377.コンクールの打ち上げ…夜道の狐と老人
シエルとグリムさんを置いて先にホールに戻った俺は、待っててくれたみんなと受付の人に「今ちょっと師弟愛育んでるからそっとしておいて」と事情を説明してのんびり待った。
しばらくすると、当の二人がなんとも気恥ずかしそうに顔を逸らしながら、それでもしっかり手を繋いでやってきた。
コウスケ「付き合いたてのカップルかな?」
マグ(初々しい~)
サフィール「そっとしてあげてマーガレットさん……!」
思わず口に出たところをサフィールちゃんにバッチリ聞かれたしなめられた。
でもマグも同意してたから良しということで。
というかそっとしてあげてってことはサフィールちゃんもちょっと思ってたんじゃない。
そんな、「仲直りできたんだねよかったね~♪」な雰囲気を変えようと、グリムさんが咳払いをしてから話を切りだした。
グリム「ごほん……待たせてすまないね」
シエル「ごめんなさい……ちょっと長くなっちゃって……」
ディッグ「極端に遅くなったわけじゃないし大丈夫ですよ」
メイカ「そんなことより、そっちはもう大丈夫なの?その様子じゃ大丈夫だとは思うけど…ちゃんと納得のいく結論を出せたの?」
せっかく話を逸らしたのに速攻で戻すメイカさん。
しかし至って大事なことなので誰もツッコまず、グリムさんも嫌な顔をせずに答えてくれた。
グリム「…えぇ…おかげさまで、致命的な間違いを起こさずに済みました」
シエル「……♪」
そう言いながらシエルの方を見るグリムさんに、シエルは照れくさそうに目線を下に移しながらも繋いでいる手に力を込める。
コウスケ(微笑ましいねぇ)
マグ(ですねぇ)
なんて考えながら尊い光景を見ていると、グリムさんが俺の方を見た。
グリム「特に…マーガレットくんには返しきれないほどの恩をもらいました。私も…シエルも……」
シエル「うん……改めて…ありがとう、マーガレット…」
コウスケ「…お礼を言われるようなことじゃないよ。シエルが困ってると私も落ち着かないってだけだし」
ユーリ「あっ、照れてる~♪」
フルール「あなたも大概わかりやすいわよね」
コウスケ「えっ」
みんな『ははははは!』
コウスケ(そうかなぁ?)
マグ(そうですよ?)
そうらしい。
まぁそれはそれとして…ほんと、あそこでどうにかできてよかった。
あの二人だけじゃ絶対解決しないところだったもの……。
なんてしみじみしていると、俺も今さっき聞いた話をモニカちゃんが二人にも持ち掛けた。
モニカ「そうだ!このあとウチでお疲れさまパーティーをしようってなってるんですけど、シエルちゃんとグリムさんは何か予定とかあったりしますか?」
グリム「いや、特にないが……私もいいのかい?」
モニカ「はい!ぜひ!」
ショコラ「たくさんいた方が楽しいよ~!」
チェルシー「仲直りした後ならなおさら、ね♪」
グリム「そうか…そういうことならお言葉に甘えようかな」
パメラ「やった♪」
そう、パーティーやるらしい。
まぁ俺の試合の時もやったし正直予想は出来てた。
シエル「来てもいいですけど、イタズラはダメですからね?」
グリム「おいおいシエル。私がいつイタズラなんてしたっていうんだい?」
シエル「いつもしてたじゃないですか!」
リオ「おーおー、早速やってんなぁ」
メリー「……なかよし」
サフィール「またケンカしない程度にしてくださいよ?」
コウスケ「そうそう。仲良くケンカしなとは言っても、限度ってもんがあるんですからね~?」
グリム「ははは、そうだね。ということだよシエル?」
シエル「アタシがいつもやられてる側ですよっ!」
もうすっかりいつもの調子に戻った二人のやり取りにコロコロ笑いながら、俺たちはこれ以上遅くなる前に白兎亭へと移動を始めた。
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〔ユーリ〕
ユーリ「はぁ~♪ちょっと飲みすぎちゃったかな~?」
なんて独り言を口にしながら、白兎亭近くの路地をのんびり散歩する私。
マーガレットとシエルちゃんの魔術コンクールお疲れ様会だったものが、シエルちゃんとグリムさん仲直りおめでとうパーティーになったことでおめでたい度が上がり、いつもよりも羽目を外してしまった。
お酒やご飯を食べたり、シエルちゃんに教えたダンスの完全版を披露したりしている内に、思ったよりも上機嫌になってることに気付いたので、何か過ちを犯す前に外の空気を浴びに出てきたのだ。
……メイカさんみたいに誰かに絡んで迷惑をかける前に…ね……。
頑張れ…マーガレット……というか…コウスケ……。
にゃ~ん
ユーリ「ん?」
とりあえず合掌しておきつつ歩いていた私の目に、道の端で丸くなっている真っ白いネコがの姿が映った。
全然気が付かなかった……。
人の気配ばっか注意してたとはいえこの距離まで気付けなかったなんて……やっぱり調子に乗って飲みすぎちゃってたか……。
反省。
にゃ~
ユーリ「あっ」
油断していたのを反省してる私を尻目に、白ネコは立ち上がると路地を曲がっていった。
休んでたところに私が来ちゃって驚かせちゃったかな?
だとしたら悪いことしたかな~。
なんて思いながらなんとなしに白ネコの後を追ってみる私。
悪いな~と思っておきながら後を追うってなかなかだよねぇ…と、酔いが回っていることを再確認し、様子だけ見てもう戻ろうと決めて白ネコが消えていった路地を覗き込んでみると…
おじいさん「おや?」
ユーリ「あっ」
さっきの白ネコを抱っこしてこちらに歩いて来ていた、いつぞやの大太刀冒険者おじいさんと目が合った。
おじいさん「ほっほっ、お久しぶりじゃな狐のお嬢さん」
ユーリ「お久しぶりです。おじいさんはここで何を?」
おじいさん「ちょっとした散歩と…このように野良ネコの保護じゃな。ほれ、マーガレットというお嬢ちゃんが商業ギルドに直談判して建てられた施設があるじゃろ?」
ユーリ「あぁ、ネコカフェですね」
おじいさん「うむ。そこから、事の発端に関わっていた儂に声がかかっての。こうしてまだ保護できていなかったり、いつの間にか新しく入っていたネコを見つけたら保護して連れてきてほしいと頼まれたんじゃよ」
ユーリ「なるほど~」
そういえばマーガレットがおじいさんと話してたら閃いた~って言ってたっけ。
というかこのネコさんすっごいこっちを見てくるなぁ……。
やっぱり警戒されてる……?
おじいさん「儂ももちろん足を運んだし一度裏側も見せてもらったが、みな保護した当初よりも元気になっていてのぅ。あのお嬢ちゃんには感謝しておるよ。おかげで駆除という最後の手を使わずに済んだわけじゃしの」
ユーリ「そうですね。私も、無駄に命を減らすなんてことにならなくてよかったと思います」
おじいさん「うむ。しかしあのお嬢ちゃんにはいつも驚かされる。なんだかんだと巻き込まれているのは知っておるが、それでも最後には良い方向に導いておる、不思議な娘じゃ」
ユーリ「ふふふ♪ですよね!マーガレットって巻き込まれ体質だしし、本人もよく人を巻き込むんですけど、そうなったからにはちゃんと最後まで面倒を見てくれるというか、寄り添ってくれるだけじゃなくて背中も押してくれるというか、とにかく親身になってくれて…!」
おじいさん「ほっほっほっ!落ち着きなされ。お嬢さんがどれだけマーガレットお嬢ちゃんを良く思っているかは十分伝わっておるよ♪」
ユーリ「ハッ!?す、すみましぇん……///」
うぅぅやっちゃったぁ……。
マーガレットが褒められたのが嬉しくて舞い上がっちゃったぁ……!
恥ずかしい……!
おじいさん「ほっほっほっ♪仲が良くて羨ましいのぅ♪」
ユーリ「あ、あはは……ありがとうございます……///」
おじいさん「うむうむ。ところで、お嬢さんはどうしてここへ?」
ユーリ「えっ?あ、えっとそれは……」
私はマーガレットたちとパーティーをしていることと、その熱冷ましにふらふらしていたことを話した。
おじいさん「なるほど。本当に仲が良くて微笑ましいわい」
ユーリ「ふふっ、そうですよね♪みんな凄い仲良しで…」
おじいさん「それはお嬢さんもじゃろう?」
ユーリ「うぇぁっ……えと……えへへ…///」
おじいさん「ほっほっ♪」
う、う~ん……。
このおじいさん…悪い人では無いんだけど……ちょっと苦手かも……。
こっちのことをなんでも分かってるような感じというか……。
でも……この感覚…どこかで……?
おじいさん「まっ、そういうことならそろそろ戻ってあげなさい。みなも心配し始める頃合いじゃろうて」
ユーリ「あっ…は、はい。そうします」
おじいさん「うむ。そうしなさい。女性が一人であまり夜道を歩くものではないしの」
ユーリ「むっ」
おじいさんの言葉が正しいというのは理解しているが、一応冒険者である私はちょっと言い返したくなった。
ユーリ「それはまぁそうですけど……でも私だって結構腕には自信があるんですよ?」
おじいさん「うむ、それは見ればわかる。戦いを知っている者の立ち方じゃからのう。じゃが、だからといって油断してはいけない。腕の立つ者は他にもたくさんいるからのぅ」
ユーリ「むぅ……それは…」
おじいさん「例えば」
そうですけど……と、先ほどと同じような返答をしようとした私の言葉を遮り、おじいさんは腕の立つ人の名前を口にする。
おじいさん「ヤクモ、とかの」
ユーリ「っ!?」
ヤクモ…ヤクモっ!?
なんで……!?どうしておじいさんが……ただの人族であるはずのおじいさんがその名前を……!?
ユーリ「ハァッ…ハァッ……!」
おじいさん「ふむ…やはりまだ拭いきれておらぬか」
その名前を聞いた途端、私の息は荒くなり、体は小刻みに震え、嫌な汗が流れ始める。
それを指摘してきたおじいさんの言葉に、私は頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけた。
ユーリ「おじいさん……あなたは…いったい……?」
おじいさん「ほっほっ。それはまだ秘密じゃ。代わりに別のことを教えてあげよう」
ユーリ「別のこと……?」
今一番知りたいのはおじいさんのことなんだけど……。
そう思う私におじいさんは衝撃の言葉を言い放った。
おじいさん「お主がここにいることが感づかれた。近いうちに連れ戻しに来るじゃろう」
ユーリ「なっ…!?」
感づかれた。連れ戻す。
それは……それはつまり……
おじいさん「逃げるも留まるも自由じゃが、後悔はせんようにな。伝えたいことはそれだけじゃ。機会があればまた会おう」
そう言って私の横を通り抜けていくおじいさん。
私はそれにハッとし、慌てて引き留めようと振り返る。
ユーリ「待って…!」
しかし振り返った場所には誰もいない。慌てて曲がり角から身を乗り出すも、そこには誰もいなかったかのように静かな道が続くだけ。
それを確認した私はその場にへたり込み、おじいさんの言葉を思い返す。
私の居場所に感づいて連れ戻しに来るという言葉……。
そしてヤクモという人物の名前……。
それらから導かれる答えはひとつ……。
ユーリ「里の人が…ここに来る……」
私の故郷。
そこで大事な役目を与えられた私は、その重圧に耐えきれずに逃げ出した。
その際、おじいさまが荷物の手配や逃走経路や計画の準備を手伝ってくれたのだが……そうか……。
普通に考えればわかることだ。
あれからすでに4ヵ月も経っているのだから、捜索の手がここまで伸びてきていても何もおかしくない。
……ここでの生活が楽しかったからだろうなぁ……。
みんなと遊んで、特訓して、メイカさんたちと探索して……。
寮に戻ればフルールさんの美味しいご飯を食べたり、みんなとお風呂に入ったり……。
マーガレットに…コウスケに甘えたりして……。
楽しかった……。
楽しいことばかりだった……。
嫌な事ももちろんあったけど、それ以上に楽しい思い出がいっぱいだ。
そりゃあ忘れてもしょうがない。
でも、それももうすぐ終わりなんだ……。
私一人じゃ、里の追手と戦うなんてことは出来ない。
みんな私よりも強い人ばかりだし、一人で連れ戻しに来るなんてことは無い。
より確実に複数人で捕まえに来るはずだ。
それにいろんな習い事をしていた私と違って、捕らえに来る人はもっとずっと戦闘に特化している。
そんな人たちに、技量で勝てないのに数も負けてる私が勝てるわけが無い。
それにもし万が一コウスケやメイカさんに気付かれたら、あの人たちは必ず私を助けようとしてくれる。
それはダメだ。
コウスケはまだまだ未熟な所があるし、いくらメイカさんたちでも里の人たちと渡り合えるとは思えない。
それに結局数の問題がある。
一人や二人増えたところで何も変わらない。
というかそもそも巻き込みたくない。
これは私の問題なんだから、私がどうにかしなきゃいけないことだ。
だから頼るわけにはいかないし感づかれるようなこともあってはいけない。
ならばまだみんなが何も知らないうちに逃げるしかない。
あのおじいさんが何者なのかはわからないけど、情報は恐らく真実だ。
何故なら私のふるさとはあまり外との交流を持たない。
数少ない繋がりは一人の交易商人で、それも里出身のただの斥候(※偵察、スパイといった情報収集するための人)。
結局のところ身内である。
そんな人が外に情報を漏らすなんてことはありえない。
だからこそあの少ない言葉だけで真実だと判断できる。
だから逃げる。
でもそれはただの時間稼ぎにしかならない……。
あの人たちは絶対に諦めない。
そうしないといけない理由があるから。
それでも捕まったら私は……。
だから捕まるわけにはいかないんだ。
そのためには早くこの街を出てどこか遠くへ逃げないと……。
場所が割れてる以上、確実に捕らえるために網を広げているはず……。
その網が広がりきる前に抜け出さないと逃げることさえできなくなってしまう。
だから早く…今からでも急いで準備しないといけない。
そうしないといけないんだ。
でも、それはみんなに何も言わずにいなくなるということで……。
みんなと会えなくなるということで……。
ユーリ「やだなぁ……」
ぽつりと、本心が一つ口から零れた。
私は、普通の家族を知らなかった。
自分の家は特殊なんだというのも、他の家の子がお母さんに抱っこしてもらっているのを見たときだった。
私はそんなことしてもらったことなんてなかった。
そもそもお母様は元々体が弱かったようで、私を産んですぐに息を引き取ったそうだ。
さらに言えば、私は生まれたときから役目が決まっていた。
そういう星のもとに生まれたんだって言われてきた。
私は…その役目のためだけに生まれてきたんだって……。
そのためにいろんなことを習わされた。
他の子が遊んでいるときも変わらずずっと。
私の遊び相手は、そんな私を隙あらば連れだしてくれたおばあさまだけだった。
そのおばあさまも数年前に寿命でいなくなった。
私は一人ぼっちになった。
正直おじいさまがどうして私を里から逃がしたのかが分からなかった。
おじいさまも、私にとっては他の人と同じ、普通の里の人間でしかなかったのに。
そんな私にとって、あの寮での生活はとても新鮮で、温かかった。
多分あれも普通とは違うのだろう。
そもそもフルールさんとメリーちゃん以外血がつながってないし。
家じゃなくてあくまで寮だし。
それでも…私にとってあそこでの生活は、とても幸せな、普通のひと時だった。
ユーリ「あっ……」
ふと、頬に何かが伝う感覚がして、すぐにそれが自分の涙だと理解した。
そうしたら、それに続くように気持ちがどんどんあふれてきた。
ユーリ「お別れ…したくないなぁ……さよならしたくないなぁ……もっといっぱい遊びたかったなぁ……できれることなら…ずっと一緒に暮らしたかったなぁ……」
涙がぽろぽろあふれて止まらない。
拭っても拭っても際限なくあふれ出してくる。
その涙にこもった熱が、これが夢ではなく現実であることを嫌というほど教えてくる。
ユーリ「やっぱり…許されないのかな……?私が幸せになんてなっちゃダメなのかな……?役目を果たすためだけに頑張ることしか許されてないのかな……?」
生まれたときから役目を負った。
物心ついたときにはそれが当たり前なんだと思った。
私はそれだけの存在なんだってずっと信じてきた。
おばあさまがいなかったら…私はそれを仕方のないことだと受け入れていたのだろう。
おじいさまがいなかったら…私はそのまま役目を果たしていたのだろう。
マーガレットがいなかったら…コウスケがいなかったら…私は適当にお金を稼いだらすぐにこの街を離れていたかもしれない。
二人がいなかったら…メイカさんたちのような背中を預けられる仲間や、メリーちゃんたちのような一緒に遊ぶ友だちが出来ていなかっただろう。
誰か一人でも欠けていたら…私はここにはいなかった。
みんながいたから…私はここで心から笑って過ごせたんだ。
でもそれももう終わりが来る。
大切なみんなと別れて…また一人にならなきゃいけない。
きっとこの後もそうだ。
逃げた先でまた友だちが出来ても、追手が来たらまたお別れしなくちゃいけない。
逃げ続けるというのはそういうことなんだ。
仕方ないことだ。そういう星の巡りなんだ。
それが私の道なんだ。
でも…その先にあるのは……?
逃げて逃げて、逃げ続けて……私には何が残るんだろう……?
友だちも仲間も捨てて逃げ続けて、お金が無くなったらちょっと稼いでまた逃げて……。
その先に何があるの……?
そうまでして私には…役目しか残らないの……?
役目しか残らないなら私は……
どうして…逃げるんだろう……?
どうして…幸せを捨てなきゃいけないんだろう……?
おじいさまは知っていたはずなのに…どうして逃がしてくれたんだろう……?
おばあさまは…どうせ捨てるしかないものをどうして教えたのだろう……?
私は…どうして……
どうして……生まれちゃったんだろう……。
白ネコ「……」
その場でただ泣くことしかできない私は、おじいさんが連れて行ったはずの白いネコがじっとこちらを見つめていることに気付かなかった。




