14.出会い…そして少女の想い
夢の中で遂に、今の体の持ち主と対面してしまった。
彼女は俺が着たパジャマを着ていた。が、自分の心が荒れ放題の俺はそれに気を留めなかった。
知らない男がいきなり自分の体を使っている事や、その状態でトイレやお風呂に行ったことやその他もろもろの謎ムーブをしてきた俺は今、とても緊張している。
しかもそんななんやかんやをしたというのに、何故か目の前の少女は俺に好意的な視線を投げかけてくる。
いや、まだだ…まだ焦るとかじゃない……。
きっと好奇心が旺盛だから、珍しい人がいるって思ってるだけだ。
俺がやったことを知っているとは限らない……。
「え、えーっと…は、初めまして?あなたの体を借りているものです」
会話を試みるため、自己紹介から入ろうとした俺はさっそくやっちまったと後悔する。
テンパりすぎだよ!
こんなこと言われても困るだろ!!
というか知らない前提で話すんだろうが!?
「知ってます」
「マジで!?」
「マジです」
知られてたよ!
じゃあなおさらなんでそんな目で俺を見るんだ!?
いまだテンパりまくりんぐの俺に、今度は向こうが話しかけてくる。
「あの…コウスケさん…ですよね…?」
「えあっ!?よ、よくご存じで…」
「はい、見てましたので」
「見てましたので!?」
見てましたって…確か深く傷ついてしまった事から、心を閉ざして外の情報をシャットダウンしてたはずじゃ……。
「えっと…いつから……?」
「コウスケさんがハルキさんに転生者ですか?って聞いてたあたりから」
「…そこから今まで……?」
「はい、ずっと見てました」
「そ、そう…なん、だ……へ、へぇー……」
てことはあれやこれや全部見られてた?
俺が傷の確認のためとはいえ、下着姿のこの子の体を全身くまなく見た事とか、そのあとお風呂場で苦戦しながら体洗って、親に入って泣いたところとか?
魔法の練習を始めて、2分で疲れてやめたこととか、偶然出てきた雷に興奮してたところとか?
えっ?やばい、恥ずい!
恥ずいし、それを自分の体でやられたこの子にどんな顔すれば良いか分からない!
「復讐は何も生まない」
「!」
「だけど復讐しないと前に進むことが出来ない人もいる。時間が経てば多少は折り合いがつけられるかもしれない。逆に、あの龍を倒してもあの光景を忘れることはできない」
「そ、それって…」
少しずつ違っているが、それは俺がハルキに言ったセリフ…!
「アイツがいる限りそれすらままならない。何より…」
マーガレットちゃんはそこで1度区切り、大きく息を吸う。
「アイツを落とさないと俺の気が済まない、でしたよね?」
「やめてぇぇ!恥ずかしいからぁぁぁぁ!!」
まさかあの時の会話を、しかも俺の何かのスイッチが入ってやや黒歴史気味のセリフを聞かされるとはぁぁ!!
「よし、マーガレットちゃん!忘れよう!それは!一回!ね!」
「忘れません。忘れられません」
なんでや!?
俺、今、顔真っ赤よ!?
この顔に免じてもう許して!!?
「それとも…あの言葉はウソなんですか…?」
「ウソじゃない!ウソじゃないんだけど……あれは…」
「あれは?」
「妙なテンションが入ったというか…その…いつもは言わないようなことを口走っちゃって恥ずかしいから……」
「でも、私はその言葉が好きなんです」
「へっ!?」
なんか今、すごい恥ずかしいことを言われたような……!?
「私は怖かったんです…。あの龍に村を焼かれて、両親を食べられて、大事なものを目の前で壊されて…なのに私は何もできなかった…ただ目と耳を塞いで震えてることしか出来なかった……」
マーガレットちゃんの話の内容に、さっきまで恥ずかしさで熱々だった顔の熱が一気に冷めていく。
それに…必死に我慢しているようだが、話をするマーガレットちゃんの体は少し震えている。
…そりゃあそうだろう。
10歳の女の子がする体験にしてはあまりにも残酷だ。
それでも目の前の少女は話を続ける。
「ディッグさん達に助けられたあと、私は何度もあの夢を見ました。何度も…何度も…繰り返し同じ夢を見続けました……」
「――!」
それは…そんなのを続けてたら……。
心が壊れてしまう……!
「私は途中から何も感じなくなりました。それでもずっとあの夢を見続けました。それを私は…あぁ…またか…って思いながら見ていました……」
「……」
無意識に歯を食いしばってしまう。
目を背けたくなってしまう。
でも…その気持ちをどうにか押し留め、彼女の話の続きを待つ。
「その後ずっとそんな感じで…1度、あのチェルシーって子に呼ばれた時に、私の体が誰かに動かされていたって聞いた時も、別にどうでもいいやって思いました…」
「……」
動かしていた身としてはとても複雑な気持ちだ。
俺はそんな追い詰められていたこの子の体で、アホみたいに異世界を満喫しようとしていたのだ。
それに対する罪悪感と同時に、そこまで気にしていなくて良かっただなんて身勝手な事を考えてしまった。
最低だ……。
「それで、その時に私はまたあの時のことを思い出してしまって、泣き喚いて、皆さんに迷惑をかけてしまって、それで気付いたんです。私は…慣れてなんかいなかった…ただ逃げていただけだったって……」
俺が自分を責めている間も彼女の話は進んでいく。
逃げることは悪いことじゃない。むしろそれが普通だろう。
それがまだ10歳の少女なら尚更に。
「その後、ここに戻ってきた私はまたあの夢を見ました。でも、その時の夢は今までと少し違いました」
そう言うと彼女は俺の目をまっすぐに見て言った。
「私の夢に、あなたがいたんです」
「……え?」
確かにあの夢は見た。
だがその時、夢にいたのは当時の彼女だけだったはずだ。
「くすっ…やっぱり見えてなかったんですね」
「えっと…ごめん……」
「いえ、責めてるわけではないんです。むしろ逆…」
そう言った彼女は俺に頭を下げ、
「夢の中の私を助けてくれようとしてくれて、ありがとうございます」
なんて言った。
しかし俺はその言葉を素直に受け取れない。
「やめてくれ…俺は何も出来なかった……」
「いえ、あなたは私を助けようとしてくれた」
「結局助けられなかった……」
「もう起きてしまった事の夢なんですから当たり前です」
「でも……!」
「私は!」
納得できない俺の顔に腕を添え、まっすぐと見つめ合うように固定される。
「それだけでも、嬉しかった…!」
「……!」
…俺は今とても情けない顔をしているのだろう。助けることの出来なかった少女に、一言お礼を言われただけで、涙が出てきてしまいそうだった。
俺はどうにか涙を堪える。
そうしないと彼女の優しさに甘えてしまいそうだから。
「その夢を見た後から、私はあなたのことが気になってあれこれ考えた。その途中で気付いたの。私は心の底に自分から沈んでたんだって」
彼女は話を続ける。
俺の顔を見ながら、強い意志を瞳に宿して。
「きっかけはあの龍だった。でも閉じこもったのは私自身の意志だった。悲しかったから、苦しかったから逃げていた。でも、私はそれよりもあなたのことが知りたくなった。だからがんばった。がんばって、がんばって、そうして…」
彼女はふんわりと笑みを浮かべる。
「私は、あなたとこうして話せるようになったの」
俺は、自分よりも遥かに年下の女の子のその顔にドキッとしてしまった。




