231.秘密なお話…秘密な作戦会議
〔シエル〕
「シエル。また手が止まってるよ」
「へっ?あっ……」
マスターにそう言われて、あたしはご飯を食べる手を動かし始める。
また…と言われた通り、これでもう3回目の注意なのだ。
どうしてそんなに言われてるのか。
それはさっきのことが原因。
マスターの仕事部屋から出てきたリオは、ここに来たときよりは元気になっていた。
でもやっぱりまだまだ前みたいな元気さには程遠くて……。
特に目につくのは、目の下のクマ。
まだうっすらとだけど……あれは絶対クマだと思う。
リオ…寝れてないのかしら……?
だからあんな朝早くに……?
もしそうなら…もしかしたら鍛治が上手くいってないんじゃ……
「シ〜エ〜ル」
「はっ!」
またボーッと考えちゃった!
「リオくんのことが気になるのは分かるけどね、それならなおのこと早くご飯を食べちゃった方がいいんじゃないかな?」
「そ、そうですね……!ひょいパクひょいパク……」
「早すぎるのも問題だからね?」
そんなこと言われても…今はリオのことで頭がいっぱいだから、早く食べちゃって集中したいんだもの……。
「もきゅもきゅもきゅ…んぐっ!?」
「ほら言わんこっちゃない。はい、お水」
「んぐ…ごくっ…ごくっ……ぷはぁ……ありがとうございます……」
「気を付けてね」
「はい……」
その後はちゃんと気を付けて、それでいて早めに食べ進めた。
…とはいえ、気になるものは気になる。
なのでマスターに聞いてみた。
「マスター……」
「なんだい?」
「リオ…大丈夫なんですか……?」
「…まぁ…ここで気休めを言っても仕方ないか……。正直なところ、だいぶ弱ってるね」
やっぱり……。
「眠れてないんですか……?」
「それもあるけど…周りの期待に押しつぶされそうになってるのさ」
「周りの期待……」
じゃあ…もしかして……
「言っておくけど、シエルは何も悪くないよ」
「っ!」
考えていたことをズバリ言われて動揺する。
「確かにみんなリオくんのことを心配しているし、鍛治に戻れるだろうと期待している面もある。ただ、彼女はそれを重く受け止めてしまっているんだ」
「重く……」
みんなの気持ちを必要以上に重く受け止めてるってこと……?
…ん……?
あれ…でもそれってつまり……
「…苦しんでるのはリオ自身のせいってことですか……?」
「言い方は悪いけど……一応それもある」
「……あんなに苦しんでるのに……?」
「苦しんでるから被害者…というわけでは無いんだよ。かなり珍しいケースだけどね」
「そんな……」
「とはいえ…今回は私も…ジルやガリオンにも非はある」
「えっ……?」
マスターやジルさんたちに……?
「むしろ私たちの方がしっかりしていれば、彼女もあそこまで思い詰めることもなかったかもしれないんだよ……」
「どういうことですか……?」
「ガリオンは…まぁ言わずとも分かるとして。ジルと私は…言葉選びを間違えたのかもしれないね……」
「…なんて言ったんですか……?」
「私はリオくんが薬に頼らずとも復帰できるように願って、同じように心に傷を負ったマーガレットくんの話をした」
ふむ……。
「だけど彼女の場合は特別というかなんというか……」
マスターがものすごく言葉を選んでる……。
反省を生かしてるのかな……?
ん〜…でも……
「マーガレットは確か、自分のことを支えてくれた人がいたから元気になれた…って言ってましたよ?それなら別に特別というわけでもないのでは?」
「ん〜…そうなんだけどねぇ……」
…?
なんだか歯切れが悪すぎるような……?
「…ほら…マーガレットくんって変わってるだろう?」
「それはまぁ…確かに……」
アタシの知ってる貴族と…というかそもそも普通の子どもともかなり違うし……。
まぁ…そんなところも一緒にいて楽しい要因ではあるんだけど……。
「って…そっか。そもそもマーガレット自体が変わってるから、同じような解決法が通じるか分からないってことですね?」
「そう…いうことだね。だけどそれなら、リオくんのように今の仕事で大怪我をした…例えば冒険者の話をした方がよかったかなって……」
「あ〜……」
それはそうかも……。
「それならどうしてマーガレットのお話をしちゃったんですか?」
「…私も動揺してたということかな……それとも無意識にあの子を頼ってしまったのか……」
「?」
最後の方はボソッと呟いたのでよく聞こえなかった。
しかし…次の言葉でアタシはそのことは気にならなくなった。
「でもそれでミスをしてしまったんじゃね……」
ふぅ…とため息を吐くマスターにアタシは驚きを隠せない。
あのマスターが…落ち込んでる……!?
あんないつも(アタシを)からかったり(アタシで)遊んだりしてるマスターが……!?
「…シエル…君今とても失礼なことを考えてるね?」
「うぇっ!?そ、いや、そんなことはにゃいですえ!?」
「…分かりやすすぎてむしろ心配になってくるよね君は……」
かみかみなアタシに呆れた表情を浮かべるマスター。
うぅ…それはなんとなく自分でもわかってるんだけどぉ……!
「まぁ兎にも角にも、まずはあの子の要望に答えられる薬を作る。そのあとで彼女の手助けをしていこう」
「…リオの欲しい薬って……?」
「あの子自身が隠したがってるから出来れば言いたくないんだけど……誰にも言わないって約束出来るかい?」
「します!絶対に誰にも言いません!だから…リオのこと…リオの悩みを教えてください!」
アタシの必死のお願いにマスターは硬い表情のまま答えてくれた。
「…わかった。彼女の欲しい薬はこれからこんな薬で、その理由はこういうことで……」
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シエル「ということなの」
マグ「…なるほど」
モニカ「リオちゃん……」
サフィール「…まさかそんなことがあったなんて……」
そんなわけで、アタシはモニカの部屋で集まったみんなにバラしました。
一応言い訳をすると、まずアタシにモニカのところでご飯を食べようと誘ったのはマスターで、そこにジルさんに同じように誘われてたサフィールも来てて、さらにちょうどよく、ララさんに連れられてマーガレットたちも来たのだ。
で、一緒にご飯を食べたんだけど……アタシは隠し事が下手なので、すぐにモニカやチェルシーにソワソワしてることを指摘されて……うっかり「ここで出来る話じゃないし…」なんて言ったもんだから、「じゃあ私の部屋に行こう」、とモニカが言って…連れてこられました。
でもマスターが一切止めようとしなかったから、多分これは仕組まれたことなんだと思う。
みんながこんなふうにちょうどよく集まるのは…モニカのお店のお料理が美味しいからまぁいいとして、そこにマスターとジルさんとララさんが集まる…のも、今は保護者同伴じゃないと危ないらしいからそこもいいとして……。
…あれ…じゃあいいかな……?
いやそれはそれとして、あんなに秘密だって言ってたマスターが全然止めないのはやっぱりおかしい。
だからこれはマスターが…もしかしたらジルさんとララさんも関わって、みんなにお話させようとしたんじゃないかな!
という推理を言ってみたら…
マグ「まぁ…そうだねぇ……確実に誘導されてたね」
シエル「やっぱり!」
マーガレットもパメラやサフィールも頷いたから、これはもう確信してもいいね!
モニカ「シエルちゃん…それよりもリオちゃんのことだよ……」
シエル「…そ、そうね…うん……ごめんなさい……」
怒られちゃった……。
アタシがしょぼん…とする隣で、ショコラとマーガレットが話を続けていった。
ショコラ「う〜ん……ショコラは…リオにはもう鍛治をしてほしくないかなぁ……」
マグ「そう?」
ショコラ「うん……だって…苦しいんでしょ……?別にそれをやり続けなきゃいけないわけじゃないし、苦しいことをやり続けるのは辛いんだから、やめた方がいいと思うの……」
パメラ「…私も……辛いのを知ってて何も出来ないなんてやだ…から……やめてほしい……」
マグ「…ん…そうだね……」
リオの話をしてからずっとマーガレットの服の裾を摘んでいたパメラを、マーガレットが抱き寄せて頭を撫でた。
サフィール「私も賛成です……正直…リオさんはもう…鍛治に戻れるとは思えなくて……」
チェルシー「そ、そんなことないもん!リオちゃんならまた楽しく鍛治が出来るはずだもん……!」
サフィール「チェルシーさん……ですが……」
モニカ「チェルシーちゃん……私もリオちゃんにはまた楽しく鍛治をしてほしいけど……でも…このまま辛そうなままなのは嫌だよ……」
チェルシー「あぅ…そうだけど…そうだけどぉ……!」
チェルシーが反論するも、サフィールとモニカに嗜められて「うぅ〜…!」と唸り始めてしまった。
そして今度はアタシの方を向いて、必死に尋ねてきた。
チェルシー「シエルちゃんは!?シエルちゃんはどうなの!?」
シエル「えっ…あ、アタシは……」
苦しんでるならやめた方がいいんじゃない?って気持ちと、リオの夢を諦めさせるのはちょっと…という気持ちに挟まれて答えが言い出せない。
それに不安になったチェルシーが、すごく泣きそうな顔でおずおずと尋ねてくる。
チェルシー「…シエルちゃんも……やめてほしいって思ってるの……?」
シエル「えっと…それは……そうだけど……」
チェルシー「うぅぅ……」
シエル「あっ…で、でも……続けてほしいとも思ってて……!」
ショコラ「でも…リオ、辛いんだよ……?」
シエル「そ、そうだけどぉ……えっと……!」
みんなに見られて頭がぐるぐるしてしまったアタシに、マーガレットが助け舟を出してくれた。
マグ「…鍛治師がリオの夢なんでしょ?シエルはそれを諦めてほしくないって思ってるんじゃない?」
シエル「…!う、うん……!」
サフィール「それは……」
ショコラ「…ショコラたちだって思ってるもん……」
チェルシー・パメラ「「……(こくり)」」
マーガレットの言葉に助けられたけど、みんなが顔を伏せてしまった。
モニカ「…でも…リオちゃん……このままだと……」
マグ「まぁ…無理だろうねぇ……」
ショコラ「っ…マグ!なんでそんな他人事なの!?リオのことなんだよ!?」
マグ「他人事だよ。だからこそ冷静になるの。いい?私たちがここで言い争ったって、リオが諦めなきゃやめてくれないし、リオが諦めたら続けてくれないんだよ」
ショコラ「そう…だけど……でも……!」
マグ「ショコラ」
ショコラ「な、なに……?」
マグ「そもそも夢はそう簡単に諦められるものじゃないの。だから私たちが言ってやめさせたって、リオが諦め切れてなければ絶対に引きずるの」
ショコラ「うっ……」
マーガレットの冷静な言葉と態度にショコラが怯む。
と、今度はサフィールがマーガレットに問いかける。
サフィール「ですがこのまま続けさせれば、リオさんが……」
マグ「それはそう。でも、やめさせるにしろ続けるのを応援するにしろ、順序を踏まないと」
モニカ「順序って……?」
マグ「何はともあれ本調子じゃなきゃ出来るもんも出来ないわけだから、まずは心身ともに元気になってもらうことだね」
心身ともに…か……。
シエル「それじゃあやっぱり、まずは寝てもらわないと…かしら?」
マグ「そうなるね」
サフィール「ですが……お話を聞く限りでは、リオさんは寝ることも恐れているように感じるのですが……」
マグ「うん。だからこそ薬に頼ったわけだしね」
モニカ「でもお薬で眠るのって、なんだか疲れが取れなさそう……」
シエル「そんなことはないわよモニカ。……ないわよね、サフィール……?」
サフィール「えぇまぁ…ぐっすり身体を休めることはできますよ、もちろん。ですが…なんとなく言いたいことはわかります……」
サフィールもかぁ……。
アタシもちょっと…自然にぐっすり眠るのと薬を使って眠るのとだったら、やっぱり自然に…の方がいいよねとは思うのよね……。
薬自体はいいんだけどねぇ……。
頼るっていう言い方が悪いのかしらねぇ……。
パメラ「…それで…マグはどうしようとしてるの……?」
話が逸れていたアタシたちは、パメラからマグへの質問で戻ってくる。
マグ「それを言う前に、まずは問題点から」
チェルシー「問題点?」
マグ「私たちが下手に関わるとリオを逆に追い詰めかねないってこと」
みんな『あっ……』
そうだ…だからこそリオはアタシたちを避けてるんだし、アタシたちもリオを心配しながらも直接会うのを避けてたんだった……。
って…あれ?
サフィール「…………」
シエル「サフィール?どうしたの?」
サフィール「…その……私…この間リオさんと会ったんです……」
シエル「えっ!?」
ショコラ「そうなの!?」
サフィール「はい……マスターがグラズさんとお話するから、よかったら一緒に行かないかと誘われて……」
そうだったんだ……。
チェルシー「そのときはどうだったの?」
サフィール「そのときはまだ元気で…とてもやる気に満ちていました……でも、前の晩は遅くに寝たそうで……」
モニカ「じゃあ…そのときからリオちゃんは……」
サフィール「あっいえ…そのときはまた違う理由みたいで……私がトラウマから悪夢を見るようになった人のお話をしたときも、なんとなく少し他人事のような感じでしたので……」
シエル「じゃあそのあとから…ってことね……サフィールはそのときどんなお話をしたの?」
サフィール「疲れやストレスなどに効く手のツボを教えたりしました」
シエル・ショコラ「「ツボ……?」」
ツボって…えっ?ツボ?
マグ「…マッサージのときに、気持ちの良い場所や痛い場所のことだよ」
シエル「えっあっ…し、知ってるわよもちろん!」
マグ「そう?まぁ一応ね」
シエル「え、えぇ……!確認は大事だもんね!うん!」
本当はツボって聞いてあっちのツボしか出てこなかったけど…なんとか誤魔化せたわね……。
ショコラ「えっ?でも…」
マグ「ショコラ (し〜)」
ショコラ「……(こくこく)」
シエル「?」
なんだか…みんなから優しい眼差しを感じる気が……?
マグ「それとサフィールちゃん」
サフィール「あっはい。なんでしょう?」
マグ「サフィールちゃんは何も悪くないよ」
サフィール「っ!?」
?
どういうこと?
マグ「サフィールちゃんはリオと話したことで重しになっちゃったかもって気にしてるかもだけど、な〜んにも悪くないの。むしろ良いことが聞けた」
サフィール「えっ…?良いこと…ですか……?」
マグ「そのときのリオはサフィールちゃんと楽しそうにお話をした。やる気が満ち溢れていたからってのもあるだろうけど、それでも大変な時期にサフィールちゃんと楽しい時間を過ごせたのは確かでしょ?」
サフィール「は、はい……リオさんも笑ってくれてました……」
マグ「ならやっぱり、今のリオに足りないのはそこだと思う」
今のリオに足りないもの……?
モニカ「…どういうこと…?マーガレットちゃん…」
マグ「リオが元気になるのに今必要なものがあるのさ」
シエル「えっ!?」
元気にする方法があるの!?
チェルシー「そ、それって……?」
マグ「それはね…」
みんな『……(ごくり…)』
マグ「理解者だよ」
みんな『…理解者……?』
えーっと……?
サフィール「えっと…それはつまり、リオさんと同じ境遇の方…ということですか……?」
マグ「まぁその人と話してヒントを掴むってのも手段の一つだけど、理解者と言ってもいろいろいるんだよ」
ショコラ「どういうこと?」
マグ「人にはね?ただただ自分の話だけを聞いてほしいときがあるの。答えは自分でもわかってるんだけど、そんな正論じゃなくて自分のことに共感してほしいときがあるの。そういうときにじっくりと付き合ってくれる人も、良き理解者だと、私は思うの」
サフィール「…なるほど……弱音を吐いても、それごと受け止めて…いえ、包み込んでくれるような人ということですね?」
マグ「そういうこと。1人で延々愚痴っててもいいけど、誰かと一緒にその話で盛り上がるほうがスッキリするの」
あぁなるほど……。
ちょっとわかる気がする……。
チェルシー「それじゃあ、誰かがリオちゃんとお話しして、リオちゃんのことを元気付けようってわけだね?」
モニカ「で、でも…私たちはリオちゃんに会ったら負担になるかもだから会えないんでしょ……?」
うっ…そうだ……。
だからこれまで我慢してきたんだもの……。
マグ「それなんだけどさ。確かに賭けになることは否めないけど、それでも多分1番良い方法だと思うものがあるんだよ」
ショコラ「えっ!?」
シエル「ほんと!?」
チェルシー「なになに!?」
マーガレットは期待するアタシたちを見回してニヤッと笑って、その答えを言った。
マグ「と、いうわけで!ここに、第2回お泊まり会の開催を宣言します!」
みんな『……へっ?』
唐突な開幕宣言に呆気に取られるアタシたち。
マーガレットはそんなアタシたちをまた見回して…
マグ「むふん♪」
と、自信満々な笑みを浮かべた。
コウスケがいるだけである程度シリアスを粉砕できるから気持ちが楽なのだわ。
でも多少強引なお話になった気がしないでもないのだわ。
まぁ今さら気にしないのだわ。
というわけで次週、ついにコウスケとマーガレットがダウナーな状態のリオに接触します!
次回をお楽しみに!




