18.亜人と混血…美しき既婚者
今回は少し重い部分もありますが…まあ少しなので、後半にはいつものノリに戻っています。
「ギルドマスター!」
「うおわっ!!なんだ!!?」
1階から俺を担いできたリンゼさんは応接室の扉を勢いよく開け、ギルドマスターを呼んだ。
リンゼさんに抱っこされている俺は、首だけを動かしてギルドマスターの方を見る。
ギルドマスターは窓際にある椅子に座って、目の前にある机の上の書類と格闘しているところだったようだ。
というか応接室?なんというか…執務室の方が適切な気がする。
確かに低くて長い机の両端にソファがあってそれだけなら応接室なのだが、入って右の壁が本棚で埋め尽くされていた。
「リ、リンゼ?いったいどうしたんだ?しかもお前が抱えてるのは昨日の嬢ちゃんじゃねぇか……何があった?」
さすがはギルドマスターと言うべきか。
最初は興奮気味のリンゼさんの様子に驚いていたが、俺を見ると昨日の件を思い出したのか表情が固くなっていった。
「ギルドマスター、至急お伝えしたい事があります」
「お前の様子を見れば分かる。どうした」
ごめんなさいそんな身構えるほどのことじゃないです。
「こちらのマーガレット様がギルドで働きたいと申してくださいました!」
「……なんだと?」
えっ待ってなんでそんな険しい顔で見てくるの?怖いよ?やめて?
「……嬢ちゃん、本当に働きたいのか?」
「は、はい……確かにそう言いました……」
険しい顔のまま聞いてきたギルドマスターに震えた声で返事をする。
レジのバイトでたまにいるやたら圧の強い人みたいだ。怖い。
だがそれじゃあレジは務まらないので頑張って笑顔を作る。
「嬢ちゃん…今日から入れるか?」
「い、一応…やり方さえ教えてくれるのなら……」
「もちろんだ、リンゼ…は今日は出かけるから予定があるか…チェルシーもまだ全部を覚えてる訳じゃ無いからな…」
「ギルドマスター、ララさんはどうでしょう?彼女なら仕事も出来ますし、人当たりも良いので適任かと」
「ふむ…そうだな…よし、呼んできてくれ」
「かしこまりました」
ようやく俺を降ろしてくれたリンゼさんが、ララさんという女性を呼ぶために部屋を出て行った。
ギルドマスターと二人、部屋に残された俺はそのララという人がどういう人なのか聞いてみる。
「あの、ギルドマスター」
「なんだ?」
「ララさん…というのはどのような方なんですか?」
「基本的には裏で書類の整理とかをしているな。たまに受付にも出るが、まぁほとんどが裏方の仕事だ。仕事は出来るし人も良いから頼りになるんだよ」
「おぉ〜、どんな人だろう…」
ギルドマスターと話しているとドアがノックされた。
「ギルドマスター、ララさんをお連れしました」
「よし、入れ」
「失礼します」
リンゼさんが入ってきて続けて入ってきたその人がララさんなんだろう。
「ギルドマスターさん、どうしましたか?」
「お前に新人の世話を頼みたい」
「新人…って、この子のことですか?」
「あぁそうだ」
おぉ…すごく綺麗な人だ…。
綺麗な金髪のポニーテール、明るい黄緑色の瞳に長いまつ毛、白い肌にスマートな体型は男なら誰でも見とれることだろう。
ん?あ!左手の薬指に指輪が!!
すでにこの美女を射止めた者がいるのか!!羨ましいぞおめでとう!!
「こんにちは、私はララ。あなたのお名前は?」
「…ハッ!?す、すみません、私はマーガレットといいます!」
いかんいかん…。
見惚れてる場合じゃない……。
こういうのは第一印象が大事なんだから……。
ララさんはそんな慌てている俺に、優しく微笑みかけてくれた。
「ふふふ、マーガレットちゃんね。そうだ、あなたは亜人についてどう思う?」
「「!?」」
「亜人、ですか?」
突然何を聞くんだろうと思ったが、ララさんは優しく微笑んで俺をじーっと見つめてくる。
…なんだか少し怖い。
ともかく質問に答えねば。
んー……亜人…って、獣人やエルフとかの人間以外の種族をまとめて呼ぶときの呼び名だよな……。
物語によっちゃ蔑称として使われる言葉だ。
…確か門番の人達は白兎亭の人達を「獣人」と言っていたはずだ。
この世界の《亜人》がどういう意味を持つのかは分からないが、あまりいい意味ではないんじゃないか?
となるとそんな質問をしてきたこの人は……。
俺はそこまで考えた後、慎重に言葉を選ぶ。
「…そうですね。私はその《亜人》というのをよく知りませんが…お話が出来るのなら一度話してみたいですね」
「……」
俺の答えを聞いたララさんは何も言わない。
ギルドマスターも、リンゼさんも黙って俺を見つめてくる。
間違えたか?
モニカちゃん達獣人を蔑称で呼ぶ可能性があるから知らない体で話した。
亜人と聞いて獣人やエルフが出てくるというだけで問題になると思ったから。
さて、どう来る…?
「…なるほど。では質問を変えましょう。あなたは《ハーフエルフ》についてどう思いますか?」
「…そのハーフエルフというのが亜人ということですか?」
「質問をしているのは私です」
彼女の顔はさっきと同じ優しい笑顔なのだが、さっきよりも有無を言わせないような圧を感じる。
にしても…ハーフエルフ?
エルフと他の種族が交わって生まれた子のことだよな……?
……俺の知ってるほとんどの話じゃ、あまり良い扱いはされてない。
エルフには混じりものと蔑まれ、他の種族からもあまり丁重には扱われていない。
大体は奴隷として悲惨な目に遭っている。
んでどう思ってるかってことだけど……。
うーん……。
「んー…もしかしてあまりピンと来てない?」
「えっと…はい…」
「そっかぁ…じゃあハーフエルフについてちょっと教えてあげる。ハーフエルフって言うのは、その名の通りエルフと他の種族の間に出来た子供のこと。エルフほど眼や耳が良いわけでは無いし、他のどの種族と交わってもその種族を超えることは無いの」
まぁ…よく聞く感じだな……。
だが混血だったら獣人や他の種族だっているはずなのに、なんでハーフエルフの話をするんだろう?
「そして、エルフはそんな混じり者を嫌う。他の種族と交わった者を蔑み、その子供のことを《忌み子》と呼んでいたぶるの」
ララさんの表情が少し曇る。
はいはい忌み子ね、テンプレテンプレ。
ったく、気分が悪い。
「そんなハーフエルフを他の種族も下に見る。奴隷にされて、見世物にされて、色々と弄ばれて、飽きたら捨てられる…」
ララさんの体が小さく震えている。
そうだな……珍しいものは人を惹きつけるが、流行り廃りも早いもの。
どこの世界も同じだな。
「…と、まぁこんな感じかな。それでここまでの話を聞いてどう思った?」
話を終えたララさんは、またさっきまでの優しい笑顔でそんなことを聞いてくる。
…さすがにそんなんなってたら嫌でも気付きますよ、ララさん……。
「……その前にいくつか質問良いですか?」
「うん、なぁに?」
「エルフってのは純血主義者ってことですよね?」
「そうだねぇ…森から出ないほとんどのエルフはそうだよ」
「邪神でも崇拝してるんですか?」
「んふっ!」
ここにきて初めてララさんが本当に笑ったのを見た。
「な、なんでそう思ったの…?」
「純血の生贄をよこせーって変態を崇めてるからそういうことを言ってるのかなって少しだけ」
「変態……ふふふっ……うぅん、特にそういうのは無いかな…。強いて言えば自然を大事にしてるから、森にいない他の種族が入ってくるのが気に入らないんじゃないかな?」
「あぁそっか、そういう考えもあったか……」
これはうっかりしてたな……。
割とよく言われてるのに……。
「んー…では次、混血ってだけなら他の種族も同じような人はいるはずですよね?」
「うん、いるね」
「てことはハーフエルフ以外の混血の人も似たような境遇にあっているってことですか?」
「うん、そうだよ。というか、その種族の街じゃ他の種族の扱いが雑なのは結構当たり前だよ」
「客商売なめてんのか……」
そんなんじゃ観光収入とか入りにくいだろ……。
「そういう意味でも人間の街が一番扱いがマシなの。そりゃあ馬鹿にしてくる人もいるけど…その分優しい人もいるから……」
そう言うララさんは自分の左手の薬指に嵌められている指輪を愛おしげに眺める。
「ララさんは結婚してるんですね」
「うん…すごく優しくて、お茶目で、芯が強くて、カッコよくて可愛い人なの……」
「ごちそうさまです」
「!!……こほん」
「ご存命…なのですよね?」
「うん、今も一緒に住んでるよ」
「幸せ…かは聞かなくても分かりますね」
「…………うん」
あぁ〜美女のそういう顔は反則じゃあぁ〜!!
幸せそうに照れてる、恋する乙女の顔ホント好き!!
はぁ〜末永く爆発すんな!
ずっと幸せでいろ!!
はぁ〜…
「尊い……」
「…ふふふふ」
俺が浄化されている様子を見たララさんがまた笑いだす。
「ララさんって結構笑い上戸なんですね」
「ふふふ…違うの…あの人の言った通りだなって思って…」
「あの人?」
「昨日、面白い人に会ったって教えてもらって、絶対に仲良くなれる!って言ってて…それで今日話してみたら本当に面白い子だったから、ついね……ふふふ」
んー?昨日会ってて、ララさんと結婚してて、ララさんにめちゃくちゃ愛されるような人……1人しか出て来ないんじゃが?
「それってハルキさんですね?」
「わ、すごい!本当に分かるんだね!」
「まぁ、あの人なら純血混血がなんぼのもんじゃいって言いそうなので…」
やっぱりハルキかぁ…って、いや待て。
ハルキ結婚してんのか!?
まだ学生(俺もだけど)な上に、俺より年下なのにもうそこまで進んでるの!!?
クッ…負けた……。
いや…めでたい事だ。
あいつは見事に不幸な少女を救ったのだ。
見事な異世界テンプレートだ。
むしろ祝福しなければ……。
そっかぁ…結婚かぁ……。
ハルキと結婚してる……のなら…ハルキの本職も知ってるんじゃ?
そう思ってララさんをチラッと見ると、優しく微笑み返してくれた。
その顔は最初の方の圧のあるものではなく、とても純粋で綺麗な笑顔だった。




