駅前で
その日光希は学校が終わると、さっさと荷物をまとめて学校のすぐ横にあるJR線へ飛び乗った。
彼が下車したのは、県下で最も栄えている駅前だった。もっとも、栄えているといっても、人口100万人を割り込むような田舎の県の中での話だから、実際は東京や地方都市で見られるような高層ビルも、ショッピングモールもない。10分も歩けば寂れたシャッター街が広がる、その程度の場所だったが、それでも娯楽の少ない田舎の高校生たちにとっては格好の遊び場だった。
彼が駅前へ脚を運んだのは遊ぶためではなく、漫画やライトノベルを冷かして回るためだった。
140円の切符を改札に捨てて通り抜け、人の流れからそれて本屋の入ったビルへ向かう。
(ああ、S先生はまた今月も新刊落としちゃったのか。年内に刊行される日は来るのだろうか。I先生はまた面白いラノベを出してるけど今回も売れなさそうだな)
本を一つ手に取って、パラ読みしてはまた戻す。彼にとってそれは至福の時間だった。基本的には電子版を購入する彼だが、こうして本屋で過ごす時間は何にも替えがたいものであると考えていた。
電子書籍が普及してから、この店の客足が次第に遠のき始めているような気がする。今も店内はガラガラだった。
(まあ、そんなもんだよな)
古本屋の夢は胸の底にしまっておこう、と彼は思った。
結局、既刊のシリーズものを紙で3巻分買って店を出た。
「さて、どうしようかな……」
時刻は5時で、帰るには少し早い時間帯だと言える。というのも、一度「はあ!? 何言ってんだよ! 俺は友達いるっつうの!」と両親の前で大見えを切ってしまってからというもの、早い時間帯に帰りづらくなってしまっていたのである。
(コーヒーでも飲もう。ああいう場所で勉強してると頭が良くなった気になれる)
と考えながら歩きだすと、
「――でさ~……」
聞き覚えのある声がした。
なぜかとっさに物陰に隠れた。人に怪しまれないようスマホをいじるふりをしながら、声の主を確認する。
(やっぱ水無月さんだ……)
水無月は、クラスで見たことがあるような気がする派手めな男女複数人と連れ立って、階上からエスカレーターで降りてきたところだった。
彼女たちのグループはやはり外でも目立つようで、すれ違った二人組の女子高生が、憧れるような目線をそちらへ送っている。その視線は水無月というよりも、彼女の隣に並んで歩く男に投げかけられていた。
茶髪を無造作に流し、左耳にはピアスをつけているその男子生徒は、田舎にあって都会的な雰囲気を漂わせている。どこか大人びた感じがあって、同世代の女子を惹きつけるには十分な魅力があった。
(なかなかのイケメンだな……まあ俺の方が二枚目だが)
よく見れば、6人のその集団は誰もかれもがこじゃれていて、まさに青春を謳歌していますとでも言わんばかりの輝きを放っていた。
その中でもやはり水無月の放つオーラは圧倒的なものがあって、人々の視線を惹きつけているのはおおかた彼女によるらしかった。
やっぱり彼女らは生きている世界が違うのだなということを認識し、その場を去ろうとした時、
「――あれ? コーキくんじゃない?」
呼び止められた。
全身の毛穴という毛穴が震えだし、汗腺が異常に活発化して滝のような冷や汗が流れ出した。
「やっぱりコーキくんだ!」
「あ、はい(ヤベッ! こういう時どうするのが陽キャアンサーなんだっけ)」
とりあえず拳を突き出したら首を傾げられたので、腕を下ろす。
「誰? 知り合い?」
さきほどからずっとスマホをいじっている茶髪ストレートの女子が、気のない確認をした。
「うん、そうそうコーキくん! あたしの後ろの席の男子」
「ふーん、なんか真面目そう」
「あ、はい(こういう時の真面目ってのは「陰キャ乙w」ってことだよな?)」
「なんか、めっちゃ勉強してますって感じじゃね?」
今度は、茶髪ストレート女にずっと話しかけてはシカトを食らっていた男子が口を出してきた。黒髪のツンツンというヘアスタイルで、目は細く鼻が低い。俺の方が5億倍美男子だな、と光希は己の自己評価をさらに上げた。
「コーキくんは何してたの? 買い物?」
「あ、うん。そんな感じ」
「へー! どんなの買ってたの?」
と言って、水無月がぐいと首を突き出して、光希が肩にかけたカバンを覗き込んだ。女の子のいい匂いが鼻をくすぐった。
「いやその、見せるほどのものでもないし……」
「え~いいじゃん、見せてよ~。あ、そうだ! あたしはさっき服買ったんだよ。見る?」
水無月は紙袋をゴソゴソやって、中からフリルのミニスカートや花柄のワンピースなどを取り出して見せた。どれも黒髪で前髪パッツンの委員長系美少女(猫耳付きだとなお良し)が着用してオタクを流血させるようなものばかりだったが、水無月のような金髪ギャルが身につけているところを想像してみたところ、案外似合うというどうでもいい気づきを得た。
(多分、彼氏とデートする時用だな。茶髪イケメンがそうなのだろうか?)
一緒に選ぶとか下着リクエストかよと思っていると、
「ほら、あたし見せたんだからコーキくんも見せてよ!」
と言って、彼のカバンに手を触れた。
「あ、ちょっと……(萌え萌え二次元イラストが衆目に晒されるのはまずいから!)」
「おい、やめてやれよ」
苦笑まじりに茶髪イケメンが制すると、水無月は頬を膨らませたが素直に従った。イケメンはムカつくほどの爽やかな笑顔を浮かべると、困り眉で、
「ごめんな、コーキくん。これから用事あるんでしょ? 俺らもう行くからさ」
「あ、はい(中身もイケメンかよ……)」
謎の敗北感と共に水無月の一味の遠ざかっていく背中をしばらく見送り、見えなくなったところでどっと疲れが襲ってきたので、そばにあったベンチに座った。
「……本見せてって言った時、どうにかして俺とおしゃべりしようとしてくれたのかな」
とは言ってももう後の祭りで、言外の意味をくみ取れない己のコミュニケーション能力の低さに、光希はしばしうなだれたのだった。