26.マグとの第2夜…マーガレット先生!
晴れて婚約者となった俺たちは現在、足を開いて座る俺の足の間にマグが俺に背中を預け座っている。
そんなマグの両肩から俺の両腕を前に出し、優しくマグを抱いている。
まさか自分がこんなリア充ムーブを体験できるとは思わなかった。
彼女なぞいらんと本気で思っていた過去の自分よ…見ているか。
俺は幸せです。
「コウスケさん」
「ん?どうしたの?」
そんな幸せを噛み締めている俺に幸せの素たるマグが話しかけてくる。
「なんで婚約なんですか?私は…その…コウスケさんとなら今すぐにでも……」
なんてかわいいことを言ってくれる俺の婚約者。
俺も出来るならそうしたいよ?でもね…
「気持ちは嬉しいけど、俺の気持ち的に未成年に手を出すのはさすがにヤバいって思ってるから…」
「だから婚約にしたんですか?」
「うん。だから悪いけど15になるまで待ってください」
それが俺の心のストッパーだから。
それとあまり思いたくないが、吊り橋効果などによる気の迷いとかだったら本当に申し訳ないから。
まだよく知らないが、マグは大人の男性のことを父親ぐらいしか知らないのではないか?
その支えが無くなり、泣いてるところに俺が優しく接したからではないか?
どうしてもそんな考えが過ぎってしまうのだ。
だから後5年…もし今年誕生日を迎えていなかったら4年。
その間に落ち着いて考えて欲しかったし、俺も考えたかった。
本当にこれで良かったのかと。
後悔はしていない。本当に心の底から彼女といられるのが嬉しい。
でももしかしたら、そういう感情を抱いた事が無かったから、何か別のものと勘違いしてるんじゃないかと考えてしまう。
…俺と彼女の人生、か……。
俺は腕の中にいるマグを見る。
彼女は、自分を抱きしめている俺の腕を抱いている。その状態で首だけをこちらに向け、笑顔を浮かべている。
…この子が幸せならいいか。
この先どう転ぼうと、俺がこの子を不幸にしなければ良いだけだ。
「それは分かりました。ただ、その…」
「うん?」
「私も、婚約者がいたんです」
「えっ!?」
マグに婚約者が!?
いや、そうか。マグは小さな村とはいえ領主の娘、いわば貴族様だ。
婚約者ぐらいいるのが普通か……。
「へ、へぇ〜…そ、それで?その人はどんな人なの?」
なんか落ち着いている心の中とは裏腹に、俺は分かりやすく動揺しながらその婚約者のことを聞く。
「わかりません。会ったこともありません。ただ、お父さんの顔を見た限りは、あまり良い人ではなさそうでした」
「お見合いすらしないで婚約まで行ったの!?」
「はい。相手は王都の近くに住んでいる中級貴族でして、下級貴族である私のお父さんじゃ要請を断れないんです……」
「なんだそりゃ……」
地位はある。衣食住に困ることもそう無いだろう。
でもそれだけだ。
それ以外に自由があるとは思えないし、相手によっては奴隷と同じような扱いを受けるかも……。
「そ、その婚約って今は……?」
「恐らく…まだ形は残っているかもしれませんが…家も領地ももう無いですし、書類も無いのでもう無効になっていると思います」
「そ、そう……」
婚約が無効になったのはいいんだが、その過程で嫌な事を思い出させてしまった……。
こんぐらい、ちょっと考えれば分かるだろうよ、俺!?
そんな俺の気持ちを察したのか、マグは勤めて明るく振る舞う。
「いえ!気にしないでください。大事な事ですし、それに…」
正直気を使わせてしまったことに対しても俺は落ち込んでるのだが……
「私はコウスケさんと出会えて幸せですから」
「!〜〜〜〜マグッ!!」
「ふぇっ!?」
そんなかわいいことを言われたら抱きしめずにはいられないでしょーが!?
落ち込んでもいられないわ、もー!
そんな気持ちが溢れてしまい、マグを一層強く抱きしめる。
とはいえ締めるわけにはいかないのでそこはキチンと調整する。
そんな俺に驚いたマグだが、俺の両腕を抱いた後、「えへへ…」とか小さく言ったのを俺の耳は聞き逃さなかった。
…力の加減が出来なくなるところだった……。
恐ろしい子だよホントに……。
それ以上かわいいことをしないでくれよ……?
「コウスケさんは?」
「うん?何が?」
「コウスケさんは、元の世界で誰かとお付き合いした事があるんですか?」
「まったく」
「…そうですか、私が初めてってことですか……そっかぁ……えへへへ……」
殺す気かなこの子は?
死ぬよ?かわいさの暴力と幸せの過剰摂取で俺死ぬよ?
あーこのままじゃ本格的に心が持たない。
幸せすぎて心が持たないとかあるんだな。
とにかく話を変えよう。
えーと…うーんそうだな……
「あっ」
「?どうしました?」
「いや、せっかくだしこの機会にこの世界の常識とか教えてもらおうと思って」
「え?知らずにずっと過ごしてたんですか?」
「騙し騙し頑張ってきました」
ホントよく頑張ったと思う。
何回かボロ出した気がするけど。
「というわけでマーガレット先生、お願いします!」
「せ、先生!?…こほん、いいでしょう。それではコウスケ…くん、なんでも聞いてください。先生が全部教えてあげましょう」
なんてノリのいい子でしょう。
しかも、ちょっと悩んだ末「コウスケくん」って言ったし、こんな先生だったら授業真面目に受けるわ。
そんなマグ先生は俺の腕の中から抜け出すと、正面に俺と向かい合う形で座った。
むんっ!と意気込むマーガレット先生はかわいいが、そこは置いといて質問だ。
「ではさっそく、最初の質問です。この世界の階級について教えてください」
「階級…貴族や平民といった感じですか?」
「はい!貴族にも階級があるんだってことをさっき知ったので、そもそもどれほどの階級があるんだろうと思った次第であります!」
「なるほど…わかりました。先生が教えてあげましょう!」
先生の部分を強調し、ふんすっ、と胸を張って答えるマーガレット先生。
これ話変えようがマグと一緒にいる限りかわいさの暴力からは逃げられないじゃんやっちまった、先生かわいいヤッター。
「こほん…まず人は大きく分けて、《王族》、《貴族》、《平民》、《奴隷》と階級が分けられています。それぞれの中でさらに細かく分かれていて、王族は、国王と王女、その間に出来た子供が《本家》、妾や親族、その子供は《分家》となり、この2つをまとめて《王族》と呼びます」
ふむ、大体こっちと変わんないかな。
…歴史とか本とかの話ね?本物なんて見たことないから。
「次に《貴族》。こちらはもう少し細かくて、直接王族の手足となって働く、王族からの信用が高い人たちが《上級貴族》、王都の近くや重要な土地などに家を構え、王族と上級貴族の仕事をサポートしたりするのが《中級貴族》、そこまで重要で無い土地や、開拓地などで領主として働かされるのが《下級貴族》です」
「下級貴族の扱いの酷さよ」
「下級貴族は、武勇を立てた人や王国に貢献した有能な人が、褒美としてなるのがほとんどで、他国に逃さないために領地を与えているって側面もあるんです」
「まぁ有能な人は欲しいよなぁ。でもそれなら中級貴族になった人もいるんじゃ?」
「いえ、ほとんどが下級貴族として地方に飛ばされて、王都に行くのも王族の誕生日パーティーなどぐらいなので、下級貴族のままという人がほとんどです」
「うへぇ〜…」
出たよ、意地汚いお貴族さまのプライドが。
有能な人を評価した自分すごい、優秀な人を配下にしてるワタシすごい、とか、成り上がられると困るから遠くに飛ばしとこ、とか、どうせそんな感じなんだろうな。
「一応、何人か中級貴族に上がった人もいますけど…その人たちは上の人のお気に入りとして重用されている人たちばかりですので……」
「いつもお偉いさんに尻尾振ってるわけだ」
「…はい」
「はぁ〜…」
思わずため息が吐いてしまう。
今まで噂程度にしか聞いてなかったけど、この国ホントにヤバそうだな……。
「で、でもですね!下級貴族は平民の人たちと仲が良い人がほとんどでして、だから、その…」
「あぁいや、貴族がどうのってより、人間性の問題だからマグが気にすることじゃないよ。というか、マグがそういう人じゃないって知ってるから」
「そ、そうですか……」
ん?まだ暗いな…あ、ご両親が貴族だからか。
うっかりしてた。
「それに、マグが優しい子に育ったのは、ご両親が立派な方だからだろ?そんな人たちを毛嫌いなんかしないよ」
「!そ、そうですか…そうですよね…ホッ……」
よかった…納得してくれたみたいだ。
「お、おほん…では最後に《平民》についてです。平民は生活が豊かな《上流市民》、逆に生活が困窮している《貧民》、それ以外が《平民》と分けられています」
「せんせー、《上流市民》の条件とかはあるんですか?」
「良い質問です、コウスケくん。後で褒めてあげましょう」
「質問しただけでっ!?」
この先生だだ甘だわ。
「上流市民とは単純に税金を多く支払っている人です。税金を多く支払うということは、それだけお仕事が儲かっているということです」
「つまり、お偉いさん御用達のお店とかってこと?」
「さすがコウスケくん、正解です!後でなでなでしてあげましょう」
「全力で褒めて伸ばすタイプ!!」
こんな先生がいたらその授業は出席率100%だろうな。
「《貧民》は逆に税金が低いです。ですが、その分お給料が寂しい人がほとんどでして、毎日のご飯を買うのも苦労する、そんな人たちです」
「その日を過ごすのでやっとな人たちってことか……」
「はい。それと戦火から逃げてきたり、不慮の事故でお金をなくしてしまった人たちもここに入ります。…本当なら私も貧民として過ごしていたのでしょう……」
「…メイカさんたちには感謝だね」
「はい、いつかきちんとお礼をしたいです」
あの人たちがいなかったら迷宮都市に来ることもなかったかもしれない。
俺も何かしてあげられることを探しておこう。
「最後に《奴隷》です。奴隷は《借金奴隷》、《犯罪奴隷》、《戦争奴隷》の三つがあります。それぞれ扱いに差があって、一番軽いのが《借金奴隷》で、主にお店の手伝いなどに貸し出されたりして、その働いた分のお給料がその人の借金に当てられて、返済が終わったら奴隷から解放されるんです」
「でも返済が終わって解放されても、お金がないんじゃまたすぐ戻っちゃうんじゃ?」
「よくわかりましたね、コウスケくん!私が…えーと…えーっと…いっぱい褒めてあげます!」
ネタ切れかな?
「こほん…それでですね…実は返済額を稼ぎ終わっても、すぐには借金に当てずにしばらく働いてから返すんです。そうすることで、返済して残ったお金を元手にしばらく暮らす事が出来るんです」
「その間に次の職場を探すわけだ」
「はい。ただ…たまにまったく反省せず、賭け事やお酒にお金をつぎ込んでしまう人がいるみたいで、そんな人はノルマが厳しくなって、職場環境も過酷なものになるそうです」
「やっぱりそういう人もいるんだ」
どこの世界も賭け事は程々にしないとだなやっぱ。
「次に《犯罪奴隷》ですが、こちらは犯した罪の重さによって扱いが変わっていきます。罪が重ければ重いほどひどい環境に送られます。逆に、罪の軽いものは借金奴隷と同じように扱われたり、場合によっては売りに出されたりします」
「売りに?」
「はい。主に貧民の方がお腹が空き過ぎて手を出してしまった人など、事情がある人は環境が整っていれば犯罪を犯すことはほとんどないということで、お店側が審査して大丈夫だと判断した人にだけ売るんです」
「審査とかあるんだ」
「変な人に売って、ひどい扱いを受けてしまえばお店の信用も落ちてしまいますからね。ここのお店は人を見る目が無いって」
「なるほど」
そこらへんはしっかりしてるんだな。
権力争いはドロドロなのに。
「最後に《戦争奴隷》ですが…これは敗戦国の兵士、貴族、王族が主です。ですが……」
「?」
「…たまに、占領した街の住民を勝手に連れて行ったり、乱暴したりと好き放題することがあり、飽きられて売られてきた人がたまにいるそうです……」
「……」
…戦争は勝ったやつが正義だからな……。
後で周りの国からバッシングを受けないようにはするだろうが、それ以外は黙認なんだろう。
…恐ろしいな……戦争も…人間も……。
「以上が奴隷の種類です。このほかにも、誘拐など正規の奴隷商が買い取らないような非合法な手段によりなる奴隷もいて、その人たちは裏のオークションや非正規のお店で売られていたりするそうです」
「なるほど…よく分かった、ありがとうマグ先生」
長い説明を終えたマグにお礼を言うと、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
「それにしてもよく知ってるね」
「本で読んだり、村に来た冒険者さんのお話を聞いたりしてたので、他にも色々知ってますよ?」
「…なかなかハードなお話だったけど?」
「お酒を飲んでたりすると結構喋ってくれるんですよ」
この子、なかなか策士である。
そんな彼女との授業はまだまだ続く。
今回は自分の欲望がえらいことになっている気がしますが、後悔はしていません。
すごく楽しかったです。
幼女先生かわいい。




