49.サプライズ…恐怖体験
「今回の試験の担当をやらせてもらう、ダニエルだ。よろしくな」
いつもの軽い口調ではなく、しっかりした仕事モードな口調で話すダニエルさん。
(…本当に仕事の時はキチンとするんですね…)
(うん…俺も予想はしてたけど、ここまで変わるとは……)
すごいな…完全に別人の雰囲気だ。
俺のように、手本となる人がいたりするのかな?
「今回は立会人として、ウチのSランク冒険者、《絶影》のココが来てくれたぞ。喜べお前たち」
「なっ…!?」
「マジかよ……!」
「本物の《絶影》か……!?」
「どうも」
最強の一角の登場にざわめく受験者たちとは対照的に、相変わらず簡潔に挨拶をするココさん。
あ、ユーリさん……。
「コ、ココさんが…え、ええSランクの冒険者……?」
思いっきり動揺している……。
大丈夫かな……?
「それでこっちが、ちょうど隠密ギルドの見学に来てた、マーガレットだ。《戦慄の天使》ってった方が分かるか?」
分かって欲しくねぇ〜……。
「あの子供が……?」
「マジかよ……!?」
「確かに天使ではあるが……」
分かるのか〜……。
「《戦慄の天使》……?マーガレットが?」
あ、ユーリさんは知らないようだ。
めっちゃキョトンとしてる。
良かった、そのままでいておくれ。
「ほれ、お嬢。挨拶」
「…ダニエルさん……はぁ。…こほん、紹介に預かりました、マーガレットです。今回、社会勉強の一環として見学させていただきます。何かするわけではありませんので、特に気にせず、試験を頑張っていただければと思います。よろしくお願いします」
二つ名を紹介に使われて、若干遠くを見てしまったが、なんとか持ち直し挨拶をする。
(…ホント、《戦慄の天使》なんて二つ名考えたやつ誰だよ……)
(そ、そんなに嫌ですか?)
(あぁ、《天使》の部分は事実だから良いんだけど、どの部分が《戦慄》なのかを教えてほしい)
(て、天使って……!もうっ!)
ははは、照れとる照れとる。
しかし…《天使》と付けたその鑑定眼は称賛に値するが、《戦慄》なんて物々しいもんを付けやがったのは納得いかねぇ。
「んじゃお嬢、そっち行ってくれ」
「え?あっはい」
心の中でぶつくさ文句を言っていると、ダニエルさんがそんなことを言ってくる。
受験者たちの前だし、詳しいことは聞かないが…どういうことだろう?
「この辺りですか?」
「そうそう、その辺だ。…よし、んじゃあ全員見てろよ」
受験者たちも何が始まるのかとザワザワしながらも、俺を見つめてくる。
そんな中俺はとても嫌な予感がしてきた。
(…コウスケさん…私、嫌な予感がします……)
(俺もだよマグ……)
チラッとダニエルさんの顔を窺う。
…すごく楽しそうな顔を向けてきた。
いつもの悪戯小僧の顔だ。
これあかんやつや。
「あの…ダニエルさん……?」
「どうした?お嬢」
「私ちょっと体調がよろしくないのでもう下がってもいいでしょうか?」
「だぁいじょうぶだ、すぐに終わる」
「す、すぐにって……?」
「こういうこと」
ダニエルさんは懐からスイッチを取り出した。
…またオールドタイプな……。
握って、親指で押すタイプのスイッチじゃないか。
ダニエルさんがそのスイッチをカチッと押すと、俺の足元でガコンッ!と音がして……
「(え?)」
一瞬で視界がブラックアウト。
落ちとりますな、こりゃ。
「(ええええええぇぇぇぇああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!???????)」
「マ、マーガレットォォォォ!!!?」
ユーリの声が聞こえたが、俺に返事をする余裕などあるはずもなく、俺たちはそのまま叫びながら暗闇に……おん?
これ若干すべり台になってる?
だんだん角度が浅くなってってるような……あ?
(明かり……?)
マグがそう呟いた。
そう、明かりだ。
その明かりがどんどんと近づいてきて……
俺はポーンと空中に投げ出された。
「(へっ?)」
待て待て待て待て!?
馬鹿に出来ないスピード出してたんだぞ!?
こんな速度で壁やら床やらに体を打ち付けようもんなら……
(し、死んじゃう…!?)
(くそっ!風でクッションを…!)
悪態をつきながらも、こういう時の常套手段、風魔法によるクッション生成を試みる俺。
だが体制が崩れてしまい、着地点が分からない。
というかそもそも俺は風魔法は得意ではない。
俺は全属性が使えるが、使えるのと使いこなせるのとでは意味が全く違うのだ。
(せめて速度を…!)
(やだ…やだぁぁぁ!!)
マグがパニックを起こしかけているなか、俺は第二案…なんか打って反動で勢いを弱める、メアリガン作戦を全力で発動しようと……
「ほいっと」
「(!?)」
そのタイミングで誰かにキャッチされた。
「大丈夫?」
「えっあっえと、大丈夫、です…」
「よかった」
わぁ爽やかな笑顔の女性だわ。
その頭についてるケモ耳、可愛いですね。
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
そんなことを言ってる場合じゃあない。
思考がグルングルンな俺をお姫様抱っこしたまま、女性はスタッと軽やかに着地した。
そして俺を下ろし、俺の体をササッと見回すと、
「怪我とかも無さそうね」
「あ、あの…ありがとうございます」
「ん?あぁ、気にしないで。それよりも本当に大丈夫?」
「え?」
「涙、出てるよ」
そう言われて指で目元を触ってみると、確かに涙が出ていた。
ということは…
(マグ?)
(ぐすっ…うぅぅ…死ぬかと思ったぁ…)
やっぱりマグが泣いていた。
そりゃそうだ、死にかけたんだから……。
そう…死にかけた……。
死……
「ーーーっ!!」
「!大丈夫っ!?」
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……はぁ……はぁ……はぁ………ふぅ………ふぅ…………」
「そう、そうよ…落ち着いて……大丈夫…大丈夫……」
死を自覚した瞬間、体が強張り、呼吸が乱れてしまう。
女性に宥めてもらいつつ、どうにか落ち着くことが出来たが……駄目だ…嫌な汗が止まらない………。
「大丈夫よ。ほら、見て」
女性に促されるままにそちらを見ると、そこには辺り一面に水が張り巡らされていた。
というか、俺たちがいるこの場所も、かなりギリギリの位置だった。
「あのまま落ちても、水に飛び込むだけだから、死ぬことは無いんだよ。ちゃんとそういう作りになってるの」
確かに、水の深さはかなりあるようで、この部屋の明るさは普通ぐらいだと思うのだが、底の方がまったく見えない。
…地面か水かの判断もつかないほど焦ってたのか…俺……。
いや、そもそも俺…着衣泳ができるほど泳ぎ上手くないぞ……?
25m泳ぎきれないんだぞ……?
(…なぁマグ…マグは泳げる……?)
(ぐす……無理です……泳いだことありませんし、こんないっぱい水があるところを見るのも初めてです……)
だよなぁ……。
俺も溺れる自信しか無いもの……。
いやほんと、この人は命の恩人だよ……。
はぁ…ダニエルさんめ……。
さすがに悪戯で済むレベルじゃないぞ……?
「本当に…すん…助けてくださってありがとうございます……ぐすっ…」
「良いって良いって!どうせ怪我はしないんだし…」
「いえ…私泳げる自信がないので……」
「あ、あぁ…そういうことか……。そっか…それは助けといて正解だった……」
俺の言葉を聞いて本当にやばい状況だったんだと理解してくれたようだ。
「まぁ、とりあえずこっちおいで。試験の様子を見れる部屋があるからさ」
「はい……」
女性は俺の手を優しく握って、ゆっくりと歩き出した。
良い人…なのだろう……。
そもそも、ハルキや他のみんなが見学を許したのだから、そんな危なっかしい集団では無いはずだ。
…ダニエルさんだって、俺のことを知っているからこそ、水に落としても大丈夫と踏んだんだろう……。
だがそこまで考えるなら、俺が泳げない可能性も考えて欲しかった……。
そんなふうに考えを巡らせている間に、目的の部屋に着いたみたいだ。
女性が扉を開けると、ソファに座っていた男の人がこちらを見た。
「遅かったなぁ…ってどうしたお嬢?泣いた跡が残ってんぞ?そんなに怖かったか?」
「そうらしいよ。しかもお嬢、泳げないんだって」
「はっ!?マジかよ、大丈夫だったのかっ!?」
「水に落ちる前に受け止めたから大丈夫だったけど……ボスったら何を考えてんだか………」
二人は会話をしながら俺を気遣うように見てきて、二人の会話を聞いた他の人たちも、同じように心配そうにこちらを見てくる。
(…優しい人たち…ではあるんだろうなぁ……)
(…はい……)
(でもやっぱ…さっきの今だと…なぁ……)
(………はい……怖いです……)
…やっぱり、苦手意識が出来ちゃってんなぁ……。
…俺もだけどさ。
(……まぁ、この人たちが悪いわけじゃないし、助けてもくれたからな……せめて、普通の会話ぐらいは頑張るさ。とりあえずはそれで良いかな?)
(はい…それは分かってるので……お願いします…)
(ん、了解。マグはゆっくり休んでて。寂しくなったら俺に甘えても良いからね)
(はい、ありがとうございます。…コウスケさんも、私に甘えて良いんですからね…?)
(…人に見られてないところで甘えるよ……。顔に出るらしいからね……)
メイカさんが言ってたもんな……。
顔がコロコロ変わって可愛いって。
…ホント気を付けないと、変な子になっちゃう……。
「ごめんね、お嬢。ほら、お菓子とジュースもあるからさ。ゆっくり試験を見よ?もうすぐ始まるはずだから」
「はい、ありがとうございます…」
そういやそうだったな……。
でもその前に……
「すみません…お手洗いはどこですか……?」
…あんな恐怖体験をして、ギリギリで持ち堪えた俺は、多分今日の中で一番仕事したと思う。
誰か褒めてほしい。
…やっぱり恥ずかしいからそっとしておいてほしい……。
落とし穴って普通に危ないよね




