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カラオケで

新ヒロイン?が登場します。

 待ちわびた放課後がやって来た。


 光希(みつき)も今日は浮かれ気分で教科書をしまい込んで、普段なら忌避するであろう教室出入口でたむろする集団の中を大股で突っ切った。

 帰り際、ちらりと横目で見たところ、水無月たちのグループはまだ教室で談笑しているようだった。そこに居場所があればいいと思うと同時に、あったとして自分に何ができるのだろうかとふと思った。




 彼が向かったのは最近できたばかりのカラオケ屋だった。

 全国的には有名なチェーン店らしいが、この田舎町には初めての出店だった。地元にはすでに高校生の客を集めていた店があったので、人は少ないだろうという推測で彼は足を運んでいた。




 入口で受付を済ませて部屋へ通される。


(今日はステージで死んで伝説になるまで歌うぞ)


 根っからの出不精な彼も自分の興味のある事柄には案外行動的になるもので、月に1回程度、気が向いた時にこうして気晴らしに赴いていた。


 カラオケの機器に手を伸ばして次々と曲を入れ始める。

 やはりカラオケは一人がいい。中学の時、やむにやまれぬ事由によりクラス会でみんなと一緒に入った時は、あまりにも周囲と歌う曲の乖離が過ぎていて、彼が歌う時だけお通夜ムードになり「なんつーかこの曲……ポップじゃん」と、普段は気を遣わないことで有名だったギャルに助け舟を出された。以来ずっと一人で遊んでいる。


 ドリンクバーから持ってきた烏龍茶を飲んでマイクを持つ。そして歌う。光希は素人だが、やはり歌うのであれば上手く歌えた方がいい。暇な時間にインターネットで調べた歌唱法を試したり、普段は歌わない曲も歌ったりする。


(やはり歌はいい。歌があれば世界平和もそう遠くないだろう)


 1時間ほど歌っただろうか。

 コップが空になっていることに気がつき、カウンター近くのドリンクバーへと向かった。


 その行動が迂闊だった。


「あれ、コーキくん?」


 いつもならば耳に心地よい声も、この時は終末のラッパのように響いた。


「あっ」

「やっぱりコーキくんじゃん!」


 水無月は例のチャラグループではなくて、見たことの無い渋谷系女子集団(4人)と一緒にカウンターにいた。光希にとっては男が一人もいない分、むしろ恐ろしかった。


「なにしてんのこんなとこで? てかカラオケか、当たり前じゃんね!」

「あ、はい(ギャルのノリツッコミはやっぱりギャルだな)」

「あれ、美亜、その子知り合い?」


 渋谷軍団Zのうちの一人が言う。


「うん。ウチとオナコーでオナクラのコーキくん! めっちゃ勉強できんの」

「へ〜。っぽい〜」


 軍団員が一斉に笑う。狩られる、と光希は本能的に察した。


「コーキくんは誰と来てんの?」

「いやあの……」

「え?」

「一人……」

「あーヒトカラってやつ?」

「あ、はい」

「へえ〜。よくやる人いるよね。あたし一人で来たこと無いんだよね〜」

「へ、へえ」

「あ、じゃあさ!」


 と、水無月はパンと手を打った。目がキラキラしている。嫌な予感が背中を走り抜けた。


「あたしらと一緒に歌わない?」




 どうしてこうなった、と彼は思った。押しに弱い自分の性格を呪った。


 受付に融通してもらって部屋を変え、彼と水無月と三代目 J Soul Sistersは大部屋に通されていた。とは言っても6人で入ると少々手狭と言うべきで、実際みんな席を詰めて座っている。自然、彼も両脇を女子に挟まれることになる。


 彼の左手では黒髪を背中まで伸ばしたクール系の美人がネイルをいじっており、右手では人懐っこそうな顔をした茶髪のウェーブミディアム少女がスマホをいじっている。


 両手に花だな、とは思えなかった。彼にこの状況を素直に喜ぶ度量はなかった。今も必死に両側の女子二人に身体がぶつからぬよう縮こまっているし、何を話しかけられても「あ、はい」の返事だけしかできていなかった。


「ねえねえ、コーキくんって美亜と仲良いの?」

「あ、はい(連絡先は交換してあるしな)」

「へ〜。あたしら中学からの付き合いなんだよね。今も元気してる?」

「あ、はい(見りゃ分かんだろ、あれが病気するようなタマか?)」


 左手の、黒髪の美人が彼の顔をじっと見据えた。蛇に睨まれた蛙のように身動きができない。


「ねえ、コーキくんって部活入ってんの?」

「いや、」

「中学はなんかやってた?」

「あ、はい」

「何?」

「えっと、さ、サッカー……」

「サッカー」


 美人は目を見張った。


「なんかちょっと意外かも。物静かそうな感じだし」

「あ、はい(見ての通りですけど)」

「はいは〜い、あたしからも質問!」


 今度は右手の子猫系美少女が右手をビシッとあげる。


「コーキくんは今彼女いるんでしょーか?」

「え、いや(見ての通りですけど)」

「え〜意外〜。割とモテそうなのになあ」


 そう言ってキャッツ美少女が顔を近づけてきた。女性特有の、いいにおいがする。


「顔も割とカッコイイよね」

「あ、そっすか(こう見えてアラン・ドロンとオードリー・ヘップバーンの隠し子の更に隠し子だという噂……)」

「あー、なっちゃんのタイプっぽいよね〜」


 なっちゃんと呼ばれた黒髪美人がにへらっと光希に笑いかけた。


「どうする? 付き合う? わたしら」

「えっ、」

「ほーら、そういうのはやめやめ! 今はカラオケに歌いに来てるんだぞ!」


 妙な空間ができあがる前に、対面であいまょんを歌っていた水無月が割り込んできた。


「ちぇー、いいとこだったのに」


 なっちゃんは口を尖らせて彼から離れた後、機器を受け取って曲を予約して光希に手渡した。と同時に、


「コーキくんは何歌うん?」

「えっ、」

「ほら、木津とかデカダンとか」

「あっ、その、SPYaimerとか」

「誰それ?」

「あっ、マオ知ってる〜。バンドだよね?」

「あっ、はい」


 一人キャッツアイ少女が左手から助太刀してきた。


「なっちゃん知らないの? けっこー有名だよ〜」

「ふーん。初めて聞いたし。コーキくん好きなの?」

「あ、いや」

「どっちやねん」


 と言って笑うなっちゃんの左目に、泣きぼくろがあることを彼は初めて気がついた。


(なんか、エロいな)




 3時間後、6人の奇妙なグループは退店した。

 外は曇っており、一雨降ってもおかしくない天候だった。傘もってくればよかったな、と光希は己の不用心を後悔した。


「もう7時か〜。どっかでご飯食べる?」

「ウチはいいよ〜」

「あたしも」


 水無月の一声に渋谷'sが次々と賛成する。


「コーキくんもどう?」


 水無月の問いかけに彼は逡巡しながら、


「あ、はい(どうしよう、泪が作ってくれるみたいなことも言ってたけど)」


 ところがその返事が肯定の意に受け取られたようで、彼も晩御飯の一味に加えられてしまった。

 仕方がなかったので、彼は電話を入れて今日の夕飯が不要な旨を伝えた。泪が寂しげな声で「楽しんできてね」と言ったのを聞いて、胸がちょっとだけ痛くなった。




 その日は10時頃までファミレスで駄弁って、終電が来るということで解散となった。


 各々が彼氏や親に迎えに来てもらう中で、光希となっちゃんだけは電車で帰ることになった。初めて女子と帰り道を共にすることになった彼の緊張は並一通りではない。全身から変な汗が吹き出ていることを自覚した。


「コーキくんもこっち方面なんだ」

「あ、うん。い、家が近いから」

「ふーん。じゃあ高校ともそんな離れてないんだ」

「あ、うん」


 終電の2両列車は人もまばらで、彼らの他にはジャージ姿の中年男性が一人座って爆睡しているのみだ。彼はなっちゃんと2人きりで、このまま別の世界へ行ってしまうような気がした。


 2人で吊革に掴まって並ぶ。

 星の見えない夜空が車窓を次々と流れていく。わずかな光の中で、木々の葉が風に揺れているのが幻のように見える。


「やー終電になっちゃったか。不良だねわたしら」

「あ、うん」


 列車がガタゴト揺れる動きに伴って彼女の髪の毛が揺れる。彼女が左耳にピアスをつけていることを彼は発見した。


「あ、そうだ。ライン交換しようよ」

「え、あ、その、」

「あはは、パニクりすぎ。今どき連絡先くらい嫌いな奴じゃない限り交換するって」

「あ、うん」


 彼はAmazonとDMM、それに加えて小説サイトからしかメールが来ることのないスマートフォンを取りだし、前回水無月と交換した時よりは慣れた手つきでQRコードを読み取った。「凪咲(なぎさ)」という名前の、猫のアイコンのアカウントが画面に表示された。


「(なぎさだからなっちゃん、なるほどね)猫……」

「ああ、それうちの飼い猫。ホームズっていうんだ。ママが赤川次郎好きでさ」

「(ぶち猫だけど)そ、そうなんだ。か、かわいいね」


 降車する駅の名前がアナウンスされた。


「あ、○○駅だね。コーキくんここで降りるんでしょ?わたしはもう一つ向こうだから」

「あ、うん」


 ドアが開いた。

 彼は降り際に、なけなしの勇気を振り絞って「じゃあまた」を言った。凪咲は嬉しそうに手を振って、


「またね。家帰ったらメッセージちょうだいね」


 と言った。

 彼は今日一日を振り返り、自分のコミュニケーション能力が着実に上がっていると考えてひそかにガッツポーズをした。

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