43.ダンジョンについて…ガイド付き
「というわけでどうにかなりました」
『なるほど、それは良かったね』
朝ごはんを食べ終え、フルールさんとメリーちゃんに見送られて、ギルドに来た俺たち。
いつも通り、それぞれの仕事場に向かったのだが、着替えを終えた俺にララさんから呼び出しがかかった。
内容はテレフォンオーブの使い方。
昨日ハルキたちと話した、彼の本職、ダンジョンマスターの《相談役》という仕事のためだ。
ギルド2階の会議室の中にもうひとつ扉があって、そこがテレフォンオーブの置き場所だった。
ちょうど物置部屋の裏手あたりだ。
使い方を教わった俺は、さっそくハルキ…もとい、ダンジョンマスターと通信を交わした。
そこで今朝のことを話したというわけだ。
『やっぱりフルールたちをコウスケに任せたのは正解だったね』
「いや、これくらいならハルキも出来るだろ?ていうか本来ならハルキの管轄だろうに」
『ははは…買いかぶりすぎたよ。それに、少女の姿の君の方が警戒されないと思ったからね』
「人間自体に恨みがあるんだから、子供も何も関係無いと思うけどな。まぁ、いいや。それで?今日は何をすれば良いんだ?」
『うん、まずはダンジョンのことを教えようかなって。そこにホワイトボードがあるだろ?それを使ってくれ』
「はいよ」
物置の裏にあるこの部屋には窓がない。
ここに入るために通る必要のある会議室には窓があるのだが、そこも基本的にはカーテンが閉まっていて、外から様子を伺うことはできない。
しかもこの部屋には防音の魔法がかけられているらしい。
だからこうしてお互いに素で話し合うことができる。
…まぁ、会議室に出入りしてる俺の姿はとても目立つだろうが、そこはダンジョンマスターとしてなんとかする、とハルキが言ったので任せることにした。
そしてこの部屋は中央に机とその上にテレフォンオーブ、片方の壁にホワイトボード、そして椅子が1つあるだけのシンプル構造だ。
(コウスケさん、これはどういうものなんですか?)
(これは「ホワイトボード」っていって、こうやって…ペンで書いたり、こうして…ささっと消したり出来て便利なのだ)
(わっ!ホントだ!すごい簡単に消せるんですね!便利ぃ〜!)
俺は、マグにホワイトボードの使い方を教えつつ、ペンのインクを確かめるとハルキにゴーサインを出した。
「オッケ。お待たせハルキ」
『あぁ』
「しっかし、ホワイトボードがあるとはなぁ」
『元々ここはララやリンゼが僕に緊急連絡がある時に使ってもらおうと思って用意したんだ。その時にあったほうが良いかと思って置いといたんだ』
「なるほどね。ご丁寧に2段タイプとは…なかなかやるな」
『会議室にあるのはひっくり返せるタイプだから、こっちは上下タイプにしてみました』
「いいね。…なんかホワイトボードってラクガキしたくなるんだよなぁ」
『ははは、気持ちは分かるけど今はやめてね?』
「分かってるよ。始めてくれ」
『了解』
ハルキはそう言うと、ひとつ咳払いをしてから話し始めた。
『こほん、この世界のダンジョンは大きく分けて2つのタイプに分類される。ひとつは《自然発生型》、これは遺跡や天然の洞窟なんかのことを指す。もうひとつは、ダンジョンマスターが作り出す《人工型》のダンジョンだ』
「自然発生の条件とかあるのか?」
『あるよ。僕らの世界に無くて、こっちの世界にあるものが原因さ』
「魔力か」
『正解。この世界の魔力は空気中に混ざっているものがあるんだけど、その魔力が一定の場所に溜まり続けると魔物が生まれるんだ。そして魔物自体も生きるために魔力を集める。それを繰り返して魔力や魔物がそこに溜まりすぎると、淀みが発生してダンジョンへと姿を変えるんだ』
「なるほどね…それならそうそう自然発生はしないかな?」
『うん、ギルドの討伐依頼とかで時々間引いているから、自然発生は本当に稀だね』
他の街はそんな感じだろうな。
ここのクエストボードにも、いくつか外の魔物の討伐依頼があったし、少し高めの報酬だった。
これなら、そこの魔物がやたら強かったり、間引きをサボりにサボったりしない限り自然発生することは無いだろう。
(あの、コウスケさん)
(うん?どうしたの、マグ)
(ハルキさんに少し聞きたいことがあるんです)
(ん、了解)
俺がハルキに教えてもらったことをホワイトボードにまとめ終えたタイミングで、マグが話しかけてきた。
「ハルキ、ちょっと聞きたいことがあるって」
『うん?…あぁ、マーガレットちゃんか。うん、どうぞ』
(オッケー)
(ありがとうございます。えっと…魔力の淀みが発生するとダンジョンに変わるんですよね?)
(うん、そうらしいね)
(じゃあ、その時そこにいた人はどうなるんでしょうか?)
(あぁなるほど、言われてみれば…)
「えー…ハルキさん、ダンジョンに変化する時そこにいた人はどうなるのか?とのことです」
『お、なるほど。いい質問だね』
(良かったじゃん)
(えへへ…)
『ダンジョンが変化する時そこにいた人は、残念だけどダンジョンに飲み込まれちゃうんだ。あぁ、別に食べられるわけじゃ無いよ?ただ、ダンジョンの中に移動するってことさ。まぁでも、大抵は間引いて帰るだけだと思って、1日分の食料しか持ってなかったり、ロクな準備が出来てない場合が多いから……まぁ…不幸な事故だね』
(そんな……)
ハルキは最後ボカしたが、それでもそこまで言ったら嫌でも気付く。
おかげでマグがショックを受けてしまった。
「……そういう事故って多いのか?」
『自然発生自体が少ないからなんとも言えないけど、僕が知ってる限りは…8割ってところかな……』
(ひぅっ!?)
「…恐ろしいことで……」
『…そうならないように、こまめに間引いていかないと駄目なんだよ』
やっぱりダンジョンってのは怖いな……。
マグも怯えてるし、少し話を変えようか。
「ハルキ、自然発生型ダンジョンに潜ると、何か旨みとかあったりするのか?」
『うーん…一応あるにはあるけど…かなりリスキーだね』
「リスキー?そんなに危ないのか?」
『それもあるけど、そもそもお宝とかが少ないんだ。基本的にはそこに元からあった素材だけで、動物や昆虫なんかは魔物に食べられるか魔物になってしまうかのどちらかだし、出てくる魔物の強さも乱高下が激しい。初手で大型の魔物に出くわすこともあれば、奥の方で弱い魔物ばかりに出会うこともある』
「ギャンブル性が強いわけだ」
『そういうこと。それに人工型ダンジョンなら、誰かが力尽きたとしても、管理している人が助けることも出来るし、遺品を回収したりすることも出来る。人の出入りも多いから2日3日会わないってだけでも珍しい。でも自然型は死んだらそのまま。しかも魔力によってアンデッドとして蘇るから大変だし、倒して装備品を回収しようにも大抵呪われているから持つことすら危なくて出来ない』
「踏んだり蹴ったりだな……」
(良いことがまるでありませんね……)
ハルキの説明にゲンナリしてくる俺とマグ。
うん、絶対自然発生などさせるものか。
仕事頑張ろ。
『一応、呪いを解けば魔力を目一杯吸ったかなり強い装備になるから、冒険者が狙うとしたらそれぐらいかな?』
「それは確かにリスキーだな」
『でしょ?でも僕たちダンジョンマスターにはありがたいものが手に入るのさ』
「ありがたいもの?」
『《ダンジョンコア》さ』
「(ダ、ダンジョンコアっ!?)」
「それも自然発生するのかっ!?」
『うん、大小関わらず、ダンジョンには必ずコアが存在する。それは自然型も人工型も一緒だ。そのコアを手に入れて、自分のダンジョンコアに力を加えることが出来れば、ダンジョンコアはより強くなる』
つまり、自然型ダンジョンの最大の旨みはダンジョンコアが手に入ること……!
いや、待て!それって……!
「ハ、ハルキ、それってもしかして、仮にダンジョンマスター以外の人が手に入れたら、そいつはダンジョンを作り出すことが出来るようになるってことか!?」
『出来るよ。ただ、今のところ攻略された自然型ダンジョンは少ないから、知ってる人はいないと思うけどね』
「いない?一応攻略されたとこはあるんだろう?」
『うん。でも大体はその場で壊しされちゃうし、ダンジョンマスターになった人がそんなことを教えるはずもないから、他の人はそれがダンジョンコアだってことしか知らないんだよ』
(え?それじゃあなんでハルキさんは知ってるんですか?)
「そうじゃん、なんでハルキは知ってるんだ?」
『僕にはダンジョンガイドがついてるからね。ダンジョンに関する基礎知識は教えてもらえるんだ』
ダンジョンガイド?
つまりナビキャラかっ!?
「そ、そのガイドは妖精か何かかっ!?」
『そうさっ!名前はフォーマルハウト!』
「カッコいい!」
『でしょ!?だが女だっ!!』
「じゃあもっと可愛い名前付けてやれよっ!」
『正直反省してるっ!』
『反省しているならせめて可愛い呼び名を考えてくださいっ!!』
オーブの向こうから聞き慣れない女の子の声が聞こえた次の瞬間、パーンッ!とハリセンで叩かれたようないい音が聞こえてきた。
「ハ、ハルキ……?大丈夫か……?」
『……生きてはいるよ……?』
「それ危ないやつっ!?」
『大丈夫ですよコウスケさん。ハルキはこう見えて頑丈ですので』
さっきの女の子の声が聞こえてくる。
うーん…テレフォンオーブは音しか拾わないから、姿は見えないなぁ……残念。
「えーっと…君は?」
『はい、私はハルキのダンジョンガイド妖精、不服ながら《フォーマルハウト》と申します。どうぞお見知り置きを』
「あ、これはご丁寧に…俺は……」
『大丈夫です。事情は聞いておりますので。ハルキに協力してくれてありがとうございます』
「あぁ、いや、俺も助けられてるし、なんなら俺の方が世話になってるようなもんだから……」
『…コウスケさんは礼儀正しいのですね。同じ異世界人なのに、私がハルキと出会ったときなんかもっと……』
『わーーっ!?いいからいいからっ!?次行くよ!!』
「わ、分かった分かった…頼むからそう叫ばないでくれ……」
ハルキがフォーマルハウトの声を遮るように大きな声を出したので、油断していた俺の鼓膜に大ダメージが入ってしまった。
なんて事しやがるまったく……。
「あー…フォーマルハウトさん?」
『呼び捨てで構いませんよ、コウスケさん。私はあくまでガイドですので』
「…分かった。フォーマルハウトは普段ハルキになんて呼ばれてるんだ?」
『マル子です』
「マル子」
『はい、マル子です。待遇の改善を要求します』
『そうは言っても良い呼び名が思いつかなくて…それにマル子って可愛くない?』
「可愛いっちゃ可愛いんだけど…適当な感じがするし本人が不服申し立ててるしで、考えて直した方がいいんじゃないか?」
『コウスケさん、ダンジョンマスターになるつもりはありませんか?今なら私がついてきますよ?』
『僕の前で謀反を企てようとするのやめてっ!?しかもその理由が名付けの失敗とかダサすぎるよっ!?』
(お二人…仲良さそうですね)
(ガイドってことは、ハルキがこっちにきた時からずっと一緒だったんだろうし、なんだかんだ息ピッタリだもんな。本当はマル子って呼び名も気に入ってるのかもよ?)
(そうですね、本気で嫌がってる風ではありませんでしたし……私たちもそう呼んだ方がいいのでしょうか?)
(いや、あれはハルキだけに許された特権と見た。俺たちは違う呼び方にしよう)
(はーい)
俺とマグはそう結論付け、フォーマルハウトの呼び名をどうするかちょっと考えることにした。
…ところでお二人さん。
そろそろ次の説明に移ってもらっても良いですか?




