律、頑張る
いつの間にか週間ランキング一位せんくすです!
翌日から俺は和久井のピアノ指導、パート別の監督、指揮の練習と三足のわらじを強いられていた。
もちろん、志々田も手伝ってくれて、常にそれぞれのパートを見るわけではないし、今は和久井の方に重きを置いている。
あの出来事以来、和久井が突っかかってくることはなくなった。だが、未だに俺が指摘するたびにムッとした顔をされる。
明らかに和久井の中で、俺の評価は最低に落ちた事だろう。そしてそれは三ノ内も同じだ。
別に、俺の知ったことではないが。
美扇だけはあの後、俺に話かけてくれ、「晒くんピアノ上手だったんだ〜!凄いね!!」と言ってくれた。
誰にでも分け隔てなく話せる美扇の方が凄いと思うのだが……。
また、いつしかの足速い自慢をしていた橋方が、こっちを恨めしそうに見ていたのも俺は見逃さなかった。
それに加えて由紀の家にも行っているので最近はこれまで以上にない多忙さだ。
意外とあれこれ背負ってしまっているが、咲達の事は好きだし、音楽は好きだしで苦しさは感じず、久しぶりに充実感を感じていた。
そして、五月に入って早一週間が過ぎた。
「律、最近忙しそうだな」
そう言ったのは俺たちの部屋で何かを書いているカイだ。
書きながら話しかけてくるなんて器用だな。
「まあな」
「もしかして音楽祭関連?」
「おう。そっちこそ何してんだ?」
未だに何やらかき続けていたカイは、ようやく書くペンを置き、こちらを振り返った。
「じゃじゃーーん!」
「……なんだ?それ」
カイが見せてきたのは、謎の点や線と『誰でも大歓迎!是非ご応募ください♪』という文字だった。
「何って、音楽祭の勧誘チラシ」
「いや、なんでまたそんなものを……?学校に貼るわけでもあるまいし……」
それに文字以外何を描いているのか分からない。
かろうじて音符だけは分かる。
こいつにも出来ない事があるんだな、としみじみしていると、カイが口を開いた。
「それがさー、今日矢嶋先生から雑誌に音楽祭の宣伝してくれないか?って言われて。あ、因みに一席七千七百円の抽選」
「……そんなとこで金取らなくてもいいだろ、この学校」
「だよなー」
「というか、じゃあなんでチラシ書いてんの?」
「……確かに」
なんだ?俺の周りには天然しかいないのか?
カイはそのチラシをそそくさとしまってしまった。
「でも、そんなの多分あの会社許さないだろ?」
俺がカイに聞くと、カイはう〜んと唸りがら答えてくれた。
「俺もそう思ったんだけど…広告料なら払うって言うんだよな」
「なんだそりゃ。でも絶対元取れるだろうな」
「それが目的だろ。俺、あの先生あんま好きじゃない。やる事全部ずっこいよな」
カイによると、クラス内でもあの先生への不満は止まらないらしい。
金だけはあるクソティーチャーとかの言われようだと言う。
つまり、『いついなくなっても困る奴はいない』という事だな。いや実に、
―――それは良かった。
「カイ、今週の雑誌の撮影の時にお願いがあるんだが」
「何?」
今週はまた雑誌の撮影が入っている。
つまり、恐らくあの矢嶋先輩も来るという事だ。
その時、俺はとある作戦を取る気でいる。
やられた事は、やり返さなければ気が済まない。
同じような事をしても、相手と変わらないので、手段は変えてやる。
「その日、必要最低限の事以外は俺に話しかけないでほしい」
「え、なんで?」
「矢嶋先輩が来るから、仲良い知り合いだと思われちゃ、ちょっとまずい」
「矢嶋って……今停学中の矢嶋先生の息子?」
「そう」
矢嶋先輩の件は、詳しくは話されていないものの、芸能クラスのⅠ組からの停学者という事もあり、少し有名になっていた。
だが、一年Ⅰ組では矢嶋先生の不評と同じく、矢嶋先輩の批評も絶えない。
同時期に由紀の指が折れたのが原因だ。
先生が何も言わずとも、矢嶋先輩の件と由紀の指に関連がない方があり得ないのだ。
由紀自身は何も言っていないと言う。
矢嶋先生に口止めでもされているのだろう。
つくづくクズだ。
「……何かするつもり?」
カイが心配そうに、眉を下げて聞いてきた。
「そうだよ」
「何するの?」
「その内分かる」
「ふ〜ん…。分かった」
カイにそれだけ取り付けると、俺はベッドに転がった。カイも同じように、向かいのベッドに転がる。
「なんか、律が色々頑張るのって珍しいよな」
「まぁ、色々成り行きで」
「そうか……」
その後、俺は意識がだんだん遠のいていき、いつの間にか眠りについていた。
〜〜〜〜〜〜〜
翌日も相も変わらず合唱の練習だ。
スタジオが使えない日は普通に教室を使う事になっている。
男子勢の皆さんは頑張って音程もってくれているのだが、音程がずれている奴の声だけ俺の耳には浮いて聞こえる。
これ以上は多分無理だと高を括っているので、もう何も言わないが……そうなるまでが酷かった。
何度も何度も、先生から貸してもらった電子ピアノの前で「お前の音はこれ!本当の音はこれ!」というのをやっていた。
その時の男子の反応は
「おう…ほんまや……」
だった。
何がほんまやだよ。お前関東人だろ。
と脳内ツッコミをかまし、「もう一回っっ!!」と何度言っただろうか。
中には徐々にリズムがずれ出す奴も出てきたが、そこは女子の方々に引っ張ってもらおう。
そんな事をしている内、いつの間にか隠れ軍曹などと言うあだ名がついてしまった。
隠れもクソもないだろうに。
女子勢の皆さんは音程は取れているものの、とにかくリズムが揺れがちだった。
今はかなり改善されて言う事も無いが、これまたそこに至るまでには沢山の紆余曲折が存在した。
俺が指揮棒を手に持ち、一定のリズムを刻みながら前に立ってやったのだが、徐々にずれて速くなりだす。
その度にとにかく手を叩かせてリズムを体に叩き込んだ。
男子と同様に、こちらからも「軍曹!」と呼ばれ出した時はつい「何が軍曹だっ!」とキレ気味に答えてしまった。
ますます軍曹ではないか…自分。
和久井の方も順調で五月に入る頃にはいい感じになっていた。
まだ課題は残るものの、皆と合わせても大丈夫だろう。
そして、音楽祭の事とは別にもう一つ。
五月に入ったため、大事な事があった。
四月のポイント上位者が配信されたのだ。
一位にはしっかりカイの名前が入っており、二位以降にもⅠ組の名前が並んでいた。
因みに俺はと言うと、真ん中よりちょっと上になっていた。
まずまずいい感じな結果だ。
下位の方にある名前は、正直言って誰か分からなかった。
そんな感じで四月は過ぎ去り、音楽祭まで後三週間になっていた。
「それじゃあ、今日はこれで終わろう」
「「「「ラジャー軍曹っ!!」」」」
「だから何だよそれ……」
今日の練習も終えると、俺は寮へと帰る支度を始めた。
いよいよ明日には雑誌の撮影がある。
学校を出ると、早く帰って寝てしまおうと思い、俺は寮への道を急ぐのだった。
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軍曹っ!!
活動報告見れますでしょうか?
また、見えるか教えていただきたいです。




