第二幕。始まる戦いと、だんなの高み。
「ブワッハッハッハッハ!」
肩の揺れがおっきくなった剣客は、そんな風にもう肩どころか体中グラングランゆすって大笑い。
「おこん。そこん辻のお狐さまんとこいけ」
慌てたように相棒が指刺した、そのただならねえ雰囲気で、オイラは角っこの狐の形した石造、お狐さまに慌てて走った。
「ふざけるなよ! 貴様のような童の真似事したような男が。黒角の鬼神と謳われた、あの田山良善なものか!」
いきなり怒り出した。なんでえこの男、おかしな奴だな 笑ったすぐ後に起こり出しゃーがって。
んで。なんで童のまねごとなのか。ついさっき、相棒を子供侍って呼んで目覚ましにぶん殴ったのとも関係あるんだ。
この人は、髷を重たいとか言って、オイラに断髪させたんでさ。で、まだバラバラしてて邪魔くさいってんで、顎の辺りで後ろ髪を切りそろえさせて、他も綺麗な感じに整えさせた。
その結果。まだ刀も持たねえちっちゃい子供みてえな頭になっちまったんです。髪型そのものは形がうまい具合に揃ってて、オイラ会心の出来なんでちょーっと自慢だったりするんだけど、えへへ。
「黒角の鬼神、ねぇ。そんな、やんちゃしてたころのあだななんざ、なんの意味もねえぜ、兄さん」
「そのあだなからすっと。絶対、やんちゃなんて言葉じゃ収まってない……よね、それ」
「なんだと、貴様。弟子と師匠と、揃いも揃ってっ」
この俺を、って言いながら刀を両手で構えた。
「この橋屋猛武乃助を。愚弄するかっっ!」
「なっ!?」
思わずオイラは息を飲んだ。なんでって、そりゃ あんた。
ーー見えなかったからですよ。剣客の兄さんが。
「まったく。早いだけでなんとかなるなら、俺ゃ風神様にでも弟子入りするって」
相棒は無傷……? ちょっと左にズレてて、知らねえ間に 竹刀抜いてて、刀の腹に竹刀が合わさってて……?
「いったい……なにが、起こったんだ?」
オイラの声に答えるみたいに、周りがざわざわし出した。
「喧嘩だ喧嘩だ! 斬り合いだー!」
「やば、本格的な野次馬来た! 相棒!」
「わかってる。場所変えるぞ」
「ば……バカな? 俺の上段からの斬撃を……血風の猛武乃助と呼ばれたこの俺の斬撃を……」
「ゴニャゴニャぬかすな、ついてこい。これ以上は、女子供にゃ刺激が強え」
「あの、オイラ。これでも、女、なんですけど?」
歩き出しただんなに、じとーっと文句を言うけど、
「刀ぶん回す野郎相手に、丸腰で殴り合う奴ぁ、女た認めねえ」
あっさりとバッサリと切り捨てやがったんですよ、まったく。
「なんですか、そりゃ」
オイラは、ぼんやりしてるえーっとなんだっけ? 端っこのブサイクのすけだっけ? そいつを一発蹴りつけて気付けしてやる。
「な……?」
「場所変えますよ、端っこさん」
「橋屋だ! くっ、どこまでも虚仮にしおって貴様らは!」
でも、素直についてくるんだ。呆れたもんだ。
「で、相棒。今の、いったいなにをやったんです?」
「なに、簡単だ。構えた時点で来る攻撃にゃ決まりができる。こういう頭に血ぃ上りやすい奴は、だいたい上からズバー、だ。だから、ちょいっと横にずれて横からつっついてやりゃ、威力は死ぬ」
「あの早さを見切って威力を殺せるのなんて、この国どころかどの国探してもあんたぐらいですよ、まったく」
そろそろつく。いつも斬り合いに応じる場所、絢鵺化川の川岸に。
「ところで貴様。一つ、聞いてもいいか?」
川を左に向かい合った二人。いきなり端っこさんが、相棒にちょっと間が抜けた感じに聞いた。
オイラは二人よりもも少し川に近いとこにあって、町を見守るように立ってるお狐さまの左っかわに座って見てる。
「ん? なんだい」
「そのかっこ。いったい……なんだ?」
足を指差して端っこさん。そりゃそうだよなぁ、オイラがこさえたあれ。どう見てもおかしいもんなぁ。
着物を、足がこうスポーンって入るような形に縫い合わせてくれ、なんて言ったんですよ、相棒は。オイラがんばって考えたんですよ。両足が入れられるように絞ったり、そうなると自然と股んとこも縫い合わせなきゃいけなかったりで。
で、できたあれ。もう足をズボって入れるから、ズボンとか名づけちまいました。
「これか? 動きやすいぜ?」
「いや、相棒。そういうことを聞いてるんじゃないと思います」
「まるで、昔話の鬼の絵だな。やはり貴様は鬼神の名からは逃れられぬと言うことだな」
「なにを納得してんだかは知らねえがな、端っこさんよ」
「橋 屋 だ! 貴様ら。俺の冷静さを削ごうなどと、卑怯なまねを」
なんか、いきり立ってますね、端っこさん。
「俺はただの人だ。ちいと剣術に心得があるだけの、な」
「ちいと、って領分じゃありやせんって、だんなのそれは」
パシンっと気持ちのいい音。だんなが竹刀を持ちなおした音。
「じゃ、さっさとやりますか。辻回りもせにゃならんからな」
「なめおって。さっきは偶然よけられたにすぎん。俺の血風の二つ名をこれ以上愚弄されてたまるものか。ゆくぞ、童侍!」
「刀で斬るのは、人か己か。ってな」
そう言った直後。相棒から気迫が吹き出した。
「来い、橋屋猛武乃助。胸ぇ貸してやる!」
「ぬあぁっ!」
相変わらず早くって、ザザって砂を蹴る音ばっかり目立つ。オイラにゃ端っこさんの動きゃ、きちんた見えねえ。
「せいっ!」
ひょいと飛んだかと思ったら、そんな声といっしょに相棒は端っこさんの左太腿を、左足一本で踏んで更に飛んで、
そしてから端っこさんの左の顔をその左足で蹴った。
「んぐ……!」
他の男が喰らったら、間違いなくバッタリと倒れたところ。端っこさんはなんとか踏みとどまった。あの早さは足の強さにあるのかな?
「貴様。武士ならば刀で勝負せい!」
腫れあがった顔を叩いてから、そう苦々しい顔と声で端っこさん。
「あぁ? 誰がいつ、武士だって言ったよ」
「なんだと?!」
声が裏返ってる。ククッ、なんか 間抜けだな端っこさん。
「言ったろ? 俺は、ちょいと剣術に心得があるだけの、『ただの人』、だってよ」
「貴様。どこまで俺を……! 武士を虚仮にすれば気が済む! それでも貴様ヒノモトの者かっ!!」
うわぁ、ものすっごーく怒った。
「ああ、生まれ育ちは間違いない。この国ヒノモトさ。けど、今の俺はただの世捨て人。てめえの期待するような鬼神とやらじゃあねえ」
「ふざけるなぁっ!」
上から下へ刀が降る。戻すところの見えないうちに今度は左から右へ流れる。左右から袈裟を切って、下からの逆の袈裟にも斬って。
けど、相棒は。田山良善は、それを全部全部、オイラには当たったようにしか見えないところで。まさに紙一重で避け続ける。
それも、いとも簡単に。まるで、子に稽古をつけてるみたいに。
ーーけどねだんな。そのよけ方、心臓に悪いんです! やめろください!
「どうしたどうした? 早いばっかで当たってねぇぞ!」
「化け物め!」
ちょっとずつ、ちょっとずつ。だんなと端っこさんの位置が動いて、お狐さまの横じゃ見えにくくなって来た。だからオイラもいっしょんなって動く。
「おいおい。鬼神だとか人を呼んどいて、いざ斬れなかったら化け物かい。自分勝手だなぁ」
余裕だ。余裕すぎる。いつ見ても思うけど、この人。あまりにも余裕すぎる。
平気な顔して達人みたいな動きしてんのに、なんでもないぜーって顔して。
「だが。これで、貴様が本当に田山良善だと言うことは納得できた」
「だっから、そうだっつってんだろうが」
「いや、だんな。ひとことも田山良善だ、なんて名乗ってやせんよ」
「おっと、そうだったか。わりいわりい」
だんなが言葉の直後にやったことに、端っこさんとオイラは同時に「なっ?!」ってびっくりした。
「き、貴様。なにを……している」
信じられねー、って感じの顔で、ぼんやりした声。
「なにって、見りゃわかるだろ。刀の腹を掴んでるんだ」
こっちはこっちで、なに言わなくてもわかること聞いてんだ、って顔で。
「貴様、ほんとに人間か?」
「なんだとこの。俺は人だって、何度も言ってるだろうが。バカかお前は?」
「けど、だんな。あんたの姿見ちゃ、誰だってそう言いたくなりやす」
「なにがだよ? ただ、左手で刀のみね側から刀の腹掴んで動きを止めてるだけじゃねぇか。できるって、こんなの誰でも」
「「できるかそんなことあの状況で!」」
「そうかい? 修行が足りねえんじゃあねえのかい?」
軽口だなぁ。端っこさん、呆れかえってるよ。