第三幕。いつもに戻ったオイラたち。
「貴様。俺の速度を見て、それを言うのか?」
「おう。さっきも言ったろ? 早えだけでなんとかなるなら、俺は風神様にでも弟子入りしてるって」
「いや。オイラ、その人の動き。殆ど見えないんですが……それだけで充分に人の理飛び越えてますって」
「そりゃーそんな、おもってぇ箱背負ってっからだろ」
「見える限界と体の重さは関係ないでしょうが」
「いやいや。お前だって、その荷物降ろしゃこんぐらいのことできんだろ? 少なくともこいつの動きが見えねえなんてこたねえ。だってお前。本気で動いたら俺より早えじゃねえか」
「そりゃ、動くだけならの話でさ。それとその人の動きが見えるかは……あ、そっか。たしかに、そうだ。そんな早さで動けるってことは、見えないとオイラは自分の動きに目がついていかなくなっちまう」
「そうだろ。ほら、俺が正しいじゃねえか」
「アハハ。そうでやすね」
「うむ、わかればよろしい」
「……はぁ。俺の負けだ。刀を離してくれ」
「お? どしたい兄さん、急にゲッソリしちまって?」
「貴様らが、あまりにもおかしな高みで話をしていてな。これはむりだ、と。悟ったのだ」
けど、相棒は刀を握った手を外さない。
「どうしたんでさ相棒?」
「てめえ。この刀。このまま叩き折られたくなきゃ、浅えこと考えなやめな」
「……ち。バレていたのか」
「え? どういうことでやすか?」
「おこん。こいつの目はな。勝つためならなんでもする、そういう目だ。俺が素直に刀を離した瞬間グサリ。そういう寸法よ」
「……勝てぬな、黒角の鬼神」
今度こそ諦めた、そう思える声で、端っこさんはそう呟いた。
「おお。これから先も、だまし討ちなんてことをしねえって。心の底から誓うなら、この手は離してやる」
「いいだろう」
「うし。そらよ」
と、相棒が手を離した瞬間だった。
「死ねえ!」
「なぁっ!?」
オイラが驚く目の前で、端っこさんがキエエエっと吼えた。
ーーけど。
「てめえがな!」
端っこさんが突きを打つよりも早く。相棒は、そいつの眉間めがけて、竹刀を……穴が開くほどの勢いで突きこんでいた。
「う、か。ば……かな……」
それが、こいつの。端屋猛武乃助の最後の言葉だった。
「おこん。刀は埋める。そいつといっしょにな」
倒れた猛武乃助を指差して、相棒 田山良善は静かに言った。
「わかりやした。狐印の丸薬一個、いっしょに埋めてやってもいいですかね?」
ザクザクと、竹刀と足で墓の線を引く相棒に、オイラも静かに言うと、ああって軽く頷かれた。
そして、勝つためには手段を択ばなかった男を、オイラたちは葬ってやるための墓を掘った。
***
「いやぁ。正直なところな」
墓を作って、端屋猛武乃助を埋めて、地面を元通りにして踏み固め終えたところで、いつもの調子に戻った相棒が切り出した。
「なんです?」
おもいっきり両腕を伸ばしてのびながら、オイラは返した。
「わりと、あぶなかったんだ。だから、いつもは気絶で済むはずのとこ……ここまでやっちまったんだ」
苦々しい声で言いながら、今しがた埋めた場所を見やった。
「そうだったんですか」
「ああ。本音言うと、わりと怖かった」
川の水んとこに行きながら言う。そんで水に手が届きそうなところでしゃがむと、相棒は竹刀袋を水に浸して、竹刀からふき取った血とかなんとかを洗い始めた。
「そういえば。いつもは斬り合った後でも汗かいてないですもんね」
「ああ。それだけ、強かったんだよ、奴は」
「鬼神に強かったって言われりゃ。あの卑怯者も、あの世で自慢できるでしょう」
「だと、いいんだけどな」
竹刀袋を絞って水を切って、竹刀を袋に入れると。相棒は立ち上がった。
「よし。昼飯食ったら辻回りだ」
「応!」
思わず右腕を、ブンっと空に突き上げちまって……恥ずかしいや。
「お前も、見届けご苦労さん、おこん」
右肩に、旦那の手がポンっと置かれて、
「あ、え、ええ。そりゃ、オイラは相棒ですから」
って、なんとか答えた。
ーーでも。
「なぁにニヤニヤしてんだよ、おい」
「なっ、なんでもありやせんよ」
ほっぺたプーって膨らしちゃったい。
「お前。たまにかわいいとこ、見してくれるよな」
「かっ、かわっ! ……いきますよっ!」
サクサクサク、相棒を置いて、さっさと行くオイラ。
顔がカーって、熱いこたこの際気にしませんっ。
「狐の耳と尻尾、見えてんぞー!」
なんて声が聞こえた気がするけど、無視して歩く。
「おいてきますよ!」
一応それでも後ろ向いて声かけて。
「はぁ。まったく、困ったもんです。あの人には」
でも。また、顔。
ニヤニヤしちゃってるんですよね。わたし。
完