いざ、練習開始
活動報告にて、ちょっとしたおことわりをさせていただきました。
よろしくお願いします。
翌日。
クラスメイト達と俺は、学校の敷地内にある、とある施設に来ていた。
「うわ、広〜〜っ!」
「すげぇ!こんなとこあるとか俺も知らなかった……」
クラスメイト達がその広さにぎゃあぎゃあ騒いでいると、志々田からの説明が入った。
「ここは今日、先生にちゃんと使用許可書を書いて僕達のクラス貸切で使わせてもらっているから、くれぐれも何か壊したり、傷つけたりはしないでね」
「「「「はーい」」」」
そう。ここはスタジオルームのような所だ。
防音もしっかり行われ、楽器も一通り揃っているし、広さも十分にある。
そもそも敷地内にこんな所があるのがおかしいのだが、しかもこの部屋が後二部屋あるらしい。
ここは完全予約制で、使用許可書も提出しなければならない。
今は音楽祭を控えているため、個人での利用は禁止されている。
しかし、ここを押さえた志々田には流石としか言いようがない。
このスタジオルームと同じ敷地に、スポーツの訓練施設もあり、部活に参加している生徒や、他の生徒も使用できる。
とにかくすごい広さなのだ。
「次にここを取れるのは一週間後だから、早く練習始めよっか」
志々田はそう声をかけて、皆もそれぞれのパートに分かれて練習を始めた。
ちなみに今日練習に来た生徒は約三分の二だ。まぁまぁの滑り出しだろう。
そして、俺の予想通り、和久井は今日は来なかった。やる気があるのなら今日もちゃんと来て自分の練習だけでなく、皆の事も見ていっただろう。
あくまでこれは自分の予想の範疇を超えないので、本当のところは分からないが。
「晒くん。君も各パートの所回ってアドバイスとかしていってくれたら嬉しいな」
「あぁ……。分かった」
取り敢えずまずはソプラノパートからだ。
今日が初めての練習という事もあり、皆準備はまだ全然な状態だろう。
そして案の定、まずはパートリーダーを決める所からで、その後の練習もあまり上手くはいっていなかった。
それは他のパートも同じだった。
今日は初日。
俺の仕事もあまりないだろう。皆には音程の確認やリズム、歌詞を覚える所から始めてもらって……。
「ねぇ、ここってどんな感じに歌うの?」
「なあなあ、ここの音ってなんだ?」
「やっばい……俺この曲聞いたことないんだけど……」
そうだった。
俺は勘違いしていた。音楽ができる奴なんてそこそこいるし、その辺も大丈夫だろう……なんて考えていたが初見では音楽ができるだけでは少し無理があった。
中には中学の時にやった事がある奴が教えている所があるが……。
違う、そこ音程が違う。
という感じで、ちゃんとできているのは少しだけしかいない。
これは……まずは主旋律から覚えてもらってそこから派生して練習するしかないか……。
「……志々田。すまん。一旦全員集めてくれるか?」
「え、うん。いいけど……。みんな〜〜っ、一旦集まってくれるかな〜〜〜っ」
皆が一旦練習をやめ、ぞろぞろと志々田の元へ集まりだす。
「で、どうしたの?晒くん」
志々田が聞いてきた。
「えっと……。ちょっと予定を変えて、パート練習は一旦置いておこう。今からこの曲初見の人と、そうじゃない人に分かれて練習を始める。初見の人はまずは曲を一通り聞いてもらって、そうじゃない人はリズムと音程の確認から始めよう」
「え〜?私ちゃんと歌えるから、皆んなに教えられるよ?」
先程音程を外してしまっていた女子が言った。
出来てないから仕方なくこうしようと言っているのだが……。
「えっとな、ひじょーに言いにくいけど、……山田さん音外してたよ」
「いや、私山田じゃなくて田中なんだけど」
まじかっ…もう一つの方の苗字だったか……。
「いや、ごめん。迷ったんだけど」
「迷うとこでもなくない?」
「……確かに」
仕方がないのだ。あまり人の名前を覚える事をしない俺には、名前を覚えてる方が奇跡に近い。
「ていうか音外してたって本当?私ちゃんとできてたと思うんだけどなぁ……」
「うん。外してた」
「即答……」
そう言うと、田中さんは石のようにがっかりした姿勢で停止してしまった。
「てゆーか晒〜。あんたって何様?」
と、今度はまた違った女子から声が上がる。ギャルっぽい喋りのその女子は確か…三内さんだったか……?
「どう言う事だ?三内さん」
「……あのねぇ、私の名前は三ノ内なんだけど」
「……三ノ内さん」
今度はノが足りなかったか。
いい線いってると思ったのだが。
「あのね、あんた自己紹介の時ピアノはちょっとって言ってたじゃない」
「そうだけど」
というかよく覚えてるな。こんな奴の自己紹介なんて。
と、しみじみしているのも束の間、三ノ内が少しずつヒートアップしてきた。
「あのね、まだ夏樹に言われるなら分かるけど、あんたじゃ私達は納得いかないの!」
「……夏樹?」
「和久井夏樹よ!人の名前ぐらいちゃんと覚えなさいよ陰キャ!!」
夏樹とは、和久井の下の名前らしい。
ということはこの三ノ内は和久井と仲がいいのだろうか。
だが、名前を覚えられないのは後天的なものではあるが、こればかりはどうしようもないので、どうする事も出来ない。
別にそんな事、三ノ内に言えた事ではないが……。
「ねぇ、里菜?それは言い過ぎじゃないかな?」
そう言ったのは隣の席の美扇だった。
里菜、とは恐らく三ノ内の事だろう。
「晒くんも良くしようと思って言ってくれたんだよ?」
「でも、なんかムカつくのよ!ここまで上から言わなくてもいいじゃない……!」
「……ならもういいよ」
「「え?」」
俺がそう言うと、二人ともこちらを同時に振り返った。
「別に、俺はここのリーダーでもないし、もう何も言わない」
「え、いや、でも……」
美扇は、心配げな表情で、こちらを見てきた。
そう言えば、前にもこんな顔をした事があったか。
「悪かったな。出過ぎた真似をして」
「ま、分かればいいのよ」
そう言うと、俺はスタジオの隅に向かって、一人、指揮の練習を始めた。
後ろからは、志々田と美扇がこちらを気遣わしげに見ていた。
〜〜〜〜〜〜〜
あれから一週間が経ち、二度目のスタジオ練習。
由紀は包帯もなくなり、今はリハビリに励んでいる。
俺はと言うと、毎日指揮の練習だけを行い、もう、だいたい同じテンポで指揮ができるようになっていた。
他の皆はと言うと、結局あまり進歩はなかった。
俺にあんな事を言った手前、手を貸して欲しいと言うのに気がひけるのか、皆俺に声を掛ける事はなかった。
スタジオルームに着くと、一週間前よりも人数は少し減ったが、今日は珍しく和久井が来ていた。
和久井はピアノの前に陣取り、楽譜を広げて早速練習を始める。
すると、途端にクラスメイト達の意識はそちらに向き、ピアノの周りに人が集まりだした。
和久井の演奏は聞いている限りでは、まだ不完全ながらも、少し形になってきた、と言ったところだ。
だが、まだあまりに問題点が多い。
強弱のつけ方もイマイチだし、テンポも合っていない。何より一音を綺麗に弾けず、隣の音まで一緒に弾いてしまっている箇所もある。
一週間と言うとこんなものなのか……?
今後改善していくにしても、これは合唱だ。伴奏がイマイチでは始まらない。
流石に耳が耐えかねてきた俺は、和久井の元に近づき、つい、口を挟んでしまった。
「……おい。ここはもっと強弱を付けて。それとテンポがバラバラだ。出来ているところと出来てないところの差が分かりやすすぎる。それに一音一音は綺麗に弾け。ピアノが泣く」
和久井だけでなく、周りまで静まり返ってしまった。
和久井だけに言っていたつもりだったが、久しぶりに俺が喋ったからか、視線が集まってしまった。
俺の額から汗が流れ落ちる。
「……は?なんであんたにそんな事言われなきゃいけないの?」
和久井がこちらを睨みつけてくる。
「いや……正直な感想を言ったまでだよ。合唱は伴奏と指揮が要なんだ。早く合わせて練習できるように、もっと早く上達してもらわないと困る」
「何よ……何様のつもり?私の演奏に不満があるって言うの?まだ一週間じゃない。そんなんで完成させる方が無理があるでしょう!」
和久井の語気が強くなる。
少し怯みそうになるが、ここはぐっとこらえる。
それに、これは和久井の為でもある。
「それを承知でお前は受けたんじゃないのか?伴奏が出来てないと始まらないんだ。まさか、楽したいから、集まりに出たくないから、とか言う不純な動機じゃないだろうな?」
「っ……そ、んなわけないでしょ……!」
どうやら図星のようだ。
明らかに狼狽ている。
「じゃあもう一度言うが、この程度で伴奏なんて受けてもらったら困る。もっと責任を持ってやれ。あまり時間もないんだよ」
「うるさい……。もう!何なのよ……!!……そんなん言うんだったらあんたが弾いて見せなさいよ……!」
「は?」
すると、後ろからも声が加わる。
「そうじゃん晒〜。自分ができない事を言ってちゃ、な〜んの説得力もないんだけど?」
それは三ノ内だった。
こいつ、先週のをまだ根に持ってるのか……。
「そうじゃない。ピアノ歴ちょっとの奴がピアノ歴六年に口出ししないでよ……!」
和久井がまたキッとこちらを睨みつける。
……まあ、そうなれば仕方ない。
「いいよ。そこ、どいて」
「はっ。本当にやるの?恥晒すだけじゃない」
「黙ってそこどけよ」
「っ……分かったわよ」
皆に注目される中、俺はピアノの椅子に座った。
台の上に楽譜が置いてあるが、それも和久井に突き返す。
「は?なんで楽譜……」
「聴いた事あるし、別にいらない」
「え?」
俺は大きく息を吸い込む。
そして、指を鍵盤に置きーーー
「♪〜」
「は……何で……」
スタジオ中が静寂に包まれる。
皆が皆、今は俺の演奏を聴いてくれている。
「そこっ……私の苦手な……何で何で!?」
「嘘……」
「ふん〜ふふふふん〜〜」
伴奏だけだと味気ないので、無意識に鼻歌も交えて演奏する。
演奏を終えると、和久井や三ノ内は呆然とし、他の皆もぼーっとしていた。
「はぁ……。で、何か文句は?」
「な、何で……ちょっとって言ってたじゃない……」
「ちょっとだよ。たった十二年」
「はあぁ〜っ?全然ちょっとじゃないじゃない……!嘘ついたの!?」
何をそんなに怒っているのか。
取り敢えず、理由を話してやる。
「いや、ちょっとだって。世の中には人生で五十年、いや、七十年近くピアノを弾き続けてる人もいるんだぞ?そんな人に比べたらまだ俺の十二年なんてちょっとだ」
「な、何よそれ……!嘘ついたのと変わらないじゃないっ!」
「ただの認識の違いだろ」
実際そうだろう。
人の価値観なんてバラバラだ。ただ、俺はまだ十二年と言う数字を少ないと思っているだけだ。
「……他には?何かある?」
「絶対嘘よ……。ちゅ、中学の時に弾いた事あったんでしょ!?そうでしょ!?」
「いや、少ないけど中学同じ奴いるし、そいつらに聞いてみたらいいだろ。俺たちはやってないよ」
「っ〜〜!何よ……。こんなの、私が恥をかいただけじゃないっ……」
和久井は俯くと、そのまま涙を流した。三ノ内がそれに寄り添う。
自分から吹っかけてきて、結局泣くのか。
自分勝手にも程がある。
だが、別に俺は和久井達に亀裂を生みたかったわけではない。
「……別に、俺は和久井さんから伴奏の座を奪うわけじゃない。指揮者としての仕事もあるしな。俺でよかったら教えるし、受けたからには、もっと真剣に取り組んでくれ」
「……いいわよ。分かった」
「そうか。じゃあ、頑張れよ」
「さっきは…取り乱して…ごめん」
「もういいよ」
和久井は気まずそうにしながら俺と入れ替わりで椅子に座った。
三ノ内はまだ不服そうな顔をしていたが、和久井がそう言うなら、と引き下がってくれた。
そしてこれから、俺が指示しながらのパート練習が始まった。
あ〜あ和久井ちゃん、ボタンは下のお星様になります〜。(なにそれ)
備考:何気出てない人の下の名前
志々田 晶
麻美 零




