音楽室
寮に帰る途中、俺は今会いたくない人ランキング上位の奴に出会ってしまった。
そいつは目ざとくこちらを見つけ、手をブンブン振りながらこっちに駆け寄ってきた。
「うぉーーーい!!りつぅーーーーっ!!」
「すみません。どなたですか。という事で失礼します」
「あ、おい逃げんなぁーーーっ!!!」
俺はそいつから逃げる為に全力疾走した。
なんせ周りの目線が痛い痛い…。
「え、あれってカイトくんじゃない!?」
「ほんとだ!!あの売れっ子モデルの!?」
そう。そいつは仕事上で知り合った友達の睦 海斗だ。
つまり芸能クラスに所属している奴である。
「で……カイトくんが追いかけてるのって誰……?」
「さぁ……?誰だろあのボサ頭」
ボサ頭は酷くないですか。
事実ですけど。
それから完全な鬼ごっこ状態になっていたが、向こうから音を上げてきた。
「り、律っ、おま、足速いっ!!」
「カイが追いかけてくるから…てか話しかけてくるからだろ!!」
「え〜だって友達に話しかけて何が悪いのさ〜」
俺が止まってやると、カイもすぐに追いついてきた。
周りの目線は未だに俺に突き刺さってくる。
「え、と友達って言わなかった!?」
「なんであんなボサ頭ブスが!!?」
「キィイイイイ!!!!」
なんか俺の評価辛辣じゃ……。
後の発狂者は無視しておこう。
「学校では目立つから話しかけんなって言わなかったか?」
「え〜なんかいつものノリで……な?」
「な?じゃねぇし」
いや、本当に『な?』では済まない。
あいつは学校の怖さを知らないんだ。
ちょっと噂が立てば、次の日にはクラス中、いや、学校中に広まっているなんてこともザラじゃ無い。
ちなみにソースは俺。
取り敢えず、目立ちたくないので歩みを進める事にした。
後ろからはもちろんカイが追いかけてくる。
これじゃあんまり意味無いんだけど……。
〜〜〜〜〜〜〜
寮に着くと、カイも当たり前のように中に入ってきた。
流石に芸能人は寮にはいないだろうと踏んでいたのだが……どう言う事だろうか。
「お前、寮生なの?」
俺はカイに聞いた。
「おう。こっちのが便利だし」
「お前の家って、ここから遠いの?」
「いや、撮影場所が近いじゃん?」
「あぁー。」
いや、誤算だった。
俺が寮に入ったのも家が遠いからともう一つ、撮影場所が近いからだった。
同じ場所を使っているこいつが、ここに来ない理由は無い。
「逆に律は?家遠いの?」
「まぁ。校区内から離れるように、わざとこっちに来た」
「ほーん」
何だかんだ言っている間に、部屋に着いた。
なんとカイと同部屋……。
他にも二人、同じ部屋の奴が居るのだが…芸能人ってなんなんだろう。
(人の事は言えない)
「おぉ、運命っ!」
そう言って目を輝かせているカイは横目にズカズカと部屋に入っていく。
「お前、感慨ってもんは無いのかよ」
「ない」
同部屋になった他の二人も中々爽やかな良い奴だった。
いや、良かった良かった。
〜〜〜〜〜〜〜
風呂に入る時は本当に憂鬱だった。
男まみれの浴場は最早戦場……。
横からカイはちょっかいを出してくるし。
男なら俺の知名度もなんてことないと思っていたら、カイといるだけで注目は集めてしまうし、なんか握手も求められた。
ついでと腹筋タッチなるものをするのもいた。
何それ。
風呂上がりは脱衣所でさっさと髪を乾かしてしまう。
横からカイの「あぁ〜……」という謎の落胆の声は聞かなかった事に。
「女子とは寮の棟自体違うんだから別にいいだろ」と言われてしまったが、念には念を、だ。
〜〜〜〜〜〜〜
そんな感じで一日目は終わり、翌日の登校。
相変わらずカイは俺に着いてくる。
鬱陶しい。
クラスに入ると、やはり質問攻めに遭ってしまった。
どうやら昨日の噂は既に学校中に回ってしまっているらしい。
どういう関係?と聞かれたのでそれだけは幼馴染と言って誤魔化した。
後で話を合わせてもらおう。
そしてそれ以外は尽く無視を貫いて机に突っ伏す。
また、クラス内ではもう一つの噂が。
どうやら四津さらりがいるらしい、と。
もちろん、四津さらりというのは俺の芸名だから名簿表には載っていない。
芸能クラスに人が押し寄せたらしいが、四津さらりは見つけられるはずもなく、浴場にだけ現れる生き霊か、などと騒がれていた。
人を生き霊呼ばわりとは、なかなかな……。
そして学校も終わり放課後。
昨日は寮の事で忙しくて行けなかったのだが、今日はとある場所に向かう事にした。
昨日の内に上納先生に場所は聞いていたため、すぐに辿り着くことができた。
そこは本棟の三階の端にある。
防音は完璧。
広い空間。
その中央にあるのは黒い光沢のある物。
ピアノだ。
そう、そこは音楽室。
と、そこから一人の女子生徒が出てきた。
髪は肩より少し下ぐらいの黒髪。目鼻立もスッキリしていて、非常に整っている。
俺はそいつを見た事があった。
いくつかの音楽コンクールで金賞受賞の経歴の持ち主である、弥生 由紀。
俺が一度だけ出た事があるコンクールでも金賞を受賞していた。
そんな人物をお目にかかる事ができて光栄に思っていると、向こうから睨まれてしまった。
おぉ、怖い。
音楽室に入ると、早速椅子に座り、鍵盤に手を這わせる。
心地よく冷たい鍵盤を感じてから、気持ちを切り替る。
そして、俺はこの時だけ、ピアニストになる。
「…………。」
……どうしよう。扉の隙間めっちゃこっち見てくるんだけど。
さっき出て行ったはずの由紀が、いつのまにか戻って来ていた。
恐ろしい早技だ。
「何か用?」
流石に集中できないので聞いてみる事にした。
「いえ、こんな所にも良い演奏をするのがいるのが意外で」
「そうかい。それはありがとう」
「……あなた、コンクールには出てないわよね?」
「まぁね。一度だけ出た事はあるけど」
「そう……」
気まずい。会話が途切れてしまった。
「……一緒に弾いても良いかしら?」
「え?いいけど……?」
思わぬ申し出に戸惑ってしまった。
なんせ相手はあの弥生由紀だ。ピアノ界で一番有名と言っても過言ではない。
スタスタとこちらに向かってくる由紀は、俺の隣に座ると、催促するようにこちらに視線を投げかけてきた。
どんな曲でもいいと言っているのだろうな。
化け物め。
「じゃあ、くるみ割り人形で」
「王道ね」
「何が悪いんだよ。どんぐり割りにするぞ」
「何よそれ」
「知らねぇよ」
そうして俺は由紀と連弾を始めた。
あれもこれもと弾いている内にいつのまにか下校時刻に近づいていた。
「お前明日もここ来るのか?」
「ええ。そういえばあなたの名前、聞いてなかったわ」
「俺は晒律だよ。あ、お前の事は知ってるからいいぞ、由紀」
「いきなり呼び捨てなんて馴れ馴れしいわね」
「お近づきの印だよ。じゃあ、また明日もここで」
「ええ」
それだけ言い、帰ろうとしたが、由紀のブレザーに付いたものがキラリと光ったのに気がついた。
「お前、Ⅰ組なのか」
「特例で入れてもらったのよ。お陰で周りはキラキラした人ばかりで鬱陶しいわ」
「そ、そうか」
カイ達の事を鬱陶しいとは……他クラスの奴が聞いたら殴り飛ばされそうだ。
何はともあれ、ようやく俺の静かで平穏な学生生活が始まった……
はずだった。
さらしりつ→しづさらり
安直すぎネーミング草。
下のお星を全部色変えていただけたら、律の腹筋に間接タッチできます!(?)