唱えるとそのまま地面に着地した。
音もなく、手をつくこともなく、とても綺麗にふわっと降りてきた。
そして突っ込んできた。
「マーガレットォォ!!」
「弾力が鬼っ!!」
彼女の豊かな胸が俺の顔面に直撃した。
…今…エアバッグの勢いが強すぎて首をやっちゃった人の気持ちがわかった気がする……。
弾力って…凶器だったんだね……。
「マーガレットォ!無事で良かったぁぁ!!」
彼女はそのまま俺を押し倒すと、俺に抱きついたまま泣き喚き始めた。
が、俺は胸に押しつぶされ息ができません。
返事ができません。
まったく無事ではありません。
(…マグ)
(…なんですか?)
(男の夢の中に、女性の胸で窒息したいってのがあるんだけどさ…)
(………へぇ、それで?)
(……これ思ったよりキツいわ)
(でしょうね)
「んーーーーっ!!!」
というわけで左手で地面をタップし、右手でユーリさんを叩いて暴れてみた。
「痛っ!?…んふっ…!ど、どうした…の…はぁ…マーガレット……んっ…」
あら艶かしい声だわ、うふふ。
平時なら変な気分になりそう。
平時なら。
「おーい、キツネっ娘!お嬢息出来てねぇぞ!」
「えっ!?ご、ごめん!マーガレットっ!?」
「ぷはっ!!はぁー…はぁー……んぐ…はぁ…はぁ…もう…ユーリさん…落ち着きましたか……?」
「うぅぅごめーん……」
俺を慌てて解放し、ちょこんと座り込んだ彼女は、さっきとは別の意味で泣いている気がする。
まったくもう……。
俺は彼女に向き合うと、ゆっくりと優しく語りかける。
「ユーリさん。いつもいつでも冷静に、ですよ」
「うぅ…マーガレットはなんでそんな落ち着いてるのぉ……?」
「ユーリさんの頑張りを見てましたから」
彼女はすごく頑張ったと思う。
しかもかなり理知的だ。
決して無理はせず、冷静に、時には大胆に、物事を考え、実行する。
それは、二次被害を防ぐ為に必要なものだ。
俺は彼女の手を握って言う。
「はい、これで大丈夫ですか?」
「!……うん!」
彼女の尻尾がブンブン揺れている。
かわいい。
(とはいえ…まさか今日だけで3回も死にかけるとは思わなかったけど……)
(大きな胸って、凶器だったんですね……)
(衝撃で首痛いもんね……)
というかなんでこっち来てから毎日誰かに突撃されるんだろう?
もはやノルマと言っても良いのでは?
突撃を受けるたびにノルマ達成!とか言ってみるか?
まるで動画実況者だ。
痛いから嫌だ。
「お〜いお嬢。イチャコラするのは良いが、まだ試験中だからな?」
「あ、すみません」
そういやそうだった。
「さ、ユーリさん。立ってください。まだ試験は残ってますよ」
「うん!」
ふふふ、元気いっぱい笑顔だねぇ。
試験中のユーリさんの顔はずっと険しかったからなぁ。
(まぁ、俺が落ちた以外にも、ストレスはあるようだけど…)
(…あの人ですね…ずっとユーリさんを見てましたから……)
ユーリさんは露出度の高い踊り子風の衣装を着ている上に、男なら誰しも見惚れる美貌の持ち主だ。
だからまだ追うのは分かるのだが……。
(アレはただのナンパ野郎って感じじゃないなぁ……)
(…粘着質の最悪なタイプですよ?アレ……)
(後で誰かに護衛を頼んでみるか?)
(はい、それが良いと思います。あのままじゃユーリさん、危ないですよ)
まったく……前世でもストーカー被害とかのニュースはよく見かけたが、実際に遭遇するとはね……。
まぁ、それは後で相談するとして、件の男と他の受験者たちも到着したことだし、試験の話をしようじゃないか。
「それじゃあ皆さん、そちらに並んでください。ダニエルさん、お願いします」
「あいよ」
受験者を並ばせ、俺はダニエルさんの側に……
「…………」
「…………」
ユーリさんがギュッと握った手を離そうとしない。
しかもジッとこちらを見つめてくる。
こちらをクリクリウルウルのお目めでジッと見つめてくる。
いやいやしかし、俺は審査員側、彼女は受験者だ。
俺とずっとべったりだとユーリさんも他の受験者から癒着を疑われてしまう。
これは彼女の為なのだ。
彼女が無用な敵意を向けられないようにする為なのだ。
だから今すぐ離れなければなのだ。
こうして手を繋いで受験者と共に並んでいるのは駄目なのだ。
「お嬢……」
「すいません、ダニエルさん。今はちょっと…そっとしてあげてください」
無理だ…俺にはあの目を裏切ることは出来ない……。
「はぁ…まぁ良い。別に問題があるわけじゃないからな。それよりも、次の試験の説明をするぞ。よく聞け」
ダニエルさんの言葉に、俺とユーリさんにより若干柔らかかった場の雰囲気がピリッと引き締まる。
笑顔だったユーリさんの顔にも緊張が表れる。
「次の試験だが…喜べ、次が最後の試験だ。これが終われば、お前たちの合否発表に移るぞ」
「おぉ……!」
冒険者たちがどよめいた。
「静かにしろ。それで、その気になる試験内容だが……」
そこでダニエルさんが俺の方をチラッと見る。
「そこのお嬢…マーガレット嬢と勝負をしてもらう」
「えっ!?」
「はっ!?」
「どういうことだ……!?」
先ほどよりもどよめく冒険者たち。
さてと、俺の出番だな。
「ここからは私が説明いたします。まず今回の経緯ですが、最初に私は試験官ではなくただの見学者だと申しましたが、あれは真実です。私は本来は参加する気はありませんでしたので」
「ど、どういうこと?マーガレット……」
未だ手を繋いだままのユーリさんが動揺しつつも聞いてくる。
大丈夫、危険はある程度取り除いたから。
俺は彼女の手をギュッと握り微笑むと、すぐに視線を戻し話を続ける。
「穴に落ちた後色々あり、今回合意の上で、仕掛け人として参加させてもらうことになりました。とはいえ、結果的に皆様を騙してしまったのは事実です。申し訳ございません」
「えっ!?いや、まぁ…それなら良いんじゃない…?合意なんだったら……ねぇ?」
ユーリさんが真っ先にそう言う。
話を振られた他の受験者の1人も頷いてくれた。
「あ、あぁ…そうだな……最初みたいに突然落とされた、みたいなことはもう無いんだろ?」
「はい、そこはもう念入りにオハナシさせて頂きました。ねぇ?ダニエルさん?」
「お、おう…そこは安心してくれ。これからのことはお嬢も納得した上でのことだからな……」
受験者の言葉にそう返し、ダニエルさんに笑顔で確認する。
ははは、ダニエルさん。
私は普通に聞いただけじゃないか。
どうしてそんな引きつった笑みを浮かべているんだい?
「ゲフンゲフン…!とにかく!これからの試験の説明に戻るぞ!お嬢と勝負をするといっても、もちろん腕っ節でやり合おうってわけじゃあない。競ってもらうのはコッチだ」
ダニエルさんはそう言いながら自分の頭を指す。
そのあとこう続ける。
「これからお嬢を、ある部屋に閉じ込める」
「なっ!?」
「ユーリさん、落ち着いて」
心配してくれるのは良いが、今は落ち着いて話を聞いてくださいね。
「続けるぞ?お嬢にはそこで謎解きをしてもらう。いわゆる、「脱出ゲーム」だ。その間、お前たちにはこの先の迷宮を踏破してもらう。お嬢が部屋を脱出する前に、迷宮を踏破できればクリアだ」
ダニエルさんの説明に顔を合わせる受験者の冒険者たち。
その1人、さっき俺を気遣ってくれた男性が手を上げた。
「なんだ?」
「ルールはわかった。だが…バランスが悪くないか?」
「というと?」
「この子が解く予定の謎がどの程度のものなのかとか、この迷宮の規模を教えて貰わないと納得出来ない」
まぁこれは予想通りだ。
俺の謎解きの難易度が極端に簡単なら、それだけで難易度は跳ね上がるし、迷宮がアホみたいな難しさだった場合も同様だ。
つまり、キチンとそこら辺がつり合っているのかどうかが分からなければ、試験を受けるつもりは無いということだ。
「そうだな…さすがに問題を見せるわけにはいかないが、迷宮に関しては答えよう。規模は先ほどの迷路の3倍程度、順番などは無し、一斉に始める。迷宮の各所にモニターオーブが置かれているから、そこからお嬢の様子を確認できる」
「モニターオーブ?」
「これだ」
そう言うと、ダニエルさんは見る専用のモニターオーブを地面に置き、壁に映像を映した。
「おぉ……」
再び冒険者たちからどよめきが上がった。
「…これで見てたんだ……」
ユーリさんがそう呟く。
そうです、これで見てました。
「言っとくが、モニターオーブを盗んだりしたら問答無用で落とすばかりか、ちょっとキツイ仕置きをするからな。覚悟しろよ?」
ダニエルさんが凄むと、受験者たちは無言で何度も頷く。
(ダニエルさん…あんな顔もできたんですね……少し怖いです……)
(まぁ、あれでも隠密ギルドのマスターだからね。いわばそういうことのプロだもの。そりゃ怖いよ)
ホント怖いよ。
はぁ…色々あったが仲良くなれたのは幸運だったんだろうな。
その過程で死にかけたが。
「さて、質問はもう無いな?んじゃお嬢、目隠しをするぞ。ココ」
「了解。マーガレット、準備はいい?」
「はい、お願いします。それじゃあユーリさん、皆さん。頑張りましょうね」
俺はそう言ってユーリさんから手を離し、ココさんに後を任せる。
さぁ、最後の試験の始まりだ。




