由紀の分まで 二
2本目投稿です!
※矢嶋親子のざまぁ→矢嶋先輩だけのざまぁに内容変えました。
矢嶋先生回まではまだしばしお付き合いを……m(_ _)m
そして俺は倉持さんが待つ部屋に着いた。
ノックをしてからドアを開け、中に入ると、なんとそこには編集長も居た。
それに驚いていると、向こうから声を掛けてくれた。
「さらりくん、こんにちは」
「は、はい。こんにちは」
編集長は穏やかそうな中年の男の人だ。
お腹がぽっこりと膨らんでおり、いつも笑顔の良い人だ。と、俺は思っている。
「で、どうして編集長が?無理だったんじゃないんですか?倉持さん」
「それが……」
倉持さんが視線を編集長の方に向ける。
「さらりくんがそんな事言うだなんて、きっと大事な事に違いないと思ってね。頑張って時間空けて来ちゃったよ」
倉持さんの意図を察し、編集長が途中を引き継いでそう、何でもなさそうに言う。
空けて来ちゃったよって……。大丈夫なのか……?
「大事な事じゃなかったらどうするつもりだったんですか」
「そう言うって事は大事な話なんだね?」
「そうですけど……」
「まあ、そこに座っておくれ」
俺は目の前にあった、編集長の対面の椅子に座る。
「それで?どうしたんだい?」
「はい。まずはこれを聞いてください」
そう言ってポケットからさっきのレコーダーを取り出す。
そして再生ボタンを押し、倉持さんと編集長に聞かせた。
『ーーーただピアノの蓋落としてやっただけっすよ。ま、結果直撃は失敗して、勝手にこけて怪我しやがっただけだけど』
「……これは?」
「矢嶋の声です。これはうちの学校であった事なんですけどーーー」
そう言って俺は倉持さんと編集長に事の顛末を話した。
弥生由紀という人物の事。
音楽室を賭けてピアノで対決した事。
その時に矢嶋が故意で蓋を落とし、間接的ではあるが由紀が怪我をしてしまった事。
そしてこれが証拠だと言う事。
俺の声も入っているので、信じるには十分だろう。
徐々に二人の表情は曇っていった。
そんな奴がここにいるのは重大な案件だ。
そしてようやく編集長が口を開く。
「それで、矢嶋くんの契約を切って欲しいと?」
「はい。でないとこれは、あのクソティーチャーの事以前にここに大きな損害をもたらしかねません」
「く、クソティーチャー?」
「矢嶋先生のあだ名です」
するとまた倉持さんがぶふっと吹き出した。
これは本当にツボだったのか……。
「……そうだね。これは早急に対処すべきな事だ」
編集長が言う。
「だけどね、さらりくん。彼が逆恨みしてきたらどうする?」
「逆恨み……ですか?」
「そうだよ」
あんなボンボンが俺にに何ができるのだろうか?
簡単に握りつぶしてやれるが……。
「それに、それは君だけの問題じゃないよ」
「どう言う事ですか?」
「弥生さんはどうするの?」
「あ……」
深く考えきれていなかった。彼女は矢嶋と比べても立場も弱い。
俺じゃなくて彼女を標的にされる可能性が高いじゃないか。俺は……まだ浅はかな考えしか出来ていなかったという事だ。
「気付いたよね?だから、彼の契約は切らない」
「ですがっ…!!」
「大丈夫。契約は切らないけど、彼をもう表舞台に立たせる事はしないよ」
「……と言うと?」
「彼のような悪ガキは今までも観てきたよ。だから、彼よりも悪質な悪ガキも実際問題存在はする。そう言う人の付き人兼監視になってもらって、悪さは出来ないようにするよ。まぁ、彼がどうなるかは……分からないけどね?」
編集長は獰猛な笑みを見せる。
大人とは実に狡猾な生き物だな、と改めて思い知らされた。それに対して、俺はまだまだ子供だ。
「そうですか……。ありがとうございます」
契約解除まではいけなかったが、これであいつの輝かしい芸能生活は終わりだ。
何よりこっちの方が弥生や俺にも都合はいい。
次は学校だが、どうなるだろうか。
〜〜〜〜〜〜〜
今日は矢嶋の停学期間が終わりを迎える日。
音楽祭まであと約一週間だ。
俺は事前に上納先生に話をつけ、理事長との話の機会を取り持ってもらっていた。
もちろん、矢嶋親子も来る手筈だ。
朝早く、寮を出た俺は、理事長室へ向かった。
同部屋の三人を起こさないように気をつけながら、校舎へ向かう。
理事長室の前に着くと、大きく深呼吸をし、ドアをノックして入った。
中には理事長、上納先生は居たが、当の矢嶋親子はまだ来て居なかった。
すると、上納先生が話しかけてきた。
「晒。理事長の大事な時間を使うんだ。手短にな」
「はい。そうできたら良いんですけど……相手が相手なので」
「……それもそうか」
何か納得してしまった。
あの親子の評価はどんなものなのか……。
ドアがいきなり開けられた。
矢嶋先生を前にして、あの親子が入って来る。
ノックぐらいしろよ……。と思ったが今大事なのはその事ではない。
どのみち、居なくなる奴の事など考えるまでもないしな。
「失礼しますよ、理事長。して、私達に用とは何ですか?晒くん」
矢嶋先生が余裕の態度でこちらに聞いてくる。
因みに、後ろの矢嶋はそっぽを向いている。
今から行われる事が、分かってしまっているのだろう。
哀れな奴だ。
「まずは、これを聞いてもらえますか?」
前編集長に話したように、レコーダーを取り出し、再生する。
矢嶋の声が流れ出し、リアルの方の矢嶋もどんどん血の気が引いていく。
「な、何だこれは!?お前、何のつもりだ!!!」
矢嶋先生が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
上納先生や理事長も驚いているが、今は聞くことに徹してくれている。
「聞いて分かりませんか?これは矢嶋先輩からとった証拠です」
「そんな訳ないだろうっ!!デタラメを言うなっ!!!!」
「本当です。そっちの矢嶋先輩に聞いてみたらどうですか?」
「っ……どうなんだ、お前!何とか言え!!!」
「…………」
矢嶋は黙ったまま、そっぽを向き続けている。
「沈黙は一番の肯定ですよね?」
「くっ……!そもそも何でお前がそんなの持ってるんだ!!もし盗聴とかだったら……」
「この後に入ってるの、俺の声ですけど」
「……は?」
続けてその後も流す。
と、途中から俺の声が変わり、今の暗い声になる。
「なっ……!?」
矢嶋先生は、目を血走らせ、まだ俺に突っかかってくる。
「……でも、お前に芸能界とは関係ないはずだ!ちょっと弥生と仲がいいからって、こちらの世界に首を突っ込んでくるな!!」
「はぁ……あんたらは親子共々馬鹿ですか?」
「何!?」
今にも掴みかかって来そうな勢いの矢嶋先生を押しのけ、誰からも見えない位置で、俺は眼鏡と、そして前髪をピンで留めた。
そして、皆がある方に振り向く。
「俺の顔に見覚えがない、とは言わせませんよ?俺、矢嶋先輩の先輩なんで」
「は、はぁっ!?おま、お前は……!?」
「え、四津さらり!?」
答えを言ってくれたのは意外にも上納先生だった。
確か上の人にしか俺の事は通していなかったはずなので、それも当然かもしれないが。
「矢嶋先生。もう観念してください。あなたは息子さんの犯した事を隠蔽しようとしたでしょう?そうじゃなくても、あからさまに擁護していたのは事実です」
「し、知らない!!そんな事はしていないっ!!!」
「無駄です。今、理事長も聞いている事をお忘れですか?」
「っ!!!」
仕上げだ。
「先生。それと先輩。貴方達の居場所なんてーーもうどこにも無いんですよ」
「な…んだと……?」
「ついでに、雑誌のモデルはもうさせないとの事です。これからはある人の付き人になるんですって」
「う、嘘だろ……!?」
そう言ったのは、ようやく口を開いた矢嶋先輩の方だった。
「なので……今日、朝一番にまず由紀に謝れ。…この外道共」
「「っ……」」
ドスの効いた声でそう言うと、二人揃って黙り込んでしまった。
「そして、速やかにここを出てってください」
「ま、待て……!!それは!!」
「いいですよね?理事長」
理事長は少し思案し、こう言った。
「矢嶋くん、君がした事はもうどうにもならないよ。だけど……今回は減給に留めよう。でも息子の方は、退学処分にするよ。そんな危険分子を、ここに置いておく訳にはいかないよ」
「そ…んな……」
矢嶋先輩はその場に崩れ落ちた。
自業自得。矢嶋先生に大した処罰がないのは不服だが、理事長も今の段階はこれが精一杯なのかもしれない。まだこいつを落とすには弱い…か。
「そろそろ他の生徒も登校してくる時間ですので、俺はこれで失礼します」
「あっ!ちょちょっと待て晒!!」
後ろから上納先生に呼び止められてしまう。が、今は無視して気づかなかった事にしよう。
知らん知らん。
周りに登校してくる生徒が多くなりだす。
その中、ある場所に人だかりが出来ていた。
そこは、一年Ⅰ組。
中心にいる人物は由紀と、矢嶋親子だ。
矢嶋先生は頭を下げて、終始「すみません、すみません」と言い続けている。
一方息子の方はそんな事をする父親を必死に止めようとしているが、遂には先生に引っ張られ、土下座させられていた。
由紀の方はと言うと、何が起こっているのか分からないと言った様子で、困惑している。心中は複雑なものだろう。
矢嶋先生は、その後は比較的大人しくしていた。息子が退学になったと言うのに、今度は冷たい事だ。
そして矢嶋先輩のその後は、誰にも知る由も無いだろう。俺以外。
そしてもう一つの問題が発生。
やたらと上納先生が絡んでくるようになった。
俺から何とかして事情を聞き出そうとしているのだろうが、俺は何かと理由を付けては無視をする、という繰り返しをしている。
そして今は、もうあいつらも居なくなった事だし、久々に音楽室に行こうと思い、音楽室へ向かっている最中だ。
ドアを開け、中に入るとどうやら先客がいたようだ。
由紀だ。
もう音楽祭まで今日を入れてあと六日だ。
きっと相当切羽詰まっているのだろう……と思っていると、由紀はこちらに気が付いた。
「あら……律じゃない。ピアノ…使う?」
「いや、いいよ。お前の方が優先」
「そ、う……。でも、もう帰るし、いいわよ」
「え?もう帰るのか?」
てっきりこれからもう少し練習してから帰ると思っていたのだが。
今も、凄く焦っているように見える。
「ええ。だからどうぞ」
そう言って立ち上がる由紀。
何だ?様子がおかしい。
「……もしかして、上手く弾けてないのか?」
「……ごめんなさい。もう帰るわ。それじゃ」
「あ、おい!」
それだけ言うと、由紀はさっさと帰って行ってしまった。
俺に一抹の不安を残して……。
矢嶋先輩ざまぁボタンは下のお星様になります!
いよいよ一章もクライマックスです!
次は由紀sideをお送りしします……☆




