237.深夜…2人でゆっくりと
〔リオ〕
「マ、マーガレットぉ……いるよなぁ……?」
「いるよ〜」
「よ、よし…いるな……うん…………ほんとにいるよな……?」
「いないとして、どこから返事してると思ってるのさ……」
そ、そうだよな…うん……。
マーガレットは、イタズラはするけど人が嫌がることはしないし、してしまったらしっかりと謝るタイプだからな……。
いや、まぁ?
怖いわけじゃないんだけどな?
マーガレットが寂しいとか怖いとか言ってたから着いてきてもらっただけだし?
なんとなく気を遣われてるなとは思わなくもないけど……。
……うん…気を遣われたよな…これ……。
怖いことバレてるよな…これ……。
あっいやいや怖くない、怖くない。
怖くない……うん…怖く……
「マ、マーガレットぉ……そこにいるよなぁ……?」
「うん、いるよ〜」
よ、よし……怖くない…怖くない……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
少し時間は掛かったが無事に済んだ。
だがオレは変わらずトイレの中にいる。
ただし……
「えっと……耳は塞いでね……?」
「お、おう……」
マーガレットと一緒に。
原因はオレが済ませたあと、マーガレットもついでに済ませようとしたことが発端だ。
その行為自体は別に不思議じゃないし、普通だとも思う。
もちろんオレの分は流したあとだ。
あと手もちゃんと洗った。
で、マーガレットが入るとなると、今度はオレが外で待つことになるのだが……。
情けないことにこれが無理だった。
マーガレットと入れ替わってドアを閉めたところで、来たときよりも真っ暗に感じる廊下にポツンと待つのか…と気付いて、まぁまぁトイレぐらいすぐだろ…と思って、自分がちょっと長めだったのを思い出して、そしたらなんだか少し寒気を感じたような気がして……。
「な、なぁマーガレット……」
「ん?どうしたの?」
「オ、オレも入っていいか……?」
「……えっ?」
気が付いたらマーガレットにお願いしてた。
まぁつまり、オレが暗いのが怖かったからこうなったのである。
……いや…怖かったっつーか……えっと……うん……。
とにかく、そんなオレはマーガレットの言う通り耳を塞いで、ドアの方を向いてジッと待つ。
とはいえ、耳を完全に塞ぐというのは難しくて、ちょろちょろ…と水音が聞こえてしまう。
なのでオレはもっと力を込めて耳を押さえつける。
うぅ〜…どうしてこんなことに…って…オレのせいだよなぁ……。
ごめんなぁ…マーガレットぉ……。
心の中で謝ったりしながら待つこと数秒。
「…リオ…リオ。終わったよ」
「お、おう……悪かったな…変なこと言って……」
「ううん。慣れてるから」
「そうか……いや待て、慣れてるって何?」
こんな状況を何回か体験したことあるの?
なんで?
「メリーとちょっとね。あの子、狭いところが苦手なの」
「だからトイレに一緒に入ってほしいって……?」
「そうゆうこと。一応内緒にしてね?」
「あぁ、言わねぇよ。オレも同じようなことやってるし……」
そういうことを茶化す趣味もないしな。
「じゃっ、戻ろっか?」
「あぁ」
話しながら手を洗い終えたマーガレットと、みんなが眠っているリビングに戻り始める。
「……なぁ、マーガレット……」
「ん?」
「…ありがとな……」
戻る前にオレに気を遣ってくれて、わがままにも付き合ってくれたことのお礼を言うと、マーガレットはふわっと笑みを浮かべて…
「お互い様だよ♪」
なんて言ってくれた。
…こいつほんと、そういう顔がめちゃくちゃ似合うよなぁ……。
というか、まだオレが暗いところに弱いってことに気が付いてない風を装って、そういうことをサラッと言えるとか…
「はぁ〜……」
「えっ、なに。なんでため息吐くのさ?」
「お前ほんと…そういうとこだぞ……?」
「なにが?なんの話?ねぇ?」
この友人がやたら甘えられる由縁を感じたつつ、オレたちはリビングに戻ってきた。
なお追及は全部流した。
オレが答える気がないことと、みんなが寝ているところなのとで追及を諦めたマーガレットだったが、その顔はとても不満げだった。
だが教えない。
言ったところで直りそうにないし、そういうところがマーガレットの美点でもあるので直してほしいとも思ってないし。
それをわざわざ言うのも恥ずかしいし。
「…みんな寝てるな……」
「そーだねー。みんな疲れたもんねー」
不貞腐れながらも答えてくれるマーガレットに苦笑しつつ、寝直すために布団に戻ろうとするオレ。
そんなオレにマーガレットが待ったをかけた。
「あっ、リオ。せっかくだし、ちょっと夜風に当たらない?」
「うん?ん〜……」
そうだなぁ……まだ全然眠くないし、もう少しマーガレットと喋るのもいいか……。
「そうだな。そうしようかな」
「ん♪」
というわけでオレたちはベランダの窓を開けてそこに並んで腰掛けた。
パジャマ姿でも寒さを感じない、程よい気温と勢いの風がオレたちの頬を撫でる。
「良い風だねぇ」
「そうだなぁ」
揃って夜空を見上げ、まったりとするオレたち。
……こんなにゆっくりするのなんて、いつぶりかなぁ……。
「マーガレット」
「ん〜?」
「お泊まり会、誘ってくれてありがとな」
「ふふっ、どうしたの急に?」
「いやさ。こうしてゆっくりしてると、オレはほんとに余裕がなかったんだなって思ってさ」
月と星が並ぶ夜空を眺めてながら、オレはマーガレットにお礼を言った。
「まぁ誘うっつーよりは、強制参加だったけどな」
「仕方ないね☆」
うん…まぁ……うん……。
「…そうだな……あのとき、無理やり連れ出してくれたから気付けたんだ」
「あれ…ツッコミじゃない…だと……?」
「だからさ。ほんと感謝してるよ。連れ出してくれたことも。荒んでたオレを…心配してくれたお前に食ってかかったようなバカなオレを…見捨てないでくれたこともさ」
「いや…あれはまぁ…私もそういうふうに誘導したようなもんだし……」
「それも、オレのことを思ってのことだろ?」
「…………」
「だからさ。ありがとう、マーガレット。オレ意地っ張りだからさ。こういうこと言えるのは今みたいなふたりっきりのときぐらいしかないからさ。だから、今全部言っちゃった…♪」
「うぅ〜…あぁ〜……!そういうのズルいと思うな〜!」
「ふふふ…♪」
照れてる照れてる♪
まぁ、かくいうオレもだいぶ照れくさいんだけど……マーガレットの本気の照れ具合を見れたので十分お釣りはもらったな♪
足を抱えて丸くなり顔を隠すマーガレット。
その姿に思わず笑いが込み上げてしまう。
「ふふ…ふふふふふ…♪」
「むぅ〜……」
そんなオレに文句ありげな視線を寄越すマーガレットだったが、気持ちを切り替えるように1つため息を吐くと、そのままの体勢でオレに問いかけてきた。
「それで?」
「うん?」
「リオは、明日からどうするの?」
「明日からか……」
お泊まり会で心がスッキリしたとはいえ、未だに金槌を睨みつけることしか出来ないことに変わりはない。
かと言ってこのまま続けても結果が出るとは、落ち着いて考えられる今となってはもう思えないし……。
でも、だからって簡単には諦められない……!
じゃあどうするかってことなんだけど……。
「……どうしよう……」
「あらら……」
このままじゃ上手くいきっこないのは分かるのに、それを承知で頑張るぐらいしか思いつかない……!
だからそれだとダメなんだよぉ……!
なんかないか……なんか他に……!
う〜ん…う〜ん……!
…………無理だ。
「……マ、マーガレットぉ……!」
「う〜ん…煮詰まってんねぇ……」
まったく答えが出なかったので、思わずマーガレットに助けを求めてしまった。
さっき勢いで慣れないことをしたからなのか、マーガレットに対してだいぶ甘えてる気がするなぁ……。
「そうだなぁ……あっ、そういえばちょっと気になってたんだけどさ」
「うん?なんだ?」
「いやさ?魔法が付与された装備あるじゃん?」
「あぁ。あるな」
「それってさ。魔法の付与が必要なわけでしょ?」
「まぁそりゃぁな」
「で、思ったんだけど……それって誰が付与してるの?というかどうやって付与してるの?」
「あ〜…それは他の人に頼んでんだよ」
「他の人?」
「付与したい魔法を使える人だな。必要なら魔術ギルドから応援を呼ぶこともあるぜ」
「へぇ〜!」
つっても、オレはやったことないから見て聞いて知ったことを言っただけなんだけどな。
「で、どうやって…ってことなんだけど、それはインゴットを溶かしたタイミングで付与するんだよ」
「えっ、そんな早くからなの?出来てからかけるのかと思ってたんだけど……」
「それだとガワに付着させただけだから、空気中に魔力がどんどん溶けていくんだと。その分かけ直すのも楽…らしいけどな」
「なるほど……インゴットを溶かしたタイミングで混ぜ込めば、中までしっかり魔力が籠もって長く効果を発揮出来るってことだね?」
「そういうこと。流石に話が早いな」
「にゃはは…♪」
オレが思ったことをそのまま言うと、マーガレットは照れくさそうに笑いながら頬を指でポリポリかいた。
しかしすぐに何かに気付き、オレにそれを尋ねてくる。
「あれ?でも中に籠もってるんなら、効果量とかは外に付与するタイプの方が高そうだけど……?」
「おっ、鋭いな。でもちょっと違うんだ」
外側に後付けする手法は、魔力が直にぶつかる関係上、なんとなく強そうに思えるのだが、さっき言ったように魔力は付与したそばから霧散していくので、最大火力を常に出したければ、常時魔力を刀身に流さなければならない。
いくら威力が高くても、そんな超効率の悪いやり方では長丁場になりやすい迷宮探索にはまったく向かないし、そもそも魔力をぶつけるだけなら魔法を直当てした方が早い。
「それにそもそもこの方法だと、魔法耐久力が高い相手にはまったく歯が立たなくなる」
「あ〜……でもそれなら魔力を流すのをやめて普通に叩けばいいだけだし、魔力を練り込んでる方にもその問題はあるんじゃないの?」
「それがそうでもなくてな。う〜ん…そうだなぁ……オレたち生物の体の中には、水がいっぱい入ってるってのは知ってるか?」
「うん?うん、知ってるよ。7割だか8割だかが水なんじゃなかったっけ」
「そうそう」
サフィールが前に言ってた。
そのときは「そんなに入ってんの……?」とちょっと引いたもんだ。
「で、そんなに入ってるんなら、オレたちはほぼ水属性みたいなもんだろ?」
「ん〜…まぁそうだねぇ……割合で言えばほぼ水属性だねぇ……」
「だろ?でも水属性に耐性のあるやつに殴りかかってもダメージは通るだろ?」
「相手によっちゃ、皮膚から水分取られてミイラになるらしいけどね」
「マジで?怖っ……」
そんな魔物もいるのか……エグいなぁ……。
「ごめん。それで?」
「あ、あぁ、それでだな……オレたちはほぼ水属性なのに、そんなパンチでもちゃんとダメージが入る。なんでだと思う?」
「ん〜……水そのもので殴ってないから……あっ」
おっ?
「もしかして、魔力を練り込んだ武器で魔法耐性の高い敵に殴りかかったときは、素材にもよるけど、その素材の属性と魔法で付与した属性の2種類のダメージが入るから、総ダメージは高いってこと?」
「正解!やっぱ頭いいなマーガレット!」
「えへへ……♪」
自分でも伝わるか不安だった例えでちゃんと理解してくれたのはかなり嬉しい。
なので調子に乗ってどんどん話し続ける。
「それに加えて、魔法を溶かし込んで作る方が頑丈になるって理由もあるんだ」
「頑丈になるの?」
「あぁ。ウチではインゴットから作ってて、オヤジやグラズさんがそれのチェックもして、そうして出来た純正のインゴットを使ってるんだ。そのインゴットだけでも十分質の良いものが出来るんだけど、魔力を混ぜ込むと…こう…なんて言うの?繊維…的な?」
「あ〜…魔力が素材同士のくっつきをもっと強くするってこと?」
「そう、それ!」
グダグタになったオレの話を、マーガレットは汲み取ってくれた。
ふぅ…助かった。
「でも、混ぜ込むのってなんか緊張しそうだね。失敗したら逆に劣化しそう」
「あぁ…めっちゃ難しいそうだぜ。多すぎても少なすぎてもダメらしいから、魔力を混ぜ込める人はだいぶ少ないんだ」
「へぇ〜…しかもそのあと仕上げるんだから、そっちも緊張感が半端なさそうだね」
「そうだな…3年前にグラズさんが初めて挑戦してたんだけど、プレッシャーが強すぎたみたいでさ。モノは上手く出来たんだけど、グラズさんが達成感やら安心感やらで倒れちゃって…」
「えぇっ!?大丈夫なの?」
「うん。でもそのあと丸一日見なかったなぁ。グラズさんの様子を見てきた人が言うには、幸せそうな顔で寝てたらしいけど」
「へぇ〜。それだけ嬉しかったってことかな?」
「だろうなぁ。そのあと顔を出したときに、他のギルドメンバーたちに夢じゃないよな?って聞きまくってたし、相当嬉しかったんだろうなぁ」
「あはは!グラズさんも結構お茶目なとこがあるんだね♪」
「ははは!確かに。しょうがないことだとも思うけど、めちゃくちゃはしゃいでたグラズさんはちょっと子どもみたいだったな♪」
そのときのことを思い出し、つい笑いが溢れてしまった。
思えば、グラズさんもあのときとはだいぶ人が変わったよなぁ。
すっごい落ち着いて、めちゃくちゃ頼もしくなったっていうか。
「ふふふっ♪と、そうだ。それでちょっと話戻っちゃうけどさ」
「おう、なんだ?」
「外側に付与するのはあんまりなんでしょ?だったら魔石を付けたやつとかはどうなの?あれも外側に纏ってるようなもんじゃない?」
「あぁ、それはまたちょっと違っててさ。マーガレットも使ったことあるから分かるだろうけど、あれは魔力をある程度溜め込めるだろ?」
「うん」
「あれはそこに溜め込んでいつでも出せるようにするためってのともうひとつ、吐き出した分の魔力をある程度戻せるようにするって役割もあるんだよ」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。そもそも魔石ってのは魔力を吸い込みやすい性質の石であって、オレたちはそれを応用して装備品にしてるんだよ」
「へぇ〜!」
「そんな効果を持ってる魔石なら、魔力を流しやすい変わりに消耗も激しい魔力外付け型の装備でも、ある程度その消費を抑えられる。だから魔法を付与してるモノってのは、この魔石型と練り込み型の2つが基本なんだよ」
「そうなんだ……!」
「まぁでも、やっぱり安定感は練り込み型一択なんだけどな。ある程度消費を抑えられても、長丁場になりやすい迷宮探索ならやっぱり安定感が重要視されるし」
「そっかぁ……」
つい長々と話してしまったが、マーガレットは相槌を返しながらしっかりと話を聞いてくれた。
ちょくちょく質問もされるから、それもあってついつい喋り続けちまったなぁ……。
退屈はしてなさそうだからよかったけど……。
ちょっと自分の勢いの強さを反省していると、マーガレットがうんうん唸りながら何かを考えている声が聞こえてきた。
「ん?どうしたんだ?分からないところがあったか?」
「ん〜…いや……魔石型のメリットが少なすぎるな〜って思って……」
「あ〜…まぁしゃあないな……」
ここまでの説明だと、魔石型の良いところは「練り込み型に比べてだいぶ作りやすい」ということぐらいしか言ってないし……。
その辺もちゃんと教えとくか。
「でも、魔石型にもちゃんと強い点はあってな?まず第一に、作りやすいからその分安い」
「あ〜……」
「次に、魔力を直接ぶちこめる関係上、魔法耐性が低いヤツ相手なら、練り込み型よりも威力が高くなりやすい」
「なるほど。そこは一長一短なんだ」
「そういうこと。あとは……あぁそうだ」
「うん?」
「実は練り込み型には明確なデメリットがあってさ。魔力を混ぜ込んでるから長時間補充がいらないんだけど、逆に補充しないといけないときに、すぐには補充が出来ないんだ」
「え?どういうこと?」
そうだった。
練り込み型は様々な部分が高水準な代わりに、手入れが非常に大変なのだ。
メリットでもある魔力の消費量の低さなのだが、魔力を逃しにくくしているこの作りが原因で、魔力を完全に補充しきるのにも時間がかかってしまうのだ。
「あぁそっか。魔力を通す道が狭いんだ」
「そう。もう完成してるもんだから、魔力を限界以上まで入れても漏れ出るだけでそこまで悪影響は無いんだけど……じんわりとしか補充出来ないせいで、超長時間の使用には向いてないんだ。そこに関しては、必要なときに必要な分だけを…って調整の効く魔石型の方が上だな」
まぁあっちはあっちで消耗が激しいから、結局長期戦には向かないけど。
「じゃあ、出来るだけこまめに補充した方がいいってこと?」
「できればそうだな。でも、魔力の消費を抑えたいのに、頻繁に魔力を補充したんじゃ本末転倒だろ?人によっちゃあ、自分の魔力保有限界量よりも、その装備品の限界量の方が多いって人もいるだろうし……」
「それだと休憩を挟んでやんないとだから、結構時間かかっちゃうね……」
「だろ?だからまぁ…そうだな。魔力が切れちまえばどっちのタイプも普通のモノだし、ずっと迷宮に潜ってたいのなら…魔法が付与されたものは使いどころを見極めないとかな……」
「なんというか……せっかく買ってももったいなくて使えない…って人が結構いそうだね……」
「あぁ、いるな。絶対いるな」
なんなら何人かそういう人知ってるし。
実力があって、頑張って溜め込んだお金で思い切って練り込み型を買っていったのに、装備のメンテナンスのときに新品同然の姿で……。
その理由が、「使いどころを見極めていたら、もったいなさと相まって使うに使えず、結局ほとんど使ってない」だったな……。
せっかく大金払って買ったのに、袋の肥やしになっちまうなんてな……。
その冒険者も残念そうだったが、まったく出番をない与えられない武器だって可哀想だ。
「まったく…しっかり使ってやんないとさぁ……武具ってのは見栄のためにあるもんじゃないってのにさぁ……」
「もったいないって気持ちは分かるけどね〜」
「まぁなぁ……でもやっぱ、使ってなんぼだろ。本来の仕事をさせてやんないと武器たちが可哀想だぜ」
「そうだねぇ。使わなきゃ持ってないのと同じどころか、むしろお荷物になっちゃうもんねぇ。それは確かに可哀想だね」
「だろ?ちゃんと使ってやんないとな!」
補充が難しい…なんて聞くと、もったいないと思うのはしょうがないと思うけど、むしろ使わない方がもったいないんだということを広めてやりたい。
いざというときのため…とか言う人もいるけど……。
練習しないと上手くならないだろうが。
いざというときだけ上手く使えるなんて上手い話は無い。
ちゃんと練習しろ!
なんてことを熱く語っていると、マーガレットがオレのことを微笑ましく見つめていることに気がついた。
「なんか嬉しそうだなマーガレット」
「ん〜?いやぁ…リオは装備品たちのことが好きなんだなぁって思ってさ」
「あ〜、まぁそうだな。赤ん坊のころから身近にあったもんだしな。それに、金属の延べ棒とかバラバラの素材から、ゴツい武器とか、カッコいい鎧とか、キレイなアクセサリーとか。1つのものがいろんなものに変わっていくのがワクワクするんだ」
「そう言われれば、同じ金属でもいろんなものがあるねぇ」
「だろ!それにさ。武器とか防具だけじゃなくて、フライパンとか包丁とかも作ってるんだけど、冒険者も主婦も、ウチのものを買っていった人はみ〜んな嬉しそうにしてくれるんだよ!それを見てたら、オレもいつかあんな風に、誰かに喜んでもらえるようなものが作りたいなって思ってさ」
「だからリオは鍛治師になりたいんだ」
「あぁ!」
そう。
そんな夢を持っていたんだ。
ずっと持っていたんだ。
「……でも、今はこんなことになっちまってるけどな……」
なのに、今のオレはその夢を叶えられる気がまったくしない。
当然だ。
金槌も持てないのに、何が鍛治師だ……。
「リオ」
「っ!」
と…しまった……。
湿っぽくしちまった……。
「悪い、マーガレット……そんなつもりはなかったんだ……」
「うん、わかってる」
「そうか……えっと……」
「ありがとね、リオ」
「えっ……?」
咄嗟に謝った後、なんて話せばいいか悩むオレに、マーガレットは急にお礼を言ってきた。
呆気に取られるオレに、マーガレットは話を続ける。
「リオが本当に武器や防具…いろんなものが好きなのが凄く伝わって、聞いてて楽しかったの。だから、ありがとう」
「お、おう……そうか……///」
確かにさっきまでかなり熱く語っていたが、改めてそれを言われて、しかもお礼を言われるのはなんだかとても気恥ずかしいものがある。
そんなオレにマーガレットは、静かだが、力強さを感じる声音でこう言った。
「それでね。私、思ったの」
「…?何をだ?」
「やっぱり、リオには夢を諦めてほしくないなって」
「!」
その言葉に、オレは思わずマーガレットの顔をまじまじと見つめ返す。
マーガレットはそんなオレの目をしっかりと見て、まだまだ話を続けていく。
「リオね。さっきお話してるとき、ずっと楽しそうだったの。トラウマのことなんて覚えてませんってぐらい、物凄く嬉しそうに話してたの」
「そう…なのか……?」
確かに熱く語りはしたが……そんなに?
「うん。だから、やっぱりリオには鍛治師になってほしいの」
「マーガレット……」
マーガレットはまっすぐにオレを信頼してくれている。
でも…オレは……
「…期待されるの、怖い?」
「っ!」
なんで…
「やっぱり。そうだよね…期待されちゃったら、それに答えないとって思っちゃうもんね」
「…………」
「それで失敗して、慰められるにしろ、諦められるにしろ…どちらにしても、辛いよね」
「…………」
「で、そう思ってる自分も怖くなってくるんだよね」
「っ……」
なんで…そんなことまでわかるんだろう……。
「それでどんどん自己嫌悪に陥って、いっぱいいっぱいになって、なんで自分はこんなに苦しいのに助けてくれないんだ…とか、理不尽だって分かってるのに思っちゃったりして、それでまた自分のことが嫌いになって…っていう悪循環に陥っちゃって、どんどんどうすればいいかわかんなくなるんだよね」
「…………ぅん……」
気付いたら頷いていた。
そして、言葉が自然に溢れてきた。
「グラズさんも…他のみんなも良い人ばっかでさ……」
「うん」
「昔からずっと応援してくれてる人もいてさ……」
「うん」
「ずっと…オレの世話をしてくれて…だから…それに応えたいって…頑張ってさ……」
「いいじゃん」
「うん……ずっと…ずっとそうだったんだ……!頑張って…頑張って……それで、いつかは立派な鍛治師になれるって、オレも信じてたんだ……!」
「うん」
「でも……ケガをして…鍛治ができなくなって……みんなが頑張ってって…オレなら出来るって……」
「あぁ…」
「最初はオレも頑張ろうって思ったんだ……頑張ったんだ……でも…無理で……どうにかしなきゃって思ってて……みんなが応援してくれてるんだからなんとかしなきゃって……」
「うん」
「それで頑張って…頑張って……でも…ダメで……ずっとダメで……でも……それでも……オレなら出来るって……応援してるよってぇ……!」
「うん」
弱音をボロボロこぼすオレに、マーガレットは優しく肩を寄せてくれた。
優しく叩いてくれた。
それでもう、ダメだった。
オレは、マーガレットに倒れ込むように寄りかかった。
マーガレットはそんなオレを胸に抱きとめてくれた。
「ぐすっ……もう…頑張ってるのに……頑張ってるのに……!」
「そうだねぇ。頑張ってるのにまだ行けるとか言われたら、俺のことをお前が勝手に決めんなよって思うよね」
「ぅん……!」
「でも言えないよねぇ……その人は良かれと思ってるわけだしねぇ」
「うん……!」
「ましてや相手はずっと昔からの仲なんでしょ?そりゃ嫌なこと言いたくないよねぇ」
「うん……うん……!」
「それに…みんな好きな人なんでしょ?」
「……!(こくり)」
「それじゃあ怖いねぇ。みんなの期待を裏切るのも。みんなに嫌われるのも。みんなを嫌いになるのも」
「……うん……!」
「どうしようねぇ。難しいねぇ」
「…すんっ……(こくり)」
マーガレットはオレの背中を優しくぽんぽんしながら、ゆっくりとした口調で話す。
そのおかげである程度落ち着いてきたのだが、泣き腫らした顔を見られるのは恥ずかしいのと、もう少しこのままでいたいのとで、オレはそのままマーガレットの胸に縋り付くことにした。
そんなオレの心情はさすがにわからない(はずの)マーガレットは、少し何かを考えたあと、オレにこんな提案をしてきた。
「ん〜…とりあえずリオ」
「ん……」
「しばらく一緒に暮らさない?」
「…………え……?」
…なんでそうなった?
地獄への道は善意で舗装されている…なんてタグが某イラスト投稿サイトとかであるわけですが、実際こういう事例って結構ある気がしますねぇ。
大人だけじゃなく、子どもも。
大人から「良い子」として認識されてる子とかは特に。
それでも期待しちゃうんですよねぇ……それで裏切られた〜っとかね〜……本人からすれば知らんがなですのにねぇ……。
もっと心の広い人間になりたい…と思う、そう、私です。
心の広い人間はここでこんな重い話をしない気がしないでもないかもしれない気も無きにしも非ず的な。
まぁそんなことより(スッパリ切り捨て)リオが弱みを見せてくれましたね。
こっからどうやってリオに鍛治を取り戻させるのか、どうぞお楽しみに。
ではでは。




