135.魔術ギルドのマスター…薬の効果
「《獣人になれる薬》って……どうゆうこと?」
まだ驚きが収まらない俺の代わりにチェルシーが聞くと、シエルは待ってましたとばかりに、自慢気に話し始めた。
「ふふんっ!その名の通り獣人になれるのよ!」
「えっと…なんで……?」
「えっ?え~っと……確か…飲むことで体の中に入った薬が……い、遺伝子……?とかなんとかいうのに…なんか……あるんだって……?」
「ぜ、全然分かんないよ……」
(同じく)
(私も)
そんな曖昧な説明で飲ませようとすんなや。
「だ、大丈夫よっ!だってマスターがこの子のためにってわざわざ作ったんだから!」
「私のために?」
「そうよ!だからこれを飲みなさい!」
「お断りします」
「えぇっ!?」
特注とか余計怖いわ。
そんな怪しいもん飲みたくないよ。
「な、なんでよぉ!?マスターが作ったのよ!?飲みたいって思わないの!?」
「まずそのマスターさんを知らないからなぁ……」
「えぇぇっ!?うちのマスターを知らないのぉ!?」
「知らない」
「あの《賢王》だよ!?」
「初耳」
「そ、そんな……!?」
(元気な子だねぇ)
(そうですねぇ)
(ところでさ)
(《賢王》ですか?)
(うん)
俺の中の賢王様は、過労死王かハムスターなんだけど…さすがに違うよね?
(う~ん……どこかで聞いたことがあるような気はするんですけど……)
(そこまでは分からない?)
(はい…すみません……)
(謝ることじゃないよ。ありがとね、マグ)
思い出せずシュンとしてしまったマグを慰めつつ、俺はその《賢王》とやらのことをシエルに聞いてみる。
「その《賢王》って人が、ここのギルドマスターなんだよね?」
「そうよっ!マスターはね、世界中を旅したことのあるすごい人でね!頭もすごく良いし、薬の調合だって失敗知らずだし、おまけに全部の魔法が使えて超強いのよっ!すごいでしょっ!?」
「(魔法を全部っ!?)」
全部って……もしかして全属性行けるってこと!?
「それは…凄いね……!」
「ふふんっ!そうでしょそうでしょ?しかもマスターは優しいしかっこいいし、それにすっごくキレイなのよ!」
「へぇ~!そうなんだ。マスターのことが好きなんだねぇ」
「そうよ!マスターは私の憧れなんだからっ!」
「おや。そんなことを言ってくれるなんて、明日は雨かねぇ?」
「「!」」
シエルのマスター自慢を聞いていると、不意に上から女性の声が聞こえてきた。
俺たちが上を見上げると、そこにはローブを着て、シエルと同じ綺麗な金髪ととんがった耳をした女性が宙に浮いていた。
(う、浮いてるっ!?)
「おぉ…!もしかして飛行魔法……!?すごぉ~い!」
「マ、マスターっ!?」
「こんにちは~!グリムさん!」
どうやらあの浮いている人がこの魔術ギルドのマスターらしい。
グリム…というのか……。
その人はゆっくりと降りてくると、俺たちの言葉に1つ1つ返していった。
「あぁチェルシーくん、こんにちは。私はさっきから上にいたよ。そちらのお嬢さんが後ろを見上げていたらバレていたところにね」
「えぇっ!?」
そうだったのか……。
目の前の光景に圧倒されていて全然気づかなかった……。
グリムさんは最後に俺の方を向くと、とても丁寧な挨拶をしてきた。
「そして…初めまして、マーガレット・ファルクラフト殿。この魔術ギルドを治めさせてもらっている、《グリッジス》という者だ。親しい者には《グリム》と呼ばれている。見ての通り種族はエルフさ。どうぞお見知りおきを」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。すでにご存じのようですが改めて……マーガレット・ファルクラフトです。よろしくお願いします、グリッジスさん」
グリムとは呼ばない。
親しい者にはって言ってたから。
しかしそうか……エルフかぁ……。
てことはシエルもそうだろうなぁ……。
…冒険者にも何人かいたはずなのに、パッと出てこないとは……不覚……!
自分にちょっと呆れている俺を、グリッジスさんはじっと見つめてきた。
そしてひと言。
「ふむ……私は先ほどの年相応に目を輝かせていた君の方が良いな」
「ん゛っ!?」
年相応って……年相応って……!
それ10歳ってことだよね……?
俺の精神年齢が10歳ってことだよね……!?
いや、いいんだよ?
マグの体で暮らしている以上、10歳に見えてるってのは変なことじゃないんだから。
そうだよ、良いことなんだよ、うん。
(んふ〜♪コウスケさんはキラキラしてるときが1番可愛いですからねぇ♡)
「んん゛っ!」
「ど、どうしたんだい?」
「いえ…ちょっと心のキャパシティが……」
「キャパシティ……?」
ふぅ…危ない危ない……。
最近マグが俺を褒めるとき、なんかやたら恥ずかしい気持ちになるっていうか、心なしかセリフに熱がこもっているというか……。
はぁ…暑い暑い……。
「こほん……失礼しました。それよりも…その……《獣人になれる薬》というのは、あなたが作られたと聞きましたが……」
「あぁそうさ。それは君のために私が作ったんだ」
それが分からん。
「あの…それは何故……?」
「君の噂は聞いているよ。なんでも、そこのチェルシーくんと兎人族の子を守って、ろくな訓練もしたことが無いのに試合をするんだってね?」
「あ〜……」
改めて他人にそう言われると、我ながら無茶だなぁって思うねぇ……。
「え〜っと…それはそうなんですけど……」
…チェルシーが泣いた後に出て行ったからなぁ……。
守れたかどうかで言えば、普通に失敗してるよね……。
「…まぁ、それでだね。不躾ながら、君を試そうと思ってね」
「(…試す?)」
「君が本当に他の貴族と違うのかをさ」
「(?)」
どゆこと?
他の貴族と違う…って言われても…マグ以外の貴族を知らないし……。
というか本当にって……?
それもしかしてなんか変な噂流れてる?
「…分からないって顔だね」
「あっ…えっと……すみません……」
「ふふふ…私としてはもう十分だとは思うけどね。しかしこの薬の効能も調べておきたいという欲求が疼いているんだ」
「は、はぁ……なるほど……?」
どっちにしろ飲むコースなんですね、わかります。
「えっと…そのお薬の安全性が気になるのですが……」
「あぁ、その点は心配しなくて構わない。臨床試験はまだだが…なぁに、この配合なら毒になることも無いし、むしろ健康になれるはずさ」
不安しかねぇ。
ってあぁ…なるほど……。
「…そんな怪しいものを飲めるのなら、私が本当に獣人やエルフの人たちを差別してないか分かるってことですか……」
「そういうことだね。ま、さっきも言った通り、私は君が本当に他種族のことを蔑んでいないことを理解した。だからこれは、魔術ギルドの仕事の手伝いということになる。もちろん断っても構わないし、受けてくれるならお駄賃も渡す。どうする?」
「…少し考えさせてもらって良いですか?」
「どうぞ」
俺はグリッジスさんに断りを入れてから、マグと相談に入る。
(マグ、どうする?)
(う〜ん…そうですね……悪い噂ばかりの王国の貴族とは違うということは証明したいですけど……その……冒険者の方が持っていたポーションよりも明らかに黒い緑色なのが……)
(……怖いよねぇ……)
なんだろうねぇ……。
青汁より…も黒いかな?どうかな?
実物見てないから分かんないな。
(…それに、飲むのはコウスケさん…なんですもんね……)
(まぁこんな怪しいもんをマグの体に入れたくないけど…飲むならそうだね)
(…でもコウスケさんは飲もうと思ってますよね……?)
(……なんで分かったの?)
今の回答でそんな答えが導けるとは思えないのに、マグは俺の答えをピタリと言い当てた。
(だって、これを飲めば魔術ギルドの皆さんに信用してもらえます。これからのことを考えれば、魔術ギルドの皆さんと険悪にはなりたくありませんし、この大図書館が使いづらくなるのも痛いです)
(…さすが…マグは本当に頭良いよね……)
(いえ、コウスケさんならこう考えるかなって思っただけなので……)
(…それが凄いんだよなぁ……)
この子本当に頭良いよホントも〜ホント。
なんなのこの子?
可愛くて温厚で優しくて可愛くておまけに頭が良いとか、ハイスペック過ぎません?
はぁ〜…ウチの恋人がハイスペック過ぎるよ〜……誰か自慢させてぇ〜……。
ってかこんな良い子が婚約者とか、俺は全ての運を使ったのではないだろうか?
俺死なない?大丈夫?
あっもう死んでるわ。
そっかぁ……俺の運はここでこうなるために使われていたから車に跳ねられたのだな……。
死んでから本気を出すタイプの運……。
…正直どうなんだと思うが、異世界来てマグと会えて毎日が楽しいので別にいっか。
(コウスケさん?どうしましたか?)
(マグがハイスペック過ぎて己の幸運を噛み締めてた)
(?)
(…こほん。まぁとにかく、マグの言う通り俺はそういうことで飲む派なんだよ。でもマグ。最終決定権はマグにある。マグはどうしたい?)
(……)
俺はもう一度マグに問う。
マグが嫌だと言うなら飲まないし、飲むとしても絶対俺が表で飲む。
なんらかの痛みやら何やらをマグには与えたくない。
この子はさっき言った通り、とんでもなく良い子だ。
正直俺には勿体無いくらいに。
だからといって手放す気は無いが……だからこそ俺はもっと頑張らないと。
この子に愛想をつかれたくないから。
マグも…俺のことをそれぐらい大切に思っててくれないかな……?
…とんでもなくメロメロだってのは、マグの普段の言動で分かるんだけど、やっぱり不安になるんだよね……。
はぁ……ほんと、このウジウジ悩む心配性なところ、なんとかしたいなぁ……。
(…コウスケさん)
(ん…決まった?)
(はい)
俺が情けないことを考えている間に、マグの答えが決まったようだ。
(それじゃあ…どうする?)
(…飲みます)
(…無理してない……?俺が飲みたいって言ったから仕方なくとかじゃない?)
(大丈夫です。…でもまぁ…飲むのはコウスケさんにお任せしたいですけど……)
(うん、それはもちろん)
あんな怪しいの、マグの体に入れるとしてもせめて俺が飲まなければ。
(でも、なんで?)
(…さっきの理由もそうなんですけど……その……)
(うん)
(……わ、私も…あの薬で獣人になれるのかどうか気になると言いますか……)
(好奇心が勝ったわけだ)
(…………はい)
(……ふふふ…)
ちょっと恥ずかしそうなマグに、思わずくすっと笑ってしまう。
(あぅ……な、なんで笑うんですかぁ……!)
(ふふ……ごめんごめん。可愛いなって思っただけだよ)
(うぅ……)
はぁ……やっぱりこんな子と別れるのは嫌だな。
同じ体にいるからとか関係なく、ただただこの子と一緒にいたい。
そのためにも、俺ももっと男を磨かなければな。
(よし。それじゃあ伝えるよ)
(むぅ…お願いします)
まだちょっとむくれてるマグをまた可愛いと思いつつ、俺はグリッジスさんに答えを伝える。
「…グリッジスさん」
「答えが決まったようだね」
「はい。…そのお薬…飲ませて頂きます」
「「!」」
「…良いのかい?」
チェルシーとシエルが驚き、グリッジスさんが最終確認をしてくる。
…シエルはなんで驚いたの?
それ飲ませようとしたんでしょ?
「はい。しっかり考えて決めました」
「…分かった、ありがとう。シエル、渡してあげなさい」
「は、はい!…ほ、ほら……」
「どうも」
何故かめっちゃ動揺してるシエルから薬を貰い、瓶のコルクを抜く。
…臭いはしない。
(ふぅ……行くよ)
(はい!)
1つ深呼吸をして、マグに合図をしてから一気に煽る。
味は…なんだろう……ザ・薬って味がする。
飲めなくはないけどそこそこ苦い。
俺は粉薬もまぁギリ飲める程度には耐性があるけど、マグの子供舌はそんなことが無いのか、はちゃめちゃ苦く感じる。
「んくっ……!んくっ……!…くぁっ…!うぇぇ……」
それでもなんとか飲みきるが、強い苦味が口の中に残りまくって凄く不快。
口直しに誰か水をくれ。
そんなことを考えながら、グリッジスさんに空になった瓶を渡そうとした時、体に異変が起こった。
「……!?」
「…マギーちゃん……?」
「…なんか……体が熱い……!ふぅ…!んぅぅ……!」
「大丈夫マギーちゃん!?」
「マ、マスター……?」
「ふむ……?あっ…そうか……しまったなぁ……」
俺がその場に座り込み、それをチェルシーが心配してくれている横で、シエルがグリッジスさんの顔色を窺った……のだが……
グリッジスさん?
なんか不穏なこと言ってません?
「な…にが……しまったんですか……!?」
俺がどうにか体の不調を我慢しつつ聞くと、グリッジスさんは申し訳なさそうに答えた。
「いや……君はもしかして…ポーション類を飲んだことが無いんじゃないかって……」
「飲ん、でない…としたら……?」
「…ポーション類はね、薬とはいえ体に多少なりとも負担をかけてしまうんだ。といっても、ちょっと指で叩くぐらいの小さい負担だから、普段は気にならないんだが……」
「だが……?」
「…その…急に濃度の高い薬を飲むと、体が慣れておらずに過剰反応を起こすのさ………まぁ…すぐに治るはずだから……」
「だから……?」
「……すまない、頑張ってくれ」
「…人に……ふぅ…!…差別云々言う前にぃ……自分の…論理感を見直し…ては…どうですかぁ……?」
「いや…ほんと…すまない……」
マジでお前この野郎……!
呪うぞ……マジでぇ……!
あぁぁぁぁ熱い熱い熱い熱い……!
夜に熱が急に押し寄せてきた感じと似てるかもぉ……!
頭がボーッとしてきたぁ……!
「マ、マギーちゃぁん!しっかりしてぇ!」
「ほ、ほんとに大丈夫なんですかマスター!?」
「う〜ん……これは…耐性が全く無い子にはあまりにも強すぎたか……」
「マスターっ!」
お〜…あのシエルが俺を心配してあんなに声を荒げておられる……。
…あぁそっか……シエルはツンデレなんだな……?
そう考えれば、今までのチグハグな言動も分かるってもんよなぁ……。
(うぅ……!コ、コウスケさぁん……!)
(マグ……?)
(んぅ…!わ、私もちょっと熱いです……)
(あんだと……?)
感覚が表よりも半減してるんじゃねぇかってぐらいほんのりレベルの感覚しか伝わらないところにいるはずのマグまで熱いと申すか……!?
それやばいじゃん……!
マグがそれってことは、今の俺は何度だよ……!?
人間40…何度だか出ると死ぬらしいんだぞ……!?
大体すぐにつって全く治る気配が………んっ!?
「うっ…!な、なんかくるぅ……!?」
「マ、マギーちゃんっ!」
「マーガレットっ!」
あぁ…シエルが初めて俺の名前を呼んでくれた気がする……。
ごめんねぇ…君がツンデレだって理解が遅れ…て……!?
「うぁぁぁっ!!」
「マギーちゃぁぁん!!」
一段と強い熱に襲われ叫んでしまった……後に、急に体が楽になってきた。
「はぁ……!はぁ……!…あれ……?なんか…熱さが収まってきたような……?」
「マ、マギーちゃん……!頭に……!」
「頭……?」
隣でずっと手を握っていてくれたチェルシーが、俺の頭に何かを発見したようだ。
どったん?
まさか湯気出てるとか言わないよね?
「はい、鏡」
「…どーも」
しれっと鏡を渡してきたグリッジスさんに礼を言いつつ、自分の頭を確認すると……
「(あっ…)」
そこには小さな耳が生えていた。
次回更新は2/27(土)です。
とりあえず「9日目」の間はこのペースで行く予定です。
そのあとは……余裕が出来ていれば連投も考えてます。
そのために頑張れ、俺の頭脳……!




