10.新たな拠点…と俺の計画
ハルキの案内で俺たちは宿泊候補地の第3寮舎に向かって、ギルドに行くときに通った大通りを逆走している。
ハルキが俺に行った「深層意識を引きずり出し、その人の本当の姿を見る」という、すこぶる脳筋な手段を実行したことにより、メイカさんたちはハルキとハルキの指示でそれを実行した張本人、チェルシーちゃんをはちゃめちゃに警戒している。
しかもハルキは相手に感情を悟られないよう、常に笑顔を貼りつけているので余計に信用されなくなっている。
おかげで誰も何も言わない、新拠点を見に行くというドキワクイベントの欠片も無い重たい空気が俺たちの周りに漂っていた。
つーーーらっ……
この空気辛っ。
というわけで俺は疑問に思ってたことを聞いて自分の知的欲求を満たしつつ、場の空気を和ませようとしてみた。
「そういえばモーリッツさんはこの街にお店を構えるんでしたよね?」
「えっ、あ、あぁそうだよ」
「それってどこですか?そもそもモーリッツさんは何屋さん何ですか?」
「あぁ、お嬢ちゃんには言ってなかったっけ。僕は骨董商なんだ」
「珍しい物を扱ってるってことですか?」
「よく知ってるねぇ!でもちょっと違うかな」
元の世界の骨董商の知識がテレビ番組ぐらいしかない俺にモーリッツさんは丁寧に教えてくれる。
モーリッツさん曰く、この世界の骨董商も絵やらツボやらを扱っているらしいが、たまに古くなって正常に機能しなくなった魔道具を売りにくる人もいるらしい。
そして、たとえ壊れていても高級品たる魔道具に憧れを持つ人は少なくなく、なかなかの高値で取り引きがされるのだと教えてくれた。
「インテリア雑貨として扱われてる訳ですね……」
「そう。使うことが出来なくても、家に魔道具があるってだけで話の種になるからね。下級貴族がよく買っていくんだ」
「へぇー」
どこの世界も見栄を張りたがるのは同じってことか。
「それで……ウハウハですか?」
「正直な話……かなりウハウハ」
モーリッツさんが悪い顔をしている。
多分俺も、今同じような顔をしてると思う。
…ディッグさんとケランさんがポカンとしてるので本題に戻ろう。
「こほん…それでその肝心のお店の場所はどこなんですか?」
「いやー、それがこっちとはちょうど反対側なんだよね……」
「というかあんた、いつまで着いてくるんだ?仕事の報酬はもう貰ったぞ?」
ディッグさんがやや呆れ気味に言う。
言われてみれば自分のお店があるんだから、第3寮舎を見に来る意味は無いと思う。
「実は、皆さんと別れてからお店に行って荷物を置いてすぐにギルドに向かったものですからお昼ご飯を食べてなくて…それで兵士の方に皆さんがお店を聞いてるのを聞いて、興味が湧いたので……」
「どうせ同じ方向だし、一緒に行こうと」
「そういうことです」
なるほどなー、納得
どうにか場の雰囲気を和らげ、その後も当たり障りのない会話を続け、モーリッツさんと別れるなどしている間に目的の第3寮舎に着いた。
「ここが第3寮舎です」
「「「…………」」」
冒険者勢が呆然としている。
見た目は普通の二階建て寮舎だ。
アニメとかでしか見たことないが。
それでもなかなか良い感じだというのは分かる。
中も期待が持てそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…。これがスタッフ用の寮だと?」
「はい、そうですよ?」
「冗談は程々にしてください。こんな豪華な使用人の寮なんてあり得ませんよ」
「ここにあるじゃないですか」
「「……」」
ディッグさんとケランさんの疑問に、淡々と答えていくハルキ。
また言葉を失う2人。
だがそんなことより俺は早く中が見たい。
「ハルキさん、中を見せてください!」
「もちろん。では行きましょうか」
わーい!
中に入っていくハルキの後を追い、俺も寮に入る。
それにチェルシーちゃんが続き、ハッと我に帰ったディッグさんとケランさんが慌てて追いかけてくる。
ちなみにメイカさんは今も俺に引っ付いている。
「まずはここが玄関です。入り口はここと廊下の端にある非常口の2つだけです」
「それじゃあ非常事態の時動きにくいじゃない」
ここまで一言も喋らなかったメイカさんが口を開いた。
「入り口が一つの他の宿屋よりは対応しやすいと思いますよ?」
「…ふん」
駄々っ子かな?
そのあとも、管理人室、寮の共同スペースのリビングとキッチン、大浴場とトイレを回って階段で二階へ。
二階はそれぞれの個室となっており、同じ内装の部屋が10部屋あった。
なお中には窓、時計、ベッド、勉強机に椅子、そしてクローゼットと姿見があった。
そしてなんと各部屋にトイレが付いている。すごい。
正直寮だし、風呂場も予想通りの大浴場だったからトイレも共用だと思っていた。
下のトイレがそうだったし。
だからこれは嬉しい誤算だった。
閑話休題
部屋を紹介して回るハルキに、一部屋一部屋全てにボソボソと文句を言っていくメイカさん。
それにハルキも律儀に返すもんだから、メイカさんのイライラがどんどん募っていく。
なんで分かるかって?
抱きつかれてるからちょっとの力の変化も分かっちゃうのだ。
ちなみに今は若干痛い。
これ以上はキマってしまう。
全ての部屋を見て回り、再びリビングに戻ってきた俺たち。
さっそくハルキが口を開く。
「さて、これで全部の部屋を見てもらった訳ですが……いかがでしたでしょうか?」
「…まぁ、良いんじゃねぇか?」
「そう…ですね……僕もそう思います…」
「……」
素っ気ない返事をしているが、内心気に入っている感じがする冒険者勢。
ここは俺が背中を押しますか。
「ここならギルドにも白兎亭にもそこそこですし、部屋も一人で使うには広すぎるぐらいですし、なにより建物に罪はないですし、私も良いと思うのですが…」
「!…そうだな…」
「確かに…建物に罪はない…ですね……」
「……」
ディッグさんとケランさんはどうにか納得してくれたみたいだが、メイカさんはまだムスッとしている。
うーん…嫌われてんなぁ、ハルキ。
「……ねぇ、マーガレットちゃん」
「なんですか?メイカさん」
「どうしてアイツの肩を持つの?あの子だってそう。指示されたからってマーガレットちゃんが苦しむ事をしたんだよ?なのになんでさっきあの子を助けるようなことをしたの?あの二人のこと…恨んでないの?」
……なるほど。
メイカさんがふてくされてたのは、俺がギルマスに眠らされるほど取り乱した原因を作り出した相手と仲良くなってたから、仲良くなろうとしてたからか。
…こういう時ほど本人と話したいと思うことはない。
俺の感情とこの子の感情が噛み合わなければ、今後必ずどこかで矛盾が発生してしまうし、この子が嫌いな相手と俺が仲良くなってしまえば、仮にこの子に体を返せたとしても、その後の生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
人間関係はめんどくさいのだ。
だが俺自身はもう折り合いをつけてしまっている。
アイツを落とすのに、ダンジョンマスターたるハルキの協力は欲しいし、単純に異世界で出会った同郷出身者としても親しくありたい。
チェルシーちゃんは、マーガレットちゃんと歳が近そうだから良い友達になってくれると思ったのと、ただただ彼女を見守りたいと思ったから。
まだ会って間もないが、彼女が優しい子なのはなんとなく分かった。
もちろん演技じゃなければ、というのが付くが、少なくとも俺は彼女を信じることにした。
だからメイカさんの、二人を恨んでいないのか?という質問の答えは……
「正直分からないですね」
「え?」
なんだかんだ言っても結局これは全部俺の主観なのだ。
マーガレットちゃん本人がどう思ってるのか分からない以上、俺が断定することじゃない。
「メイカさん。私が話した夢の内容、覚えていますか?」
「…うん」
「あれ、夢じゃないでしょう?」
「……」
顔を俯かせ答えないメイカさん。だが俺はハルキとの会話によって、あれが現実で起きた事だと確信している。
「翡翠竜…でしたっけ?そいつが村をめちゃくちゃにした。あの夢は現実なのでしょう?」
「……」
ディッグさんも、ケランさんも答えない。
「それを私は忘れていた。あの惨劇を忘れて、友達を作って、美味しいご飯や魔道具に心をときめかせてた」
正確には忘れていたわけではないが、そんなこと言ったらまたややこしいから置いておく。
「…それの何がいけないの?」
メイカさんが呟くように言う。
「マーガレットちゃんはまだ10歳なんだよ?まだ子供なんだよ?それなのにあんな事が起きちゃったんだよ?」
そう言うメイカさんの目からは涙が流れている。
「心が抱え切れないから忘れてたんでしょ?だったらそのままでいいじゃない!無理に思い出さなくていいじゃない!私たちと楽しく暮らせばいいじゃない!」
「メイカさん……」
言ってることは分かる。
チェルシーちゃんの手によって、この子を表に引き摺り出した時、とても会話ができる状態じゃなかったと教えてもらっている。
そんな状態なら、いっそのこと全てを忘れて生きていったほうが幸せなのかもしれない。
でも…
「…それじゃあダメなんですよ」
「なんでっ!?」
「記憶からは消えていても、心からは消えない」
「!!」
「ふとした拍子に思い出すかもしれない。そこまでいかなくても、疑問に思うことはあると思います。私の親は誰なんだろうって…」
「……」
「そうなったら結局思い出す。その度に私はそのことを忘れないといけなくなる。それじゃあダメなんです」
「……」
「メイカさんが私を心配して言ってくれてるのは分かります。ディッグさんとケランさんが私に何も言わないのも、私がまた傷つかないようにって気を遣ってくれたんでしょう?」
「……あぁ」
「……」
ディッグさんは俺の次の言葉を待っている。なにか、覚悟を決めた顔をして。
ケランさんは何も言わない。ただ、すごく悲しそうな顔をしている。
…この二人はこの子の考えを尊重しようとしてくれているんだ…。
メイカさんはまだ納得していないようだが、彼女も彼女なりのやり方でこの子を守ろうとしてくれている。
…本当に、良い人達だ。
だから、マーガレットを演じているという大嘘を続けてきてしまった俺は、せめてそれ以外のことで、この人達に嘘を吐きたくなかった。
「皆さんの気持ちは嬉しいです。ですが、それじゃあダメ。私のためにならないんです。だからチェルシーちゃんには感謝してるんです」
「……え?」
急に名前が出てきたことに驚くチェルシーちゃん。
「な、なんで……?だって、あたしは……」
「確かに強引だったのはアレだけど…ああでもしないと思い出さなかったのも事実だしね……」
それに、今言うことでは無いが美少女と見つめ合うという、前世じゃ絶対に叶わないシチュエーションを体験しただけでも俺は十分役得だと思っている。
さすがに場の雰囲気をぶち壊すので言わないが……。
「こほん…なんにせよ、あの出来事を思い出した事を私は感謝してるし、おかげで当面の目標も出来たんですから」
「目標……?」
俺の言葉にメイカさんが反応する。
「はい、私は翡翠龍を叩き落としたいと思ってます」
「「「「はぁ!!?」」」」
すでに知ってるハルキ以外のみんなが口を大きく開けて驚く。
…いや、驚きすぎじゃない?
「だ、ダメよマーガレットちゃん!復讐なんてなんにもならないわよ!?」
「そ、そうだぞ嬢ちゃん!馬鹿な事はやめとけ!!」
「あー、なるほど…」
あんなに驚いた理由をなんとなく察した。
みんな、俺が直接狩るんだと思ってるんだ。
そりゃ驚くし、止めようとするわ。
「いやいやさすがに私だって直接狩りに行くほど馬鹿じゃないですよ」
一瞬考えた事はあるけど。
「えっ?じゃ、じゃあどうするつもり?」
そう聞いてくるケランさんに俺は自信満々に答えた。
「私じゃ無理なら、出来る人に頼めば良いじゃないですか」
「「「「…………」」」」
そんな俺の答えに、皆さんまたもや開いた口が塞がらないようだった。




