411.守り人の里…ガラス
〔ユーリ〕
迷宮都市から20日ほど。
私は生まれ故郷であり、もう二度と戻りたくないと思っていた里に戻ってきた。
ヤクモ「戻って早速だが日課を始める。5ヶ月も空いてしまったのだ。少しでも早く後れを取り返さなければならん」
ユーリ「……」
ヤクモ「それらが終われば次は世継ぎを残すための相手を決めねばならぬ。お前を取り戻すために多くの戦士を失った。その中には候補者も多くいた。その者たちの代わりを今いる者の中から見繕わなければならん」
ユーリ「……」
ヤクモ「だがその前にまずは≪奉納日≫に向けた準備を進めなければならない。ひとまずは奉納のための舞を確認する。他の話は全てそれからだ」
ユーリ「……」
ヤクモ「返事が無いようだが?」
ユーリ「…必要ないでしょう」
どうせ「はい」しか聞かないんだから。
ヤクモ「はぁ……ユーリ、いつまで不貞腐れているつもりだ。お前も大人になったのなら自覚を持て」
ユーリ「……はい」
子ども扱いなんてロクにしたことないくせに。
ヤクモ「…それとこれからは私のことは里長と呼ぶように。御子であるからと多少甘く見ていたがそれも終わりだ」
ユーリ「甘く……?」
どこが?というかその程度で……?
ヤクモ「分かったのなら早く着替えてきなさい」
ユーリ「……はい」
正直もっと投げやりに答えたかったが、それをしたらまたうるさそうなのでキチンと返しておく。
父様は何か言いたげな顔したけど結局何も言わなかった。
多分見透かされてるなぁ。
まぁいいけど。
はぁ……。
これも表に出すとめんどくさそうなので心の中で溜め息を吐く。
父様の呼び方なんてどうだっていいけど、気を付けないといけないことが増えたのは面倒だなぁ……。
あ~あ……またこうやって心の中で愚痴る生活に逆戻りか……。
やだなぁ……。
それにこれも……。
そう思いながらかつての自分の部屋へ着替えに向かう私を、ジッと見つめる気配が複数……。
全部私の監視役だ。
以前もいたが、一度逃げたからか増員されている気がする。
お祖父様もいない状態じゃ父様に止められて終わるだけなんだからそんな増やさなくてもいいのに。
……ユキちゃんいないなぁ……。
私は感じる気配の中からかつてのお目付け役であったユキという白いキツネの女の子を探ってみたが見つけられなかった。
ユキちゃんは私のお目付け役でありながら、自分の名前をあっさり教え、他の人の目を盗んで私と遊んでくれたり話を聞いてくれたりしてくれたこの里での数少ない心の支え。
残念ながらどこかでバレてしまったようで交代してしまったが、里の人間すべてが敵のように感じていたかつての私の心を少しほぐしてくれた恩人だ。
ユキちゃんのおかげでもうちょっと頑張ろうという気が湧いたのだから。
それ以外の人はまぁ……
迷宮都市で捕まっちゃったのかな……?
というかこの人たち、まさか着替えの時も見てるつもりじゃないよね?
……見てそうだなぁ……。
その辺の配慮をしてくれる気がしないし。
あーあ…コウスケがいかに紳士的だったかがよくわかるよ……。
たまにチラッと見てはすぐに視線を外す…出会った頃からまったく変わらないあの動きがもう懐かしい……。
体を洗い合うほどの仲なのにまったく変わらないのがコウスケらしいよね。
逆にマーガレットは一時期からしっかり見つめてくるようになってこっちがちょっと恥ずかしくなっちゃうほどだったけど……。
見つめてくるといえばパメラちゃんが毎回怖かったなぁ……。
もう…凄い…いろんな感情が混じった目で見つめてくるんだよね……。
あれにはメイカさんもフルールさんも苦笑してたなぁ……。
里の女性「何をお考えですか御子様」
ユーリ「!」
懐かしいあの日々を思い出していたら急に声をかけられ意識を今に戻されてしまった。
ちぇっ……。
ユーリ「別に何も」
里の女性「そうですか?何やらニヤついておりましたが」
ユーリ「……」
思いっきり顔に出ていたらしい。
普通に恥ずかしい……。
里の女性「今さら無いとは思いますが、再び逃げ出そうなどという馬鹿なことは…」
ユーリ「それは考えてないから大丈夫です」
里の女性「では何を…」
ユーリ「あなたには関係のないことです」
里の女性「…そうですか」
これはちょっとした意趣返しでもある。
私はこの同年代のお目付け役の子がどこの子なのかを知っている。
この子は父様の妾の子の1人だ。
まぁ誰が本妻かも大して決まってないんだけど。
先代の御子であるお父様が、御子の血を絶やさないよう、そしてより強い御子を選べるように優秀な女性たちと作った子どもたちの1人。
つまり腹違いの兄弟だ。
ユキちゃんもその一人ではないかと思ってる。
なんだかちょっと家族のぬくもりを感じた…気がしたから。
うん、まぁつまり願望が入ってます……。
と、とにかく御子としての血が絶えないようにしなければというのが大事なので、順序とかは特にないのだ。
強いて言えば魔力の質の高さくらいか。
ただまぁそれで態度が劇的に変わるわけでも無いから、やっぱり順序なんて無いようなものである。
私が御子になったから、他の父様の子たちは御子を守るための存在として育てられている。
そして私はそんな兄弟たちの名前を知らない。
幼い頃に尋ねた際、父様もこの子たちも一様に「御子様には関係のないこと」だと言われたからだ。
あっさり教えてくれたユキちゃんがどれだけ変わっているかがよくわかる。
子どもの時は寂しい気持ちがいっぱいになっていたが、大人になった今は違う。
必要ないことはないだろ、と強く思ってる。
だって絶対名前知ってた方が良いと思うのだ。
感情的にも実用的にも。
現にユキちゃんには凄い懐いたわけだし、心にちょっと余裕も出来た。
おそらくその感情的な部分を与えないように…お祖父様のように情に絆されて脱走の手引き等をしないようにするための処置なのだろうが、それにしたってもう少し他の方法が…
お目付け役「御子様…御子様」
ユーリ「!な、なんですか?」
お目付け役「どこへ行くおつもりですか?部屋を通り過ぎておられますよ?」
ユーリ「え?…あっ……」
しまった。
考え事に集中しすぎて目的地を通り越してしまった。
うー…いけないいけない……。
あまりぼんやりしすぎるとまた小言言われちゃう……。
お目付け役「御子様。何をお考えかは分かりませんが、御子としての自覚を持っていただけねば困ります」
ほーらきた……。
でもここで「旅の疲れが〜」とか言ってもそれも自覚を持てで済まされるだろうし、ここは素直に謝っとこう。
ユーリ「申し訳ございません」
お目付け役「はぁ……」
溜め息吐かれた……。
こっちが吐いたら小言いうくせに……。
なんて愚痴るわけにもいかず、私は聞こえなかったふりをしてさっさと部屋に入る。
予想通り部屋の中にも何人かの気配を感じ、私は心の中で今日何回目かの溜め息を吐いた。
あーもーいいや……。
どうせわかってたことだし気にするだけ無駄。
ただでさえ遅れを取り戻すためにどんな無茶させられるかわからないんだし、こんなところで疲弊してちゃ身が持たないよ……。
そう諦めた私は、街から持ってこれた数少ない荷物(財布、バッグ等お買い物装備とそれで買ったもの)を部屋の隅に置いてから、数ヶ月ぶりに夏場に着る物とは思えない重ね着の着物に着替えた。
あ〜……また心を無にして頑張るしかないなぁ……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
はぁ〜……疲れた……。
めっきりやってなかったのもあるけど、やっぱりさりげなく日課増やされてた……。
うぅ…汗でべとべと……。
大体おかしいんだよ、こんな厚着で薙刀とか舞とか動くやつばっかり……。
おかげで薄着でいれた迷宮都市ではかなり身軽だったし、ディッグさんたちにも身のこなしを褒められたけど……。
なんだっけこういうの……?
高負荷トレーニングって言うんだっけ?
結果が出てるわけだし効果的なのは間違いないんだろうけど……ちょっと複雑というか……こういうところは正しいのが腹立たしいというか……。
はぁ…まぁいいや……。
早く水浴びしてサッパリしよ……。
というわけで家の裏手の井戸に来たわけだけど……。
…いるなぁ……見てるなぁ……。
これ普通に考えてヤバいよね?
なんで見られてる中水浴びしなきゃいけないの?
いやまぁ逃げたからなんだけども…それにしたってもうちょっと常識とか…あぁ、この里の常識の範囲内ではあるんだった……。
それにこれは今さらではあるけど、やっぱり街でのお風呂が恋しい……。
道中はともかくとしても、せめてシャワーくらいは浴びたい……。
あぁでもそれを言ったら食事だってそうだ。
毎日毎食同じような組み合わせばかり……だった……。
お昼ご飯がとても見覚えのあるメニューだったから多分何も変わってないだろう。
閉鎖的な里のご飯の中では贅沢な部類に入る…のかもしれない(それすらわからない)けど、そんな食事が続けばどうしたって飽きがきちゃうわけで……。
味だってマズいというほどではないにしろ言いたいことはどうしてもある……。
うぅ…フルールさんのご飯が食べたいなぁ……。
完全に街での生活に慣れちゃって、ただでさえ不満ばかりの里の生活にさらに拍車をかけて嫌気が差してくる。
しかし今さらどうすることもできないので、私は黙々と体を清め終えたあと、父の待つ囲炉裏のある部屋へ。
これも不満のひとつ。
父様と一緒に食事。
食事中は静かにという昔の教えに沿って互いに無言で食べ進める地獄の時間。
しかも急ぎ過ぎても遅すぎてもダメっていうオマケ付き。
も~……食事ぐらい好きなようにさせてほしいよぉ……。
はぁ~……途中2回小言飛んできたけどなんとか乗り切った……。
これでお昼含めて5回……まぁ上々な滑り出しじゃないかな?
なんだかんだ慣れが体に染みついてたのが残ってたんだね。
まったく嬉しくないけど。
それで次は今日の座学の復習で……?
そのあと就寝準備をして終わり次第さっさと寝る、と……。
あぁ~……帰ってきたなぁ~……!(ヤケクソ)
大体座学って言ったってフォバ様の歴史追ってるだけだし……。
しかもやけに細かい割には絶対個人解釈入ってるよね?って箇所あるし……。
でも全部覚えとかないと月に一度の試験で怒られるしなぁ~!
全問正解じゃないととか難しすぎると思うんだけど!?
何より復習時間中はお手洗いも制限されるし!
なんでよ!
昔ウソついて抜け出したのをまだ根に持ってるの!?
縛ることばっか増やしてご褒美がちっとも無い父様のやり方を変えようとは思わないのかな!
思わないんだろうなぁ!
…はぁ……復習しよ……。
ひとしきり悪態をついて少し落ち着いた私は部屋に戻って早速お勉強…の前にちょっと気になることができた。
あれ?
私の着てきた服どこだろう?
というか他の荷物も見当たらない……。
そうして部屋をキョロキョロしてれば当然見張っている人も気が付くわけで、一人分気配が移動したと思ったらお目付け役のあの子が「失礼します」とひと言断ってからふすまを開けた。
お目付け役「御子様、何かお探しでしょうか?」
わかってるくせに……。
今上にいた見張りから聞いたんでしょ?
なんて言ってもしょうがないので単刀直入に尋ねる。
ユーリ「ここに置いた私の荷物はどこにしまったのですか?」
お目付け役「あれらは里長の指示により処分させていただきました」
ユーリ「…………は……?」
頭の中が真っ白になった。
なに…?捨てた……?
私の荷物を……?勝手に……?
それを理解した瞬間私はお目付け役の子の隣を抜け廊下に出た。
お目付け役「御子様!お待ちください!」
お目付け役の言葉を無視して父様の部屋へと走る。
そして辿り着くや否や障子を勢いよく開けた。
ユーリ「父様!」
ヤクモ「騒々しい。それに里長と呼べと…」
ユーリ「私の荷物は!?」
ヤクモ「…はぁ……」
私が父様の言葉を遮って問い詰めると、父様はため息を吐いた。
自分にはうるさいくせにと思ったものの、それよりも答えが聞きたいので流す。
ヤクモ「処分したと伝えられたのではないか?」
ユーリ「聞きました!それが父様の指示だというのも……だからここに来たんです!なんで処分したのですか!?」
ヤクモ「お前には不要なものだからだ」
ユーリ「またそうやって…いい加減にしてよ!」
父のいつも通りの答えに我慢の限界が来た私は敬語も忘れて父に噛みついた。
ユーリ「なんでもかんでも必要だとか不要だとか勝手に決めて……!どうしてそんなことするの!?」
ヤクモ「フォバ様の復活のためだ。御子の上質な魔力はそのために必要不可欠。ゆえにそれを維持、向上させるのが長として…先代の御子としての勤めだ」
ユーリ「ここまでする必要はあるの!?少なくとも心はすり減ってるよ!」
ヤクモ「それがどうした?」
ユーリ「え……?」
それがどうした……?
ユーリ「いや…だって……魔力は……」
ヤクモ「確かに魔力は本人の体調によって変動がある。だが体が健康であればその波も抑えられる。さらに心身共に鍛えているのだ。多少すり減っていても問題は無い」
ユーリ「多少……?」
どこが……?
ヤクモ「もういいか?」
ユーリ「っ…ま、まだ!それでもすり減ってない方がいいでしょ!?だからちょっとでも心の支えとか……!」
ヤクモ「フォバ様の復活に貢献できているのだ。それで十分だろう」
ユーリ「…本気で言ってるの……?」
ヤクモ「当り前だろう」
そう言い切る父の目は本当に何も疑いを持っていない目をしている……。
ユーリ「…おかしいよ……なんでそんな信じられるの……?神様といっても伝承の中だけでしか知らない、姿も見たことないような相手に……」
ヤクモ「それ以上言うのは許さん。もう話は終わりだ。部屋に戻りなさい」
ユーリ「だって…!」
ヤクモ「ユーリ。二度目だ。部屋に戻りなさい」
ユーリ「っ…~~~~~!」
有無を言わさない態度に苛立ちが募るも、これ以上粘っても気絶させられるだけだと悟った私はどこにこの感情をぶつければいいか分からないまま父の部屋を後にした。
ヤクモ「やれやれ……」
あぁ……本当に父様はフォバ様のことしか考えてないんだ……。
そのために他がどうなってもいいんだ……。
わかっていたはずなのに改めてその事実を突きつけられたことがショックで、とぼとぼと自分の部屋に戻ると、部屋の前にはお目付け役の子が立っていた。
お目付け役「おかえりなさいませ」
ユーリ「あぁ…うん……」
この子……ずっと待ってたのかな……?
…この子だって父様のせいで自由も無く、自分の父を父と呼ぶことも出来ていないのに不満とか無いのかな……?
お目付け役「…御子様」
ユーリ「…?」
そう考えていた私に向こうから話しかけてきた。
また何かやることが増やされるのか、はたまたただのお小言か……。
だが答えはそのどちらでもなかった。
お目付け役「御子様は思い違いをしておられるのだと考えます」
ユーリ「は?」
思い違い……?
いきなり何を言いだして……
お目付け役「御子様は外を知りここに戻ってきたことで抑圧されているのだとお考えなのでしょうがそれは間違いであり、外の世界の者たちはフォバ様のことを断片的にしか知りません。しかしこの里ではより詳しく知ることが出来る…最も神に近しいと言っても過言はありません。それがどれほど素晴らしいものか……御子であらせられる貴方様に骨の髄までみっちりと感じていただける日が来ることをお祈りしております」
ユーリ「……なにそれ」
あんなに大きな声を出していたのだ。
家の中どころか里中に聞こえていてもおかしくない。
耳が良い狐人族ならなおさらだ。
それを聞いた感想がそれ……?
つまり「フォバ様のありがたさを知らなくて可哀そう」ってこと?
ユーリ「…あはは」
お目付け役「…御子様?」
私は彼女を無視して部屋に入り戸を閉めた。
そして用意されている座布団、机、その上にある今日の座学で私が書いた紙と数枚の白紙と羽ペン。
それらの前に立ちぼーっと眺める私の頭の中で勝手に状況整理がされていく。
里から出るのは不可能。
いくらマーガレットでもこれは無理だろう。
父様…いや、里長は相変わらず。
むしろ知りたくなかった信仰っぷりだった。
他の人たちもそんな感じだった。
ユキちゃんはいない。
マーガレットたちもいない。
思い出の物も全部消えた。
全部全部全部取られて、与えられたのが強引な信仰心だけ。
私に求められているのは御子としての魔力だけ。
それさえあれば私である必要性が無い。
別に私でなくてもいい。
たまたま御子になれる魔力を持っていたのが「ユーリ」であっただけ。
だから私にあるのはそれだけ。
生まれ持った魔力と、母様が考えてくれていた名前と、他人から与えられた信仰の三つだけ。
パリンッと何か割れた気がした。
それが何かを考えようとは思わなかった。
ユーリ「あはは」
あーあ。
ユーリ「なんかもういいや★」
なんだか吹っ切れた私は何事もなかったかのように座布団に座り今日の復習を始めた。
ユーリ「ふふっ、ふふふ★」
ただそれだけなのに何故だか笑いが止まらなかった。
フォバ(うわぁ……やば……)
どこからか聞いたことの無い声が聞こえた気がしたが、どうでもいいことなので特に気に留めなかった。




