50.キツネっ娘の決心…その裏の謝罪と思案
〔ユーリ視点〕
「お、落ち…落ちた……落ちた……?」
えっ?えっ?
なんで?なんで?
黄色い髪の見た目よりもしっかりした女の子が、さっきまで楽しくおしゃべりしてた子が……?
「おいおい……」
「どういうことだよ……」
「なんであの子を……」
他の人たちも動揺している。
そうだよ…なんで?
なんでっ!?
私はキッとマーガレットを落としたあの男を睨むと、問い詰めるべく距離を詰めていく。
だが、その前にこの男はこんなことを言い出した。
「騒ぐな、これも試験の一環だ」
「はぁ!?」
あの子を落とすのが!?
どういうことだと聞こうとすると、あの男の隣にいたココさんが口を開いた。
「あの子には別の場所で試験を見てもらう。私たちも後で向かう。下には他の試験官が待機しているから、怪我ひとつしない。だから問題無い」
Sランク冒険者のココさんが淡々と告げた内容に、辺りは少し落ち着きを取り戻したようだ。
でも私はまだ納得していない。
「でも!マーガレット、本当に驚いた声を上げてましたよ!?」
「当然。伝えてないから」
「なんでですかっ!?」
「貴女には関係の無い事」
「っ!!」
「おーちつけキツネっ娘、オレがやった事だぞ。ココを問い詰めるのはお門違いだ」
こんの…!
いけしゃあしゃあと…誰のせいで怒ってるんだと思って……!
「これも試験の一環だと言ったはずだぞ?」
「それが?」
「これが第一試験だ」
「はぁっ!?」
これが第一試験!?
「不意の事態が起こったとき、慌てず騒がず冷静にいられるか……。これは隠密ギルドだけじゃなく、他のどの場所でも必要な事だ」
「ーーー!」
…そういうこと。
でも、そのためにあの子を何も言わずに落とすなんて……。
「んで、お前らの反応は大体分かった。次の試験はこの洞窟の先でやる。全員荷物をまとめてついてこい」
未だ納得のいってない私を置いて、あの男はさっさと洞窟の先に向かって行ってしまった。
他の参加者たちも、まだ少し戸惑いながらもあの男の後を追う。
残ったのは私だけ……
「行かないの?」
「ひゃっ!?」
…いつのまにかココさんが目の前にいた。
全然気配を感じなかった……。
というかそもそも、この人からはオーラを感じない。
どんな人でも必ずオーラは見えるはずなのに全く見えない。
これがSランク……。
ともかく、私はさっきの言葉がどうしても信じられなくて、あまり意味は無いと分かっているのだがココさんに聞いてみる。
「あの…本当にマーガレットは無事なんですか……?」
「無事。あの穴は少しずつ滑り台状になっていて、その先は水場だから問題無い」
「そ、そういうことですか……」
良かった……隠密ギルドの人がいるとは言ってたけど、今のを見た後じゃイマイチ信用出来なかった。
ココさんが嘘をついてる可能性もあるけど、今嘘をついても意味無いし、多分真実だろう。
それでも…やっぱり自分の目で確かめたい……。
恐らくこの試験を進めていけば、あの男の性格上、必ずどこかでマーガレットが関わってくるはず。
「マーガレット…待っててね……」
私は、ほんの少しの間でも楽しくおしゃべりをした友達のために、あの男の待つ洞窟の先へと歩みを進めた。
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〔コウスケ視点〕
「ユーリさん…当初の目的を忘れてませんか……?」
「うん、あれは完全に忘れてるね」
所用を済ませ帰ってきた俺は、ユーリさんがココさんに俺の安否を確認してるところから見ていた。
この映像は、ダンジョンマスターお手製、《モニターオーブ》によるものだ。
このカメラはヴァルカメ…もとい監視カメラよろしく、壁や天井に貼り付け使用する。
そしてなんとこのカメ…オーブ、かなりの集音性を誇るようで、あのだだっ広い空洞での話し合いの声もバッチリ拾っていた。
難点はカモフラ率が若干低い事らしく、下手なところに付けると子供でも見つけられるらしい。
よく考えて使え、という事だな。
そこまで解説してくれたのは俺を助けてくれた女性…ヘンリエッタさんが、俺の呟きを肯定してくれた。
しっかし今のは危なかった……。
仕事モードじゃなきゃ思いっきり素で話すところだった……。
そんな俺たちに、この部屋に入った時に声をかけてきた男性…ベックさんが会話に混ざってきた。
ちなみに今俺は、そんな二人に挟まれた状態でソファに座って観戦している。
「あの踊り子の姉ちゃん…お嬢が心配なのは分かるが、あれじゃあ落ちるだろうな……」
「…どこかで無事を伝えられれば良いんですけど……」
「うーん…本当はこれ、お嬢には秘密にしてろってボスに言われてたんだけど、ボスはお嬢にやってほしいことがあるって言ってたから、どっかで話すチャンスがあると思うよ」
「…やっぱりまだやることあるんですね……」
あの人のことだから、どうせ落としただけじゃ満足しないだろうとは思ってたけどさぁ……。
(ま、また死にかける…なんてことは無いですよね……?)
(そうなる前に絶対釘刺してやるし、他の人も庇ってくれると思うよ…さすがに)
ホント…あのオッサン…どうしてくれようか……。
マグを泣かせた上に、新しいトラウマまで植え付けたオトシマエ……どう付けてやろうか……。
「お、お嬢……?」
「ん…どうしました?ヘンリエッタさん」
「い、いや…あれ…?見間違いかな……?お嬢から黒いオーラが出てたような……」
「オーラって…ヘンリエッタさんはキツネの獣人じゃないじゃないですか」
「そ、そうよね…私、イノシシの獣人だし……見間違いよね……」
あ、その耳、イノシシ耳だったのか。
可愛いお耳だとは思ってたけど、なんだっけってなってたからスッキリしたわ。
それにしても、俺から黒いオーラが出てるなんて……疲れてるのかな、ヘンリエッタさん。
まぁあんな上司じゃな。
さすがにあんなことされたら、俺もマグもダニエルさんのことを信用できなくなってしまう。
まったく…何をやらせるつもりかは知らないが、また命の危険に晒したらそんときゃ……どうしよう……。
思いつかないな……さすがに暴力はマグの教育上よろしくないし……。
うーん…駄目だ、思いつかない。
ハルキに任せるか?
でもなぁ…できれば俺の手で罰を与えておきたいんだよなぁ……。
マグにこれ以上トラウマを増やさないでほしいから、シバける内にシバいといて早めに苦手意識を拭っておきたい。
「マーガレット」
「ん…ココさん?…ココさんっ!?」
「えっ!?」
「うおっ!?」
思わず二度見してしまった。
隣の2人も気付かなかったようで、素っ頓狂な声を出している。
なんでココさん!?
さっきまで向こうにいたよね!?
ユーリの後に続いて、洞窟の先に行ってたよね!?
いつのまに俺の後ろにっ!?
「えっ…いつからそこに……?」
「さっき」
えぇ……。
分からんかった……。
「ダニエルも後で来る。その時に貴女に話があると言ってた」
「へぇ……話、ね…」
謝罪なら良いんだが…いや、許すかどうかはまた別の話だが。
…はてさて、どうなることやら……。
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「よう、お嬢!調子はどうだ?」
「…おじさん、誰?」
「ぐふっ!?」
最初の試験…鍵開けから、かくれんぼ、情報収集と試験は進み、いよいよ残り二つの試験を残す…といったところでダニエルさんがいい笑顔で帰ってきた。
さっきの件と合わせてあまりにもイラついたので軽くカウンターをしたら、ダニエルさんは大袈裟に傷ついたリアクションをした。
ベックさんが隣で「うわぁ…」って言ってるが、今はダニエルさんに言いたいことが山ほどあるので気にしない。
「お、お嬢……俺だって傷つくんだぞ……?」
「物理的に死にかけた私よりは遥かにマシでしょう?」
「はっ?死にかけた?下はちゃんと水場だったし、ヘンリエッタが近くにいただろ?」
「そうですね、ヘンリエッタさんが着水前に助けてくれなければ、泳げない私は水を大量に飲んで溺れてましたね」
「……泳げないのか……?」
「むしろなぜ泳げると思ったんです?」
情報収集の試験を課してるくせに甘々なんじゃないの?
「あー…いや、それは……同郷のやつがな……」
「同郷……?……あぁ、なるほど…」
ダニエルさんの同郷など知らないし、俺のことを知っているとは思えない。
となると、同郷とは俺の同郷…つまり……
(ハルキか)
(えっ?じゃあハルキさんが仕組んだってことですか……?)
(んー…どうだろう?ハルキがこんな杜撰な計略をするとは思えないけど……)
まぁ、ギャラリーが多いここで話すことじゃ無いな。
「はぁ…それで?そんな浮かれて次は何をさせるつもりですか?」
「あー聞いたのか…まぁ今の話を聞いちまっちゃあなぁ……」
ダニエルさんはそう言うと、俺から少し距離を取り、おもむろに頭を下げた。
「まずは謝らせてくれ。すまなかった。隠密ギルドのギルドマスターらしからぬ浅慮でお嬢の身を危険に晒しちまった。謝って済むことじゃ無いのはわかっているが謝らせてくれ」
そう、謝罪してきた。
俺はソファの上でダニエルさんの方に体を向け、ソファの背もたれの上に腕を乗せ、左腕で頬杖を突き、ダニエルさんを見つめる。
周りの人はダニエルさんと俺の様子を固唾を飲んで見守っている。
俺はそのままマグに話しかける。
(どうする?)
(…どうするって?)
(許すか許さないか)
(…私は許したくありません。すごく怖かったんです)
(うん)
(死んじゃうかもって思いました……)
(うん…)
(みんなともう会えないかもって……コウスケさんと…離れちゃうかもって……)
(…ん……)
(だから…許したくありません……でも……)
マグはそこで区切り、一度深呼吸を挟む。
そして、続ける。
(でも…ここの人たちは皆さん…ダニエルさんも、優しい人です……)
(そうだね)
(だから…皆さんと険悪になるのも嫌です……)
(うん)
(……コウスケさん…私…どうしたらいいか分からないんです……)
(…了解、大体分かった)
マグは心の整理がついていないのだ。
ならば、俺が案を用意しよう。
この体の使い手は今は俺だが、本来の持ち主はマグなのだ。
だから俺は、可能な限り彼女の意思を尊重したい。
(そうさな……パッと思いつくのは、許す代わりに何か要求をする、言わば交換条件を出すって事かな)
(交換条件……うーん……)
(思いつかない?)
(そうですね…すぐに思いつくのは龍関係の事なんですが……あれの話をここでするのはズルイかなって……)
(…優しいねぇ)
ズルイ、か……。
事故とはいえ、命を奪いかけた相手にそんなことを言うなんて。
そうしみじみしていると、マグから反撃を食らった。
(コウスケさんも言い出さなかったじゃ無いですか。効率で言えば、ここで相手にこのことを頼むのが良いはずなのに)
(……それは…まぁ……)
…お前みたいな勘の良い子供は……あ、無理、マグ好き。嫌いとか言いたくない。
なんというネタ殺し。
恐ろしい子。
(…とにかく、そうなると交換条件が成立しないわけだが……)
(うーん……あ、じゃあこうしましょう!)
(うん?)
マグの意見を聞いた俺は、なるほど…と納得する。
確かにそれならこの場は収まるし、交換条件としても成立するはずだ。
しかもこれ…割と聞き覚えがあるやつだぞ?
それを俺じゃなくマグが提案するとは……。
冗談抜きで恐ろしい子だよ、マグは。
「ダニエルさん」
「あぁ…」
俺は未だ頭を下げた状態のダニエルさんに、マグと決めたことを告げた。
憶測で物事を決めるのは良くないの




