383.狐たちの事情…炎の神
ミルクを入れます。
電子レンジっぽい魔道具で温めます。
はちみつをしこたま注ぎます。
角砂糖もぶち込みます。
お皿にエンゼ……砂糖がまぶされ中にホイップクリームがたっぷり入ってるドーナッツを乗せたら、先ほどのホットミルクと共に…
コウスケ「どうぞ♥」
おじいさん「儂死んじゃう」
コウスケ「不健康になるだけですよ~」
おじいさん「老体にはキツいよ~……」
フルール「何やってんのよ……」
チェルシー「マギーちゃん……気持ちはちょっとわかるけど、今はお話を聞かないと……」
おじいさん「わかるの……?」
フルールさんたちに呆れられたところで俺も席に着いて話を聞く体勢に入る。
テーブルには俺とメイカさん、ディッグさん、ケランさん、フルールさん、ココさん、そしておじいさんが席に着いており、子どもたちは少し離れたソファーで固まってこちらの成り行きを見守っている。
ちなみにさっき作ったカロリー爆弾は俺が責任をもっていただきます。
俺が席に着いたのを確認すると、メイカさんが早速話を切り出した。
メイカ「それで?あなたがユーリちゃんのおじい様なのは信じるとして……そもそもどうして今なの?口ぶり的にユーリちゃんが攫われたところを見ていたようだけど?」
おじいさん「うむ、見ておったよ。ユーリが別れを切り出したところも、ヤクモがそこに現れたところも…お嬢ちゃん方がヤクモに気絶させられている所も全てな」
メイカ「っ…!」
ディッグ「落ち着けメイカ。じいさんも、その回りくどい話し方は何とかなんないのか?」
おじいさん「ほっほっほっ、すまんの。昔からなもんでな」
まったく悪びれてないなこの人……。
コウスケ「はちみつ?」
おじいさん「遠慮する」
マグ(そこはハッキリ言うんだ……)
やっぱり血糖値上げの刑執行した方がいいんじゃないか?(ごくっ)ゔぇあっ、甘っ…!
う~……さすがに入れすぎたか……。
ん~……。
コウスケ「ユーリさんのお父さんってヤクモさんって言うのか……」
おじいさん「そこからか」
コウスケ「名乗なれてないもので」
おじいさん「まぁ名乗らんじゃろなぁ」
じゃあわかるわきゃない。
おじいさん「それで静観していた理由じゃが…それがあの子の選択だからじゃよ」
メイカ「なっ…!?」
コウスケ「……なるほど」
マグ(…?でもユーリさんは……)
フルール「何か思い当たることがあるの?」
マグが疑問を口にしようとしたのと同時にフルールさんに尋ねられた俺は、ひとまず先にフルールさんに答える。
コウスケ「ユーリさん、ここに帰ってきたときに「荷物を取りに来た」、「また旅に出る」って言ってたんです」
メイカ「そんな……」
俺の言葉にメイカさんがショックを受けるが、そこにディッグさんが待ったをかけた。
ディッグ「ちょっと待ってくれ。ユーリ嬢ちゃんは旅に出るって言ったんだな?」
コウスケ「はい」
ディッグ「行き先は?」
コウスケ「未定でした」
ケラン「それってまるで……」
おじいさん「うむ。ヤクモから逃げるためじゃろうな」
メイカ「っ!それじゃあユーリちゃんは帰ることを全然望んでないじゃないの!」
おじいさん「そうじゃな」
メイカ「そうじゃなって…あの子が望んだから助けなかったって言ってたじゃない!」
ディッグ「メイカ…」
メイカ「止めないでディッグ!このジジィ、はなから話す気なんて無いのよ!そのヤクモって言うクソ親父の手のひらの上で踊らされてた私たちを笑いに来たのよ!」
ディッグ「だから落ち連け!仮にそうだとしても、この爺さんに当たったところでどうにもならん!」
メイカ「チッ…!」
おじいさん「おぉ怖い怖い……お嬢ちゃん…無言で儂の頬にドーナッツを押しつけるのはやめておくれ……砂糖が…砂糖がめっちゃ付く……」
コウスケ「あなたがメイカをいじめるからでしょう」
メイカさんもメイカさんで短期なのは認めるが、これに関しては俺も問いただしたいことだ。
コウスケ「で?ユーリさんが何を望んでいたと言うので?(ちぎり)」
おじいさん「当然とはいえ儂に当たっていた部分が取り除かれて食べ進められるとちょっと傷つくのぅ……それで、え~…ユーリが何を望んだという話じゃが、そもそも儂は昨日の内に警告していたんじゃよ」
フルール「警告?」
おじいさん「うむ。もう居場所は割れているとな」
ショコラ「あっ!」
おじいさんの言葉で静かに聞いていたショコラちゃんが大きな声を出した。
とはいえ、これはみんな察しがついたことだろう。
ショコラ「それでユーリさんずっと元気が無かったんだ!」
おじいさん「うむ。そしてユーリは儂の言葉の真意をしっかり理解したはずじゃ。すぐに荷物をまとめて街を出なければ手遅れになると。しかしそうしなかった」
パメラ「…私たちと別れたくなかったから……?」
パメラちゃんの言葉におじいさんは静かに頷いた。
さっきヤクモさんが現れる前、ユーリさんはそう言って泣いていたからな……。
おじいさん「そなたたちと最後のひと時を過ごそうと思って残ったのじゃろうが、残念ながらユーリはそれを言い出すことまでは出来なかった……じゃから旅の道具を揃えると言う大義名分で自分を騙し、そなたたちとの思い出の地を回っていたのじゃろう」
チェルシー「ユーリさん……」
モニカ「ぐすっ……そんなぁ……」
サフィール「モニカさん……」
泣き始めるモニカちゃんの涙をサフィールちゃんがハンカチで拭う。
しかしそんなサフィールちゃん自身の目も潤んでおり、いつ涙があふれてもおかしくないだろう。
…あの子たちのためにも早く話をつけないとな。
ドーナッツとホットミルクで遊んで現実逃避してる場合じゃあない。
コウスケ「で、時間が来ちゃったもんで、仕方なくなんでもない風を装って帰宅したってことですね」
おじいさん「そう。じゃがそれをお主たちが阻止したことでユーリのやせ我慢も限界になり、本心を吐露したというわけじゃな」
フルール「なるほどね。でもここまでならあの子が望んでるようには思えないけど?」
おじいさん「そうじゃな。じゃが、そんなユーリたちの前にヤクモが現れた。それで諦めてしまったのじゃ。自分ではまだ足元にも及ばないとな」
ケラン「ユーリさんでも足下に及ばないような相手なんて……」
ディッグ「父親なだけはあるってことか……」
メイカ「逃げ出すほど嫌がる子どもをチカラで無理やり連れ帰るようなやつが親なもんですか」
あ~…メイカさんが久しぶりにイヤイヤ期に……。
ああなると全部の言葉に噛みつくようなトゲトゲ狂犬になるから話がなぁ……。
コウスケ「とにかく、ユーリさんはヤクモさんが目の前に現れたことでもう逃げられないと悟った……で、諦めたからおじいさんもじゃあいいかと通したってことですか?」
おじいさん「それもあるが、そもそも儂は極力どちらにも関わらんようにしていたからの。いわば中立というやつじゃ」
メイカ「どうだか。親父があんなんなら、あんたもそっちの可能性が高いと思うけど?」
フルール「メイカ、ちょっと黙ってて」
コウスケ「私の食べ掛け食べます?」
メイカ「食べる!」
よし、これでちょっとは静かになるやろ。
メイカ「うわ、あっま……」
ダメージも受けてるししばらくは大丈夫そうだな。
この隙にっと。
コウスケ「じゃあまぁそれはいいとして、それならどうして私たちのところに来たんですか?わざわざ正体まで明かして」
おじいさん「そうじゃな…まず一つに、そちらの子たちじゃな」
リオ「えっ?オレたち?」
メリー「……?」
突然話題にあげられて戸惑う子どもたちにおじいさんは頷いて話を続ける。
おじいさん「うむ。ヤクモがそなた達に手を上げたからじゃ。ウチの愚息が申し訳ないことをした…この通りじゃ」
そう言っておじいさんは立ち上がると、子どもたちに向けて頭を下げた。
シエル「わわわっ…!ちょ、ちょっとおじいさん…!」
リオ「爺さんがやったわけじゃないんだし謝られてもさ…!」
おじいさん「そうじゃな……自己満足に過ぎないのは理解しておるが、これも自分自身のけじめのため。そして子がしたことならば親が責任を取るものじゃ。何かあればチカラを貸すことを約束しよう」
チェルシー「う、う~ん……そういうことなら……?」
突然の謝罪にテンパりながらも許しを出す子どもたち。
その中で、おじいさんのチカラを貸す発言を早速メリーが使った。
メリー「……ならユーリを取り戻すのを手伝ってほしい」
パメラ「あっ、そうだね!チカラを貸してくれるなら今!今助けてください!」
ショコラ「あんな悲しそうなユーリさんほっとけないよ!」
おじいさん「うむ、そうじゃろうな。そう来ると思っておったよ」
マグ(う~ん……でもさっきは助けてくれなかったんだし、今回もダメなんじゃ……)
コウスケ(そうだねぇ……せめて情報だけでも欲しいところだけど……)
おじいさん「構わんよ。儂に出来ることならば協力しよう」
コウスケ「(えっ?)」
俺たちの予想はあっさり裏切られた。
そう思ったのは俺たちだけではないようで、フルールさんがそれを口にした。
フルール「やけにあっさり協力してくれるのね……」
おじいさん「うむ。それはあと三つの理由もあるからの」
ディッグ「あと三つ?」
ケラン「それは?」
おじいさん「二つ目は…そちらのお嬢さんに関わることじゃな」
ココ「?」
コウスケ(ココさん関係というと……)
マグ(…あっ、不審者!)
いや、言い方よ。
間違ってはいないけどね?
おじいさん「お主たちが捕らえた狐人族の身柄の安全のためもあるんじゃよ」
ココ「尋問するなってこと?」
おじいさん「そうじゃ」
メイカ「ごくん……それはダメよ。あんたの話の裏を取る意味でも聞き出さないといけないことがあるんだから」
ディッグ「それはおめぇが決めることじゃねぇだろ……」
ありゃ~、メイカさんが食べ終えてしまった。
…思ったよりかかったな。
ココ「だけどそういうことだから難しい」
おじいさん「うむ。それは重々承知している。儂も心得があるからのう」
わ~さりげなく怖いこと言ってる。
おじいさん「しかしそれを押して、どうか頼む」
ココ「ならそれ以外のモノを求める」
マグ(さすが…しっかりしてますね……)
コウスケ(だね……まったく折れない……)
当然と言えば当然なんだが、こう実際に目の前でその様を見るとかなり頼もしく、そしてカッコよく感じる。
おじいさん「そうじゃな……里の者は基本的に、外に出る際は口の中に毒を仕込むのじゃ」
ココ「それはもう確認して取り除いている」
うわエグイ…と思ったのも束の間、それをしれっと確認してもう取ってるココさんもなかなかヤバい。
しかしそんなココさんを上回る言葉がおじいさんからもたらされた。
おじいさん「舌の中は?」
ココ「え?」
おじいさん「我らは舌の中に毒を仕込む技術も持ち合わせておる。舌をかみ切るか、舌を切り取られるか…なんにせよ舌を下手に傷付ければ立ちどころに毒が周り即座に死に至るようになっている」
メイカ「何よそれ……そこまでするの……?」
おじいさん「するのじゃよ。外部に我らの痕跡を残さないようにな」
ケラン「そこまでしていったい何がしたいんですか……?」
おじいさん「……この世界の神…9つそれぞれの属性を司る神たちの内の一柱。炎の神、フォバ様が祀られた祠があるのじゃ」
コウスケ「炎の神……」
マグ(フォバ……)
…そんな名前だったんだ。
初めて知った。
おじいさん「そして、フォバ様は永い眠りについておる」
ディッグ「永い眠り?」
サフィール「あっ、聞いたことがあります」
と、ここで今度はサフィールちゃんが声を上げた。
コウスケ「何が原因なの?」
サフィール「炎の神フォバは、およそ300年前の戦争で姿を現し、そのチカラを持って戦争を終わらせた代わりに、チカラの大半を使ったために休息を余儀なくされた…というお話が残っているんです」
コウスケ「戦争?」
おじいさん「うむ。とはいっても、火種は今と大して変わらんがな」
フルール「豊富な資源が眠る土地が欲しかった…だったかしら?」
おじいさん「うむ」
メイカ「成長しないわねぇ……」
どの世界でも同じだな~。
おじいさん「そして、我が一族はその戦で受けた恩を返すべくフォバ様を守護することを決め、そしてフォバ様の復活を助けるべく里の中で最も上質な魔力を持つ者を御子として立てたのだ」
コウスケ「御子?」
なんだろう。
きな臭くなったような……。
おじいさん「御子はフォバ様へ祈りと共に魔力を捧げ、フォバ様の復活の手助けをする役目を持つ者を指す。そして他の者はその御子を守るため、あらゆる困難を乗り越えられるように日々鍛錬を重ねる。それが我が里の伝統なのじゃ」
メイカ「ということは、ユーリちゃんがその御子ってことなのね?」
おじいさん「左様」
ケラン「そんな凄い人だったんですね……ユーリさん……」
コウスケ「そうなんですか?」
ケラン「うん。どの神様も、側に着ける人は限られているからね。その一握りに入ってるなんてとんでもないことだよ」
コウスケ「なるほど~」
フルール「でも逃げたのよね」
おじいさん「……うむ」
ピシャリと言い放ったフルールさんの言葉により、場に沈黙が訪れる。
そうだ。
そんな凄いと言われる役目からユーリさんは逃げたのだ。
……それほどの暮らしとは、いったいどのような生活だったんだろう。
コウスケ「おじいさん。その御子の暮らしっていうのはどんな感じなんですか?」
おじいさん「…御子はその重要な役割ゆえに、生まれたときから自由はないも同然じゃ。武芸、勉学、その他様々な習い事を糧とし、魔力の質を高めていく」
コウスケ「魔力ってそれで上がるものなんですか?」
メイカ「ん~…何とも言えないわね。どんなに屈強でも、いろんな技術を持っていても、魔力が無い人は珍しくないし……」
シエル「えっと…マスターもそんなこと言ってた…かも……鍛えると言ってもどれが正解というのはまだ決まってないとか……」
ディッグ「迷信に近いってことか……」
おじいさん「やはりそうなのじゃな……」
俺たちの会話におじいさんは少し残念そうにそう言い、こう続けた。
おじいさん「儂も里におったころはその迷信を心の底から信じておった……じゃが、ユーリを追って里を出て、それが信憑性の無いことであるということを理解した……そしてそんなことを先祖代々受け継ぎ、子や孫にもその責を負わせていたことに強い後悔を覚えたよ……」
マグ(おじいさん……)
う~ん……伝統もそこまで行くと呪いと大差ないよなぁ。
おじいさん「だからこそ、罪を償う意味も込めて協力を申し出たわけじゃ」
コウスケ「そうなんですね」
ふ~む……これは思ったより厄介だなぁ……。
相手がそんな狂信者どもとなると、話し合いでの解決は絶望的だと思った方がいい。
そもそも人という種が割と思い込みでやらかす種族だからなぁ……。
歴史が物語ってる。
何か別の策を講じないと難しそうだ……。
ディッグ「二つ目の理由に関しては理解した。それで、次の理由は?」
おじいさん「ん?あぁ…何、単純なことじゃよ」
そう言っておじいさんは外を見ながらこう続けた。
おじいさん「儂にも、人として…そして家族としての心があっただけの話じゃ」
コウスケ「…なるほど」
今になって孫が可愛くなったってことか。
う~ん……言いたいことはあるけど、内情に詳しいおじいさんが手伝ってくれるのはありがたいからなぁ……。
ここは黙っておこう。
コウスケ「それで、最後の理由は?」
おじいさん「あぁ、そっちはもっと簡単じゃ」
ケラン「というと?」
おじいさん「儂じゃもうヤクモに勝てん。そもそも戦い方の相性が悪すぎる」
コウスケ・マグ「(えぇ~……)」
なんか…凄い台無しぃ……。




