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壮大な話と、小さいけど大切な苦悩

作者: ふじか もりかず

 ―――なぁ、宇宙人って信じるか?


 ―――俺は信じてるぞ


 ―――――だって、俺が()()だから




「おぇぇ……」

 飲みすぎた。

 居酒屋のトイレ、便器の前にひざまずき嘔吐感に耐える。

 まあ、アレだ。二十歳を迎えた小僧に必ず訪れる通過儀礼みたいなもんだ。

 自分の酒量がわからないと、こうなる。

 ゼミの先輩が言う、こうやって大人になっていくもんだ、と。


 1回吐けば楽になるとも言われた。

 だからこうやって楽になりに来たわけだが……なかなか吐けない。

 吐きたくても吐けないなんて聞いてないぞ!

 これはアレか、口に手を突っ込んで無理やり―――って事なのか?

 勘弁してくれよ。


 そもそもお酒って糞不味くないか。

 慣れれば旨く感じるってのもどうにも怪しい。

 美味しい物は、始めから美味しいだろ。

 焼肉も寿司もステーキも初めて食べた1口目から最高だ。

 自分じゃあ絶対に買わないたぐいの、高級スイーツ(笑)って奴だって、実際食べてみたら本当に美味しい。


 だからお酒が美味しいなんて、そんなの嘘だ。


 もう2度と飲まねえと心に誓ってトイレを出る。

 結局吐けなかったから、今でも気持ちの悪いままだ。

 でも、もうこれは高い授業料を払ったと割り切って諦める。

 それこそが大人になるってもんだ!




 飲み会の席に戻って、すみっこに腰掛ける。

 あいも変わらずに、男も女もぎゃあぎゃあとうるさい。

 日本史の古代文明をテーマとした堅苦しい考古学のゼミに所属していて、そのゼミの飲み会なんだが、今日はまるで別世界だ。

 それもそのはず、今日は面子が違う。


 うちのゼミ長は山下拓也やましたたくやっていう冴えない眼鏡の男性なんだが、最近その山下に熱烈なアプローチを仕掛けている一人の女性がいる。

 その女性の名前は山田律子やまだりつこっていう、一言でいうなら今時いまどきのギャルだ。

 何がどうなればあんなパッとしない男にミーハーな女が興味を持つのか……というより、何か裏があるんじゃないかと思える組み合わせだ。

 そんな山田のあからさまな好意に対して、山下は疑いもせずに受け入れて今日の飲み会へといたる。


 ゼミのメンバー10人と、山田の所属しているスキーサークル(?)だったか、とにかく山田の連れの男女10人、計20人で居酒屋の個室を貸し切っている。


 この部屋の様相は、陰と陽、混ぜるな危険って感じだ。

 いや、決して混ざり合う事の無い人種同士なので危険ではないか……ただただカオスなだけだ。

 そう、わざわざ考古学なんてもんを専攻している暗いオタク達と、毎日がパーティーみたいなピーポーどもが1つの部屋で飲み会をしてても、お互いが浮くだけだ。誰も得しない。


 その割には、テーブルのそこかしこから笑い声とコールと歓声が鳴り止まないが………。


 あれっ、意外とこいつら気が合うのか―――?

 思ったよりも馴染んでいるな。


 というよりも、この場で浮いているのって俺だけか!?


 これが飲み会の力なのか、酒の魔力なのか、思ったよりもみんな仲良く盛り上がっているように見える。

 最初はぎこちなく始まった飲み会も、俺が無理やり飲まされてトイレに駆け込んでいる間に、世界は一変したらしい。

「まっ、それならそれで良いけどな……」

 もうお酒はこりごりなので、チビチビとウーロン茶に口を付ける。




 そんな疎外感を味わいながら酔いを醒ましていると、3人の女性が近づいてきた。


「ねぇ、なんでそんな端っこにいるの?なんか食べる~?」

 目の前に座った子に話しかけられた。

「いや、食べ物はいいや」

 俺はそっけなく返す。

 目の前の女性は、女子グループによくいるリーダー格っぽい雰囲気を持っていた。

 一際ひときわ華やかな化粧をして、明るめの茶髪をなびかせ、肩から背中にかけて大胆に露出したドレスを身に纏っている。


 その左に座った女性からも声が掛かる。

「さっき、お手洗いに行ってたけど……大丈夫ですか?」

 心底心配そうな顔をして、上目づかいに様子をうかがってくる。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと酔っちゃってね」

「そうなんですかぁ。えっと、お水……取ってきましょうか?」

「気にしないで。本当に大丈夫だから」

「はい……」

 見た目とは裏腹に大人しい印象を受けた。

 賑やかなサークルに所属しているだけあって、化粧も服装もそれ相応のものをしているが、おそらく育ちが良いのだろう。大方、厳格な家で育ったが、大学デビューして周りの影響を受けたのか。

 そんな事を考えながらじっと見つめていると、目が合った途端に視線を逸らされた。でも、数秒すると再びこちらを覗き込む様に見てきて、再度目が合うと顔を赤くしながら視線を逸らす、これを何度か繰り返していた。


「あらっ、麗華れいかに興味津々?私たちお邪魔だったかしら?」

 からかう様な声で、俺の左隣に座ってきた女性が言う。

 その女性に視線を向けようとすると、慌てた声が上がる。

「ちょ、ちょっと、カレンやめてよ。そんなんじゃないってばぁ~。そ、そのぉ彼にも悪いって―――」

「あら、麗華もまんざらじゃない感じ?」

「だ、か、ら、違うってば~」

「ふふふっ、麗華、顔真っ赤よ」

「ぅぅぅ……」

 2人にからかわれ、麗華と呼ばれた女性が泣きそうな顔をする。

 指摘された通り、麗華の顔は真っ赤に染まり、熱を帯びているのが傍目はためにもわかる。


 俺は―――反省した。


 そのつもりは無かったが、彼女の瞳をじっと見てしまったからだ。


「ごめんごめん麗華。ねえ、それよりさ、自己紹介しない?私の名前は宇喜多香代うきたかよ。そして私の隣の子は、五条麗華ごじょうれいか。それで、あなたの隣の子は加藤カレンよ」

 リーダー格の女性―――宇喜多香代が、そう言って自己紹介を始めた。


 俺としては勝手に話しかけられ、たいして興味もなかったが、一応名乗り返す。

「俺は佐藤竜也さとうたつや。遠藤ゼミに所属している3年生」


 そう言いながら、もう目は合わさないようにした。


「へぇ、私たちも3年生なの。一緒ね」

 宇喜多はにっこりと微笑む。その目は品定めをするかの様だった。

「……よろしくね、佐藤君」

 五条もそう続く。頬の赤みが抜けきっておらず、どこかぎこちなさを感じさせるはにかんだ笑顔を向けてくる。

「………」

 もう一人、加藤カレンと呼ばれた女性は何もしゃべらずにじっと俺を見つめてくる。


 横に座る加藤のそんな気配を感じながら、話は宇喜多中心に進んでいく。

 大学の事、サークルの事、アルバイトの事、そんな一般的な大学生のよくある話で他愛もなく盛り上がる。

 時折、俺について質問を受け、それを無難に返す。

 たいして面白い事を言っていないにもかかわらず、女性陣には受けが良い。

「へぇ~」「そうなんだぁ~」「すごいねぇ~」のオンパレード。


 まあ、これもいつもの事だ。


 会話が進んでも、一向にこちらの関心は生じない。

 せめて退屈だという雰囲気は見せない様にしながら、程々に付き合っていた。




 そんな中、初めて興味を引く話題が聞こえてくる。

「それでね~、麗華のお父さんってね凄いのよ。な・ん・と、あの五条財閥の跡取り。去年もね、別荘に連れてって貰ったんだけど、それがとんでもなく広いの。まるでお城みたいだったわ」

 宇喜多が五条の家の話をする。

 五条財閥といえば、日本でも有数の財閥企業だ。

 五条麗華はその一族の娘らしい。


 その話を聞いた俺は、一気に酔いから醒める。


「―――そうなのか。五条さん、凄いんだね」

「そんな事ないよ。私が何かしたわけでもないし……本当にたいした事ないんだから」

 そりゃあそうだ。別にお前を褒めた訳でもない。

 お前の家が凄いんだ。


 俺は、五条麗華に視線を向け、その瞳をしっかりと見る。


「五条財閥といえば、あの横浜の遺跡―――大倉山遺跡おおくらやまいせきに資金援助してたよね?」

 神奈川県横浜市に大倉山という地名がある。

 最近、その大倉山にて大規模な遺跡が発見された。

 時代にして縄文時代かそれ以前、日本の古代史の歴史を書き換える可能性のある大発見と噂されている。

 そんな重要な遺跡の調査に、五条財閥が大きく係わっていたのだ。

「え、ええ。確かお父様から聞いた事あるわ。佐藤君……興味あるの?」

「ああ、出来るなら卒論のテーマにしたいくらいにね。あの遺跡にはいろんな可能性があるんだ」

「可能性……?」

「そう、可能性。まあ、現状だと都市伝説のたぐいだけどね」

 俺が興味を示している事に対して、当初は困惑気味の五条麗華だったが、やがて真剣に俺の目を見て話を聞いてくる。

「……どんな都市伝説があるの?」

 俺は手応えを感じながら、片時も瞳を逸らさずに会話を続ける。


「それはね―――」


「宇宙人が人類にコンタクトを取ってきた……でしょ?」


 突然、隣に座る加藤カレンが話に加わってきた。

 思わず隣の加藤の顔を見る。


 加藤カレンは、優しく微笑んでいた。


 美しい黒髪のロングストレート。

 パッチリとした切れ長の瞳が印象的で、スッとした鼻と薄い唇が大和撫子やまとなでしこを思わせるほどに整っていた。

 背筋がピンと伸び、骨格はしっかりとしている反面、腰や首筋、手足の細さとしなやかさには健康的な魅力に溢れている。

 さっきまでは目立たずに存在感の薄い印象だったが、一度目にすると、この部屋の中で最も輝いて見えるほどにオーラを放っていた。


 俺はその美しさに驚き、呆然と加藤を見つめていた。

 加藤はそれ以上何も言わずに、そんな俺をじっと見つめ返す。


 その体勢のまま10秒くらいが過ぎただろうか、いや2、3分はこのままだったのかもしれない。

 2人だけの奇妙な空間を、五条の声がかき消した。


「佐藤君、カレン、どうした……の?」


 五条の声に反応して、加藤に向けていた視線を逸らす。

「い、いや、何でもない」

 取り繕うようにそんな事を言って、心を落ち着ける。


 何かがオカシイ。


 俺は右手の手首を見る。

 まるで腕時計を見るような仕草だが、右手には時計をしていない。

 俺が確認したのは、右手の手首にあるホクロだ。

 手首には大きなホクロが『3つ』並んでいた。


 そのホクロを見た途端、背筋がゾッとした。


 これは―――――


「どうしたの?佐藤君なんか変だよ?」

 再度、五条から声を掛けられる。

 心から心配そうな顔をしながら、様子を伺ってくる。

「……なんだか悪い酔い方をしたみたいだ。ちょっと手洗いに行ってくるよ。ごめんね」

 俺はそう言うと、そさくさと席を立った。

 3人の視線から逃げる様に、トイレへと向かう。




 トイレの洗面台で顔を洗い、気分を入れ替える。

 鏡に映る自身を見ながら、これからの事を考える。


 選択肢は3つ。


 ―――1つ目は、このまま帰る。

 これが最も安全な選択だ。飲み会の途中で抜け出したって、後でどうとでもフォロー出来る。それで終わり。

 あの3人とももう会う事は無いだろう。


 ―――2つ目は、五条麗華を予定通り落とす。

 五条財閥の令嬢と知り合うなんて一生に一度しかないチャンス。これを逃す手は無い。

 俺には人目を引く優れた容姿と、何よりも『この眼』がある。今までがそうであった様に、今回もこの眼を使って、アレを手に入れる。麗華を手中に収めれば、遺跡の調査に関われるかもしれない。そうすればこんな下らないゼミともおさらばだ。


 ―――3つ目は、加藤カレンを排除する。

 あいつは……カレンは気づいているのか?

 俺の事を知ってて近づいてきた?

 そのための餌が五条麗華?

 もしそうなら、慎重にやならければならない。

 ホクロが3つ浮かぶなんて初めてだ。

 もしこれが、この出会いが偶然なら、下手に手を出すのは藪蛇やぶへびもいいところ。

 だが……こちらの正体を知った上で探りを入れられているのなら―――――やるしかない。




 どうするべきか判断の定まらぬなか、トイレを後にする。

 このまま個室に戻るか、それとも帰るか―――。


 そんな俺の前に、予想外の人物が待っていた。


 それは―――――


「あっ、佐藤君」

 トイレへと続く通路の真ん中に、五条麗華がいた。


「……どうした?五条さんもお手洗い?」

 そう言って、女子トイレの方をチラッと見る。

 女子トイレの前には人が並んでいる気配は無かった。

「ううん、違うの。私は……佐藤君の事が心配になって……」

 小柄な体を縮こまらせて、おどおどとした様子で答える。

 俺はさらに周囲を確認する。

 トイレへと続く通路であるため、いつ人が来てもおかしくはない状況だったが、今は誰もいなかった。

「……そうか、心配かけて悪かったな。なぁ、もう少し近くに寄っていいか?」

 努めて優しく声を掛ける。

「えっ……う、うん。いいよ……」

 少し驚いた表情を見せたが、五条は胸に手を当ててゆっくりとうなずく。

 1mほど離れた距離を、1歩2歩と近づく。

 後もう1歩で触れ合う事のできる距離だ。


 後もう少しで、

 肩まで伸ばしたセミロングの髪を掻き分け、

 顎に手をひらを当てて、

 指先は耳に触れ、

 親指は唇を撫でることが出来る距離。


 ―――――この女は俺に惹かれている。


 右手を上げて、ゆっくりと近づいていく。


 ―――――なぜなら、俺の瞳に見つめられたから。


 目の前の女は、俺がこれからしようとする事に対して、拒絶せずに胸を高鳴らせて待ち受けている。


 ―――――俺の瞳に魅了され、肌を触れ合わせる事で支配され、そして受け入れる。


 あとほんの僅か、数センチで完遂するはずだった行為は―――――邪魔された!!


「麗華!抜け駆けはダメよ」


 後ろから突然声を掛けられる。

 ハッとした麗華が、飛び跳ねるように後ろへ下がると、声の主へと振り向く。

「カレン!どうしてここに……?」

 そこには加藤カレンがにやにやしながら立っていた。

「うーん、麗華が心配になってね。それとも……お邪魔だった?」

「そ、そんな、ち、ちがうの。これは……い、行くねっ」

 麗華はしどろもどろになりながら、あたふたと去っていく。


 麗華が去っていくのを見届けながら、俺は身構える。

「どうゆうつもりだ?」

 最早取り繕う気もせず、冷たい声で問いかける。

 そんな俺を前にしても、加藤カレンは笑みを絶やさずに近づいてくる。

「あらっ、佐藤君。あなたも本気だったの?」

「………男女の事を外野がとやかく言うな」

「ふふっ、そうねごめんなさい。でもね―――私も本気なの」

 そう言いながら、加藤の足は止まらない。

 抱き合う寸前まで距離を詰めると、見上げる様に首を上げる。

 互いの息がかかり、鼓動の音すらも聞こえそうなほどの密着。

「本気だと?」

「そう、本気」

「何がだ?」

「あら、それを女に言わせるの?」

「……お前が俺に好意を抱いているようには見えないな」

「この状況で?あなたって鈍感?」

 香水を付けているようには見えないが、これはシャンプーの香りだろうか。

 シトラスのさわやかな香りが、鼻腔をくすぐる。

「………」

「意外と奥手なの?さっきはそんな風には見えなかったけど」

 挑発するようにささやいてくる。

 さっきからずっと視線を合わせて、瞳を合わせている。


 ―――まるで手応えを感じない。


 むしろ、サファイアのような彼女の瞳に、こちらが吸い込まれそうになる。

 胸の動悸が治まらない。

 全身の血が沸騰した様に熱く体中を駆け巡る。


 ―――このままだと俺の方が、落とされる。


 生まれて初めて体験する感情、これは―――恋か!?


 そんなわけない、この感情は―――恐怖!!


「そんな無防備に近づいて来るなら、遠慮はしないぞ」

「あら、遠慮しなかったらどうなるのかしら」

「誘ったのはお前だ」

 俺は右手を上げて、加藤カレンの顔に触れる。

 五条麗華にするつもりだった、手のひらを顎に当て、指先で耳に触れ、親指で唇を撫でる。


 その瞬間、カレンの体が俺に密着してきた。


 全身を使って抱きしめてくる。

 両腕はがっちりと背中に回され、腰がぴったりと合わさり、胸の膨らみが潰れるほどに押し当てられる。

 体中が柔らかな感触に包まれる。

 身長差のせいで、俺の胸の辺りから上目遣いに見つめてくる。

 抱きしめられる力がぎゅっと強まる。

 視界の全てをカレンに埋め尽くされる中で、カレンはなおも挑発を止めない。


「それで、これからどうするの?朴念仁ぼくねんじん君」


 カレンの唇が動き、俺の親指は軽く舐められた感触を覚える。


 今や目が離せないのは―――俺の方だ。


 本能が、今すぐにでも逃げろと訴えかけてくる。


 でも、心が彼女を欲している。


 この女を俺のモノにしたい、と。


 彼女の心を俺で埋め尽くしたい。俺しか考えられない様にさせたい。そう、今の俺の感情と同様に!


 彼女の体を全て知りたい。頭から足、髪の毛の1本1本から指の先まで、その全てを。


 彼女の一糸纏わぬ姿をこの目に焼き付け、身体の隅々(すみずみ)に至るまで指を這わせ、隙間無く俺の色で染め尽くしたい。


 この胸の高鳴りを収める方法は唯一つ。やるしかない。



 俺はカレンの顔を固定し、ゆっくりと顔を近づける。


 唇を重ねたい。

 何もかも考えられなくさせてやる。

 そうすれば―――勝てる!!


 瞳で魅了できず、

 触れて支配できないなら、

『口付け』をするしかない。


 そして、唇と唇が触れ合う刹那せつな、カレンは言う。


「お互いの切り札まで一緒なのね」


 その台詞は、俺の敗北を意味するものだと、口付けをした瞬間に理解した。


 俺は後悔の海に飲まれながら、この女と()()を続ける。


 しかし、初めて味わうキスという名の果実は、1口目から甘美な味わいを放ち、永遠に欲するほどの口どけだった。


 そう、美味しい物は、その1口目から美味しく、途中で止める事など出来はしない。






 長い長い口付けの末、女はそっと身を離す。

 哀れな男は動く事も出来ずに立ち尽くすのみ。

 だが、男にとってそんな事はどうでも良かった。


 なぜなら、もう考える事すら出来ないのだから。


 女は携帯を取り出し、どこかへと掛ける。

 2、3回のコールの後、通話が繋がる。


「私よ。全て終わったわ。予想通り『私たち』と同類だった。目的は例の遺跡ね。やっぱりこの世界の真実を知るためにひそんでいたみたい。ええ、わかってるわ。アレを知るのはごく少数でいい。じゃないとこの世界の支配構造が崩れちゃうもの。だから同族でも躊躇ためらわない。処置も済んだし、いつも通り回収しに来て」


 通話を終え、女は振り返る。


 物言わぬ男に再び近づき、そっと抱きしめる。


 その抱擁は、優しさと悲しみにつつまれていた。


 そして、涙を流しながら懺悔ざんげする。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい。こうするしかないの……この世界は広く深い。私たち宇宙人がこれからもこの世界で生きていくためには、あなたの様なイレギュラーは排除するしか無いの……」


 女は物言わぬ男の胸に顔を埋め、言葉を続ける。


「ねぇ、知ってる?私たちの都市伝説。それはね、いつか現れると予言されている『世界の破壊者』。『人間』だけじゃない『時間』をも支配する絶対的存在。そんな宇宙人が現れたら、私なんか勝てる訳ないよね。一方的に狩られるか、奴隷の様に全てを捧げるしかないわ。でもね、もしそうなったら……私はこんな事……せっかく巡り会えた理解し合えたかもしれない相手を排除するなんて事―――――もう、しなくてもいいんだよね………」


 その問い掛けに応える者は誰もいなかった。











 俺は、ハッと我に帰る。


 ここは……居酒屋か。

 よく知る顔と、見た事ない奴が、楽しそうに騒いでいる。

 飲み会……だよな?

 前後の記憶が曖昧あいまいだ。

 ぅぅ……頭が痛い。これは、飲み過ぎたか。

 どうやら、まだ慣れていない酒に負けたらしい。

 酔って前後不覚になるなんて、我ながら情けない。


「佐藤君、カレン、どうした……の?」


 斜め前の席に座る女性が、怪訝けげんそうな顔をして尋ねてきた。


 誰だこの女?何で俺の名前を知っている?

 それに……カレンって―――。


 そうか!

 確か、居酒屋で飲み会があって、3人の女性から声を掛けられて……。

 そう、それだ。加藤カレンとかいう女の瞳を見て、呆然としていたんだ。


 ―――俺は右手の手首を見る。


 ―――まるで腕時計を見るような仕草だが、右手には時計をしていない。


 ―――俺が確認したのは、右手の手首にあるホクロだ。


 ―――手首には大きなホクロが『4つ』並んでいた。



 愕然とする。

 ホクロが4つだ……と……。


 こんな事態は、今まで無い。


 どこまで通じなかったんだ?


 瞳で魅了できなかった?

 肌を触れても、支配できなかった?

 じゃあ、口付けによる強制停止もダメだったのか?


 もしそうなら―――最後はアレをするしかない。


 隣で神妙な顔をする加藤カレンを見る。


 こいつとアレをする……のか。


 うーん、めちゃくちゃ美人だ。正直言ってタイプだな。

 どストライク過ぎる。


 でもなぁ……。


 この真の切り札は、できれば切りたくない。



 だってそうだろ?



 誰だって、初めてアレをするなら、『好きな相手と』……したいよな?



 俺―――こいつを好きになれるかな?





最後まで読んで下さいまして、本当に有難うございます。


長編小説の合間に、1万字以内で収まる短編を書いてみました。


もし気に入って下されば幸いです。



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