210.狐さんの初仕事…探偵ものでよく見るやつ編
〔ユーリ〕
「寝言?ううん、特に何か言ってた事はなかったよ?」
「……(こくこく)」
「そうですか?よかった〜……」
水を飲みに行って全く帰ってこなかったコウスケが何故かパンツを履きに戻ってきたので、ついでにメリーも起こして一緒に下に降りてフルールさんのお手伝いとして洗濯物を干した。
今日も快晴なのでメリーはもちろん見学。
それはそれとして…まさかコウスケ……履き忘れたことに気がつかないまま寝ちゃったの……?
大丈夫……?もっとゆっくり休むべきなんじゃない……?
ちょっと心配になってる私に、当の本人は何故か急に「寝言は言ってなかったか」って聞いてきたので、とりあえず正直に答えたらとてもホッとしていた。
う〜ん……むしろ私の方が何か変なこと言ってないか怖いんだけど……。
……酔っ払って甘えまくった前科あるし……。
「はい、おしまいっと。ありがとコウスケ、ユーリ」
「いえいえ、これぐらいでよければいくらでも。ね、コウスケ?」
「はい」
「そう?それならまたよろしく」
「「はい」」
「じゃあユーリ。ご飯の支度手伝ってくれる?」
「はい!」
「あれ?俺は?」
「あなたは体を動かしてなさい。最近運動してないでしょ?」
「あ〜…そういやそうですね……」
う〜ん…まぁ試合終わっちゃったしね。
もう戦うことも無いだろうし、別にしなくてもいいっちゃいい……
「あなたもマーガレットもお肉が好きなんだから、動かないと太るわよ?」
「運動します」
うん。それは由々しき事態だね。
運動しないとだね。
……私は毎日のように迷宮潜ってるし大丈夫…だよね……?
念のため運動量増やそうかな……と考え始めた私の耳に、フルールさんがマーガレットに囁く声が聞こえてきた。
「それに体を動かすのだっていい「発散」になるのよ…?だから軽くでいいからしときなさい…」
「あぁなるほど……分かりました…」
発散?
前に話してたことと関係あるのかな?
まぁ確かに、運動すると頭がスッキリするよね。
「さ、ユーリ。行きましょ」
「あっはい」
フルールさんに呼ばれてマーガレットとマーガレットを見学するらしいメリーと別れる。
ふ〜む…今日の朝ご飯はどうしよっかな〜……?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ごちそうさまでした!』
残ってた食材をちょいちょい使った朝ご飯を食べ終えた私たちはそのままお話をし始める。
「メイカ。あとで話があるから時間もらえる?」
「うん?いいよ〜」
フルールさんがメイカさんに?
ここでじゃなくてわざわざあとにするってことは、あんまり他人に聞かれたく無い話なのかな?
「なぁユーリ嬢ちゃん」
「あっはい。なんでしょう?」
フルールさんたちの方に気を取られている私に、ディッグさんが話しかけてきた。
「確か隠密ギルドに顔出さなきゃいけないんだったよな?あれはいつにするんだ?」
「あっ」
忘れてた。
「おいおい……」
「またダニエルさんに呼び出されますよ、ユーリさん?」
「あ、あははは……ごめんなさい……」
そんなジト目で見ないでコウスケ〜……。
コウスケの視線から逃げる私に、ケランさんが案を出してくれた。
「それなら、忘れないうちに今日行ってしまうのはどうですか?」
「そ、そうですね!あっ…でも今日は迷宮探索は……?」
「今日は浅いとこで様子見か、なんなら休みでもいいな」
「はい。それに、無理に依頼を受ける必要はありませんから、あまりピンとくるものが無ければそのまま帰ってくるのもありですよ。そのとき僕たちがいたらまた話すということで」
「ん…そうですね。わかりました」
そっか。別に無理して受けなくてもいいもんね。
むしろ、無理して受けて依頼主さんに迷惑かけちゃう方が問題になっちゃうしね。
「俺は普通にお仕事ですね。それじゃあ今日はユーリさんと2人で出ますか」
「そうだね。じゃあそうさせてもらいます」
「おう」
「良い依頼があるといいですね」
「はい」
というわけで今日の予定も決まったことだし、食器を片付けて支度しないとね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おはようございま〜す」
「あっユーリさん、おはようございます」
隠密ギルドに来た私は、まず受付の人のところに行った。
依頼なんて初めてだから、誰かに教えてもらった方がいいと思ったからだ。
ちなみに、初依頼だからと気合を入れてお気に入りのあの服で行こうかと思ったのだけど、前にみんなにえっちって言われてから着づらくなってしまったので、ローズさんにもらった服で来た。
まぁとりあえず見るだけだし、これでもいいよね。
「今日は依頼を受けようかなって思ってるんですけど…私初めてだからよく分からなくて……」
「なるほど。では依頼書を見ながらご説明しますね」
「お願いします」
そう言って受付のお姉さんが取り出したのは、斜め半分にカットされた木の箱。
その中には紙の束が入ってる。
多分これが依頼書だ。
「とはいえ、基本的に他のギルドと同じです。依頼を受けるには相応のランクが無ければダメ。依頼によっては契約料を支払う必要がある…などですね」
なるほどぉ……。
…初めてだからその基本的な部分も怪しいんだけど……。
契約料って……お仕事するのにお金を払わないとなんて……なんだかなぁ……。
そもそも隠密ギルドに入ったのって、仕事の報酬がいいって聞いたからだし……。
マーガレットに聞かれたときは、ちょっと理由が軽いかなぁ…って思ってそれとなく誤魔化したけど……うん。
多分呆れられるね。
「そんな理由であんな危ない試験受けたんですか?」って言われるかもね。
でもそのおかげでマーガレットと出会えて、コウスケと出会えて、メイカさんたちに出会えたんだよね。
もし普通に冒険者ギルドに行ってたら、コウスケのことを知らずにいた可能性もあるし……ね。
「ここまでは大丈夫ですか?」
「えっあっ…」
聞いてなかった……。
「えっと…ごめんなさい……もう一度いいですか……?」
「はい」
優しい人でよかった〜……。
「基本は他のギルドと同じ。ですが隠密ギルドの依頼はその名の通り隠密…つまり、誰それに気付かれないように…というのがほとんどです。ですから、依頼内容は決して依頼人と依頼人が許可した相手以外には言わないようにしてください。家族や友人でも駄目ですよ?」
「はい」
「依頼の完了報告も、依頼を斡旋した担当以外にはしないように。私たちは全員知っているようなものですが、これも一応規則ですので、ご協力をお願いします」
「わかりました」
「それと、依頼書と実際の依頼内容が違かった場合はそれを理由に断ってしまっても構いません。元の依頼が発展して…というなら別ですが、聞いていた話と違うものを頼まれたときは、大抵面倒事だと思っていただいて構いませんので」
「は、はい……」
依頼書と内容が違うって……そんなことする人いるの……?
やだなぁ……。
「こういう仕事を受ける関係上、依頼人もクセの強い方が多いんです。なので、十分お気を付けを」
「は、はい…わかりました……」
聞いただけでも物凄く大変そう……。
「では、こちらがユーリさんのランクで今受けられる依頼になります。お確かめください」
「あっはい……」
そう言われて渡された依頼書はたったの3枚。
いやいや少なすぎない……?
ってそっか。他の合格者はもうあらかた仕事を取ったんだね。
なにせ試験があったの2週間前だもんね。
…なんというか……長いようであっという間な気がするよ……。
と、そんなことしてないで、依頼を見てみないと……。
えーっと……"依頼主の友人の尾行依頼"か……。
なになに?
[最近、パーティを組んでいる友人の羽振りがやたら良くなった。冒険者稼業はまちまちなので、何かバイトでも始めたのかと思ったのだが、そのバイト先を教えてくれない。だから尾行しようかと思う。しかし1人だといろいろ不安なので誰か来てくれ]か……。
ふ〜ん…それは確かにちょっと気になるかも……ん?
[(女性希望)]
あっパス。
これ多分行ったらナンパされるか気に入らなかったら帰れって言われるやつだ。
どっちもめんどくさいからこれは無し。
次は…これも"尾行依頼"だね。
内容は…[友だちがダイエットに成功したの。その方法を散々自慢するくせに、肝心の内容をまったく教えてくれないの。だからこっそり確かめて、私にそれを教えてちょうだい!]
おぉ!これは私も気になる!
これにしようかなぁ………って……
[でも教えてくれないってことは何か裏があるということ。もし簡単すぎてみんなすぐに痩せられる…なんてものだったら、せっかく痩せても男が私だけを振り向いてくれないから、依頼を受けるのは男性だけにしてほしいわ。それもイケメンで]
はい、ダメ。
「こんなんばっか……」
「ね?クセが強いでしょう……?」
「はい……」
困ってる割にはいろいろ条件付きだなんて……まだまだ余裕そうだね……。
まぁギルドに入りたての新人が受けられるものなんて、あまり緊急性の高くないものが多いのが普通か。
というか、こんな依頼を預かってるこの人たちも大変だよね……。
「いつもお疲れ様です……」
「あっはい…ありがとうございます……」
つい口に出してしまって、困った笑顔で返されてしまった。
私が困らせてどうすんだ。
「え、えーっと…最後の依頼は……ん……"彼氏の調査"……?」
どゆこと?え〜っと…?
[最近同居してる彼が不審なの。彼は街の衛兵で、夜勤もある仕事だから帰りが不安定なの。でも近頃は毎日のように朝や昼に帰ってくることが多くて、この間仕事中の彼に差し入れをするついでにひと言文句を言ってやろうと思ったら、「彼はもう帰ってるしウチのシフトは夜勤は3、4日に1回ずつだ」って言われて、シフト表も見せてもらったら確かにみんなバランス良く割り振られていたの。なんなら休みだって週1じゃなくて周2だったわ。そのことを家で彼に聞いてみたら、「それは今週のだ」って言ったの。でも衛兵長も他の衛兵たちもみんなそんなことはないって言うし、そのときの慌てようがとても怪しくて……だからこれは何か隠してるんじゃないかって思ったから、しばらくの間仕事終わりの彼を尾けてほしいの。それで何もなければそれで良し。何かあれば……例えば浮気とかしていたら、証拠を押さえて私に教えてほしいの]
…なるほど……要は浮気調査ってことね……。
こう言っちゃアレだけど、ちょっと面白そう。
えっと……うん。特に依頼を受ける人の要望も無さそうだし、これを受けてみようかな。
契約料も無いみたいだし。
依頼人は……《イラムス》さんね。
「あの、この依頼をもらってもいいですか?」
「はい、そちらですね。では受領書を発行しますので、それを持って依頼人の元へ向かってください。受領書はギルドに正式な手続きで依頼を受けたということを証明する紙です。依頼者にも説明してますから、これを見せてあげてくださればスムーズに依頼の話が出来ると思います」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえいえ。…ですが、くれぐれも他の人に見られないように。この受領書も、依頼が終わったからといってその辺に捨てないで、必ずここに持って帰ってきてくださいね?」
「はい、わかりました」
というかそんな大事な書類ポイポイ捨てるなんてことあるの?
使い終わったとしても、重要なものに変わりはないんだから……。
「最後に、これはギルド側の不手際にもなるのですが、ギルド員同士で敵対するような状況になった場合は、いかなる理由があっても争わないように。その場凌ぎでの戦闘は良いですが、決して命のやり取りなどはしないように」
「わかりました」
仲間同士で争うなんて嫌だもんね。
「まぁ今回は無いと思いますけどね。それでは受領書を作成してきますね。少々お待ちください」
受付のお姉さんは私の返事に笑顔を浮かべると、カウンターの奥へと消えていった。
初依頼が浮気調査かぁ……。
って、みんなに何も言わずに受けちゃったなぁ……。
一度戻ってみんなに知らせてからにしようかな。
何日掛かるか分からなそうだしね。
そんな考え事をしてる私に話しかけてくる男の人がいた。
「よう狐っ子」
「あっダニエルさん。おはようございます」
ダニエルさん、この隠密ギルドのギルドマスターだ。
でもギルドマスターだと知ってるのは一部の人だけで、ほとんどの人は先輩とか凄腕の人とかぐらいに思ってるらしい。
「おはようさん。狐っ子もついに依頼か。何を受けたんだ?」
「それは……ハッ!」
いくらダニエルさんでも、依頼のことを話すのはマズイよね……。
「内緒です!」
「おっ、いいぞー。ちゃんと守秘義務を守れてるな」
ふぅ……試されてたみたいだ。
危ない危ない……。
「お待たせしました。おや、ダニエルさん。おはようございます」
「あぁ、おはよう。中々見ない顔がいたもんだから声をかけてたんだ」
「うっ…ごめんなさい……」
この街に来て2週間。
真っ先にこのギルドに来て無事に受かったはずなのに、今回の訪問でまだここに来たのは4回目……。
やっぱり少ないよね……。
「はは。ま、これから頑張ってくれりゃいいさ」
「が、頑張ります……!」
「はい。ではこちら、受領書になります。有効期限は発行から1週間。日付もしっかり書いてますので誤魔化しも効きませんよ」
「だ、大丈夫です……さすがに受けたお仕事に大遅刻なんてしませんから……」
「ふふふ。えぇ、お願いします」
ははは……受付の人にも言われちゃった……。
気を付けよ……。
っとそうだ。
「あの…仕事を受けたことをパーティの人たちに伝えたいんですけど……」
「内容を言わなければ大丈夫ですよ。それは他の人も同様です」
「あぁ。でも、いくらお嬢でも言っちゃ駄目なのは変わらないからな」
「大丈夫です。分かってます」
「お嬢に強く迫られても絶対に言うなよ?」
「だ、大丈夫です…大丈夫大丈夫……」
そんなことコウスケもマーガレットもしないだろうけど……もしも聞かれたら……。
……あれ?
「そういえば、もし誰かに依頼のことがバレたり話しちゃったりしたらどうなるんですか?」
「「…………」」
えっ?なんで黙っちゃうの?
「もし言ったら……」
「言ったら……?」
「そのときは罰が与えられます……」
「ば、罰…って……?」
「それは……」
ごくり……。
「……ここでは言えないですね。守秘義務なので」
ガクッ
「そ、それも守秘義務なんですね……」
「はい」
「ま、言っちまって「その程度なら」って甘く見るやつもいるからな。だったら「隠密ギルドの謎の罰」って方が不気味だろう?」
「た、確かに……」
高い能力を持つ冒険者が多い隠密ギルドの罰……。
うわぁ……受けたくないなぁ……。
「…気を引き締めないと……」
「はっはっ。まぁあんまり気負いすぎないようにな」
「えぇ。難しいと思ったら依頼を取り下げるのも1つの勇気ですよ」
「は、はい……で、では……」
「おう、じゃあな」
「成功を祈ります」
2人に見送られ、受領書をバッグに入れた私はとりあえずみんなに知らせるために寮へと帰ることにした。
ただ、道中意味もなくドキドキして大変だった……。
誰か私が隠密ギルドの依頼を受けたことを知ったりしないか……受領書はバッグの中に入っていて、外からは絶対に見えないのに凄く不安になってしまった。
はぁぁ……こんな調子で初仕事…大丈夫かなぁ……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どうにか誰にも気付かれた様子もなく無事に帰って来れた。
「ただいま〜……」
「おかえり…って、どうしたのユーリちゃん?物凄くぐったりしてるけど……」
「い、いやぁ…あはは……」
出迎えてくれたのはメイカさん。
メイカさんがいるってことは、ディッグさんとケランさんもいるよね。
リビングに入ると、予想通りディッグさんとケランさんがいた。
もちろんフルールさんとメリーちゃんも一緒だ。
うん、ちょうどいい。
「ただいま戻りました」
「おう、おかえりユーリ嬢ちゃん」
「いい仕事はありましたか?」
「はい。実は……」
私は良さそうな依頼があったことと、それをもう受けてしまったことを話した。
「ごめんなさい…皆さんに相談もせずに……」
「いや、構わねぇよ。それよりも、今からもう行くのか?」
「はい。早い方がいいと思って……」
何せ内容が内容だからね……。
もし明日にして、明日が彼氏さんのお休みの日だったら大変なことになるし。
「でも、お昼は食べてからの方がいいんじゃない?あなたも相手もね」
「ん…それは確かに……」
今行ったら、下手したらお昼をご馳走されちゃうかも。
それはありがたいことだけど、ちょっと申し訳ないからなぁ……。
「うん。それじゃあ、食べてから行くことにします」
「えぇ、それがいいわ」
というわけで、お昼までメイカさんたちと今後の迷宮探索の相談や注意点なんかを話したり、メリーちゃんとお話したりしてのんびり過ごし、お昼ご飯を済ませ、お腹がこなれてきたので依頼に向かうことに。
「そうだ。もしかして今日は帰ってこない感じかしら?」
「う〜ん…とりあえずは下見からなので、多分帰ることは出来ると思います。この街から出るわけじゃないですし。でもいつ帰れるかは分からないです」
「そう。分かったわ」
「っと…それじゃあそろそろいってきます」
「ユーリちゃん、頑張ってね!」
「しっかりやれよ〜」
「応援してますよ」
「頑張ってらっしゃい」
「……がんばれ(ぐっ)」
「はい!」
みんなに見送られて、私の隠密ギルド初依頼が始まるのだった。
ユーリさん、初めての隠密稼業編。
この手の決まり事とか書くのってやっぱり緊張しますね……。
何か致命的な穴は無いからとか……。
自分が忘れないかとか……。
さてさて、次回の更新は10/10(日)の予定です。
次回をお楽しみに〜




