301.聖歌対策…どころじゃない
予想通り、聖歌隊から離れるごとにサフィールちゃんの容体はよくなっていき、耳の良いモニカちゃんが集中しないと聞こえない距離まで来たころには、サフィールちゃんは体に異変を感じなくなっていた。
もっとも、身体面がよくなるごとに精神面が悪くなっていったのだが……。
サフィール「…………」
しかし、暗い顔をするサフィールちゃんに声をかけられるものはおらず、結局そのまま誰もひと言も発さないまま医療ギルドに着いた。
コウスケ「とりあえずジルさんに相談しよう。で、安全を確保して落ち着いてからお話する。それでいい?」
みんな『……(こくり)』
というわけでまずは受付へ。
受付の人は俺たちへの許可証をすぐに取り出せる位置に置いてくれていたようで、挨拶したらすぐにくれた。
多分そのうち顔パスになるんじゃないかと俺は睨んでいる。
そんなちょっとしたスムーズ要素ににらみを利かせてる場合ではないのでさっさとジルさんのもとへ向かう。
さて、当然ここまでただ黙って歩いてきたわけでは無い。
しっかりと頭の中で情報を整理し、仮説を立てている。
まずひとつ。
聖歌隊の歌う聖歌には魔族を弱らせるパワーがある。
この聖歌隊のというのがミソで、街行く人の歌声やハミングではそんな効果は確認されなかった。
一度ダメージを負った場面があったが、それはその人が壊滅的なレベルで音痴だったからだ。
なのでダメージを受けたのはサフィールちゃんだけではなくその場の全員だ。
ちなみにその人は友人と思わしき男性に拳骨を落とされて停止した。
合掌。
まぁそういうわけなので聖歌隊の歌う聖歌だけが危険なのだと推測した。
あくまで現段階で、と付くが。
それを言い出したらキリがないので一旦保留。
聖歌隊所属のミハクちゃんいわく、聖歌に悪魔をどうたらこうたらする力があるというのは、そういう伝承自体はあるが、本物にぶつけたことないから分からないとのこと。
今はもっぱらアンデッド系に歌って成仏してもらうみたいな使い方の方が多いとも言っていた。
そのアンデッドたる俺がピンピンしてるし、ミハクちゃん自身も強い意志を持っていると成仏しないことがあると言っていたので、「あ~そういうもんなんだなぁ」と思っていたのだが……まさか魔族弱体効果はしっかり残っていたとは思っていなかった。
完全に油断していた。
サフィールちゃんはあんなに不安がっていたのに。
俺はどこか甘く考えていた……。
…………。
……反省は後だ。
今はまだやるべきことがある。
ともかくふたつめ。
聖歌は離れれば効力が弱まる。
これは実証済み。
だが問題はその原因だ。
サフィールちゃんが最初に体調不良を訴えたのときには、誰も聖歌が聞こえていなかった。
そこから少し進んで、そこでモニカちゃんが音を拾って初めて気づいたのだ。
あのとき俺たちは会話していた。
しかも通りを歩いていたため人も多く騒がしい。
その中でサフィールちゃんはバッチリ弱体化した……。
聖歌を認識していなかったにも関わらず……。
しかし、音というのは人間が知覚できる範囲よりもより遠くまで届くものだ。
もしかしたらあのときサフィールちゃんを苦しめたのは、モスキート音ほどの聖歌だったのかもしれない。
…聖歌隊から遠ざかるときは路地裏を通って逃げてきたのだが、今思えばあれは逆効果だったかも……?
比較的静かで壁やら家やらで道幅が狭いところでは、より響きやすいはずだから……。
……これも次から気をつけるとして、耳の良いモニカちゃんでもある程度集中しないと聞き取れないぐらいまで距離を取らないといけないのは非常に厄介だ。
接近してても気付けなければサフィールちゃんが一大事になるし、そんな小さい音でもいいなら防音効果が高い部屋に引きこもったとしても効果が出てしまう恐れがある。
もし引きこもるなら完全防音完備の部屋が必要だが……。
…なんとなくだけど、別の意味で精神をやりそうだからあまりオススメしたくないなぁ……。
それにもうひとつ。
音とは別の方法が考えられる。
聖歌を歌っている者たちを中心に、そこから一定の範囲内に効力をもたらす…いわゆる領域展開型だ。
もしそうなら「聖歌」という名の魔法と考えた方がいいが、万が一これが正しい場合、どんな防音設備をもってしても防げない可能性が高くなる。
地形の影響を受けてくれればいいのだが、もしもゲームでたまに見る「そこ届くの!?」な効果範囲だったら……もはやテロですね。
離れる、しか手段がなくなるからこれではないことを切に願う。
願うしかない。
一応最終手段に「ハルキに頼む」があるが……いろいろと裏事情を教えなければいけなくなる……。
そうなるとこの関係性を続けられるかどうか……。
……だから最終手段だ。
最悪の場合でも、どうにかしてマグと友だちで居続けてくれるように話をでっち上げるが、そうならないでいるのがやはり一番だからな……。
というのをここまで考えてきたわけだが、お察しの通り解決策が出ておりませぬ。
やっぱり現段階で分かってる情報だけじゃ確信を持てないんだよなぁ……。
でも情報を得るためにはサフィールちゃんを危険に晒す羽目になる。
それは本末転倒なので絶対にやらない。
う~ん……どうしよう……。
と、必死に頭をひねるも答えは出ないまま、俺たちはジルさんのいる執務室の前まで来た。
とりあえずジルさんに相談だな。
流れでハルキとも話せればもしかしたら何か有益な情報が得られるかも…
メリー「…マ、マグ……!サフィールが……!」
コウスケ「(えっ?)」
頭の中で計画を練っているところをメリーに呼ばれて慌てて振り返る。
そこには…
サフィール「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…!」
リオ「サフィール、落ち着け…!」
チェルシー「ここここういうときはしんこきゅーだよ!ほら、はぁはぁ、すぅすぅ、はぁはぁ、すぅすぅ…!」
シエル「それ吸えてる!?」
モニカ「あわわわわまままマーガレットちゃんーっ!」
コウスケ「まず君らが落ち着いて?」
絵にかいたような慌てぶりがありました。
おかげで逆に冷静になれましたけども……。
え~っと…とりあえず……
コウスケ「ほら、サフィールちゃん。いったん座ろっか。大丈夫、パッと見キレイだから、ね?」
サフィール「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ…」
顔を俯かせて必死に呼吸を繰り返しているサフィールちゃんの背中を優しく撫でつつ、とりあえず腰を下ろすことを提案。
ガッツリ廊下ではあるが、緊急事態なので大目に見てほしい。
まぁ今他に誰もいないけど。
それはともかくとして廊下の端に一緒に腰を下ろした俺たち。
マグ(コウスケさん…サフィールちゃんは……?)
コウスケ(今のサフィールちゃんは多分…ストレス過剰による過呼吸を起こしてるんだと思う。だからひとまず呼吸を整えられるように落ち着かせる)
マグ(なるほど……)
説明している間に少し落ち着いて着たっぽいので、背中のなでなでを一度中断して、ぽむぽむソフトタッチに切り替える。
これでリズムを取って呼吸が戻りやすくなる……といいなぁって。
落ち着いてきたサフィールちゃんの様子に、他のみんなも落ち着きを取り戻したようだ。
焦るよね~、わかるわかる。
ふぅ…しっかし……
コウスケ(ちょっと危ないかなぁ……)
マグ(えっ?どうしてですか……?)
コウスケ(いやね?この症状って、ストレスを我慢して我慢して、体が限界だ~ってなったから起きてるのよ。今はこうして落ち着いたけど、むしろ今のこの状態が一番危ない…んじゃないかとも思うわけで……)
マグ(落ち着いたのに…ですか……?)
コウスケ(そ。ふぅ~…ってなったところでまたストレスがガーッてきたら、一息ついて油断してた分、より一層深く傷つく…んじゃないかと)
マグ(あぁ~……今落ち着いたところだったのにーって感じですね?)
コウスケ(そゆこと。まぁ今回は怒りを我慢してるってわけじゃないけど、どっちにしろ今ここで何かあったら、それがトドメになっちゃうかも……)
マグ(そうなったら大変ですね……)
コウスケ(そうならないように今はとにかくゆっくり時間をかけて…いきたいんだけどねぇ……)
残念ながら聖歌隊が迫っているのでそこまで時間はかけられない。
サフィールちゃんが何故ここで過呼吸を起こしたのかは分からないが、ここはみんなにサフィールちゃんを部屋まで送ってもらって、俺だけでジルさんに報告するか……。
サフィール「……マーガレットさん……」
とそこで、落ち着いたサフィールちゃんが俺に話しかけてきた。
コウスケ「ん…落ち着いた?サフィールちゃん」
サフィールちゃん「はい……ありがとうございます……」
コウスケ・マグ((あっ))
サフィールちゃんが自分の目にいつもかけている、目の色をもう片方と同じ色に見せる幻惑魔法が解けて、いつも隠してる金色の目が見えちゃってる。
いつ見てもキレイだな~…は、いいとして。
コウスケ「サフィールちゃん、おめめが…」
サフィール「えっ?」
チェルシー「もしかしてサフィーちゃんおめめ腫れちゃった?」
ひょこっと顔を覗き込んできたチェルシーに反応してそちらに顔を向けるサフィールちゃん。
目と目が合った瞬間…
チェルシー「あっ……」
チェルシーが少しだけ動揺し……
ジル「さっきから扉の前で喋ってんのは誰だ?」
ここで扉を開けてジルさんが登場。
ジル「ん?お前ら何を……?」
サフィール「マ、マスター……」
ジル「サフィール?そんなとこに座り込んでどうし…っ」
サフィールちゃんを心配したジルさんが彼女の顔を視認し…ほんの少しだけ、止まった。
サフィール「…?マス……」
それが引き金になった。
いや、俺が中途半端に指摘したのもあるのだろうが。
サフィールちゃんは気付いてしまった。
今、自分がいつも隠していた金色の目が。
チェルシーやジルさんが初見では警戒したらしい金色の瞳が、再び動揺を与えてしまったのだということを。
サフィール「あ……」
コウスケ(まずい)
マグ(え?)
サフィール「あ、あぁぁぁ…!」
コウスケ「サフィールちゃん!」
案の定サフィールちゃんの心がえらいことになりつつあるので、先んじて抱きしめて鎮静化を図る。
しかし…
サフィール「ご、ごめんなさい…!ごめんなさい…!ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
コウスケ「サフィールちゃん!落ち着いて!」
リオ「サフィール!しっかりしろ!」
サフィール「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」
これはダメだ…!
コウスケ「ジルさん!サフィールちゃん眠らせられます!?」
ジル「あ、あぁ…!」
止まっていたジルさんは、俺が尋ねてようやく動き出した。
ジル「サフィール……」
サフィール「マス…ター……ごめ…なさい…!」
ジルさんが近づくと、サフィールちゃんは必死に顔を隠そうと手で覆い、ひたすら謝罪を繰り返す。
ジル「……謝るのはアタシのほうだ……すまない、サフィール……」
ジルさんはそれに対して謝り返してから魔法を唱え始める。
ジル「《彼の者に静かなる眠りを…スリープ》!」
サフィール「あ……マ…ス……ター…………」
しっかり魔法は効いたようで、力がなくなりクタっと体重をかけてきたサフィールちゃんを支える。
コウスケ「ありがとうございます」
ジル「いや……」
俺はお礼を言うも、ジルさんはサフィールちゃんをジッと見つめて静かにそう言うだけだった。
リオ「…それで、サフィールはどうするんだ?」
コウスケ「とりあえず部屋に寝かせよう。今はこの子を休ませるのが最優先だ」
リオ「そうだな。わかった」
コウスケ「ジルさん。いいですか?」
ジル「あぁ……頼む……」
許可はもらったところで、サフィールちゃんをお姫様抱っこの形にして持ち上げ直す。
ジル「……マーガレット…やはりアタシも…」
医療ギルドの人「マスター、聖歌隊の皆さんが来ました……が……?どうされたのですか?」
ジル「いや、今は……」
あぁ、聖歌隊が来たか。
…ふむ……サフィールちゃんが寝てるからなんとも言えないけど、さすがに合唱しながらギルド入場…なんてことはしなかったのかな?
まぁさすがにね?
限度ってのがね?
それはともかくとして、ジルさんがサフィールちゃんと一緒に行きたそうにしている。
だが、医療ギルドのギルドマスターのジルさんが私用で挨拶しないというのはちょっと体裁的にどうなのよ?って感じだし、それに今ジルさんがいても説明以外することがない。
だったらジルさんには聖歌隊の相手をしてもらって、サフィールちゃんは俺たちで見ておいた方がいいんじゃないかと思う。
ってなわけで。
コウスケ「ジルさんは聖歌隊の皆さんのお相手を。こちらはこちらでやっときますので、終わったら合流という感じで」
ジル「……わかった……そっちは任せたぞ……」
俺の提案に渋々ながら了承したジルさん。
う〜む……しかしあんな見るからに落ち込んでたらめっちゃ心配されるだろうなぁ……。
まぁそこはどうにか頑張ってもろて。
コウスケ「んじゃ、行こっか。手塞がってるからそこはお願いね」
モニカ「うん」
リオ「わかった」
シエル「…えぇ……」
チェルシー「…………」
メリー「……チェルシー、いこ?」
チェルシー「……うん……」
そうして俺たちはサフィールちゃんの部屋へと向かった。
部屋の扉を開けてもらい、サフィールちゃんをベッドに寝かせ、俺はベッドの近くにあったイスに腰掛ける。
コウスケ「ふぅ……」
これでようやくひと息つけた。
俺が落ち着いたのを見て、他の子たちも少しずつ緊張を解き始めた。
リオ「お疲れさん。あんま力になれなくて悪いな……」
コウスケ「そんなことないよ。みんながいてくれたおかげで落ち着けたんだからね」
リオ「そう言ってくれるのは嬉しいけどなぁ……」
そう言って苦笑いするリオ。
シエル「それで、マーガレット。そろそろ…」
メリー「……マグ、マグ」
コウスケ「ん、ごめんシエル。どうしたのメリー?」
そろそろどういうことか教えてほしいと言おうとしたのだろうシエルの言葉を遮ってメリーが俺を呼んだ。
メリー「……チェルシーをげんきづけてあげて」
コウスケ「ん……」
あぁ、チェルシーか。
そうだね。チェルシーも今めちゃくちゃ心をやっちゃってるもんね。
コウスケ「チェルシー」
チェルシー「マギーちゃん……どうしよう…アタシ……」
コウスケ「ふぅ……とりあえずおいで。突っ立ってたってしょうがないよ」
チェルシー「…………(こくり)」
自分の横にイスを用意して、そこにチェルシーを呼ぶ。
彼女がそこに座ったところで、俺は優しく話しかける。
コウスケ「チェルシー、もうサフィールちゃんのおめめには慣れたもんだと思ってたよ」
チェルシー「違うの…慣れてはいるの……でも、それはそうとわかってるときだけで……だから……えっと……」
コウスケ「突然だとまだビックリしちゃうんだね?」
チェルシー「……うん……(こくり)」
なるほどなぁ……。
コウスケ「まぁ確かに。普段はずっと青くしてるし、魔法を解くときはお泊まりのときくらいしかないもんね」
チェルシー「うん……でも……サフィーちゃん…おめめのこと気にしてるのに……アタシ…アタシぃ……!」
コウスケ「そうだね。あれはまずったねぇ」
そのあとのジルさんの方がダメージとしては大きいように見えたけど、それでも後押ししたことには変わらない。
チェルシー「サフィーちゃんを傷つけちゃった……ぐすっ……どうしよう……マギーちゃん…どうしたら……」
コウスケ「そうさなぁ。とりあえず謝るしかないかなぁ」
チェルシー「ぐすっ……でも、サフィーちゃん…許してくれるかなぁ……?」
コウスケ「それはわからないなぁ」
チェルシー「うぅぅ……」
シエル「ちょ、マーガレット……!」
リオ「まてまて。まだ途中だ」
よくわかってらっしゃる。
コウスケ「許すか許さないかはチェルシーの謝り方次第だよ。本当に悪いと思っているなら、しっかり誠心誠意真心込めて謝らないと」
チェルシー「うん……でも…サフィーちゃん…優しいから許しちゃう……ほんとは嫌でもアタシのために許しちゃう……」
マグ(確かにやりそうですねぇ)
コウスケ「それでも謝らなきゃなんにもならないよ。それに、謝らなかったらチェルシーはずっと後悔する。だからとにかく謝るのは絶対しないと」
チェルシー「うん…………でも、自己満足って思われないかな……ほんとにお友だちでいてくれるかな……?」
コウスケ「さてねぇ。でも…サフィールちゃんも、チェルシーとこんな形で仲違いなんてのは嫌だと思うよ。少なくとも、私はサフィールちゃんがチェルシーと仕方なく遊んでるように見えたことは一度もないし。みんなはどう?」
リオ「あぁ、オレもそう見えたぜ」
シエル「アタシも。それにこの子はそんな隠し事なんて器用なこと出来ないわよ」
モニカ「あはは…でも、私もサフィールちゃんはチェルシーちゃんと仲良しでいたいと思ってると思う」
メリー「……(こくこく)」
チェルシー「……」
みんなが口々に背中を押してくれるが、それでもチェルシーはなかなか踏ん切りが付かない様子。
まぁ怖いわな。
自分のせいでこうなった、なんてのは。
でもだからこそ、逃げたら死ぬほど後悔する。
友だちがそうなるのは絶対に嫌なので、ここはしっかり支えてあげねばな。
俺はチェルシーの頭を撫で、優しく語りかける。
コウスケ「ま、なんにせよ悪いことしたら謝らないとだからね。そこはちゃんとしてあげてね?」
チェルシー「…うん……」
コウスケ「ん。まぁ大丈夫だと思うけどね。怖い気持ちもわかるから難しいけどさ。ほら、チェルシー。ぎゅってしてあげる。ぎゅ〜」
チェルシー「んぅ…マギーちゃぁん……」
よほど不安なのだろう。
チェルシーは俺の胸に思いっきり顔を埋めてきた。
そんなチェルシーを宥めつつ、俺たちはジルさんの帰りを待ち続けた。
サフィールちゃんの問題が次々と……。
ショコラちゃん出してぇ〜。
元気な雰囲気でシリアスを和らげてほしい〜。
じゃあそう書けやと言われる前に、次週に逃げます。
ではでは。




