1.異世界転生…というか転性?
俺、「高嶋 浩輔」は交通事故により命を落としてしまった。
いや、白線は守ろう?
いくら角で見づらいのは分かるけど、だからこそ一時停止が必要なんだろうに…
その先が大通りだったらなおさら気をつけるべきだ。
そうしないと誰か撥ね飛ばして、それをまた違う車が撥ねるという、ヒトコロスイッチが発動しちゃうよ?
車の人だけでなく歩行者、自転車の人も気をつけてね。どっちも気をつけてこそ真の安全確認だから。今それで死にかけてるお兄さんとの約束だぞ☆
とかそんな悠長なことを考えてるうちに俺は意識を手放したのだった。
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「ん…」
ガタゴトとでこぼこ道を進んでいる感覚を感じ目を覚ました。
「あ、起きた」
そう言いながら俺の顔を覗き込んできたのはベージュの髪にオレンジ色の瞳で、魔女風の帽子をかぶった、知らない綺麗な女性だった。
どうやらその女性に膝枕されているらしく後頭部に柔らかな感触が、そして俺の目の前に女性のなかなか豊かなお胸があった。
何ここ天国?
「……?」
「まだ寝ぼけてるわねぇ」
「そりゃあ、起きたてなんだから当然でしょう」
いや、まぁ確かに朝は弱いけども。
さすがに知らない美女に膝枕されていたら、目が冴えるというもの。
そんな俺の顔を見ながらふんわりと微笑む女性の言葉に返事をした声が聞こえた方を見ると、紺色の髪と瞳の神官風の男性がいた。
もちろん知らない人だ。
「だってぇ、知らない仲ってわけじゃないから「おはよう」ぐらいは言ってくれるかもって……」
「挨拶が欲しいなら自分から言えばいいでしょうに……」
「寝ぼけて「メイカお姉ちゃん?」って言ってくれるかも知れないじゃないの!」
「会話になってます……?」
なってません。
そんな2人の会話?を聞き流しつつ今の状況を整理する。
まず、俺は死んだはずだ。
車に2連続で撥ねられ交通ルールの重要さを、文字通り身体に刻み込んで死んだはずだ。
俺は破ってないが。あの歩道ちゃんと自転車もOKだったし。
だが今俺は恐らく馬車に乗って、こうして美女という名前らしい女性に膝枕をされている。
柔らかな感触がこれが夢ではないことを物語っているし、天国にしては揺れが激しいし腰から下が硬い板の上のような感覚だ。
となると、異世界に転生した…?
しかしさっきメイカさんは俺と「知らない仲じゃない」と言った。
だが俺にこんな綺麗な女性の知り合いはいない。
そうなると次に考えられるのは…
「ねっ!マーガレットちゃんもそう思うでしょ!?」
「…………」
「マーガレットちゃん?」
「…………え?」
「どうしたの?まだ眠い?」
「え、あ、えっと……」
やべぇ考え事してたからなんも聞いてないどう答えよう……
というか俺、《マーガレット》って名前なの?
ずいぶんかわいい名前だなぁ。
しかも《ちゃん》付け。
まるで女の子みたいだ。
「お、マーガレット嬢ちゃん目ぇ覚めたか?」
また知らん男の人の声が聞こえた。
いや待て、今《嬢ちゃん》と言うたか?
嬢ちゃんって、待って待ってもしかして?
もしかしなくても?
俺、今、女の子…ってこと…?
「よぅ嬢ちゃん、おはよぅさん!」
俺が衝撃を受けつつも声の方を向くと、黒目でスキンヘッドの、バリバリ戦士系という出で立ちの男性が気さくに挨拶をしてくる。
その男性の先には「おっさん」というよりは「おいちゃん」といった感じの男性が座っており、馬の手綱を握っている。
やはり馬車の中で合っていそうだ。
と、それより…
「お、おはようございます?」
「なんで疑問形なんだ?あと、敬語はいらねぇっていつも言ってるだろぉ?」
かろうじて挨拶を返した俺に、恐らく戦士の男性はガハハ、と軽快に笑いながら言った。
ふむ…今の感じだと敬語で良さそうだ。
仲がいいならため口でも不思議じゃなかったからな。
出来る限り不信感を与えないように振る舞いたいから、以前からの口調で喋らないと……。
「もぅディッグ…そこがいいんじゃないの。ホント分かってないわねぇ」
「ため口のが距離が近くていいだろが」
「マーガレットちゃんから礼儀正しさを取ったら普通の美少女になっちゃうでしょ!?」
「何気にひどくないか?それ……」
俺もそう思う。
だが今の会話でこの娘が礼儀正しい美少女だったと言うことが分かった。
それが分かるだけでもやりようはある。
ゲーマーならば大半はやったことがあるであろう《ロールプレイ》の使い所だ。
あとは元気系かクール系か分かればもっと良かったんだけど……。
まぁとりあえず、そろそろ起きるか。
できればこの天国からは離れたくないがそういうわけにもいかない。
「あ、ダ〜メ♡」
…そもそも起き上がらせてくれなかった。
「もうちょっとで着くから、それまで寝てて良いわよ」
「あなたが楽しみたいだけでしょうが…」
「良いじゃないケラン、こんな機会滅多にないんだからぁ」
さっきから思っていたがメイカさん、過保護な気がする。
結局、天国に戻ってきた俺は考えを巡らせることにする。
馬車だしどこかに向かっているのは分かっていたが、どうやらもうすぐ目的地に着くらしい。
そうなると、着いた先で何をやるのか聞いといたほうがいいだろう。
それに、目的地にこの娘の知り合いがいた場合どう接していたかも考えなくてはいけない。
同年代の子にまで礼儀正しく接してるとは考えにくいが、万が一ということもある。
分からないところは不自然にならない範囲で誰かに聞きつつ、騙し騙しやっていくしかない。
「考え事?お姉ちゃんに話してみてよぉ」
ちょうど良いタイミングでメイカさんがちょっかいをかけてきた。
というか女性同士とはいえ、太ももをさするのはやめてほしい。
こそばゆいし、危険を感じるし。
「あーえっと、そういえばいつ寝たか覚えてないなぁって…」
「っ!」
太ももをさする手を離そうとしながら当たり障りのなさそうなことを聞いたはずだったのだが……何かまずったか?
「そうだね…昨日は遅くまで起きていたようだし、覚えてないのも無理はないんじゃないかな?」
「! そうそうっ、だからあんまり気にしなくていいんじゃないかしらっ?」
言葉に詰まったメイカさんの代わりにケランさんが答え、復活したメイカさんがそれに便乗した。
…隠し事下手すぎひん?
ほら、ケランさんめっちゃ呆れてるよ?
メイカさんやり切った顔してるけど全然ごまかせてないよ?
あとそろそろ手ぇ離して?
「お、皆さん、見えてきましたよ!」
なんだか妙な雰囲気の中、御者のおいちゃんの声が響いた。
「あ、じゃ、じゃあマーガレットちゃん、ちょっと見てみる?」
まだ動揺の抜けていないメイカさんが早口で提案してくる。
わざわざ指摘するほど野暮ではないのでコクリと頷き、メイカさんと御者台から外を見た。
「おぉ……」
そう呟いた俺の視界にはこれぞファンタジーと言わんばかりの、立派な壁がそびえ立っていた。